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好きな人が中二病かもしれない  作者: とど
side:二宮彰
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2

「彰って、遠野さんのこと好きなんだろ?」



 テスト勉強の為に空き教室に集まり、和気藹々と勉強に勤しんでいた。初めは皆で勉強していたのだが、途中で遠野さんは用事があり先に帰ってしまい、まどかと御堂さん、星谷さんも家が遠いということで、暗くならないうちに学校を出た。


 やっぱり教えてくれる人がいないと捗らない。早川さんに聞けば良いとは思うのだけれど、隣で裕也へのスパルタっぷりを見ていると躊躇してしまう。


 何とか問題集を終え、三人で暗い夜道を歩いていたそんな時だった。裕也が意味ありげに笑いながらそう言ったのは。

 「ええ!?」と俺よりも、早川さんの方が裕也の言葉に驚いていた。



「俺が、遠野さんを?」

「なんだ、やっぱり自覚なかったのか。ホントお前鈍いよな」


 お前にだけは絶対に言われたくない。

 確かに裕也は人のことに関してはかなり鋭い。が、他人から向けられる好意に疎い所は、やはりハーレム系主人公ならではだ。



「……二宮君ってまどかのことが好きなんじゃないの?」


 少し躊躇った様子でそう口にした早川さんに、今度は俺が驚いた。

 強制力だろうか、やはり二宮彰は桐生まどかを好きであると、そう周囲に見られてるようになっているのかもしれない。



「いや、桐生さんはそういうのじゃなくて……」

「そうだよな、何かアイドルのファンとか、そんな感じだよなお前」

「ファン……まあそんなとこか」



 正確に言うと、親心的な愛着がある。前世で書いた小説の中でも、まどかは一番のお気に入りのキャラクターだったのだ。その彼女が自分の意思で考えて動いていると思うと、感動してしまう。


 まあ一言で言うと、うちの子可愛い、なのである。



「それでそれで、じゃあ咲耶は!?」


 早川さんは何か期待したような目でこちらを見上げている。

 まどかは違う。では、遠野さんは……?



「……好き、なのか?」

「なんだよ、あれだけ分かりやすく行動してる癖に、まだはっきりしないのか?」

「行動って?」

「例えば今日。俺が遠野さんに質問してた時、邪魔したよな」



 裕也に言われて思い出す。テスト勉強をしていた時、裕也が何故か執拗に遠野さんに近付いて質問していたのである。彼女も困っていたし、邪魔したって言ってもそもそもあれは裕也があんなに遠野さんに接近してたのが悪いのだ。


 俺がそう言うと、裕也はにやりと笑った。



「あれはわざとだ」

「はあ?」

「お前があまりにも自覚しないもんだから、俺が一肌脱いでやろうと思ってな」



 つまり、俺を嫉妬させる為にあんな行動を取ったというのか。



「お前、俺のことすごい目で睨んでたぞ」

「それに、咲耶が裕也のこと見てた時も機嫌悪そうだったもんね」


 幼馴染コンビが畳み掛けるような勢いで言う。俺、そんな顔してたのか。思わず自分の顔を触る。


 確かに、遠野さんの好きな人が裕也なのかもしれないと思った時、やっぱりと思うのと同時に、何故か無性に裕也を殴りたくなった。けれど彼女に力いっぱいそれを否定されて、みるみるうちに心が凪いでいったのだ。



「それにお前、遠野さんと話してるとき、すげー穏やかっていうか幸せそうだろ」




 ……確かに、そうだ。ノートを拾ってもらった時、夏休みの愚痴を聞いてもらった時、文化祭で浴衣姿の彼女に会った時。いつもほっと落ち着くことが出来た。


 だが俺はそれを、秘密を共有している人間だから安心できるのだと思っていたのだ。









「そっか、俺……遠野さんのこと、好きなのか」



 すとん、とまるであるべき場所に嵌ったかのように納得した。


 俺の為にあんなに一生懸命になってくれて、まるで自分のことのように真剣に向き合ってくれる。そんなひたむきな所に、好きになってしまったのだと。



 彼女が好きだと、自覚してしまった。




 こういう感情は、実は“二宮彰”では初めてだ。転生したと自覚してから急に周りが子供に見えてしまい、そういう感情を抱くことなく過ごしてきたのだ。だからこそ、余計に恋愛に疎くなってしまったのだろう……多分。


 だが、自覚した所で大きな問題に直面する。




「でも遠野さん、好きな人いるって言ってたしなあ」

「何言ってるんだ? 遠野さんの好きな人なんて決まって」

「ストーップ!」



 裕也が言いかけた言葉を飲み込ませるように、早川さんは素早く鞄から取り出した辞書で裕也に思いっきり振りかぶり、フルスイング。


 ばこん、とかなりいい音が夜道に鳴り響く。



「いってーな、頭悪くなるだろ!」

「これ以上悪くなるわけないでしょうが」

「なんだと……!」


 そのまま二人は口喧嘩に突入してしまった。いつも些細なことで喧嘩してるな、とは思っていたものの、俺は裕也が言いかけたことが気になってそれどころではなかった。


 なんとか話を戻そうと思ったのだが、舌戦を繰り広げる二人の間に入るのは想像以上に難しく、結局分かれ道までに聞き出すことは叶わなかった。

 もしかして、俺に聞かせない為に二人でわざと言い争いをしていた訳ではないだろうな……。



 けれど裕也も早川さんも知っているだろう遠野さんの好きな人。考えても一向に思いつかなかった。

 まあ、知った所でどうにも出来ないんだけど。


 遠野さんの気持ちも……自覚した俺の気持ちも。



















「はあ……」


 うつ伏せでベッドに倒れ込み、ようやく人心地ついた。いや、しかしまだ心臓が激しい音を立てて暴れている。

 布団に顔を埋めながら目を閉じた。



「……思い出しちまった」


 こんなことなら一生忘れたままで良かったのに、自分が死んだ時の記憶なんて。





 クリスマスイブだった今日。コンビニからの帰り道で遠野さんに偶然出くわした。冬休み、しかもイブに会えるなんて運がいい、と喜んでいられたのはそこまでだった。


 帰り道で、近所の家が火事になっていた。

 最近この辺りで放火が多発しているということは聞いていたが、実際に間近で見ることになるなんて思っていない。目の前で轟々と燃え盛る炎を見て、頭に中に同じような色が蘇ってきた。



 既視感というか。どこかでこんな光景を見たことがあると思ったのだ。


 どこで見たかなんて、考えなければ良かったのに。



 思い出そうとしたのか、無意識に体が炎に向かっていた。そして視界全てが赤に埋め尽くされた時、いつかの光景が視界と重なった。





 いつの間にか俺は、炎に囲まれていた。

 どうしてそうなったとか、そんなことを考える前に大きな炎の塊が体目掛けて降ってくる。


 いやだ、熱い……死にたくない。


 どこへ逃げようと熱くて堪らなくて、苦しくて。


 またこんな風に、俺は死んでいくのか?





 そう思った時、視界が真っ暗に閉ざされた。





「二宮君!」


 はっとした。

 ここは……俺は?


「大丈夫だから」


 熱くない。暖かい温もりが体を包んでいる。俺は思わずその温もりに縋った。


 もう、苦しくはなかった。



「とおの、さん」

「家に帰ろう」


 視界には、彼女だけが映っていた。ぐい、と体を反転させられてそのまま腕を引かれながら歩き出す。

 そうだ、俺はもう三橋千明じゃないんだ。ここは、あの燃え盛る赤い部屋じゃない。


 黙って腕を引っ張る彼女の後姿を見つめる。



 二宮、と彼女が名前を呼んでくれた。だから俺は正気に返ることが出来たのだ。あのまま三橋千明に囚われたままだったら、狂っていたかもしれなかった。



 そのまま遠野さんに連れられて家に帰り、ベッドに直行したのだ。




「ほんと、遠野さんには情けない所ばかり見せてるよな……」


 死んでしまうかもしれない、と弱音を吐き、シナリオとの食い違いに動揺し、そして今度はこの有様だ。いつも助けられてる。


 首に巻いたままのマフラーの端を手に取る。もう家に着く頃には、多少は落ち着いていた。だから彼女が帰る時に返すことも出来たのだ。


 だが、そうしなかった。もう少しだけ、この暖かさに頼らせてほしかったのだ。





「彰?」


 扉越しに母さんが声を掛けてくる。様子がおかしかったのに気付いたのだろう、扉を開けようとしないで、そのまま話しかけられる。



「……大丈夫?」

「大丈夫、だけど……もう少しだけほっといてくれ」


 今は誰かに顔を見られたくなかった。そう言うと、分かった、と静かに足音が遠のいていく。

 今の母さんに心で謝りながら、俺はぼんやりとしか思い出せないあの人達を頭に描く。



「父さん、母さん、姉貴……」



 今この瞬間だけは、家族の冥福を祈らせてほしい。





彰の気持ちに気づいていたのはお母さんと裕也だけ。

多分本人は指摘されなければ、恐らく一生気づいていなかったかもしれません。

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