Epilog
あれからしばらくたったある日、二宮君から呼び出された。
彼とはあの日以来会っていない。私は大学の合格発表や、その後の準備などで忙しかったし、二宮君も二宮君で同じように大学のことや、また一之瀬君達に巻き込まれたりと色々あったらしい。
ちなみに、私も二宮君も無事に大学に合格することができた。彼は自分が合格できたことが信じられないようで「奇跡が起きた」と、魔王が現れた時よりも驚いていた。
待ち合わせのベンチに座って、のんびりと風に吹かれる。空は快晴で、とても気持ちの良い天気だった。桜ももうじき咲く頃だろう。
二宮君と待ち合わせしているのは、高校近くの公園。最初にノートを拾ったベンチに私は座っている。
「お待たせ」
ゆったりと過ぎる時間を味わっていると、大好きな声が聞こえた。久しぶりに会える喜びを全面に出したまま、こちらに歩いてくる彼を見つめる。
二宮君は私の隣まで来ると、はい、と片手に持っていた小さな籠を差し出した。
「二宮君?」
「遅くなったけど、バレンタインデーのお返し」
籠の中には小さくて可愛らしい花々と一緒にクマのぬいぐるみが乗せられている。
あまりの衝撃に私はしばし言葉を失った。
二宮君が、まさかホワイトデーのお返しにこんな可愛い花をくれるとは、まったく予想もしていなかった。
「いいの? こんなに綺麗なもの」
多分それなりの値段だったはずだ。私の方はといえば、手作りだったのでそんなに費用は掛かっていないのに。
「俺にとっては遠野さんがくれたチョコレートケーキが何よりうれしかったから」
にこ、と穏やかな笑みを向けられて思わず下を向いた。絶対に顔真っ赤になってる。
ん? でももう気持ちは知られてるんだから、いいのか?
「それに、クリスマスに借りたマフラーも結局貰ったしな。そっちは今年のクリスマスにその分も一緒にお返しってことでいいか?」
「う、うん」
それはつまり、今年のクリスマスに会えると受け取っていいのだろうか。ばくばく、と死んでしまうのではないかと思うくらい脈が速くなる。
どうしたんだろう、今日の二宮君。かわいいプレゼントをくれたり、こんなに私を喜ばせることばかり言ってくれて……偽物だと言われても疑わない。
ちなみに一緒に卒業と合格祝いにこの後は二人で出かけるつもりだ。うれしいのはこれが二宮君からの提案であったことだ。
「遠野さんには本当に、感謝し足りない」
「私、そんな大層なことできなかったよ」
精々人質になったり人質になったり……余計に引っ掻き回して迷惑かけた記憶しかない。
「そんなことない。俺1人だったら、遠野さんが居なかったら……きっと3月になる前に、潰れてた」
1人で抱えるにはちょっと大変なことだったから、と二宮君は苦笑した。
「あのさ、この前言ったこと覚えてるか? 全部終わったら、話したいことがあるって」
「う、うん」
「全部終わったから、今言ってもいいか」
私は黙ってこく、と頷いた。
他に誰もいない公園で、私の心臓の音だけがうるさい。二宮君に聞こえていないだろうか。
あの日、勢い余って告白した私に、二宮君が言いかけた言葉を思い出す。
このシチュエーションで、話したいことと言われたら。
「実はさ、俺……」
「この世界の創造主なんだ」
……。
……。
「え?」
「今までのシナリオ――『封印の運命』は、全部俺が前世で書いたものだ」
予想外の方向からの話に、ぽかん、と私は間抜け面で二宮君を見た。
この一年立て続けに起こった事件は全て、二宮君の考えたものだった?
まったく関係ないのだが、第一声がこの世界の創造主って、二宮君ってやっぱりちょっと中二病引きずってるな、とどうでもいいことを頭の片隅で思った。
「はじめは信じられなかった。けど、何もかも俺の記憶通りに進んだ。前世の空想が現実になってた。まどかが転校してきて、魔法を見せられて……現実なんだ、って認めざるを得なかった」
苦しかったけどこれだけは今まで言えなかった、と謝られた。どおりで詳しすぎると思ったのだ。
「どうして、言わなかったの?」
責めている訳ではない。しかしノートの秘密を知っている私にも言えなかった理由が気になったのだ。
「怖かったんだ」
「怖かったって……何が」
「裕也が命を狙われる度に、俺の所為だってずっと考えてた。遠野さんだって人質になっただろ? 全部話して、全て俺の所為だって知られるのが怖かったんだ」
「二宮君の所為なんかじゃないよ! 一之瀬君だって言ってたじゃない。全て自分が選んだって」
「俺はずるいから、そうやって言ってもらいたい為に話したのかもしれない」
あの時私は、二宮君が先を知っていながら何も言わなかったことを謝っているのだと思っていた。しかし真実は少し違っていたのだ。
「本当ならもっと早くに言うべきだったと思う。けど、俺の所為で今までいろんな人を不幸にしてきたと思うと、言えなかった」
物語の中で、全ての人が幸せになるストーリーなど殆どありはしないだろう。そして不幸な人生を描いた作者が、責められるはずもない。仮にそんな話があったとしても、それが現実になれば、全員が幸せであれるはずもないのだ。
それでも、二宮君の気持ちを考えれば、苦しかったに決まってる。
「一之瀬君は、まどか達に会えてよかったって言ってた。二宮君の物語で幸せになった人もちゃんといるんだよ」
この世界の事象が全て自分の所為で起こったなどというのは驕りだろう。二宮君が筋書を書いたのはほんの少しで、そしてその中の人達も自分の意志で生きているのだから。
全てを背負い込む必要なんてない。
「もう、全部終わったんだよ」
二宮君が苦しむ理由なんて、もうないんだよ。これから先は二宮君の手を離れたのだから。
「言ってもどうにもならないことだと分かってたけど、遠野さんにだけは聞いてほしかった」
「うん」
「……重い話はもう止めるよ。聞いてくれてありがとう」
さて、行こうか。裕也に聞いたケーキが美味しい喫茶店があるんだ。
私の腕を引きながら、二宮君はそう言って歩き出した。
「……あの、二宮君」
「ん?」
二宮君がとても大事な話をしたのは分かっている。私にだけ、中々言えない秘密を打ち明けてくれたのは素直に嬉しい。しかし内心、少し落胆してしまったのも事実である。
いやだって、全部終わったら話したいことがあるって呼び出されて、誰がこんなシリアスな展開になると思うんだ。
やはり二宮君にこの手のことを任せっきりでは駄目だ。私は二宮君がこちらを向いたのを確認すると、大きく深呼吸した。
「あ、あのさ、私、二宮君に好きって言ったの、覚えてる?」
少し声が震えてしまったが、なんとか言えた。自分の告白を蒸し返すなんてしたくはなかったが、仕方がない。
しかし二宮君は目を瞬かせ、次いで何でもないかのように言葉を返した。
「え、うん勿論」
「……」
え、それだけ?
返事は!?
「あの、それだけなの?」
「え?」
「え!?」
返事が欲しいと、分かっていないのだろうか。それとも……
二宮君も同じ気持ちなんだと自惚れていたのは、間違い、だった……?
首を傾げる二宮君に、やるせない怒りと悲しみが湧きあがってくる。
「そ、そんなことよりさ、これから行く喫茶店だけど」
私の言いたいことが分からなかったのか、話題を変えようとした二宮君の言い放った言葉に、私の我慢の限界が来た。
そんなこと、だって。私の告白はそんなことで片付けられるのか。
あの時、どれくらい勇気を振り絞って告白したと思っているのだ。まさか告白をここまで蔑ろにされるとは思ってもみなかった!
「……帰る」
「え?」
「今日は帰ります!」
やっぱり、二宮君にこういう期待をした私が馬鹿だった!
ちょっと涙目になりながら、私は荷物を引っ掴んで公園から走り去った。
遠くで何か二宮君が言っていたけど、どうでもいい。
「遠野さん! 俺も遠野さんが……」
「もう知りません!」
本編終了です! 最後までお付き合いいただきまして本当にありがとうございました。
咲耶視点は終了して、次回から二人ほど別視点のお話をお送りします。
本編では回収できなかった部分など書きたいと思ってます。
まず来週は千春視点です。




