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 最初は何をおかしなことを言っているんだろうと思った。


 実際にシナリオ通りの展開が目の前で繰り広げられた今も、未だに心のどこかでは、偶然だ、と片づけたい自分がいる。



 信じてくれてありがとうと、そう言ってもらったのに。



 このままではだめだ。こんな中途半端な気持ちのままで、彼を支えたいなんて思う資格なんてない。何より自分が許せない。

 常識だとか、現実だとか、もうどうでもいい。


 私は、二宮君を信じたい。



「よしっ!」


 そうと決めたら行動あるのみ。














 日曜日、私は水族館にいた。



 開館を待つ列に並びながら、ノートの内容を思い返す。


 星谷美玖との出会いイベントが起こった日から次の日曜日に、6月の事件が起こる。


 近くの水族館がリニューアルするという話を聞いて、一之瀬君達は遊びに行く。そこでたまたま来ていた星谷さんと遭遇し、一緒に見て回ることにした。しかし途中で1人になった彼女が、一之瀬君達が敵対している組織に人質にされてしまうらしい。


 殺されそうになった彼女は内に秘めた魔力を爆発させ、更に暴走させてしまう。それを一之瀬君の“封印魔法”で魔力の暴走を鎮め、敵を取り押さえて一件落着、ということだ。


 私は今日それらが起こることを確かめに来た。彼らをこっそり尾行して、遠目にでも魔法を見ることができれば、私の固い頭も納得するだろう。









 開館時間になったようだ。流れ出した人波に目を移して、一之瀬君達を探す。……まだ来ていないようだ。彼らはとても目立つので居ればすぐに見つかるはずだ。


 人の流れに押されながら入り口でパンフレットを手に取る。私は割と方向音痴なので、こういったところでは案内図は必須である。


 あっ、アシカショーがある。カワウソも見ておきたいなあ。


 ……って駄目だ駄目だ。今日は遊びに来るのが本題ではないのだ。

 まあ、その、探すついでに少しくらい見て回ってもいいだろう。















 水族館の中に入って暫く経過した。しかし、リニューアルしたばかりということもあって人が多く、なかなか彼らを見つけられない。朝から並んで入ると書いてあったのだから、もう館内にはいるはずなのだが。


 そういえば、ノートには“主人公達”としか書かれていなかったが、二宮君は来ているんだろうか?


 二宮君は他の登場人物と違って魔法を使ったりすることはできない。ストーリーの大詰めである意味重要人物となるが、基本的にはストーリーに深く関わる人物ではないらしいのだ。本人曰く、日常パート担当とのこと。



 おお、くらげだ。ゆらゆらしてるところ見てると癒されるよねー。

 ……って、またやってしまった。


 実は、私は水族館が大好きだ。薄暗い幻想的な雰囲気、そこで優雅に泳ぐ魚達。それをぼーっと眺めるのが楽しくて仕方がない。もともと今日来なくても、リニューアルしたと聞いたら近いうちに見に来ていただろう。


 水槽を見ていると立ち止まってしまいそうになるので、わざと背を向けてぐるりと来場客を見回した。すると、フロアの端で1人だけ水槽とは違う方向に顔を向けている人を見つけ、首を傾げた。気になって少し近づいてみると、見覚えのある顔が覗く。



「星谷さん?」

「咲耶先輩? 先輩も来ていたんですか?」


 声を掛けると、やや驚いたように声を上擦らせた。しかし、少し元気がないように見える。星谷さんは大人しい性格ではあるものの、決して暗い訳ではない。しかし、今日はやけに沈んでいるように見えたのだ。


 1人でいるようなので、まだ一之瀬君達とは合流していないのだろうか。

 星谷さんは私と向き合いながらも、ちらちらと先ほど向けていた方向に視線を彷徨わせている。彼女の視線の先を追うと、なんと探していた一之瀬君達を見つけることができた。



「一之瀬君」


 そう呟くと、彼女はぴくりと反応した。

 二宮君もいるようだ。一緒に回れないかな、と本来の目的も忘れかけて思った。



「一之瀬君達と一緒だったの?」

「その、さっきまでは一緒に回らせてもらっていたんですが……ちょっと居辛くて」

「居辛い?」


 疑問に思ってもう一度彼らを見てみる。一之瀬君を取り囲むようにして3人の女の子が楽しそうに彼を引っ張ったり、話しかけたりしている。


 なるほど、あそこに入るのはちょっと大変かもしれない。二宮君でさえ、少し離れて苦笑を浮かべている。


 逃げてきちゃいました、と彼女は自嘲の笑みを浮かべた。



「私、一之瀬先輩に憧れていたんです。誰にでも優しくて、いつも周りを明るくしていて。殆ど話したことのない私にも、一緒に回ろうって笑いかけてくれて本当に嬉しかった。

 他の先輩方もとても親切な方達ばかりで、歓迎して下さいました。けど……」


 彼女は一之瀬君達から視線を逸らして俯いた。


「けど、だからこそあんなにも綺麗で優しい先輩達の隣に立つのが辛いんです。一之瀬先輩に、比べられたくない」


 奇しくもそれは、私が先日図書館で思ったことと同じだった。二宮君の前で桐生さんと並びたくなかった。彼女がいい人であればあるほど、彼の前で傍にいるのが苦痛になる。

 彼の気持ちを知っているから尚更だ。



「分かる、なあ。私もそういう気持ちになったことあるから」

「先輩も? 一之瀬先輩にですか?」

「違う!」


 何を言い出すんだこの子は。私が一之瀬君にそんな気持ちを抱くはずないだろう。だって私は……


「そうですよね。咲耶先輩は二宮先輩のことが……」

「ちょちょちょちょっと待った!!」


 聞き捨てならない言葉が聞こえ、ありえないくらいどもってしまった。心臓がばくばくと音を立てる。


「なんでそれを知ってるの!?」

「同じ委員会で、何度も一緒に当番やってるじゃないですか。先輩分かりやすすぎます」

「私……そんなに分かりやすい?」

「はい」


 思わず自分の顔を触る。ポーカーフェイスが出来ない性質だとは思っていたが、そんなにバレバレだったのだろうか。もしかして、二宮君も気づいて……いないか、鈍感だし。



「先輩可愛いですね」

「心にもないこと言わなくてもいいよ」


 くすくすと笑いながら言われても全然嬉しくない!

 この子、実は結構いい性格してるな。


 話を逸らそうと、こほん、と一呼吸置いて別の話題を出す。


「一之瀬君達の所にはもう戻らないの?」

「はい……」

「それじゃあ、今日は私と一緒に回る?」



 この時、私は星谷さんと話すことに夢中で小説のことは一瞬頭から抜けていた。彼女が一之瀬君から離れて1人になった時に何が起こるのか、思い出したのは次の瞬間だった。


 彼女が人質になる、という出来事を。



 こくり、と頷こうとした星谷さんの背後に大きな人影が映った。


「!?」

「静かにしろ」


 ぐい、と突然後ろに引っ張られ、何かにぶつかる。耳元で聞こえてきた声に後ろを振り返ろうとすると、ひやり、と首筋に冷たい感触がして思わず固まった。


 星谷さんの方を見ると、彼女は中年の男に背後からナイフを突きつけられていた。おそらく私も同じ状況なのだろう。彼女は恐怖に口をぱくぱくとさせている。



「一之瀬裕也の知り合いだな。悪いが来てもらう」



 助けを呼ぼうにも、声を出した瞬間に首を切られてしまうのではないかという恐怖が勝る。元々照明が最小限しかない水族館である。みんな水槽に目を向けており、フロアの端にいる私達に気づく様子はなかった。





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