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好きな人が中二病かもしれない  作者: とど
side:西条千春
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7

 3月14日、とうとうこの日が来た。



 私はあれから情報収集に明け暮れた。勿論受験勉強はしていたものの、譲にだけに任せておくわけにはいかなかった。


 一番大事な封印の儀式が行われる予定の地下広間の場所。これはあいつが何とか幹部に暗示をかけて知ることができた。当日の組織の動きもある程度は把握している。儀式には、シナリオ通り総帥が来ることも決まっていた。



 だが、果たして私は総帥と対面した時、冷静になることはできるだろうか。母に追手を差し向け、両親を殺した遠因を作ったあの老人に再び殺意を抱かないでいられるだろうか。


 一度人を殺めかけているからこそ、いざそうなった時に自分を止められないことを知っている。

 でも譲が居てくれる。だから、大丈夫だと言い聞かせた。






「千春」



 家を出ようと靴を履き終えたその時、おじさんがまるで待ち構えていたように口を開いた。


「行くのか」

「……うん」


 おじさんは知っていたのだろう。私が組織の情報を集める為に、危険に首を突っ込んでいることを。それでも、今日まで何も言ってこなかった。



「……お前の両親は、お前が組織の関わるのを望んでいなかった。それでも、行くんだな」

「お母さんは封印魔法の所為で狙われていた、そして一之瀬も今日、封印魔法の所為で生贄になろうとしてる」

「!? 千春、お前どこまで知って……」

「全部だよ。……おじさん心配しないで、今日全ての片を付けてくる。今まで続いてきた不幸の連鎖を、全部断ち切れる。だから」



 茫然として立ち尽くしたおじさんに背を向けた。


「だから家に帰ってきたら、一緒に両親のお墓参りに行ってほしい」


 全部終わったと報告するんだ。



 玄関の扉を閉めた時、小さく返事が返ってきた。














「よっ」


 軽く片手を上げて譲がやってきた。


「組織の方はどうだった?」

「ああ、やっぱり二宮彰を使うつもりらしい」



 シナリオ通りか。徐々に一之瀬達も組織の本質が見えてきたのだろう、警戒されている証拠だ。つまり二宮に付いていれば、おのずと組織の人間も釣れるということだ。


「譲、探知魔法お願いね」

「了解っと」


 あらかじめこうなることを予想して、二宮の居場所が分かるように頼んでおいた。対象者に自分の魔力を付けておくことで後々居場所を把握することが出来るのだ。譲には、上手いこと二宮とすれ違ってもらい、その時に魔法を発動してもらった。


 譲は体術や攻撃魔法もそこそこ強い方だが、なんといってもこのような探知魔法や、緻密性を必要とする記憶や精神の操作が一番得意なのだ。


 本当に、チートな男だ。




 二宮の居場所を辿ると、学校近くの公園にいることが分かった。近くて良かったと思いながら脚力を強化して向かうと、公園に入る直前で二宮以外にも複数の気配があることに気付き、さっと身を隠した。


 そおっと気配を消して外から園内を覗き込むと、そこに広がっていた光景に私の息が止まってしまった。



 複数の黒服――組織の人間と対峙する二宮。そして二宮の隣で、苦しむようにのたうち回っているのは、咲耶だった。

 すぐさま飛び出そうとした私を譲が制する。しかし瞬時に強化魔法を使ってその腕を振りほどいた。



「ハル、あいつらが油断するのを待って……」

「待てるか!」


 咲耶があんなに苦しんでいるのに待てるはずがないでしょう!



 私は一目散に駆け出すと一歩前に出ているリーダー格の男に一発お見舞いする。魔力の動きから考えて、咲耶に魔法を掛けているのはこの男だろう。私の考えが正しかったのか、次の瞬間咲耶に纏わりついていた魔力が四散するのを確認した。


「愚かな奴ら」


 よりにもよって咲耶に危害を加えるなんて。



「は……西条、さん」


 二宮が呆気にとられて尻餅をついた。しかし今はそれに構っている暇はない。勢いで飛び出してしまったものの、これだけの人数を一度に相手したことはない。……魔法使いでなければ、これ以上の数の不良に膝をつかせたこともあってけど。


 やつらが魔法を使う前に倒してしまおうと、全身を強化して一番近くにいた男に膝蹴りを食らわせた。


「がはっ」

「囲め、二人は外から支援と攻撃魔法を」



 最初に一撃食らわせた男はまだ意識があったのか、動揺した黒服達にすぐさま指示を出す。まずい、と思い形成されようとしていた円を崩そうと、回し蹴りを食らわせるが。


 堅い……

 すでに強化魔法が施されていたのだろう、まるで鋼鉄を蹴っているようでこちらの足が痺れる。


「西条さん、後ろ!」


 あんたに言われなくても分かってる!

 分かっているけど、どうにもならないのだ。攻撃の為の魔力を溜めていた男が今にも魔法を発動させようとしている。その魔力の種類に私の動きが僅かに鈍った。



「発動、火炎――」

「とは、させないんだなこれが」


 悔しいくらいナイスタイミングで、いつの間に出てきたのか譲がその魔法使いを眠らせた。



「遅い!」

「ハルが早すぎたんだって」


 無駄口を叩きながらも、二人ともチャンスは見逃さない。そのまま外側から支援魔法を操る男を気絶させた譲を確認すると、私はさっき倒し損ねたリーダー格の男に渾身の一撃を顔面に叩き込んだ。


 指示を出すもの、今まで援護魔法を使っていた者達が倒れたことで、形勢は一気に逆転することとなった。後は烏合の衆である。きっちりと全員気絶させるのに、殆ど時間はかからなかった。


 私が最後の1人を倒し終えた時、譲は既に意識を取り戻した咲耶の元へと向かっていた。




「大丈夫ですか、お嬢さん」


 やつは気障なことを言いながら咲耶の腕を引き、立ち上がらせる。途中でふらついた彼女をしっかりと抱きとめながら。


「この変態が、さくに触んな!」



 ……別に、嫉妬なんてしていない。絶対にしていない。

 ちらっと見た二宮もまたむっとした顔をしていたが、私は嫉妬なんかじゃない。





 それから困惑した咲耶に事情を説明し、私は儀式が始まる前にと地下への入り口に向かおうとした、のだが。


「「一緒に行く」」


 なんとまあ仲がよろしいことで。咲耶と二宮が同時に発した言葉に、私は呆れた。

 これからどこに行こうとしていて、そこで何があるのか分かっていて言っているのだろうか。咲耶は分かっているとばかりに頷いた。



「西条さん、行かなければ駄目なんだ。これ以上、俺の所為で誰かが傷付くのは嫌だ!」



 二宮が言った言葉に、私は眉を顰める。

 この争いは、はっきり言って二宮彰は関係がない。最後に組織に利用されなければこの男が深く関わることなどなかったのだ。しかし今の発言が引っ掛かった。



 こいつも、本来では知りえない何かを知っている。そんな気がした。


 今まで違和感を感じていた全てを繋ぐ一本の結論。しかし明確な確証などなく、その時はそのまま思考を停止させた。考えるのは今じゃなくていい。




「譲、ここは頼んだ」


 譲が、いいのかという目で見ている。そりゃあ良くはない。でも連れて行く。


 私はここで勘違いしていた。譲が心配していたのは、二宮でも咲耶のことでもなかったのだ。だが、その時の私はそのことに気付かなかった。




 警備している男達を倒して地下へと向かう。

 開けた洞窟の先には複数の人間の気配があった。少し慎重になりながら覗き込むと、中央には石像の前で自分の喉にナイフを向けた一之瀬裕也がいた。


 どうして、だとかは考えなかった。ただ私は瞬間的に地面の石を拾い、気が付いた時にはナイフに向けて投擲していた。



 一之瀬裕也は死んではいけない。悲劇は、私の母親までで止めてみせる。





「なんだお前らは、邪魔するつもりなら始末する」


 気配は感じていたものの、岩の影になっていて見えなかった所から皺くちゃの老人が進み出た。



 ……こいつ、か。

 総帥と対面した時、冷静になれるか分からなかった。だけど大丈夫だと考えたのは、譲がいてくれると思ったからだ。


 生唾を呑みこむ。ここには譲はいない。私が縋れる人間は、いない。

 譲が危惧したことを、今更ながら理解した。


 こいつが、いなければ……

 今にも飛び掛かりそうな体を押さえつける。



「邪魔をしに来たのよ。組織の総帥サマであるあんたをね」


 声は震えていなかっただろうか。いつもの私で居られているだろうか。

 心の奥底の冷えた感情が、殺してしまえとけしかける。




「裕也を解放しろ」


 二宮が私の前に出た。咲耶も強く総帥を睨みつけ、しっかりと立っている。

 ……戦えない二人は、それでも立ち向かっている。


 そう、私の役目はこの二人を守ること。そしてこれ以上の犠牲を生み出さないこと。


 ……大丈夫、と言い聞かせた。





「封印なんてする必要ない。魔王なんて……倒してしまえばいい」


 未だに自らを犠牲にしようとする一之瀬に掛けられた言葉は、私の思考を停止させた。大丈夫だと何度も言い聞かせていた殺意さえ、どこかに行ってしまいそうな程の衝撃だった。


「だが、魔王を倒せば一切の魔法は使えなくなる。それは魔王の存在自体が魔力の根源だからだ。こいつは自分が魔法を失いたくないために、お前に封印をさせようとしてるんだ!」



 なんで二宮がそれを知っている?

 恐らくその一瞬、総帥と私の心は一致したであろう。そして私は何の証拠がなくとも確信した。


 二宮は、私と同じなのだと。













 魔王が復活した。


 だが、封印を施さなければどのみち復活していたのだ。戦力が集まっている今復活したのは、むしろ好都合だろう。

 魔王は醜悪な存在だった。気持ちの悪い魔力を吐き出し、傍に居る者に絶望を見せる、そんなおぞましいものだ。


 その魔王は、今総帥のすぐ傍にいる。

 このまま放っておけば、総帥は魔王に殺されるだろう。今まで散々魔王の魔力を好き勝手に利用してきたのだ、因果応報である。


 そう。私が手を汚さずとも総帥は死ぬ。

 だがそれと引き換えに、魔王は生命を得る。今はボロボロの枯れ木のような体だが、シナリオでは二宮を、そして現実では総帥を殺すことでやつは完全に復活することになる。


 もし完全な復活を許したとしても、恐らく勝てるだろう。元々いるはずだった人間に加え、私と……譲もそろそろ来るだろう。本来よりも有利に戦えるはずだ。




 魔王の手が総帥に伸ばされる。このままでいい。これでいいのだ。だけど……



 私の体が勝手に動いた。




 魔王の手が総帥に触れる寸前、魔王より先に私が総帥の襟を掴み引き摺るようにして思いっきり背後にぶん投げるようにして捨てた。


 総帥がうめき声を上げて転がる。ふん、それくらいで済んだことをありがたいと思いなさい。

 私はさっさと手刀で気絶させる。こいつの声なんぞ聞いていたくもないからね。











 魔王との戦闘が始まり、私も加勢する。負けるなんてこれっぽっちも思っていなかったけど、少しでも有利な方がいい。

 まあそれ以上に、色々ありすぎて暴れたかったというのが本音だった。手加減を必要としない、全力の戦いは今までの苦悩を吹っ飛ばすように気分が良かった。


 ……私、戦闘狂かもしれない。









「終わったみたいだね」

「遅い」


 本当に遅い。このタイミングから考えて、絶対に途中で来ていただろう。

 魔王が倒れ、一段落ついた所で譲がやってきた。



「いやだってハルが滅茶苦茶楽しそうだったから、邪魔しない方がいいかな、と」


 譲は私だけに聞こえるように、そう言った。……まあ、否定は出来ない。

 彼は倒れている総帥を前にして、こちらを窺うように視線を向けてくる。私が黙って頷くと、総帥に魔法を掛け始めた。


 そう、これでいい。不の連鎖を止めると決めてきたのだ。総帥を犠牲にすれば、両親に、そして前世の家族に、顔向けできない。



「ハル」

「何?」


 魔王を掛け終わると、譲は静かにこちらへやって来て私の頭に手を置いた。



「頑張ったな」

「……うん」

















 次の日とはいかなかったが、魔法関連のごたごたが粗方片付いてから、私とおじさんは両親のお墓へと向かった。


 花を手向けながら私はお墓の前にしゃがみ込む。



「……お母さん、お父さん。全部終わったよ」


 初めて心から、そう呼ぶことができた。私は、ようやく彼らと家族になれた気がした。











 大学入学の準備をしに出かけた時、偶然二宮と咲耶を見かけた。


 私はにや、と笑ってこっそり木の陰に身を隠した。遠目から見るに結構いい雰囲気だ。もう魔法は使えないので必死に耳を澄ませていると、途端に爆弾発言が飛び出した。


「実はさ、俺……この世界の創造主なんだ」

「「え?」」


 咲耶と私の声が綺麗に重なった。



「今までのシナリオ――『封印の運命』は、全部俺が前世で書いたものだ」



 ……。


 言葉も出なかった。

 いや、全く予想していなかったと言えば嘘になる。だが、きっぱりと言葉にされた衝撃は想像以上に大きかったのだ。


 というか、創造主って何なのよ。小説の作者とかでいいじゃん。



「アキ……」


 二宮の顔に前世の弟の面影が重なった。そりゃあそうだよ、二宮の中身がアキだったらシナリオ通りに行くわけがない。




 大方話が終わったのだろう、二宮――アキは咲耶を連れて歩きだろうとした。私もそろそろ盗み聞きは止めようと、再びこっそりと木陰から出て行こうとした時、咲耶が二宮を引き留める。釣られて私も立ち止まった。



「あ、あのさ、私、二宮君に好きって言ったの、覚えてる?」


 な、何だってー! 咲耶いつの間に告白なんてしてたんだ!?


「え、うん勿論」

「……」


 ん?


「あの、それだけなの?」

「え?」

「え!?」



 私は咲耶の言葉よりも、更にアキの言葉に驚くこととなった。

 え? じゃないだろ、そこは! 告白されたんならさっさと返事を返せ!


 肝心な所で恍けている弟に私は頭を抱えた。

 ごめん咲耶、育て方間違えたみたい……。




「今日は帰ります!」


 ほらみろ、怒っちゃっただろう。

 走り去る咲耶にアキが何かを言うが、彼女はそれを聞かずにとっとと公園を出て行ってしまった。

 追いかけようとしたアキに、私は隠れていたことも忘れて駆け出した。




「この、にぶにぶ馬鹿男がー!」


 私の声に気付いたのかこちらに顔を向けたやつに、回し蹴りを食らわせる。勿論、かなり手加減してある。譲を殴る十分の一くらいには加減したはずだ。だけれど不意打ちだった所為か、アキはずざざーと地面の砂を削りながら何メートルか転がった。



「アキ、いい加減にしろ」

「さ、西条さん!?」

「告白無視されて怒らない女の子がいると思ってんの?」



 何とか起き上がったやつは砂を払いながら立ち上がる。



「というか、アキって……」

「そりゃあ分からないわよね、私もさっき確信したし。……私の前世は三橋遥。正真正銘、お前の、姉だ!」



 口に出すには、少し勇気が必要だった。もし知らないと言われたら、という不安が一瞬だけ過ぎり、しかしそれは杞憂だったと即座に悟った。


 アキはぱちり、と限界まで開いた目を一度だけ瞬く。



「は……え……あ、姉貴!?」

「そうよ!」

「姉貴が、西条さん……いや、でも、確かにそれなら色々と辻褄が……」


 何か頭の中で整理しているのだろうか、ぶつぶつと呟く弟を眺め……そして本題を忘れていることに気付いた。



「……って、今はそれどころじゃないでしょ、なんでさくに告白の返事しなかったの?」

「そ、それは」


 アキは目を泳がせた後、下を向いてばつが悪そうに言った。




「好きだって言われて浮かれて……勝手にもう付き合ってると思い込んでて」

「……あほ」



 聞けば、バレンタインに色々ありながらも告白してしまって(その告白自体咲耶は覚えていないらしいが)もう彼女に自分の気持ちを伝えた気でいたらしい。


 咲耶が帰ろうとして、ようやく未だに告白していなかったことに思い至ったとのこと。



「じゃあ、分かったんならさっさと追いかけなさいよ」

「追いかけようとしたら姉貴が蹴り飛ばしたんだろ!」


 そういえばそうだった。今度はこっちがアキから目を逸らす。




「それじゃあ、行くから」

「アキ」



 私に背を向けたアキに対し、最後に一言だけ言う。


「今度こそ、ちゃんとさくに告白するのよ。それで……」



 背中に激励の一撃をあげた。




「とっとと幸せになりなさい!」




千春編、終了です。

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