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好きな人が中二病かもしれない  作者: とど
side:西条千春
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5

 月日が流れるのは早い。そう考えるってことは私が年を取ってしまったってことなんだろうな。まあ前世をプラスするとすでに三十を越えてしまっている。


 ……考えなければ良かった。私は花の女子高生、花の女子高生。

 鏡の前で制服を眺めながら、どうでも良いことを考えてしまった。


 今日から、私は高校生だ。



 譲から自分が通っていた高校を推されたが、きっぱりと断った。今日から私が通う高校は、家からは少し距離のある私立だ。


 本当はおじさんに負担を掛けたくなくて、公立にしようと思ったのだが。



「千春が本当に行きたい所以外は許さない」


 と言われ、実は密かに行きたかった高校のパンフレットを差し出した。

 理由は、大したものじゃなかった。


 一つはその高校の部活に合気道部、という珍しいものがあったことだ。おじさんには今までいろんな武術を習ってきたが、合気道は教えてもらったことがなかった。というか彼も習得していなかった。既に自分の身を守る為、というより趣味になりつつある武道をもっと極めたいと思い、新しいことを始めたかったのだ。


 もうひとつは……制服が可愛かったから。

 前世の中学高校、そしてこの間まで通っていた中学は全てセーラー服だった。街を歩く度にブレザーの制服を見て憧れを抱いていた私は、この学校の制服に一目惚れしてしまったのだ。三年間もこの服を着て学校に行けたらどれだけ楽しいだろう、と。


 くるりと回ってポーズをとってみたり。勿論おじさんの気配が遠いことは確認済みである。



 楽しい高校生活を夢見て、私は真新しい鞄を手に取った。
















「随分楽しそうだね」

「え!? そうかな……」


 高校生活にも慣れてきたころ、夕食を共にしていたおじさんが私を見てそう言った。口が緩んでいたのだろうか、浮かれているのに気付かれてしまったようだ。



 実は……友達が出来たのだ。


 友達が、出来たのだ!


 こうも浮かれているのには理由がある。私は転生してからはっきりと友達と言える人を作ったことがなかった。とは言っても別にいじめを受けていた訳でも、遠巻きにされていた訳でも無い。ただ、精神年齢の問題だろうか、小学校は勿論中学でも皆のまとめ役のような立場になることが多く、対等に友人関係を築けた人がいなかったのだ。

 中学は特に、不良連中から慕われていたこともあり、余計に「この人には逆らわない」というような不文律が出来ていたような気がする。



 そんな私も前世と同世代になり、ようやく友人と呼べる子ができた。

 彼女の名前は、遠野咲耶という。不良の親玉と酷い噂が流れていたのにも関わらず(誰だ、そんなこと言いふらした野郎は!)授業でペアを組んだ時に、ごくごく普通に話しかけてくれた。思わずびっくりしてあまり態度も良くなかっただろうに、彼女は気にした様子もなく、そのまま授業が終わるとお弁当に誘ってくれた。


 私が咲耶と話しているのを見て回りで見ていた子達も、次第に話しかけてくれるようになったり、積極的にグループに入れてくれるようになったのだ。


 部活も楽しいし、こんなに充実した生活はこの世界に生まれてから初めてだった。













「久しぶりだな、ハル!」


 そんな楽しい生活から一瞬にして以前のバイオレンスな世界に戻したのは、言うまでもないが、譲である。

 高校に入ってからというもの全く連絡がつかなくて、内心捨てられたのかとハラハラしていた私を嘲笑うかのように、やつは帰り道に唐突に現れた。


 そして、何故か最近咲耶に付けられたばかりのあだ名で呼んでくる。



「制服可愛いじゃん」

「それはどうも。というか、なんなのよハルって」

「友達にそうやって呼ばれてた時、嬉しそうだったから。俺もこれからそうやって呼んでいい?」



 いつ見ていたんだ、このストーカーめ。


「……好きにすれば」


 私に気付かれない位置から僅かな表情の変化を悟られたことに驚いた。確かに私はハル、と呼ばれるのが好きだ。今まで姉御とかお姉さまとは呼ばれても、あだ名なんてつけられたことはなかったし、何より……


 ハル、という名前は、三橋遥であった時と同じあだ名だったのだから。



「あんた、絶対にさくに会わないでよね」


 こんな色んな意味で危ない男を、折角できた大事な友人に会わせてたまるか。


「嫉妬してくれたんだ、嬉しいなあ」

「あり得ないから」

「いやいや、俺顔だけは良いし? そのさくちゃんとやらが惚れちゃって友情にヒビが入っちゃ困るんだろ。分かった分かっ――ぶほっ」



 久しぶりだから、加減が難しい。


 確かに他の女の子だったら、そういう心配も考えなくてはいけないかもしれない。顔だけは良いからな、こいつ。

 だが咲耶はそのことに関しては、心配は杞憂にしかならない。彼女の好みなど聞くまでもないからだ。











「に、二宮君。今日のお昼休みに委員会の集まりがあるんだって」

「あ、そうなのか。なんか持ってった方がいいのかな」

「ええと……」


 顔を赤らめながら一生懸命話す咲耶に、クラス中が微笑ましげに見つめている。彼女が譲を好きになるはずがない。同じクラスの二宮彰にベタ惚れなのだから。


 四月の自己紹介で二宮彰という名前を聞いた時、一瞬何かが引っ掛かった。どこかで同じ名前を聞いたことがあるような気がしたのだ。しかし、名字も名前もさして珍しい名前でもないので、小学校か中学校で同じ名前がいたのだろう、とその時は大して気にしもしなかった。


 性格は、まあそんなに特筆する所のない男だ。あえて言うなら他の男子よりも少し大人しいというか、穏やかな性格だ。クラスでは若干いじられキャラの部類に入っているようで、私も千明――そういえば昔はハル、というあだ名に合わせてアキと呼ばれていた――を思い出して、少しいじってやりたいと思ってしまった。それを察知されたのかは分からないが、二宮は絶対に私に近寄ってこなかった。



 咲耶と話している時に私が近づくと、早々に話を切り上げてどこかへ行ってしまう。面白がって何回かやっていたら、咲耶に怒られてしまった。


「ハル、もう二度とやらないでよ!」

「分かった分かった。そんなに怒ると可愛い顔が台無しだよ」

「自分の顔が可愛くないことぐらい分かってるよ」


 咲耶を宥めようと軽口を叩くと、今度は落ち込んでしまった。ちなみに今言った言葉が、まるで譲のような台詞だったと気付き、私も少し落ち込んだ。

 咲耶は決して可愛くない訳じゃない。特に二宮の話をしている時なんか、可愛いなあ、と思ってしまう。しかし客観的に見ると、平均的なのだ。



「……ハルみたいに綺麗だったらなあ」

「二宮に逃げられてでも、この顔になりたい?」

「今のままでいいです」


 よろしい。


「ハルは好きな人いないの?」

「好きな人、というか彼氏は一応いる」

「いるの!? どんな人?」


 普段散々私が咲耶の好きな人でからかっているからか、彼女はこちらに身を乗り出して興味津々に尋ねてきた。


 譲を頭の中で思い浮かべてみると、なんだか殴りたくなるような腹が立つ顔をしていた。




「顔、は良いけど……性格が最悪」

「なんで付き合ってんの……」



 そうだよね、なんでだろうね。

 思わず遠い目になる。




 教室の窓から綺麗な青空を見て現実逃避に浸っていると、私を現実に呼び戻すように、キャーと甲高い悲鳴が幾重にも聞こえてきた。


 何なんだと思い、声の聞こえてくる校庭を窓から見下ろすとそこには大勢と女子と、彼女らに囲まれてバスケをしている男子がいた。よく見てみると、女子達の視線は全て1人の男の元へと集約している。



「一之瀬君って、やっぱり人気あるねー」

「一之瀬?」

「うん2組の一之瀬裕也君。かっこいいし運動神経もいいみたいだし、かなり有名だよ。千春、知らなかった?」

「そういえば、なんとなく聞いたことがある気が……」



 件の一之瀬とやらがボールを持つと、女子の歓声が一気に大きくなる。なるほど、確かに容姿は整っている。譲が女受けを狙った見た目であるのに対し、彼は男女ともに人気がありそうな、正統派ヒーローっぽい顔立ちだった。


 そこまで考えてまた頭の片隅に何かが引っ掛かったのを感じた。二宮に感じたのと同じだ。そもそも私は、一之瀬裕也という名前をどこで聞いたんだ?

 誰かとの会話に紛れていたのかもしれないし、名簿で見たのかもしれない。しかし何か違う気がする。



「裕也!」


 思考に沈んでいた私は急に聞こえてきた声にはっとした。長い黒髪を揺らした綺麗な女の子がバスケをしている一之瀬に近付いたのだ。他の女の子は羨ましげに、また妬ましげにその子を見ている。


「あの子は?」

「なんだっけ、いつも一緒にいる子で……確か一之瀬君の幼馴染とかだった気がする」

「幼馴染?」

「うん。今時高校生まで幼馴染と一緒って珍しいよね。漫画かアニメみたいだよ」





 咲耶が何気なく言った言葉が、まるで電流が走るように私の体に衝撃を与えた。



 今までの引っかかりが、全て氷解する。




「確か、名前は……」

「早川、弥生」

「え? 知ってたの?」




 そうだ、全て思い出した。一之瀬裕也、早川弥生、そして……二宮彰。


 これは前世の、虚構の世界の話。

 主人公の一之瀬裕也、唯一の封印魔法の使い手。早川弥生、一之瀬の幼馴染で同じく魔法使い。二宮彰、一之瀬の親友だが、最後の最後で彼を裏切る。


 魔法のある世界で特別な力を持つ主人公が戦い、魔王を倒して世界を救うという王道すぎるストーリー。



 それが、転生して生まれたこの世界だというのか。


 たった三人の名前。本当にそれだけなら、ただの偶然で済ませられる話だ。



 しかし私は知っている。この世界に魔法があることを、あらゆる手を使って魔法使いを集める組織があることを、この身をもって理解している。



 まったく、冗談じゃない。

 この世界が『封印の運命』の世界なんて。



 転生して前世の二次元の世界に生まれました、なんてどこのライトノベルの話だ。しかも『封印の運命』はベストセラーになった訳でも、アニメ化された訳でも、そもそも出版されていた訳でもないのだ。


 この小説を知っているのは前世でもたった二人。

 『封印の運命』とは、弟のアキが中二ノートに書き溜めた自作小説なのだから。


 私がなんでこの小説を知っているのかというのか実に簡単だ。あいつをからかう為に、留守の間にこっそり読み込んでいたのだ。


 けれど、その小説とこの世界は僅かな差異が生じている。一番大きいのは、二宮の性格だ。

 小説内の二宮彰は、もっと軽い感じの男だった。どちらかと言えば譲に近い性格で、いつも飄々として本心を掴ませない、そんなやつだ。

 しかし現実の二宮はといえば、多少髪をいじってはいるものの、基本的に真面目で苦労性、縁の下の力持ちといった立場だ。


 しかも小説の二宮は、ヒロインに惚れて一之瀬を裏切る。

 まるでそんなことをしそうな男には見えないが、今現在一之瀬とも親しくなく、またヒロインが転校してきていないので、今後どうなるかは分からない。



 だがもし今後二宮がヒロイン、桐生まどかを好きになるとしたら。



「さく」

「どうしたの?」



 傷が浅い内に止めた方がいいかもしれない。




「二宮は止めた方がいいんじゃない?」





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