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16.5



「彰、な、んで……」

「何でだと思う? お前には分からないよな。俺のことなんて所詮引き立て役だとしか思ってなかったお前には」




 薄暗い地下広間に、燭台の火がほのかな明かりを灯している。その明かりの下には二人の男が対峙していた。

 一之瀬裕也は、真っ赤に染まった腹を押さえながら苦しげに相対する彼――二宮彰に問いかけた。一方、彰はナイフを持った手を血まみれにしながら口の端を釣り上げる。



「そんなこと、思ってない」

「文化祭の時だって、まどかがいたから助けたんだ。お前だけだったら見捨ててた」

「裕也!」


 今まで信じられないとばかりに思考を停止させてしまった弥生が正気に返り、裕也を治療しようと彼の元へ向かおうとする。同時にまどかや涼香、美玖も――涼香に至っては彰に殺気を振りまきながら走り出そうとした。


 しかしそれよりも早く、弥生達の側に控えていた黒服、組織の構成員が拘束魔法を使い、一瞬にして彼女達を取り押さえた。

 いくら今まで沢山の敵を退けてきた彼女達でも、それ以上の年月魔法を使いこなしてきた構成員、しかも裕也に気を取られて警戒を忘れていた状態で、それを躱すことはできなかった。



「今まで我慢してきた。お前とどれだけ比べられても、何にも気にしていない風に装ってきた。……だが俺からまどかを奪ったことだけはどうしても許せない!」


 バキ、と音を立てて彰が裕也を殴りつけた。重傷を負っていた彼が逃れられる術もなく、裕也はそのまま大きく床を転がった。




「そんな時に言われたんだよ、一之瀬裕也を殺してほしいってな」


 彰の視線は裕也を通り抜けて、部屋の片隅で控えていた黒服の男――相模へと向けられた。


「……相模、さんが? どういうことなんですか!」


 魔法で体が動かなくなっているまどかが、何とか相模の方を向いて必死になって問いただす。しかし彼は相変わらず冷めた表情で静かに口を開くと、淡々となんでもないように話し始めた。



「どういうこと、とは? 魔王を封印するほどの魔法を使うには、それだけの代償が必要である。それだけのことです」

「代償? それって……」

「人ひとりくらいの代償など、大したことないでしょう。それによって世界中の人々が数百年守られるのだから」


 魔法使いが裕也の魔法、封印魔法を行使された場合、魔法を使っているいないに関わらず行動不能になる。そもそも封印魔法とは相手の魔力を奪う魔法なのだ。しかしながら、勿論一般人には何の効果もない。


「私達が今まで魔法の存在を知った一般人を放っておいた理由はただ一つ。あなたの、一之瀬裕也のエサにするためです。あなた達は私達を警戒していましたから、油断させる為にこの少年を利用したまでのこと」

「利害の一致だ。俺は利用されようがお前を殺せればそれでいいからな」


 彰は裕也に再び近づくと、彰は貼り付けていた笑みを消した。



「お前、気付いてたんだろ、俺がまどかのこと本気だって。人のことにはいつも鋭いもんなあ」

「……」

「分かってて、内心嘲笑いながらまどかを奪ったんだろ!」


 二宮彰という男はいつも飄々として掴みどころがない。軽い性格とノリで人をおちょくり、いつも色んな女の子と遊んでいた。

 その彼がまどかにだけは真剣だったのだ。他の人間は一切気付いていなかったが、彰が酷く大切そうな眼差しで彼女を見ていたことを裕也だけは薄々気付いていた。


 くるくる、と赤いナイフを器用に回す。そして一歩一歩と、彰は裕也に近付いていった。



「今までお前からは何もかも奪われてばかりだ、今度は俺が奪ってやるよ」

「彰君、お願いだから止めて!」

「まどか、そんなに、こいつがいいのか」


 まどかの悲痛な叫び声を聞いても、彰は冷たい表情を崩すことはなかった。むしろどんどん表情が消えていく。


「いつもいつもいつも、裕也のことばかり」


 彰は無意識に持っていたナイフを握り直した。そしてまどかの方へと向かおうとした時だった。



「茶番は終わりだ」


 不意に低いしゃがれた声が広間に響き、彰は動きを止めた。

 地下広間の入り口近くに佇んでいた1人の髭を蓄えた老人が、杖を鳴らしながらゆっくりと歩いてくる。老人はそして裕也に見える位置までやってくると、酷く冷めた視線で彼を見下ろした。



「総、帥」

「封印魔法が使えるのは常に一人。今までなかなか封印魔法の使い手は見つからなかった。魔力自体が未だ発現していない者や、贄になるのを恐れて逃げた者……だが、封印が解ける数年前になってようやくお前の存在が明るみになった。一之瀬裕也、お前は封印の贄となる運命(さだめ)だったのだ」



 それだけ言うと、老人はボディーガードの黒服達に囲まれるようにして数歩下がった。彰に「さっさと殺せ」とだけ言い残して。


「ま、せいぜい死んで組織とやらの役に立てよ」

「裕也!」



 彰が地面に倒れていた裕也を蹴り飛ばし、部屋の中央に置かれた魔王の封印された石像に叩き付ける。 

 封印の石像に使用者の致死量とも言える魔力を帯びた血液を浴びせることによって、封印は完成する。

 とどめを刺そうと彰がそれを追うが、彼の元へたどり着いた時、突然目の前が光に包まれた。石像の下に倒れた裕也から、突如光が溢れだしたのだ。それはいつも彼が魔法を使う時に溢れるような神々しい青白い光ではなく、それこそ血を彷彿とさせる禍々しい赤色だった。



「封印魔法……いや、違う、魔力が暴走している!」


 相模がそう叫ぶ。本来なら、裕也の血を媒介にして魔王を封印する封印魔法が発動するはずだったのだ。相模は混乱していた。こんなこと、あってはならないと。


 地面が揺れ、光を受けた石像がぱらぱらと少しずつ破片を落としていく。




「嘘でしょ……」


 裕也の魔力が暴走したことによって、広間中の魔法が解除されていく。拘束魔法から逃れたまどかだったが、今まで感じたことのないような圧倒的な魔力の波動をその身に受け、へたり、と座り込んだ。


 暴力的なほど膨大な魔力の塊、それがすぐ目の前に現れようとしていたのだ。


 封印魔法があるとすれば、当然ながらその反対である解除の魔法も存在する。 魔力の暴走によって、本来封印されるはずの魔法はまったく対極の力を発揮したのだ。



「魔王が……復活する」


 地震が収まった時、石像の立っていた場所に砂塵に紛れて1人の影が姿を見せた。



 全員の視線が、集中する。



 ようやく視界が開けた彼らが見たものは、骨と皮しかないようにやせ細った、化け物のように不気味な男だった。今にも死にそうに見えるのに、その男からは先ほど感じた魔力が惜しみなく放出されている。



「な、んだよこいつ」

 彼はぎこちない動きで周囲を見渡し、そして一番近くにいた裕也と彰に目を向けた。魔力は感じられない彰だったが、その異様な姿や威圧感に動くこともできなくなり、ただ唖然として男を見る。


 目が、合った。

 魔王と思しき男は彰を片手で掴むと、その体からは考えられないくらい軽々と持ち上げた。



「は、離せ!」

「彰、彰―!!」


 するとどうだろうか、まるで干乾びるかのように彰の体から生気が奪われていった。それを間近で目撃した裕也は痛みも忘れて彰を助けようとするが、やせ細った足に軽々と蹴飛ばされた。


 まるでミイラのようになった所で、男はようやく彰だったものを放した。

 そして彰と男が入れ替わったかのように、先ほどまで死にかけた姿だった男が、普通の人間のように正常な肉体を得ていたのだ。


「生命力は得た」


 男――魔王はにたり、と笑った。



「とうとう現世(うつしよ)に蘇った」

















 目の前が真っ白になった。

 いや違う。混乱した頭を落ち着かせると、そこにあったのは毎朝見てきた部屋の天井だ。


「はあ……はあ……」


 未だに鼓動が早い。


 そう、あれは、本来起こるであろうすぐ未来の光景。二宮君から詳しい話を聞いて、どうすればシナリオ通りにならないか、ずっと考えているうちに眠ってしまったらしい。


 あれはあってはならない未来だ。私が聞いた話を元に勝手に作っただけのもの。

 正夢になんてしてはならない。



 ジリリリリリリ……



 セットしていた目覚ましが鳴り響く。億劫に思いながらそれを止めると、隣に置いてあったカレンダーが嫌でも目に入った。



 3月14日。ホワイトデー、一之瀬裕也の誕生日。そして、小説が終わる日だ。




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