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 そして当日、私は自分なりに精一杯のおしゃれをして駅前に立っていた。場所は色々考えたのだが、二宮君の提案で私の家と二宮君の家の中間点ということでここになった。

 待ちながら、どこかおかしい所はないだろうか、と念入りにチェックする。


 昨日は緊張と興奮で中々寝付くことが出来なかった。目の下に隈が出来ていなかったことが幸いだ。

 駅の時計の下で待っていると、遠目に二宮君の姿を見つけた。今日はまだ寒く、あのマフラーを付けてくれているのが見える。いよいよ、この時が来たのだと緊張で心臓が早鐘を打つ。



「急に呼び出してごめんね……あの、忙しかった?」

「いや、勉強も一息ついてたし、こっちも息抜きしたかったから」

「良かった……」


 ほっと安堵のため息を吐く。あまり時間をかけて勉強の邪魔をしてはいけないし、何よりのんびりしていると私の決意が揺らぎそうなので、すぐさま本題を切り出そうとした。

 しかし、私よりも先に、二宮君の方が口を開いた。


「それで、どこ行こうか?」


 にこにこと機嫌の良い二宮君。今までずっと勉強していたようなので、解放感に酔いしれているのだろう。私はといえば、呼び出した内容を伝える訳にもいかなかったので、どこかに遊びに行くと考えている二宮君に訂正しなければならなかった。



「あの、用自体はすぐに終わるんだけど……」

「そうなのか? じゃあ、終わったらどっか遊びに行こうか。遠野さんはこの後大丈夫?」

「え……う、うん大丈夫だよ!」


 予想もしなかった展開に、一瞬茫然としてしまった。

 単に二宮君が受験勉強から逃げるための口実だとしても、彼と二人で出かけるのは初めてだ。三年になって、ようやく一緒に出掛けられるようにはなったが、その時はやはりというべきか、いつも皆が一緒だった。


 こ、これは、所謂、デートというやつではないのか!?



「それで、何の用だったんだ?」

「えっと……」


 いざ渡そうとすると、また緊張が戻ってくる。

 バレンタインチョコ自体は渡すのは今年が初めてではない。去年と一昨年は、委員会の時に皆に配った時に渡すことが出来た。さすがに1人だけ違うものを渡すのはあからさますぎて、結局本命としては渡せなかったが。




「あの、二宮君これ……」


 私は意を決して持っていた紙袋から昨日必死になってラッピングしたガトーショコラを取り出す。


「何?」

「いやあのバレンタインデーでしょ、だから……」


 そういうと、二宮君はしばらく考え込んだあと、そうだったと手を叩いた。



「最近日付感覚が鈍くてさ、すっかり忘れてたよ。ありがと」

「甘い物、大丈夫だったよね」

「うん、大好きだ」


 自分に言われた訳でもないのに顔が熱くなる。

 あっ、角の包装が少し皺が寄ってる。他にも、自分の手から離れてみると不格好に見えてくる。


「ありがとう、他のやつにももう渡したのか? 裕也とか」



 二宮君の無神経な言動にはそれなりに慣れたつもりだったが、改めてやっぱりげんなりとした。

 なんでここで一之瀬君の名前が出るんだ。わざわざ呼び出してまでチョコを渡しているというのに。


 二宮君は何かにつけて一之瀬君を引き合いに出してくる。それはきっと今までずっと他人から逆に引き合いに出されてきたことが原因だろう。

 成績くらいしか一之瀬君より勝っていないと言われ、いつでも彼の引き立て役にされてきたのだから。



「……一之瀬君になんか渡してない! わ、私が作ったのは本命のひとつだけだよ!」

「え?」


 勢いで言ってしまったが、ここまで言って分からないわけがない……と思う。多分。


「俺だけ?」

「そうだよ!」


 やけになって開き直る。

 二宮君は暫し茫然としたようにチョコレートの箱を眺めていたが、やがてはっとしたように我に返った。


「本当に……」



 そう言って彼は予想外にも頬を赤くして顔を背ける。


 あの、二宮君が!?


 私の目がおかしくなったのだろうか。あれだけ鈍感な二宮君が、バレンタインチョコを貰って照れている!?

 ……そうか、これは夢か。私は実はまだ部屋で寝ているのだろう。



 なんて現実逃避している場合ではない。こ、これは少しでも脈があると思ってもいいのか?

 いや待て、そうやって期待して今まで何度も返り討ちにあってきたではないか。そう言い聞かせようとするのに、もしかしてと期待してしまう自分がいる。期待してしまって、いいのだろうか。


 言ってしまえ、私!



「あの、私、二宮君のことが……」


 そこまで言って言葉は途切れてしまった。いや、自ら言うのを止めてしまった。なぜなら、その瞬間私は二宮君の背後からやってきた男の人に一瞬にして意識の全てを奪われてしまったのだから。顔が、いや体まで熱くなるのを感じる。今まで言おうとしていたことがまるで思い出せない。


 私がぼうっとその男性を目で追っている間にも、彼は横を通り過ぎ、そしてどんどんと離れていってしまう。私は思わず追いかけようと踵を返した。



「遠野さん!? どうして急に……そうか、あの男が!」


 ああ、二宮君の声だ。そういえばなんで私は、二宮君と待ち合わせをしていたんだっけ?

 歩き出そうとした所に目の前に二宮君が立ちふさがった。


「あの人に近寄っちゃ駄目だ」

「どうして、邪魔するの」

「遠野さんは魅了魔法に掛かってるんだ」


 魅了魔法って、一体何を言っているんだろう。私はあの人が好きで傍に行きたいだけだ。

腕を掴まれたのが分かった。どうしてそんなことするんだろう。あの人を追いかけなくちゃいけないのに。



「……二宮君、離してよ」


















 俺は焦っていた。とんでもなく焦っていた。


 遠野さんから呼び出されて、浮かれていたのは事実だ。バレンタインデーに事件が起こることも覚えていたが、今回は俺の出番はないので関わることはない、と一切用心することがなかった。

 それなのに、よりにもよって遠野さんが魅了に掛かるなんて。今にもどこかへ行きそうな彼女をしっかりと捕まえておく。



「どうすれば……そうだ、裕也!」


 俺はすぐさま鞄から携帯を取り出して裕也に電話を掛ける。ボタンを押す手が震えて操作が上手くいかないことに苛立ってしまう。

 幸い、電話はすぐに繋がった。



「……もしもし、彰か?」


 携帯から聞こえた声はいつもの裕也らしくなく、やけに力のないものだった。


「裕也、今どこにいる?」

「学校前の公園だけど、まどかの様子がおかしくて……俺、振られたかも」


 若干泣きそうな声になっている裕也に、小説のシナリオを思い出す。



 最近様子のおかしかったまどかを呼び出して、どうしたのかと聞く。しかしまどかは魅了の男に夢中になっており、裕也の話をばっさりと流してその男にチョコを渡しに行こうとしてしまうのだ。


 裕也はそのまま、ぶつぶつと話し出したが、俺はすぐさまそれを遮った。

 申し訳ないが、俺の為にも裕也の為にも今は愚痴に構っている暇はない。


「裕也、よく聞いてくれ」

「……ああ、聞いてるよ。ちゃんと聞いてる」


 本当だろうか。


「遠野さんが魅了魔法に掛かったんだ、きっと桐生さんも同じ魔法に掛けられている」

「……魅了魔法? どうしてお前がそんなこと知って」

「今はそんなことどうでもいいだろ、一大事なんだ!」


 どうして知っているかなんて言える訳がなく、無理やり話を進めた。実際に急いでいるのは事実なのだ。

 ……後で何か言い訳を考えないと。


「そ、そうだな。……ってことはつまり、まどかも魅了魔法に掛かってるってことか!?」

「そう言っただろうが!」


 意気消沈していて、やっぱりまともに聞いていなかったらしい。いつもならとっくに自体を把握しているはずなのに。



「分かった、とりあえずまどかの魔法を解いてから……まどか、待ってくれ!」


 携帯の向こうで微かに裕也とまどかの押し問答が聞こえる。何とかまどかを引き留めようとしているのだろう。


「もういいから、とりあえずそっちに向かうぞ」


 そっちに構っている暇はない。さっきから何度も遠野さんに腕を振り払われそうになっているのだ。


「うわっ!」

「裕也?」


 突然、ガシャン、とつんざくような音が耳に入ってきたかと思うと、電話はそのまま切れた。恐らく何かに驚いて携帯を落としたのだろう。


 このタイミングで考えられるのは十中八九、敵の襲来だ。もともと、本来の流れでは裕也とまどかに素気無くされて落ち込んでいる所に敵対している組織の男がやってくるのだ。その男は無防備なまどかを殺そうとして、裕也がそれを庇う。そうして、絶体絶命に追い込まれるのだ。


 携帯をしまい、裕也の元へ向かう為に遠野さんの手を引いて走る。ちらりと後ろを見ると、訳が分からないといった様子の彼女が映り、口の中に苦い物を感じた。



「どこに行くの?」

「裕也の所だ、早く遠野さんに掛かった魅了を解いてもらわないと……」


 裕也達が事件を解決してくれれば、自然と魅了魔法は解除されるだろう。それまで精々一日、それだけ待っていればいいと分かっている。だけど、そんな僅かな時間さえ、待つことが出来ない。

 小説では裕也が魅了魔法に自ら気づくことはない。まどかに起こった異変さえ、単純に自分に愛想を尽かしたと考えた。彼に魅了魔法の存在を教えることはストーリーから外れる行為だ。


 それでも、他の男に魅了されている遠野さんをそのまま見ていることなんて出来なかった。



「私、別に普通だよ」

「そんなことない、急に通りすがりの人間を好きになって追いかけようとするなんて、普段の遠野さんならしないだろ」

「たとえそうだとしても、私がいつ誰を好きになろうと二宮君には関係ないでしょ」

「それは……」


 さっき渡されたバレンタインのチョコレート。俺だけに作ってくれたと言っていた。

 裕也も知っているという、遠野さんの好きな人。自惚れても良かっただろ。

 それだというのに、今は既に他の男に心を向けている。


「……関係ならある」

「なんで?」

「俺が遠野さんを好きだからだ!」



 言ってしまった。つい勢いで言ってしまった。


「……?」



 きょとん、という言葉が顔に書いてあった。だからなんなのかとでも言いたげな視線に、表には出さなかったが、正直かなりに心にぐさっときた。


「……駄目か」



 やっぱり、裕也(主人公)じゃないと無理なのか。


 小説でまどかの魅了が解けるのは、一言で言ってしまえば、所謂、愛の力というやつである。

自分のことを全く意に介していないまどかを守り続けた裕也はまどかに「どうして私を守るの」と問いかけられる。そこで「好きだからに決まってる!」と告白し、それをきっかけに魅了が解けた。


 俺が主人公だったら、きっと彼女は正気に戻ってくれただろうに。

 そもそもあれは、まどかに少なからず魔法への耐性があったからほんの少しのきっかけで魅了が解けたのだろう、と言い訳したくなる。魔法など一切使えないし耐性もない遠野さんに魅了に抗う力はなかったのだと思いたい。


 とにかく、今は裕也の所へ向かおう。

 再び遠野さんの腕を引っ張って、裕也の元へと連れて行く。先ほどよりも少しだけ抵抗が緩まった気がするのは俺の都合の良い勘違いだろうか。

















「なんで御堂さんが……?」


 公園へと急ぐと、そこには見知らぬ男と裕也とまどか、それから何故か御堂さんがいた。しかも彼女はその男と戦っているではないか。

 この場面に御堂さんがいた記憶はないのだが、またどこかで何かしらの変化が起こったのだろうか。


 裕也を見ると、彼は封印魔法を使ってまどかの魅了を解いたのだろう、座り込んだまどかに手を貸している。 封印魔法とは、全ての魔法をシャットアウトする。だから星谷さんの魔力暴走を鎮め、こうして魅了の魔法も解除することができるのだ。


「裕也……私、一体何が」

「良かった……」


 魅了が解けたまどかはボロボロになった裕也を見て、そして今までの記憶がない自分に混乱しているのだろう、珍しく酷く動揺した表情を見せていた。

 俺は御堂さんが敵を引きつけているのを確認して、裕也の所へ走った。


「裕也!」

「彰、それと遠野さん」

「咲耶! ……何かあったの!?」


 俺に腕を引かれるようにしてぼんやりしている遠野さんを見て、まどかが俺に掴みかかる……が、その前に裕也に止められた。


「遠野さんにも魅了魔法が掛かっているんだ」

「ええっ!?」

「裕也、とにかく解いてくれ!」

「分かってる……涼香、もう少しだけ頼む!」

「任せてください」



 御堂さんは裕也の声を聞くと、先ほどよりも更に気合の入った攻撃を繰り出す。しかし、身体強化の魔法を掛けた彼女と互角に戦う相手も、それをしっかりと受け止めてしまう。




 なんでいるのかは分からないが、御堂さんがいて助かった。





後半、苦肉の策の彰視点でした。

基本的に咲耶視点以外で進めるつもりはなかったのですが、魅了状態の咲耶だと話が進まなくなってしまったのでこうなってしまいました。

彰視点は、本編終了後に書こうと思っているので、気になる方はお待ちください。

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