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デート話 後編

 女の子達の視線に僅かながら慣れてきた頃、東郷さんに連れられておしゃれなカフェに入る。家の近くなのにこんなお店全然知らなかった。



「ここは隠れた名店なんだよ」


 いわく、雑誌取材を全て断っていて口コミだけで密かに人気があるお店なのだそうだ。

 なるほど、モテる男は違うな。




 外は明るいのに、この店は地下にあり少々照明も落とされていい雰囲気である。もしこれが本当のデートならば、だが。


 ケーキと紅茶を注文すると、礼儀正しくウェイターが下がっていく。接客も洗練されているな。



「あの、東郷さん」

「譲って呼びなよ、折角のデートなんだからさ」

「いえ、結構で」

「駄目駄目、ほら、譲って呼んでみなよ」



 なんでそんなに拘るのかと思うのだが、どうにも引く気がなさそうに見える。このままでは埒が明かないので諦めて折れることにした。


 しかし、ここまで名が体を表さない人は中々いないだろうな、と失礼なことを思った。




「ゆ、譲さん、ハルもいつもこんな感じなんですか?」

「ん? どういう意味かな」

「その……周りの視線、とか」



 隠れた名店とは真実なのだろう、店内にはお客さんはあまりいない。しかしそれでも、僅かな女性客が譲さんの方に視線を送っているのが分かる。


 千春はあんまり気にしないだろうなとは思うが、少し一緒にいただけで疲れてしまったのを思うと、いつもだったらさぞかし苦労するだろうなと感じた。



「ハルは美人だから大丈夫だよ」

「……ああ、そっか」


 そういえばそうか、千春ならそうなる。


 よくよく考えれば私とは違いハルはモデル並みの容姿である。譲さんと並んでも見劣りしないのであまり何か言われることもなかったのだろう。


 それにしても、この人さらっと惚気るなあ。



 ……いいな。



「それに……」

「ん?」

「ハルは迫力があるっていうか、威圧感がすごいから。ハルと一緒にいると他の女は寄って来ないかな」

「ある意味すごいですね」




 そんな雑談をしていると、ケーキと紅茶が運ばれてくる。私のケーキはタルトで、譲さんはミルフィーユだ。


 タルトの上に乗った苺が瑞々しい。さくっとした生地と一緒に口に入れると幸せだ。ここはまた絶対に来ようと心に決めた。



「やっと落ち着いたって顔してるね」



 黙々と食べる私を観察していたのか譲さんはまだ一口も食べておらず、にこにことこちらを見ていた。


 確かに、ずっと今まで緊張していたのがようやく解けたみたいだった。




「咲耶ちゃんはさ、彼氏君のどこを好きになったの?」

「どこって……」


 いきなりの話題変更だ。



「俺はハルが美味しそうに食べてるところを見ると、可愛いなあって思うから」

「確かに食べ物に掛ける情熱はすごいですからね」



 そう答えながら、私は二宮君のことを頭の中で思い描く。それだけで、心が温かくなるのが分かる。

 三年生になる前からずっと好きだったけれど、あの出来事が起きてからはより一層好きになった。


「全部、かな」



 嬉しい時も辛い時も頑張っていた二宮君を支えてあげたいと思った。優しい雰囲気が好きで、傍に居るとドキドキするのと同時に心が安らいだ。


 もし仮にあの小説の中のような性格だったのなら、私は二宮君に近付くこともなかっただろうし、ましてや事件に関わろうなんて思いもしなかっただろう。




「なるほど、ごちそうさま」



 微笑ましげな表情を浮かべられて、思わず俯いてしまう。そしてふと、譲さんの表情に既視感を覚えた。誰だっけ、あんな風に微笑ましげに見てきたのは。


 思い出した、クラスメイト達である。



 なんだか自分で口にして恥ずかしくなってきたので別の話題を振る。




「……そういう譲さんは、ハルとどうやって知り合ったんですか?」

「聞いちゃう? 聞いてくれる?」



 そう言って譲さんが身を乗り出してくる。予想以上の食いつきに思わず「あっこれ長くなるやつだ……」と確信した。


 そうしてしばし千春とのなれ初め話を聞く。





 なるほど、普通の恋愛話を想像していた訳ではなかったのだが、考えていた以上に殺伐としていた。ハルさん、バイオレンス過ぎないか。



「ハルが言ってた通りだ、咲耶ちゃんって聞き上手だね」

「そうですか?」

「俺とハルのことは……まあ色々あるからな、あんまり人に話せる内容じゃなかったんだよ。聞いてくれてありがとな」



 全部話終えた譲さんは何だかとても機嫌が良さそうだった。


 思っていたよりも、いい人かもしれない。
















 カフェを出ると、太陽の光が眩しい。地下の少々薄暗い空間にいたのでちょっと慣れるまではきつい。


 さて次の場所は……と譲さんに連れていかれるままに歩き出そうとすると、どこかで聞いた男の人の声が、不意に私の名前を呼んだ。



「あれ、遠野さん?」


 一瞬、誰の声だか分からなかったのにも関わらず、私の体に悪寒が走った。

 しかしながらよくよく考えればすぐに誰だか判明する。



「……一之瀬君」


 ハーレム系主人公、一之瀬裕也。ただ今参上されてしまった。


 本当にこの男はいつも図ったように現れる。しかもまどかか弥生が居ればまだ良かったものの、一人である。



 ちょっとは慣れたと思っていた周りの視線の力が一気に強化されるのが手に取るように分かる。それこそ強化魔法でも使っているんじゃないかと思うくらい、彼女達の視線が美形二人に挟まれた私の体にぐさぐさと突き刺さってくる。



 逃げたい。




「えっと、あなたは確か、あの時の……」

「どうもこんにちは、一之瀬裕也君」



 一之瀬君は譲さんが三月にあの場所であった人だと気付いたのか、驚きで目を見張った。

 対する譲さんは、にやりと笑みを浮かべながら挨拶する。



「彰と一緒じゃなかったんだ」

「……まあ、その、色々ありまして」

「俺がメールした時に断ってきたから、てっきり遠野さんとデートなんだと思ってた」


 わ、私だって二宮君とデート出来たらしたかったよ!



 自分でもどうしてこうなっているのか正直後悔してます……。なんで私譲さんと一緒にいるんだっけ、と現実逃避しそうになる。



 そう思いながらちらりと隣を見て、譲さんの表情に思わずびくりと怯えてしまった。

 たまに千春がするような、悪いことを考えている顔にそっくりだったのだ。


 そしてその予想はすぐに的中する。逃げ腰になっていた私を引き寄せ、見せつけるように顔を近づけた。



「咲耶ちゃんは今日、俺とデートなんだ」



 キャー、と悲鳴が響き渡る。私だって悲鳴上げたいわ。なんでそういう誤解されるようなこと一之瀬君に言うかなあ!


 そして一之瀬君はというと、一瞬きょとん、と瞬きを繰り返した後、すぐさま私に詰め寄ってきた。



「え、ちょ、遠野さん!? どういうことだ!」

「いやこれには事情が」

「浮気、浮気なのか!?」



 駄目だまるで話を聞いてくれない。




 ……というかこの状況、非常によろしくない。女の子達の視線が氷点下レベルにまで達している。


 最低、とか、なんであんな子がモテるのよ、とか聞こえるような声で囁かれる。



 しかしながら今の私、完全に浮気の言い訳をしてる状態である。傍から見れば一之瀬君が居ながら譲さんと二股してる女に見られてるー!?



 やっぱり譲さんの提案になんて乗るんじゃなかった! 千春が言っていたではないか、この男は詐欺師であると。





 絶体絶命のピンチである。冷静に言っているがまったく冷静ではなかった。



「咲耶!」



 え?


 聞き慣れた声に聞き慣れない言葉が重なる。しかし私は混乱しながらも無意識のうちに声をした方向を振り返っていた。



 そこには、私の大好きな人。



「に、二宮君……?」

「こっちに!」



 突然現れた二宮君に腕を引かれて、何も考えることなく私は走り出した。するりと人混みを抜けて、どんどん人気のなくなっていく景色をただただ走りながら眺めた。


 追いかけて来る人はいない。私達は殆ど目立たないし、先ほどの女の子達も邪魔者が居なくなったとあの二人に群がることだろう。






 そのまま何も相談することもなく、私達はいつもの公園に到着すると、同時にベンチに腰を下ろした。




「はあ……」


 疲れた。全力疾走なんていつ以来だろうか……と考えたが、割と記憶に新しかった。


 同じように息を切らしている二宮君を見ながら、私は途端に不安に襲われる。



 どうしよう、嫌われたかもしれない。



 嫉妬させたいなんて馬鹿なことを考えて……、それに本当に浮気したと思われていたら。




「二宮君……」



 何て言えばいいんだろう。


 何を言っても言い訳にしか思われない気がした。




「とお……咲耶」


 別れよう、という言葉を聞きたくなくて耳を塞ぎたくなる。けれど、どんなに祈っても時は止まってくれなくて……二宮君の口が開かれた。



「今までごめん!」

「ん?」

「鈍感鈍感って言われるけど、咲耶がそんなに俺のことを想ってくれていたなんて、今まで分かってなかった」

「え?」

「朝に姉貴から呼び出されて、それからずっと、その……二人の様子を見てたんだ」

「ええ!?」



 何だって!?


 譲さんが撮った画像を送りつけられた千春はすぐさま彼に連絡したのだそうだ。

 そういえば譲さんがそんなことを言っていたとは思ったが、色々ありすぎて頭から吹っ飛んでいた。二人に知られなければ意味がなかったのである意味当然のことなのだが、朝からずっと見られていたとは思わなかった。



「姉貴はすぐにあの人の思惑を理解したけど、そのまま着いて行こうって……」

「ってことは二宮君も、最初から、全部分かってて」



 かああ、と顔が一気に赤くなる。とんだ恥さらしだ。デートしていた所を見られる所までは計画通りだが、まさか嫉妬させようという魂胆まで見え見えだったとは……穴があったら入りたいとはこういう気持ちか。



「俺は咲耶が心変わりしたんじゃないかって心の底では疑ってた。けど、喫茶店で話しているのを聞いて……その、すごく嬉しかったんだ」

「あ、あ、あれを、聞いてた!?」



 私が二宮君をどう好きなのかを語っていたのを丸々聞かれていたなんて……!


 重いと思われなかっただろうか。



 ……っていうか、今更なんだけどさっきからずっと名前で呼ばれている。

 それを尋ねると、



「姉貴が言ってたんだ、名前で呼び合いたくて練習してたって」



 という衝撃の暴露が発覚した。千春……普通そんなこと言い触らさないでしょうが!



「……正直、俺も東郷さんが名前で呼んでるのを聞いて、腹が立った。俺だってまだ呼んでないのに、って自分が言わなかったことを棚に上げて」

「二宮君……」

「だからさ、咲耶も俺のこと、彰って呼んでくれないか?」



 待たせてごめん、と謝られてしまい、申し訳ない気持ちになる。そんなの私の我が儘だったのに。


 私は一度大きく息を吸うと、彼の名前を呼ぼうとした。



「あ、きら、君」


 しかし声を出すために吸った空気は殆ど音になることなく外に吐き出されてしまった。でも、途切れ途切れでもなんとか本人を前にして言うことが出来た。


 私の言葉を受け取って、二宮君……彰君は嬉しそうに笑ってくれた。



「咲耶が俺を妬かせたいなんて考えてくれたこと、ちょっと嬉しかった」

「う、嬉しい!?」

「だって、それだけ俺を好きでいてくれてるってことだろ。……まあでも、嘘だと分かっていても、東郷さんと一緒にいるのを見てるのはちょっと辛かった」

「……ごめんなさい」



 嬉しいと言われて少しだけ舞い上がっていた心が再び底辺へと落ちる。そうだよね。私、身勝手な考えで彰君を傷付けたんだ。



「いや、辛かったのは二人が並んでるのを見て、何かお似合いだなって思っちゃったからなんだ」

「ハルに怒られるよ」



 そしていい意味でも悪い意味でも、私は譲さんとはお似合いになれないと思う。



「もう怒られた。『さくがあんな腹黒男とお似合いってどういうことだ』って」

「ハルは素直じゃないなあ」



 譲さんと他の女がお似合いだって言われて嫌だったって正直に言えばいいのに。



「お似合いというか……俺、いつも咲耶に頼ってばかりだから。あんなにしゃれた喫茶店も知らないし、さらっとエスコートもできない。咲耶には俺よりも、もっとしっかりした男の方が合ってるんじゃないかって思ったんだ。だけど……」

「彰君、」

 私がそんなことない! と口を開く前に何も言うなとばかりに彰君は首を振った。



「だけど、俺は咲耶が好きなんだ。こんな俺だけど別れたくない、一緒に居させてくれ!」



 しっかりと目を合わせて、彰君は力強くそう言った。





 夢? いや、夢なんて冗談じゃない!


 肩に置かれた手は熱くて、心臓の音はとても煩くて、今が現実だと教えてくれている。




 私は、何かを言おうとして、けれど言葉にならなくて、思い切り彰君に抱きついた。



「さ、さく」


 彰君の言葉を封じ込めるようにぎゅっとしがみ付くと、案の定声が途切れた。そのまましばらく抱きついていると、ややあってから腕が背中に回されたのが分かった。



「彰君、私結構重いと思うよ。こんな風に嫉妬させようとか考えてたりしちゃう人間だよ?」

「知ってる。だって俺はそういう咲耶を好きになったんだ」



 嬉しくて、どうしていいのか分からない。


 今日は沢山色んなことがあったけど、今は本当に幸せだ。



 彰君の腕の中は、暖かくて、一番安心できる場所。




「だから、その……これからも、よろしくな」

「うん!」




完全に着地点を見失い終わり方に迷走しまくった結果、ちょっと消化不良になってしまいました。

小話から微妙に引っ張ってきた名前呼びがようやく落ち着きました。

別視点でもう一話あります。

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