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「はあー」



 大きくため息を吐いて、私は仰向けでお腹の上に乗ったノートを持ち上げた。


 そう、あのノートである。

 二宮君と話した後、これにある程度の設定が載っているから、と貸してもらっていたのだ。

 帰りにコンビニに立ち寄り、既にコピーは済ませておいた。

 ぱらぱらとページを捲るが、これが現実だと思うと、設定が壮大すぎて頭が痛くなる。



 結局のところ、彼が言っていたことが本当でも嘘でも、容易く全てを受け入れ信じることは難しい。何せ魔法、そして魔王である。もしこれがただの学園ものであったなら、もっと信じやすかったのかもしれない。

 実際目にすれば納得するかもしれないが、あまりにも現実離れしているのである。




 ストーリーを大まかに説明すると、封印魔法という特殊な魔法を使う才能を持つ唯一の存在(現在は他に使える人はいないらしい)である主人公。彼は18歳になると魔王をも封印することのできる完全な封印魔法が施せるようになる。

 それまでに魔王を復活させようと、主人公の命を狙う敵の組織から彼を守る為に、とある機関から派遣されたのがメインヒロインだ。そして、彼が18歳の誕生日を迎えるまでの一年間の戦いが、まるまるこの小説の本筋である。



「それにしても……ホントに詳しく書いてある」


 ノートには綺麗な字で、小説のストーリーが事細かに書かれていた。私が今持っている小説の内容を思い出して書き出しても、こんなにしっかりと覚えているものだろうか?

 きっとこの内容のぶっ飛んだ小説が余程お気に入りだったのだろう。



 気が付くと書かれている最後のページになっていた。小説の最後の日。日付が特定できないイベントも多いが、最終日の日にちだけははっきりしている。

 3月14日のホワイトデー。このノートで知ったことだが、それは主人公である一之瀬裕也の誕生日でもあるらしかった。


 この日に、二宮君が死ぬかもしれない。そう思うとぞっとした。

 彼は一体どんな気持ちでこの内容を書いたのだろうか。「二宮彰が、封印が解けた魔王の最初の犠牲になる」と書かれた文字をなぞる。


 そんなこと、絶対に耐えられない。

 小説の世界だから、ストーリーだから。そんな理不尽な理由で二宮君が殺されていいはずがない。

 3月のページを穴が開くほど見て、頭に叩き込む。とにかく覚えておけば、役に立てるかもしれないのだから。











「さく、お昼食べよー」

「さっきの授業でお腹鳴らしてたのハルでしょ? 教室中に響いてたよ」

「鳴るもんはしょうがない」


 翌日の昼休み。私は親友のハル――西条千春(さいじょうちはる)といつものようにお弁当を持って窓際の席に集まる。

 千春はかなりの美人である。まるでモデルのようなすらっと長い手足、髪は長くないがさらさらである。が、性格は少々、いやかなり大雑把である。そしてこの細い体のどこに入るのだろうか、と毎回思うほどよく食べる。今日も風呂敷を解くと出てくるのは3段重ねの重箱である。そしてその豪華なお弁当は見た目を楽しむ時間もなく一膳の箸によって荒らされていく。


 私がじっと見ていたのに気付いたのか、千春は重箱を腕で牽制するように抱える。


「なに? あげないよ」


 そしてちょっとケチである。


「いや、欲しくて見てた訳じゃないよ。よくそんなに食べられるなって思ってただけ」

「部活もあるし、このくらいはないと無理だわ」


 千春は合気道部というちょっと珍しい部活に入っている。おまけに他にも格闘技をやっているらしく、ここが女子高であったらきっと王子様ポジションにいるだろうな、と想像する。

 ちなみに私はこれでも茶道部である。最初の見学の時に出た和菓子が美味しかったのが理由だが。栗羊羹、大変おいしゅうございました。


 千春に遅れてお弁当を完食すると、さて、と席を立つ。


「ハル、ちょっと図書室行ってくるね」

「珍しいね、昼休みに行くなんて。当番?」

「当番ではないけど、ちょっと」


 私が言葉を濁すと、千春はすっと目を細める。考え事をするときの癖だ。非常に様になっていて羨ましい。私がそんなことすれば、ただの目つきが怖い人になるだけである。


「あんたのことだから、どうせ二宮のことでしょ」

「なんで分かったの!?」

「分かりやすすぎ。口が緩んでる」


 そう指摘されてばっと口を手で覆う。昨日借りたノートを今日の昼、彼が図書委員の当番をしている時に返そうと思っていたのだ。二宮君にもそうメールしてある。


 そう、メールである。1年の時からそれなりに話していたのに、なかなか言い出せずにゲットできずにいた念願のアドレスをとうとう手に入れたのだ!

 結局昨日の夜は、1通のメールを送るのに多大な時間をかけ、送信ボタンを押すのに何十回も深呼吸するはめになった。


「二宮よりいい男はたくさんいると思うけどねえ」

「もう、私の勝手でしょ。行ってくるから」


 千春は以前から、ことあるごとに二宮君は止めた方がいい、と言う。どこがいいのか分からない、他の男にした方がいいと、彼の何が気に食わないのかは分からないがそう言ってくるのだ。きっと、彼女は私に望みがないことを悟って、諦めさせようとしているのだろう。


 しかしこのことに関して私達の意見が交わることはない。


 千春がひらひらと手を振ってくるのに同じように返して、私は教室を出た。













 図書室につくと、貸出カウンターに座る二宮君の姿を見つけた。

図書委員は基本的に二人で当番制になっている。1人が貸出作業、もう1人が返却された本を戻し、棚の本を整理する。

 しかし声を掛けようとして踏み出した足を止める。なぜなら、彼は女子生徒に詰め寄られるようにして話しかけられていたからだ。


 桐生まどか、彼の好きな人。女の私から見ても、美人だなーと思わず見つめてしまう。

 もし彼女が二宮君を好きだったら、絶対に勝てる気はしない。



「裕也は来てないのね?」

「俺は見てないよ。探してるってことは、あいつまた何かやらかしたのか?」

「遅刻してきたから先生に呼ばれてたのに逃げたの。なんで私が探してやらないといけないのよ」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、あまり怒っている様子はない。桐生さんが一之瀬君の世話を焼くのを本気で嫌がっている訳じゃないのは周りから見れば一目瞭然である。彼女の気持ちが一之瀬君に向いているのを見て、思わずほっとしてしまう。


「あ、遠野さん」


 そんなことを考えていると、カウンターの二宮君と目が合って動揺する。桐生さんもこちらを振り返ったので軽く会釈しながら二人の元へ向かう。

 ああ、お願いだから桐生さんと見比べないで下さい。格が違いすぎる。


「ごめん、邪魔しちゃった?」

「いえ、もう話は終わったから大丈夫よ」


 桐生さんはそう言ってにこっ、と笑うと二宮君に声を掛けてカウンターから離れた。

 ヒロインスマイル頂きました。


「桐生さんって本当に可愛いよね……」

「だよな! 俺もそう思う」


 思わず口に出していたのか、やけに力を込めて同意されてしまった。

 私は比較的顔に出やすいらしいので、もし私の気持ちを分かってあえてそんなことを言っていたとしたら、いくら彼が好きでも一発お見舞いしてしまうだろう。

 まあ、私以上に二宮君が鈍感なのは知っているが。


 周りを見渡してカウンターに来る生徒がいないのを確認すると、そっと持ってきたノートを二宮君に手渡した。

 図書室であること、そしてあまり聞かれてはまずい内容なので声を潜めて話す。


「ノート読んだ?」

「うん、大体は。あんまり覚えられなかったけど」

「いや、話を信じてくれただけで十分だ。本当にありがとう」


 昨日とは違った、穏やかな微笑みを向けられて思わずどきっとした。が、同時に罪悪感が湧く。二宮君は、既に私が彼の話を全て受け入れたと思っているのだ。


 まったく信じていないとは言わない。あれだけ苦しんでいる所を見てそんなことは思わない。が、頭の中の常識がそれを阻もうとする。小説の世界なんてあるはずがない、と。せめて実際にノートに書かれていたことを目撃することができたら。

 しかし、機会はこれからいくらでも来るだろう。


「そういえば、また課題教えてほしいんだけど――」

「危ない!」

「きゃっ」



 不意に聞こえてきた声に気を取られ、会話が途切れる。二宮君の目が見開かれるのを見て、私は無意識に彼の視線を追った。

 首を捻って振り返ると、そこには今日の図書当番の片割れである1年の星谷さんと、そしていつの間にかここに来ていたのか、分厚いハードカバーの本を手にした一之瀬君がいた。


「あ、ありがとうございます。一之瀬先輩……」

「どういたしまして。危ないから気を付けて」

「はい!」


 どうやら一番上の棚から本を取ろうとして、隣の本が一緒に抜けて落ちてきたらしい。そしてそれを()()にも目撃した一之瀬君が落ちた本を受け止めた。



 私はその光景に釘付けになる。だってそれは、紛れもなく昨晩読んだノートに記されていた星谷美玖の初登場シーンの通りだったからだ。呆れるほどにベタで、読みながら、こんなこと二次元では起きまくってても現実では普通起こらんわ、と思っていたのに。



「あっ! 裕也、やっと見つけた!」

「げっ、まどか」

「げってなによ、って逃げるなー!」


 バタバタと図書室から出ていく一之瀬君を追いかける桐生さん。一瞬のうちに嵐が去ったかのように、元の静寂が戻る。


 星谷さんは受け取った本を両手に抱えながら、出入口の扉をぼうっと見つめている。

 ちらりと二宮君に視線を戻すと、意味深に頷かれた。




 静かな図書室に、小説を捲る音だけが響いた。



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