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「こっち!」



 千春に先導されて、私と二宮君は雑木林を駆け抜けていた。

 すると、遠目にこの場には似つかわしくない黒服の男が二人、周囲に気を配るようにして立っているのが見えた。


 千春は走るスピードを上げて一気に黒服達の元へと駆けた。


 黒服達が彼女に気付いた時には、既に走った勢いをそのままに片方の男にとび蹴りをくらわせていた。かと思えば、着地すると同時にもう1人の男を回転蹴りで吹っ飛ばす。

 私達が追いついた時には黒服達は完全に白目を向いていた。恐ろしい。



「ハルって、こんなに強かったんだ……」



 確かに色々格闘技をしているとは思ったが、まさかここまで強いとは思ってもみなかった。そう言うと、彼女は違う、と首を横に振る。



「確かに素でもそこそこ強いとは思うけど、今はスピード強化の魔法使ってたから」

「魔法……今のが?」

「私の得意魔法――と言ってもこれしか使えないんだけど、身体強化魔法なの。ただ魔法で強化しただけじゃ技術は身に付かないからね、色々習ってたって訳……っと、ここね」


 草が生い茂った足元で何かをしていると思ったら、突然ガコンという大きな音で地面に隠されていたであろう分厚い鉄の扉が開けられた。

 扉の奥には階段が広がっており、それがあの広間へと繋がる道だと分かり、私は緊張で息を呑んだ。



「こんなところに扉……?」


 草が高く生えたから気付かなかったものの、小さな子供なら見つけてしまいそうである。


「意外と見つからないのよね、こういう簡単な隠し方でも。まあ見つけたとしても開けられないとは思うけど」

「千春はどうやって開けたの? 魔法?」

「魔法……腕力強化しただけ」



 見れば鍵の残骸らしきものが開けられた扉の端にぶら下がっているのが見える。


「結局力技かよ……」

「それが何か」

「いえ、何でもありません」


 二宮君が千春にドン引きしていた。










 階段を下り、その先に伸びていた長い通路をひたすら走る。

 どのくらい進んだであろうか、ある時ふと千春が立ち止まった。それを見て慌てて彼女にぶつかる直前で足を止めると、千春は「誰かいる」と声を潜めてそう言った。


 道の先をこっそりと窺うと、少し先が開けているようだ。どうやらここが広間なのだろう。当然というべきか、私が夢で勝手にイメージしていたものとは違う。


 広間、という言葉でイメージする部屋ではない、石畳を敷き詰めた洞窟のような場所だ。

 その奥で微かな光に照らされている一之瀬君を見て、私は声を上げそうになった。



「裕也!」


 誰かが叫んだであろう悲鳴は、反響してこちらまでよく聞こえてくる。

 一之瀬君は魔王が封印されているであろう大きな石像の前で、自らの首にナイフを当てていたのだ。


 なんで自分で……?

 二宮君がいなくても、結局シナリオ通りに進んでしまっている。


 一之瀬君が首のナイフを動かす寸前、足元の石を拾った千春がそれを投げた。投げられた石は放物線を描くことなく地面に水平にまっすぐ飛んだかと思うと、一之瀬君の手にあったナイフだけに当たり、弾き飛ばした。

 一瞬彼女の体が薄く光ったのは、魔法の所為だろう。


 千春は手の砂を払いながらやれやれ、と呟いた。



「魔法がなかったら、ちょっとやばかったわね」


 ……千春って、チートだよね。



「裕也!」



 突然手元のナイフがなくなったことに驚いていた一之瀬君は二宮君の呼びかけに、こちらを向いて目を見開いた。



「彰……? なんでここに」

「なんだお前らは、邪魔するつもりなら始末する」


 部屋の奥にいた老人が、酷く煩わしそうに言う。



「邪魔をしに来たのよ。組織の総帥サマであるあんたをね」

「わしを知っているのか。しかし組織の人間ではないようだな」


 総帥と呼ばれた老人は私達に酷く見下したような視線を向けてきた。私は思わず睨み、視線を返した。 この老人が一之瀬君や、そして小説の二宮君を唆したのだ。


「裕也を解放しろ」

「この若者は自ら組織に命を捧げてくれると言っているのだ、わしが強制した訳ではないぞ」


 二宮君の言葉にも、総帥はカッカと笑うばかりだ。

 ごく普通の人間なら、いくら世界中の人間を救う為とはいえ自らの命を差し出せる者などなかなかいないだろう。ましてやそれが、復活すると言われてはいるが実在したのを見たこともない、存在が疑わしい魔王なんてものの為ならば。


 組織もそう思ったから、二宮君を利用しようと思ったのだろう。

 しかし一之瀬裕也は、それができてしまう人だった。お人よしで意志が強い彼は、人の為に命を投げ出せる稀な人間だった。


 誰かが裏切らなくてもシナリオ通りに進むのなら、小説の二宮君の死は一体なんだったんだろう、と思った。



「彰、邪魔をしないでくれ」



 そう言ったのは、一之瀬君だった。彼は真剣な表情で再びナイフを拾おうとしたが、飛び出してきたまどか達に阻まれた。夢でまどか達を取り押さえた黒服達はここにはいない。きっと千春が迎撃しまくった所為だろう。


「裕也! やっぱりこんなのおかしい、1人で犠牲になるなんて……」

「まどか……ごめん、でも、俺がやらなくちゃ」

「先輩、きっと他に方法があるに決まってます! 諦めちゃ駄目です」



「裕也」


 他の女の子達が懸命に一之瀬君を説得し始めるが彼は黙って首を振るだけだ。皆の悲痛な声が響く中、酷く冷静な声色で一之瀬君を呼んだのは二宮君だった。


「封印なんてする必要ない。魔王なんて……倒してしまえばいい」


 今までどれだけまどか達が一之瀬君に言い募ろうと余裕の表情を崩さなかった総帥の顔色が、確かに変わったのが見えた。


「何を馬鹿なことを」

「そうよ、魔王は決して倒せないもので……」


 まどかが苦しそうに言う。昔から組織に教育されてきた彼女には、その考えが刷り込まれている。“魔王は絶対に倒せないものだ”と。

 しかしどうしてそんな刷り込みがされてきたのかというと、理由があるのだ。



「裕也、よく聞け。確かに魔王は強大な魔力を保有している。けど決して不死身なんかじゃない、倒せるものなんだ」


 二宮君は淡々とそう告げると、続いて奥の総帥を強く睨みつけた。


「だが、魔王を倒せば一切の魔法は使えなくなる。それは魔王の存在自体が魔力の根源だからだ。こいつは自分が魔法を失いたくないために、お前に封印をさせようとしてるんだ!」


 封印をすれば魔王が再び復活する日まで、魔力がこの世界に残る。今まで魔法の恩恵を受けてきた人々はそれを失わせないようにするために、なんだってする。他人の命さえ、簡単に犠牲にしてしまう。




「……総帥、それは、本当ですか」



 二宮君の話に言葉を失った一之瀬君はしばらく沈黙していたものの、やがて酷く複雑な顔をしてそう問いかけた。一瞬で“魔王は絶対に封印しなければならない”という価値観を否定されたまどかもまた、信じたいけど信じられないと、未だ混乱していた。



「それを知っているのは代々の総帥……今はわしだけのはず、お前は一体どこでそれを」

「どうでもいいだろ、それを知った所で――」



 ぐら、と二宮君の言葉を遮るように、地面が大きく揺れ始めた。


「地震?」

「いや、地震にしては……」


 何かどんどんと叩き付けるような衝撃が空気を震わせている。


 一体何が起こった? 


 その疑問は台座の上の石像が、ぴきぴきと音を立てて崩れていくのを見てようやく理解した。

 強い既視感が脳裏に訴える。これは正夢なんだと。




「まさか」

「魔王、が」



 なんで? どうして今魔王が復活する?



「先輩、危ない!」



 一番石像に近かった一之瀬君が瓦礫に押しつぶされそうになっているのを、御堂さんが彼を力一杯引き摺り、間一髪で回避する。



「何故だ、まだ復活までは少し猶予があるはず……」


 総帥ですら、あまりの衝撃に動けなくなってしまっている。復活の時間が早まった?


「どうやら、魔王はどうしても目覚めなくてはいけないらしい」


 二宮君が自嘲気味に言った。世界が、それを望んでいるのだ、と。







 最後にガシャン、とガラスが割れたような大きな音と共に、石像が完全に崩れ落ちた。

 そして、そこに立っていたのが何なのかは、言うまでもない。



 魔王だ。



 やせ細った、ミイラのような今にも崩れ落ちそうな体。しかしそれに反比例するかのような強烈な威圧感。魔力のまったくない私でも、その禍々しさが嫌でも伝わってくる。


 ノートで、文章で見た描写は間違っていない、ただ決定的なものが足りていない。おそらく本当に自らの目で見た者にしか分からない、恐れと嫌悪感。これは、この世に存在してはならないモノだと一瞬で感じた。

 私が夢の中で想像していたよりもずっと、ずっとおぞましいものだった。




 魔王が、逃げ遅れて腰を抜かした総帥をぎょろりとした目で見下ろした。

 ひい、と悲鳴を上げて逃げようとするが、手と足だけが無意味に動き、立ち上がることすら出来ていなかった。

 あのままでは、二宮君の二の舞になる。総帥は死に、そして魔王が生命力を得る。そうしたら、どうなってしまうのか。


 シナリオ通りに勝つかもしれない。しかしそんなの誰にも分からない。強制力が働く保障などどこにもなく、この場にいる全員が息絶える未来だって可能性は存在する。

 仮に勝ったとしても、弥生を筆頭に皆重傷を負うだろう。全員が全員生き残るとも言い切れない。



 殆どミイラと化している魔王の動きは決して速いものではない。しかし魔王が発する威圧感と恐怖で体はガタガタ震えるばかりだ。ろくに動くこともできない。

 魔王の手が総帥に伸びるのを、只々見ていた。




「死んでもらっちゃ困るのよ」


 誰もが動けないと思っていた。しかし彼女は眉を顰めながらも魔王の威圧に耐えていたのだ。千春は先ほど御堂さんが行ったように総帥を引き摺り――一之瀬君よりも随分雑に扱われていたが――魔王の手が空を切った。


 千春はこちらまで総帥をずるずる持ってくると、地面にポイっと投げてしまった。



「あんたの生命力を奪われたら、手が付けられなくなるからね。年寄りの癖に無駄に元気そうだし」

「お前は……」

「はいはい、ちょっと寝ててくださいね」


 そう言って千春が目にも止まらぬ速さで総帥に手刀を落とした。何か言おうとしていた総帥が、途端にがくり、と体から力を抜いたのを見て、おお、漫画みたいに本当に手刀で気絶するんだ、と思わず場違いに感動してしまった。

 ……本当に、千春はどうして魔王が生命力を奪おうとしていたことを知っていたのだろう。




 彼女の行動を見て、一之瀬君達もはっとしたように動き出した。出来るだけ魔王から距離を取ると、彼は「戦うぞ」と皆を見渡した。

 弥生が真っ先に気合十分で腕を捲り、星谷さんも御堂さんもそれに同意したが、しかしまどかだけはその口を開けたり閉じたり、迷っているようだった。


 勝ちたい、しかし本当に勝てるのか?

 保障は二宮君の言葉だけなのだ。魔法を使うことが出来ない彼の言葉だけで、今まで十年以上従ってきた価値観を破壊することは難しいのだろう。



「まどか」


 煮え切らない態度のまどかに苛々した様子の弥生が近寄ると、思い切り彼女の頬を叩いた。


「いつまでぐずぐず言ってんの! 裕也が、私達が負ける訳ないじゃない!」

「弥生……」

「まどか、大丈夫だ。今まで色んなことがあったけど、何とかなってきただろ。今回も絶対に大丈夫だ!」

「私達を信じて勝つか、組織を信じて死ぬか、さっさと選びなさい!」



 弥生の言葉にまどかは目を見開いた。魔王はもうそこまで迫っている、時間などない。

 ほんの一瞬のうちに彼女の泣きそうな表情は消え去り、目に力が宿った。


「……そうね、行こう!」


「彰……勝てるよな!」

「ああ!」


 一度だけ振り向いてそう言った一之瀬君に、二宮君は力強く頷いた。














 一之瀬君が呪いの魔法を掻き消し、御堂さんが攪乱、まどかが皆を守る結界を張って、弥生が回復、そして星谷さんの強力な攻撃魔法で、離れて見ていただけの私さえ圧倒される、完璧なコンビネーションだった。誰がどう動くのか全員が理解しているように、一切の無駄がない。


「さて、私も助太刀しようか」


 千春はそう言って、反撃を試みる魔王に向かって走り出した。黒服の男達にしたように、彼女は大きく助走をつけた後、魔法を繰り出そうとした魔王の顔面にとび蹴りを食らわせていた。


 いつの間にか、魔王を見た時の震えは収まっていた。










「魔王が、こんなにあっさり……?」


 先ほどまで強い威圧感を放っていた魔王が、消えようとしている。

まどかが呆気にとられ、茫然としながら呟いた。今まで組織で「魔王は絶対に倒せないもの」と教え込まれてきた彼女には正直信じがたいことだろう。


 原作ではまどかを庇って大怪我をするはずだった弥生も、殆ど怪我らしい怪我もない。

 勿論魔王が生命力を得て全力であったなら、原作の通り全員が満身創痍になっても勝つのはぎりぎりだっただろう。しかしながら復活したてで干乾びた体のままでは、一之瀬君達の連携には敵わず、結果的に魔王は倒された。



「一緒に戦ってくれてありがとう……えっと、確か西条さん、だったっけ?」

「……別に。私は自分の目的の為に戦っただけだから」



 一之瀬君って学年中の生徒の名前覚えてるのかな。千春とは全然交流がないように見えたし。戦闘後でもさわやかな笑顔を向ける一之瀬君に千春はクールに答えていた。


 しかし千春の言葉は照れ隠しでもなんでもなく、言葉通りの意味である。一之瀬君に対して何の感情もないのだろう。だから弥生、そんなに対抗心燃やさなくていいから。




「終わったみたいだね」


 ふと、入り口近くから男性の声が聞こえ、全員が一斉に振り向いた。

 誰? という一之瀬君達の困惑した心の声が聞こえてきた気がした。敵なのか、味方なのか、と警戒している彼らを尻目に男――東郷さんは悠々と千春の元へ歩いてきた。



「遅い」

「ごめんごめん。ほら、俺は戦闘は得意分野じゃないし、途中で来て戦いに巻き込まれた方が大変だったろ?」


 東郷さんは大げさに両手を広げて黒服を倒すのにどれだけ大変だったかと千春に話している。無論彼女は聞いていない。



「ね、咲耶。あの人誰?」

「ハル――あの子の彼氏だって」

「ふーん、かっこいいけど何かうさんくさいね」


 あっ弥生、私が言いたくても言わなかったことを。

 東郷さんは、なんというか、雰囲気からして何か癖があるのだ。独特の空気を持っているというか……失礼な話だが、まあ弥生の言うとおりうさんくさいのだ。



「さてと、魔力が全て消える前にやっておかないとな」



 東郷さんはそう言ってぐったりとした総帥の前に回り込むとぶつぶつと何か小さく唱え始めた。


「何をやってるの?」

「こっちの都合の良いように記憶を改竄してるのよ。あいつ、そういう魔法ばっかり得意なんだから」


 千春に尋ねると、呆れたような表情と共にそう説明された。

 今はまだ、魔王の魔力が残留しているから魔法を使うことができる。しかしそれも持って1時間と言ったところらしい。



 突然魔力がなくなったことに魔法使いの人達はきっと混乱するだろう。真実を知った人間は魔王を倒した一之瀬君達に逆恨みをするかもしれない。魔法が使えなくなったのはお前の所為だと。

 それをさせない為にも、真実を全て闇に葬る必要がある。今この場所で何が起こったのか、誰にも知られないようにしなければならない。そのため、総帥の記憶を改竄するのだという。確かに組織を束ねる総帥ならば、混乱するであろう魔法使い達をまとめるのも一番適しているだろう。



「あーあ、魔法便利だったのになー」

「あんただったら、魔法なんてなくても生きていけるわよ。詐欺師としてね」


 だからどうして詐欺師と付き合っているんだ。





「本当に、終わったんだよな……?」



 千春と東郷さんの軽いやり取りを聞いていると、隣でずっと黙っていた二宮君がぽつりと呟いた。


「終わったよ、全部」


 まどか達が一之瀬君に駆け寄っているのが見える。彼らの表情は晴れ渡っている。

 魔王は倒された。物語は幕を閉じ、シナリオに縛られていた世界は開放される。




「そうか……俺は」



 二宮君は気が抜けた顔をしながら、ひたすら手を見ながら握ったり開いたりとしていた。








「――生きてる」




戦闘シーンを期待されていた方がいらっしゃいましたらすみません。

最初からさらっと流すと決めていたので・・・。

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