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好きな人が中二病かもしれない  作者: とど
side:西条千春
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4

 あれからというもの、譲――と呼ぶように言われたので仕方なく呼んでいる――は毎日とはいかないが、かなりの頻度で学校まで迎えに来てくれた。


 ちなみに、帰りもうちまでは絶対に着いて行かせないし、朝家まで来るのは私が断固として拒否した。流石に若干流されて付き合っているものの、あいつの命が脅かされるのはまずい。おじさんには決して会わせてはならないのだ。





 ある日、譲が迎えに来なかった日に少しでもがっかりしている自分に気付き、冗談じゃないと思った。あいつは資料を抹消してくれたお礼と、それからケーキと引き換えに付き合っているだけだ。向こうが私をどう思おうが勝手だが、私は、絶対に好きとかではない!


 ちなみに、約束通りあの日のうちに向かった喫茶店で、そのまま全てのケーキを完食した。一度に全てを食べるとは思ってなかったのだろう、財布を手に残額を確認しているやつを見て、少しすっきりした。




「あっ……」


 そんな矢先、信号を待つ私の前の通りで見慣れた金髪を見つけた。しかし、あいつは隣にいるケバイ年増――失礼、主観が入った。化粧の濃い年上の女性に腕を組まれているではないか。しかも譲はいつもの人を食った笑みではなく、さわやかな笑顔をその女性に向けていた。



「さっそく浮気とか、いい度胸してんじゃないの……」


 嫉妬ではない。しかしあんなに真剣に告白しておいてすぐさま浮気とか、許しがたい。


 何度も言うが嫉妬ではない。



 いつの間にか睨みつけてしまっていたのか、譲は視線を感じたようでぱっとこちらを見た。そこには浮気が見つかったという気まずそうな表情は一切なく、ぱああ、と男にそう表現するのはどうかと思うが、まるで花が咲いたように顔を明るくした。



 信号が青になった。

 私はすぐさまくるりと踵を返すと、元来た道を早足で歩き出した。


 ここで譲の所に行って「この浮気男!」とか「泥棒猫!」とか罵ることなどはしない。私はあいつを好きでもなんでもないのだから、そんなことで怒ったりはしない。

 ……そう、私は冷静だ。



「千春、黙ってどっか行くなんて酷いだろ!」



 私は非常に冷静に、追いかけてきた金色に振り向きざまに裏拳を決めた。

















「あのさ、誤解だって」

「……」



 公園で頬を冷やしながら、譲はきっぱりとそう言う。

 殴る時に思わず魔力を込めてしまったのはやりすぎた。そのまま白目を向いて気絶してしまった彼を公園のベンチまで引き摺って寝かせ、目が覚めるまで少し反省した。


「じゃあ、なんなのよ」

「あっ焼いてくれてるんだ……いやすみませんなんでもないです」


 戯言を吐いたやつに少しばかり片手を上げると、即座に謝罪が返ってきた。



「あの女は……一言で言うと、財布」


 予想よりも更に酷い返答だ。同じ女として怒るべきか迷う。


「あの人誑かしたお金で、私に奢ってた訳?」

「まあそういうことかな。くれるっていうから貰ってるだけで、俺が好きなのは千春だけだし」

「酷い男」

「罪な男って言ってほしいな」


 知るか。


 譲は確かに容姿だけで言うならそこらへんのアイドルにも引けを取らない。性格が全てを駄目にしているのは言うまでもないが、だからこそ中身を知らない女はこいつに群がるのだ。



「俺だって人を選んでやってるから安心しなよ。今日の女は遺産目当てで五十歳年上のおじいさんと結婚して、がっぽり財産を手に入れて好き放題やってるやつだし」

「私、見知らぬおじいさんの稼いだお金で飲み食いしてたのか……」

「まあそのおじいさんも女好きだったって話だし、千春みたいな若い女の子が美味しそうにご飯食べる為だったら嬉しいんじゃね」


 そういう問題か。


「とにかく、俺が他の女と居ても浮気は一切してないし今後もしないから、安心しなよハニー」

「うざい」


 譲が吹っ飛ぶ。

 こいつと会う度に必ず一度は手か足が出てしまうな。今回も一度では済まなかった。












 譲と付き合うようになってから、やつのトラブルに巻き込まれることが増えた。


 あいつは否定したが、彼女気取りの見知らぬ女に「隼人に近付かないで!」と言われたこともあった。

 誰だ隼人って……と思って譲に聞いてみた所、バイトしているホストクラブでの名前らしかった。

 譲がホストとか……似合いすぎて笑えない。


 女性関係以外にも、あいつは何かと問題を起こしているらしい。並んで歩いていると、突然鉄パイプを持った男に背後から殴りかかられたこともある。まあその時は譲に当たる前に私が鉄パイプを折り曲げてしまったが。


 そして今回も、あいつの所為だった。




「東郷譲の女だな」



 補習で帰りが遅くなり、更に譲が迎えに来なかったという絶妙なタイミングで襲われた。人気のなくなる狭い道で、突然大男が道を塞いだかと思えば一言だけそう告げたあと、問答無用で攻撃してきたのだ。

 突如足元に落ちてきた雷に、私は驚きを通り越して冷静になった。


「魔法、か」

「お前もこっち側の人間か。ならば遠慮はいらないな」



 男はそう言うと、先ほど出した雷を更に数を増やして放射状に一斉に繰り出してきた。

 冗談じゃない。せっかく譲が記録を抹消してくれたっていうのに、こんなやつに魔法使いだって知られてしまうなんて。自分の迂闊な言動に、ぎりと歯を噛み締める。


 強化魔法を即座に発動させて間一髪で幾重もの雷を躱す。それでも数が多く、掠ってしまったものからも容赦なく体に電撃が走る。近づければ、と思うのだが男との距離が近づく度に避ける雷の数も多くなっていく。


 どうする、おじさんはこんな相手にはどうやって対処しろと言っていた?



 焦れば焦るほど、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。技術はおじさんからみっちりと学んだ。しかし私には、魔法使いとの戦いの経験がほぼゼロなのだ。圧倒的な経験値不足で、こんな時にどう切り抜ければ良いのか分からない。


 冷静になる為に一旦距離を置くと、魔力を充填する為か男も攻撃を止めた。



「ちょこまかと小賢しいやつだ。この狭さなら纏めて燃やし尽くした方が早いか」

「!?」


 男はそう言うやいなや、魔力を溜めた手から狭い路地を埋め尽くすほどの炎を吐き出した。逃げ場は、ない。

 いや例えあったとしても、私は動くことも出来なくなっていた。すぐ間近で感じる熱気に頭が真っ白になったからだ。


 真っ赤な色、周囲を焼き尽くす熱、息が出来ない程の煙、声の出ないほどの、恐怖。


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! もう一度あれを繰り返すなんて!



 それでも、私の体は動かなかった。





「困るよな」



 一瞬で、辺りが静寂に包まれた。轟々と燃える炎は見る影もなく、人気のない静かな夜に戻っている。夜風が私の髪を撫でた。その風は、熱くない。


「俺の一番大事なものを傷付けようとするなんて、ちょっと痛めつけても、いいよな」

「ゆず、る」


 私を守るようにして結界を張っているのは、いつもよりもずっとかっこよく見える譲だった。彼がパチン、と指を鳴らすと譲が突然現れたことに動揺していた男を大量の水が呑み込んだ。



「攻撃魔法で得意なのは炎なんだけど……千春が怖がるからそれで勘弁してやるよ」


 それで勘弁する、といいながらも全く容赦する様子もない濁流は必死に呼吸しようと開かれた口に大量に流れ込んでいった。


 男のうめき声が聞こえなくなってきた頃、譲は再び指を鳴らした。すると今まで押し寄せていた水は一瞬にして消え去り、水滴すら残さずに消滅した。後に残っていたのは、瀕死の男だけだ。



「殺してない?」

「勿論、この程度で楽にしたりしない」


 そういう意味で聞いたのではないのだが。一応加減を間違えていないか確認するように、彼は倒れた男に近付き、脈を取った。……ちょっと威力上げすぎたかなーと小さく呟かれたが聞かなかったことにした。


 しかし私、未だに座り込んだ状態から動けない。あの光景がフラッシュバックしたからか、暗闇にあの炎の残像がちらついてしょうがないのだ。




「千春、大丈夫?」

「なんとか」



 譲がこちらに来たので弱みを見せたくなくて、根性で立ち上がろうとするが、びっくりするほど体に力が入らなかった。そんなはずはないと腕に力を込めるが、まるで地面と磁石でくっついているように立ち上げることが出来ない。


 そんな私を見たのか、譲はやれやれと呆れた表情を見せた後、なんと私を持ち上げた。



「はあ!? な、なにして」

「無理するなよ、腰が抜けたんだろ。お姫様は大人しく王子様に掴まってなよ」


 そんなものすごい気障な発言をしたやつは、そのまま私を抱えて歩き出した。


 お姫様抱っことか、初めてされた……。

 以前も言ったが、私はこういう演出に非常に弱い。ピンチの時に颯爽とヒーローが現れて助けてくれて、こんな風に抱えられるなんてされたら、完全にやばい。


 今まで、自分の身は自分で守れと教えられてきた。そして実践してきた。だからこそ前世を含めても、こんな風に守ってもらったことは初めてだった。



「あいつの記憶、全部消しておいた。もう二度と、千春を傷つけさせはしない」

「あの、あ、りがと」

「うん」


 いつものように何か企んでいるようなものじゃない、他の女に向けられるような作ったものじゃない、優しい微笑みを至近距離で受け、私の心の天秤が傾く。



 私、きっと、譲のことが……





「……って、よく考えたら、私が襲われたのってあんたが余計なトラブル起こした所為じゃない!!」

「ぐあっ」



 油断していたやつの顎に、渾身のアッパーが決まった。



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