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デート話 前編

 大学生になりまだ間もない今日。休日の朝である。



 今日は少しゆっくり寝ていようと目覚ましも掛けずに眠っていた私を起こしたのは携帯の着信だった。朝から誰だろう、と半分だけ目を開けて画面を確認すると登録されていない番号からである。


 出るか出まいか悩んでいたが、留守番電話をセットしていなかった着信は一向に切れる様子がなかった為、私はまあいいかと応答のボタンを押した。




「もしもし……」

「あっ咲耶ちゃん寝てた? 起こしてごめんな」



 誰だ? と私の頭の中に疑問符が浮かぶ。低い男性の声である。名前を知られているということは間違い電話ではないのだが……一向に候補が思い当らなかった。



「あの、どちら様ですか」

「あっ分からなかった? 俺だよ俺、東郷譲!」


「とうごう……ああ、ハルの彼氏さんですか」




 そういえば三月の事件の時に一回あったなあ、と思い出す。会ったのは一度であるが、時々千春から愚痴混じりの惚気を聞かされていたので勝手に知っている印象になってしまっている。

 しかし、間違えて誰かのアドレス消してしまって気付かなかったとかじゃなくて本当によかった。



 ん? 東郷さんだと分かったのはいいが、そういえばどうして私の番号知ってるんだろう。千春から聞いたのか?



「あの、どうして私のアドレス知ってたんですか」

「え? それはあれだよ、ハルの携帯からちょちょいって」

「勝手に見たってことですね」

「うんまあ簡単に言えば。それで本題なんだけど――」



 さらっと流された。




「俺とデートしよう」


「切っていいですか。いえ切ります」

「あっ、ちょ」



 衝動のまま電話を切ってしまう。全く、千春から他の女の子と遊ぶのはいつものことだと聞かされていたものの、まさか私を誘うとは一体どういう神経をしているのだ。ふざけるな。


 寝起きの不機嫌さもプラスされて余計に苛々する。



 しかし、再び携帯が着信を知らせてくる。勿論先ほどと同じ番号だ。出るまい、と思ったが先ほど同様にしつこい。


 ここまで来ると、何か理由があるのではないかと思い始めてきた。東郷さんは見かけが良いのでモテると聞いたことがあるし、それならわざわざ千春の友人である普通代表の私を選ばなくてももっと綺麗な女の人を誘えばいい。




「……もしもし」

「やっと出た。勝手に切らないでほしいなー」

「自分の言動を顧みてください。それで……」

「そうそう、デートしない?」

「なんで私が東郷さんとデートするんですか」



 殆ど初対面なのに関わらず、随分と言動が馴れ馴れしい。それにつられて私の言葉も冷たくなってしまう。



「咲耶ちゃん、彼氏とはどう?」

「どうと言われましても、最近会えてないし……」



 突然話題が変わったな。


 お互いに大学が始まり、新しい生活に慣れる為に大忙しだった近頃。家に帰るとすぐに寝てしまうことも多く、あまり二宮君と電話さえ出来ていない。



「ふーん、俺もハルとあんまり会ってないんだけどさ」

「はあ」

「ハル、何か君の彼氏とはちょくちょく会ってるみたいなんだよね」


 俺達コイビトを差し置いて、とやや声のトーンを低くした。



 二宮君と付き合い始めてからすぐ、千春が前世のお姉さんだったという話を聞いた。なるほど、と納得したものだ。千春の不思議な言動も物語を知っていたと考えれば理解できる。



「……まあ、いいんじゃないですか」


 前世からようやく会えた家族だ、積もる話も沢山あるだろう。




「あれ、そういう発言するってことは二人の関係知ってたんだ」

「その、前世とかいうことですよね」

「そうそう」



 しかし実際に口にしてみると本当に途方の無い話である。転生したという人間が二人もいる時点ですごいことなのに、まさか二人が家族だったなんて。



「でもさあ、ちょっと仲良くなりすぎじゃねって思う訳だよ」

「そうですか?」

「だって考えてみなよ、前世が家族だったとしても今のあいつらは赤の他人。しかもハルからすれば親友の彼氏。客観的に見れば、咲耶ちゃんがハルに恋人を奪われたようにしか見えないと思うけど」


 そう言われれば、確かに。



 千春が二宮君を好きだということはありえない。そう完全に確信が持てるくらいには千春のことを分かっていると思うし、そしてそれだけ東郷さんとの惚気を聞いてきた。



 しかしながら、私とは最近会えないのに千春とは会っていたのかと思うと、心がもやもやしたもので満たされていく。まして、あの二人が周りから恋人に見られていると思うと余計に。



 黙り込んだ私の心情を察したのか、東郷さんは非常に優しい声で再び私に誘いの言葉を掛けた。



「だからさ、ちょっと俺とデートして、二人を嫉妬させてやろうぜ」




 こうして私は迂闊にも、悪魔の誘いに頷いてしまったのだ。


















 その日すぐにデートすることになり、私は慌てて準備して出かけた。服を選ぶ時に、どれくらいのおしゃれをするべきだろうかということに悩み、気が付けば約束の時間まですぐだった。


 二宮君とのデートならば、自分が一番お気に入りの服を着ればいいのである意味楽だが、相手は東郷さんである。あんまりおしゃれするのも癪、というか千春に申し訳ないし、けれどあんなイケメンと歩くのだから最低限は整えておかなければ恥ずかしい思いをするのは私である。まあ精一杯のおしゃれをしたところで、彼と並べば見劣りすることは承知だが。



 待ち合わせ場所は私の家から一番近い駅だった。私の家特定されてるのかな……と不安になりながら、駅へ向かう。この近辺では大体皆駅の広場にある時計の下を待ち合わせに使っている為既に人が多く、探すのが大変だと思った。何せ一度しか会ったことがないのだ、特徴的な容姿だが果たして見つけられるだろうかと周囲をぐるりと見回す。



「ねえ、暇なら一緒にカラオケでも行こうよ!」

「んー、どうしようかな」



 ところが、すぐに見つけることが出来てしまった。何せここはそんなに都会という訳でもないのにあんなに目立つカラーリングの髪、そして人目を引く容姿、そしてさらに言えば、それらの特徴の所為で、周りにいる女の子達の視線を追えばすぐに発見できることが分かった。


 そんな東郷さんは当たり前のように可愛い女子大生の二人組に逆ナンされている。しかも彼女らだけではない、先ほど言ったように他の女の子の視線は彼に釘付けなのだ。



 私に、あの場に入れと?


 家を出たばかりだというのに精神的に疲れてきた。もういっそ帰ってしまおうかと思っていると、ふと私に気付いた東郷さんがこちらに顔を向けた。にやり、と笑って。


 思わず寒気がした私は悪くない。もしかして、私はとんでもないことを受けてしまったのではないかと、ようやく気付いた。



「やあ、咲耶ちゃん。久しぶり」

「お、お久しぶりです……」



 この男、分かっていて殊更ににこやかな笑みを作ってこちらに向かってきた。



「じゃあ行こうか」

「ひっ」


 肩に手を回されて思わず悲鳴を上げてしまうが、私の声は周囲の悲鳴と一緒くたになって東郷さんには届かなかったであろう。


 怖い怖い怖い、周りも怖いが、この人怖い。何を企んでいるのか分かったものではない。



「何あの子」

「全然釣り合ってないよね」


 ああもう分かっていますから、ホントにすみません……。



 周囲に全力で謝りたくなってきた。



 二宮君とデートならば絶対に起こるはずのない状況に眩暈がしそうになる。実際に二宮君とデートした回数なんて片手で足りる数だけれど、なんとも心癒される時間だった。柔らかい雰囲気のデートで、当日は家に帰ってもずっと頭に花が咲いてしまっていた。


 しかし現状はどうであろう。周りからは冷たい視線を浴び、隣には何を考えているか分からない男。私自身、緊張で神経を尖らせている。



 はあ、と思わずため息を吐いてしまった瞬間、突然パシャ、とすぐ近くで写真を撮る音が聞こえた。隣を見ると、東郷さんが携帯を弄っている。恐らく撮ったのは彼だろう。



「あの、東郷さん何を……」

「ん? 現在の状況をハルに送ろうと思って。デートしたとしても、二人に見て貰えなかったら意味がないだろ?」

「それはそうですけど……二宮君には」

「ああ、多分ハルが教えるんじゃないかな。随分仲が良いみたいだしなあ」


 東郷さんの言葉には棘が含まれていた。やっぱり、千春って愛されてるなー。


 けれど果たして、二宮君は嫉妬してくれるんだろうか。何せあの鈍さである。今まで散々私の期待を裏切り続けてきた彼なのだから、今回上手くいく保証などどこにもない。むしろ何とも思われない確率の方が、統計的に上である。



「それじゃあどこか行きたいところはある? なければ俺に任せてもらってもいいけど」

「はあ……じゃあお任せでお願いします。あと手は退かしてください」

「はいはい了解」



 肩から手が外されてようやく人心地着く。


 ああ、これから一日、先が思いやられるな……。






デートといえど、何故かこの二人になりました。


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