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 宣言します、私はバレンタインデーに二宮君に告白することを!



 弥生に言われたことがきっかけではあるが、私自身もいい加減この中途半端な状態をどうにかしたいと思っていた。この一年、私なりにアピールしてきたのだが、二宮君にはどうせ無駄だっただろう。この際はっきりと伝えよう。


 例え二宮君がまどかしか見ていないとしても、こんな消化不良のまま終えるなんて嫌に決まっている。当たって砕ける確率の方が高いが、告白すると決めた。


 という訳でチョコ作りなのだが……。




「今日はよろしくお願いします、先輩」

「うん、よろしくね……」


 そう言って彼女は綺麗な姿勢で頭を下げた。

 相変わらず御堂さんは堅いなー。


 珍しく御堂さんからメールが来たと思ったら、その内容はバレンタインチョコの作り方を教えてほしいというものだった。という訳で一緒に作ることとなり、彼女は現在我が家のキッチンに、真新しいエプロンとまだ折り目のついた三角巾をして立っている。どうやら形から入るタイプらしい。



 今日は13日の金曜日で、御堂さんは学校が終わってすぐにうちに来た。私はといえば、三年はもう短縮授業しかないので早々と家に帰って準備をしていた。

 ……受験勉強とか、今日だけは、いや今日と明日だけは言わないでほしい。


 事前に作るものは相談して決めてある。少し小さめで食べ切りサイズのガトーショコラだ。



「御堂さんは他の人にはあげないの?」

「義理チョコをあげる相手なんていません。一之瀬先輩以外の男性に興味ないので」


 はっきりというか、ばっさり言うなあ。


「そうじゃなくて、ほら友チョコとか」

「友チョコ?」

「友達同士で交換するの。私は友チョコ用にチョコチップクッキー作ろうかと思ってるけど、御堂さんもどう?」



 私の話を聞いた御堂さんは難しい顔をして悩んでいる。何をそんなに悩む必要があるのかとも思ったが、彼女にとっては大変な問題なのだろう。

 しばらく考えた後、「先輩」と声を掛けられる。


「……あげたら、皆喜んでくれるでしょうか」


 頬を赤らめながらそう言う御堂さんに、友達より先に私がノックアウトされた。


 何この子可愛い。

 あげても迷惑なのでは、とか喜んでもらえるだろうかと不安になっていたらしい。



 御堂さんは意外かもしれないが、結構友達が多い。本人は「情報収集の為です」とかなんとか言っていたが、普段は無表情なのに一之瀬君に向ける笑顔や、意外と世間知らずで天然な面が見た目とのギャップでクラスの女子から可愛がられているらしいのだ。


 間近で見てしまったが、これは可愛がられるわ。

 私が絶対に喜ぶよ、あげた方良いと説得すると、彼女はこくりと無言で頷いた。








 お菓子作りは調理実習でしかやったことがないと言っていたが、彼女は非常に器用だった。少し教えただけですぐにテキパキと動いてくれる。そもそもお菓子作りはレシピ通りに作ることが基本だ。きっちりしている御堂さんには向いているな、と思った。


「そういえば、どうして私に頼んだの?」


 クッキー用の生地を伸ばしながら、ふと思った疑問を口にする。はっきり言って御堂さんとはそんなに多く話したことはない。一之瀬君達のグループの中では一番良く分かっていない子だ。

 御堂さんは無表情のまま首を傾げた。


「ご迷惑でしたか?」

「全然。でも、お菓子作りなら星谷さんとしないのかなって」


 彼女とは仲が良いみたいだし、星谷さんはお菓子作りが趣味で、よく一之瀬君達に差し入れしているのを見かける。私はこういうイベントでもなければお菓子は作らない方だ。



「あの子は、ライバルだから。先輩にあげるものだけは一緒に作れません」

「……成程」


 そういえばこの子達は二人とも一之瀬君のことが好きだったな。確かに同じ本命に渡すチョコレートを、いくら仲が良くとも一緒に作ることは抵抗があるだろう。私とて、たとえ義理だとしても、二宮君に渡すチョコレートをまどかと一緒に作りたいと思うだろうか。まどかがお菓子作りをする時点で既に危ないことを抜きにしても。






 二人で作業するととても早い。あらかじめ予熱しておいたオーブンに先に出来ていたガトーショコラの生地が入った型を入れ、ボタンを押す。


「さて、後は焼くだけだね」

「はい、楽しみです」


 彼女はお菓子を作るのを楽しんでいるようで、いつものように硬い表情を除けば、非常に嬉しそうにしているのが伝わってくる。


 二人でクッキーの型抜きを黙々とこなしていると、ふと思い出したかのように御堂さんが口を開いた。



「そういえば、クラスメイトから聞いたんですが、最近すごくかっこいいって噂になっている人がこの辺にいるらしいですよ」

「えー、一之瀬君じゃなくて?」


 この辺の女子の心を射止めているのは大抵あの男である。


「いえ……何でも、その人を見た女の子は皆一瞬で恋に落ちてしまうとかなんとか」

「一瞬で?」


 うさんくさいな。

 御堂さんもそういう噂に興味があるんだ。彼女はなんというか、浮世離れしている雰囲気があるので、世間話を話しているのを聞くとなんだか安心してしまう。


「やっぱりバレンタインだからでしょうか、最近周りの女の子達がその人の話で持ちきりなんです」

「まあ、そんな話を聞いたらどんな人か確かに気になるけどね」

「ですね。まあ好きになることはありえませんが」

「一瞬で皆好きになるなんて、そんな魔法みたいなことあるんだねー」


 自分でそう言ってから、そういえば魔法って現実にあったわ、と思った。



 しかし私が放った言葉に、御堂さんは言われてみれば……と真剣に考え込んでしまう。



「……」

「あの、言葉の綾だからね」

「いえ、確かに本当に魔法を使っているのかもしれません。調べてみる必要がありそうです」


 御堂さんはそう言って少し張り切った様子で何かをメモし始めた。


 ……そういえば彼女の話を聞いて今思い出したのだが、二宮君のノートにそんな感じの男のことが書いていなかったか。近頃はあまり魔法の事件に巻き込まれていなかった上、二宮君を生き残らせることしか考えていなかったのですっかり忘れていた。


 確か、ちょうどバレンタインデーに事件が起こるはずである。詳しいことは覚えていないので、後で確認しよう。









 ピー、と電子音が鳴り、わくわくしながらオーブンを開ける。この瞬間がいつも楽しみだ。チョコレートのいい匂いが漂ってきて、美味しそうだ。


「よし、綺麗に焼けてるね」

「はい!」


 ガトーショコラを取り出して冷まし、続いてクッキーも焼き始める。その間暇になり、休憩することになった。


「今思ったんだけど、一之瀬君ってやっぱり沢山チョコレートもらうよね」

「はい、去年も1人では運びきれないほど貰っていたそうです」

「じゃあ、もう少し小さいものにした方が良かったかな」


 御堂さんには悪いが、あんまり大きくても一之瀬君が食べるのに困るだけだ。彼の性格上、わざわざ人に貰った物を軽々と他の人に渡すとも思えない。

 そう思ったのだが、大丈夫だと御堂さんは力強く頷いた。



「去年それでお腹を壊したそうで、今年はファンクラブの方が規制したんです。受験生ですし、もし体調を崩したら大変なので」

「へえ、ファンクラブってそういうこともしてるんだ」


 テンプレさん、やるじゃん。


「それに当日は土曜日で学校もないので、渡す人は少ないと思いますよ」

「御堂さんは勿論渡すようだけど?」

「はい、出かけられていたら困るので朝一番に先輩の家に渡しに行こうと思っています」


 朝一番って、この子何時に行くつもりなんだろう。前に文化祭の整理券を朝4時から待っていたようだし……。一応釘を刺しておいた方がいいか?



「……あんまり早すぎないようにね」

「はい」


 しっかりと返事を返されたが、果たして分かっているのだろうか。

 さっき御堂さんが言っていた人も、一之瀬君のようにチョコを沢山貰うんだろうか。私があげる人は、言うまでもなく一之瀬君のような心配は無用だ。





 クッキーも焼けて冷めてきたのでラッピングをしようと思う。お菓子のレシピ本にはラッピングのポイントも書かれていたので、それを参考にしてみる。


 しかしいざガトーショコラを箱に入れて包装紙で包もうとした私の手が止まる。どうすれば綺麗にできるんだろう。本と手元に視線を行き来させて見よう見まねでやってみようとするのだが、上手くいかない。

 元々器用な方ではない。一応たどたどしく包んでみるものの、皺が寄ったり、角で包装紙が飛び出てしまったり散々だった。一枚駄目にしてしまい、途方にくれていると見かねた御堂さんが口を開いた。


「先輩、やりましょうか?」


 そう言われて、御堂さんの箱を見れば、既に綺麗なリボンまで掛けられており、更にもうクッキーの袋詰めを始めていた。

 確かに頼めば綺麗に包んでくれるだろう、しかし……。


「見本だけ、見せてもらえる? 後は自分でやるから」

「分かりました。まずは紙を斜めにして置いて……」


 二宮君に渡すものだ。御堂さんの物ほど綺麗に出来なくても、最後まで自分の手でやり遂げたい。

 見本で作ってもらった物に十分遅れて、ようやく納得のいくものが出来た。



「二宮先輩も喜びますよ」

「……そうだね」


 もう驚かないぞ。御堂さんに知られているのは予測の範囲内だ。



 それから他のクッキーの袋詰めも順調に終わり、気が付くと外は真っ暗になっていた。御堂さんは作ったお菓子を大事そうに抱えて帰って行った。

 二宮君には当日渡すが、友チョコは月曜日にまとめて学校で渡そう。













 御堂さんが帰った後、部屋に戻ると早速確認作業に入った。

 私は引き出しから二宮君のノートをコピーしてまとめてある紙束を取り出すと、パラパラと捲り出す。4月から順に書かれたストーリーは、もう残り数枚しか残っていない。

 2月のページを開くと、今回起こるであろう事件の概要が簡潔に書かれていた。




 2月14日、バレンタインデー。一之瀬君が1人になった所を敵対する組織の人間に命を狙われる。そもそも一之瀬君は封印魔法以外の魔法を使うことは出来ない。自分の身を守るのが難しい為まどかが護衛をしているのだが、今回はそのまどかが敵の罠に嵌ってしまっているのだ。


 それが先ほど御堂さんが言っていた「すごくかっこいい男」である。その男は実際には全く異性に好かれる方ではないのだが、道を歩くと十人中十人の女の子が振り返り、惚れてしまう。

 何故かというとこれまた魔法によるものなのだ。本当に魔法って何でもありだな。


 彼は魅了の魔法を使っているのだが、厄介なことに突然魔力が目覚めたために、無意識に魔法を発動させているらしいのだ。自分でも何故か突然女の子に好かれるようになったと認識しているようだ。

 その男自体はどちらの組織に所属している訳ではないが、敵対組織の人間が彼の能力に目を付けた。ある場所……一之瀬君が良く通る道をうろついてほしいと金を渡され、何も知らない男はそのまま何日も同じ道を歩き、一之瀬君と一緒にいたまどかを魅了する。


 一之瀬君に魔法だと気づかれないのだろうかと思ったのだが、そのことに関しては書いていなかったので分からない。


 魅了魔法の効力はおおよそ一週間ほどらしく、最近まどかと一之瀬君が一緒にいる所を見ていないことを思い出した。ということは既に魅了にかかっているのだろう。弥生も最近は勉強にかこつけてあまり一緒にはいないようだし、敵が狙うには絶好のチャンスということか。


 殺されそうになった一之瀬君はそれでもどうにか魅了魔法を見破ってを魔法を解き、難を逃れる……ここもあまり詳しく書かれていないので詳細は分からない。





 しかし、御堂さんに余計なことを言ってしまったかもしれない。

 彼女の行動については一切書かれていない、つまり本来の流れではこの事件に登場しないのだ。だが、彼女はその男を調べてみると言っていた、事件に関わっていくのは必至だ。きっと何か展開が変わってしまうことだろう。


 それが良い方向なのか、悪い方向なのかは分からないが。


 そしてしっかりとノートの隅々まで確認する。どうやら今回は二宮君の出番はなさそうなので、ほっとした。

 他に気にする所があるかもしれないのだが、自ら巻き込まれに行くわけではないのであまり気にしなくていいだろう。

 もし文化祭の時のように二宮君がキーパーソンであったなら、おいそれと事件当日に会うことは叶わなかっただろうし。


 御堂さんは件の男が出没する場所については話していなかったが、まあきっと大丈夫だ。遭遇する確率など殆どないだろうし、第一例え魅了魔法にかかったとしてもその日の内に一之瀬君によって解決される。



 この時の私は、完全に魔法を甘く見ていた。二宮君に告白する為に会いに行くのに、他の人に惚れるはずはない、魅了魔法なんてかかりはしないだろう、と。今まで魔法の恐ろしさを見てきたはずなのに関わらず。






「……さて」


 捲っていたページを戻すと、再び引き出しにしまう。私の部屋は鍵など付いていないし、ちゃんとしまっておかないと誰に見られてしまうか分かったものではない。


 そして携帯を取り出しておもむろに操作し出す。メール画面を起動させると、二宮君宛てに送る文面を考え始める。明日は土曜日だ。平日ならば、学校で渡せるというのになんてタイミングが悪いんだろう。受験生なので、呼び出すにも神経を使うのだ。


 本当は家に行くのが一番彼にとって負担が少ないとは思うのだが、流石にそれは私が無理だ。バレンタインデーに片思いの相手の家を訪問してチョコを渡すというのはかなりハードルが高い。まして告白しようとしているのだから尚更である。




「明日……少しお時間いただけませんか……固いな、もう少し砕けた方が、でも……」



 書いては消し、書いては消しを繰り返すこと一時間。さすがにあまり遅くなっても駄目だと、妥協してなんとかまとまった文章を送信した。




 明日は、とうとう3年間の気持ちを、告白する。







長くなりましたので、月曜日まで連続更新します。

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