13
とうとう今年も終わりである。蕎麦も食べ終えてテレビを見てのんびりしていると、携帯が鳴る。まだ年が明けるまでは数時間あるし、誰だろうかと携帯を覗き込むと、弥生の名前が表示されていた。
二人で初詣行こう! という簡潔なメールで、彼女にしては珍しく絵文字も使われていなかった。それ以上に珍しいのは二人で、という部分である。弥生と二人で出かけたことがない訳ではないが、イベント事などでは大抵いつものメンバーで行くことが多い。
文面に少々首を傾げながら、行くと返信する。
「おっはよー、あけおめー!」
「あけましておめでとう……なんか今日は元気だね」
次の日、弥生は朝の9時頃にうちにやってきた。さすがに年明けと同時は女二人では危険だと止められたのでこの時間となったのだ。
ちなみに家に来たのが弥生だと知った母が「彼氏じゃなかった」と落ち込んでいた。
「一之瀬君達はいいの?」
「裕也とまどかは任務だよ」
「こんな日まで任務なんて大変だね」
「まあ。それより、早く行かないとすぐ混んじゃうよ!」
弥生は私の腕を引っ張るようにして急いで急いでと促す。確かにこれから行く神社は、この辺りでは一番大きい所で参拝客も多い。が、弥生がこんなに張り切って先導することを不思議に思う。
今日の弥生はやけにテンションが高いなあ。
「寒いね……」
白い息を吐きコートの生地をかき集めながら、身を縮めて歩く。
「咲耶、マフラーしないの?」
「ちょっと捜索中で……」
二宮君に貸したマフラーなのだが、まだ手元には戻っていない。それで慌てて去年使っていたマフラーを探したのだが、どこへ行ったのやら分からずじまいだった。
イブの日に家に帰ってからマフラーを返してもらっていないことに気づいたのだが、冬休みの為会うことが出来ず、なにより二宮君にどんな顔をして会えばいいのか分からずにそのままになっている。
そういえば次の日、つまりクリスマスにニュースで見たのだがちょうどあの火事の後すぐに放火犯は捕まったらしい。間近であんな火事を見たのは初めてで、遠目からでも炎の勢いの強さに恐怖を覚えた。
もう二宮君があの炎を見ることもないだろう、と私は胸を撫で下ろした。
神社に着くと既に人ごみでごった返していた。色々屋台も出ているようで、わいわいと楽しそうな声で賑わっている。本殿からの列が入って間もないところまで伸びていた。結構待つことになるが、こういう時間も話しているとあっという間に過ぎていく。
参拝者の列に並びながら、しみじみ新年になったんだなーと実感する。
「去年の今頃はこんなことになっているなんて、当たり前だけど思ってなかったなー」
きっと受験勉強に必死で大変な生活を送っているのだろうという漠然とした想像しかなかった。二宮君の秘密を知ることも、ましてや魔法なんて空想的で物騒なものに関わるなんて夢にも思っていなかった。
でも、関われて良かった。と今は素直にそう思う。
何も知らないままこの一年を過ごしていたら、私はきっと後悔しただろうと確信できる。
「そうだよね、咲耶はいつの間にか巻き込まれちゃって、人質になってる所見たときは驚いたよ」
「その節はお世話になりました……」
「いえいえ」
水族館での出来事が随分昔のことのように思える。あの時弥生が回復魔法を使ってくれなかったら大変だっただろう。
「咲耶とこんなに話すことになるとは思ってなかった」
「私も。だって最初に顔合わせした時に笑顔で牽制してくるんだもん。びっくりした」
「あれはつい、いつもの癖で」
いつもやってんのか。その光景が簡単に目に浮かぶわ。
「大和撫子で有名な弥生はこんなのだったし」
「こんなのとはどういう意味ですかね」
「そのままの意味ですが」
そうこう話しているうちに待ちに待った賽銭箱の前に着いた。私は躊躇いなく財布から千円札を取り出すと賽銭箱の中に入れ、二礼二拍手する。そして自分の全神経を集中させて祈った。
自分でもここまで真剣に願い事をしたのは初めてかもしれない。
最後に一礼して階段を下りると、隣にいた弥生がびっくりしたように言う。
「ものすごく真剣だったね。一体何の願い事だったの?」
その質問に私は咄嗟に口籠った。弥生に願い事の内容をそのまま伝える訳にはいかないが、しかし嘘を吐くのもすぐに見破られそうだ。私は一瞬考えたあと、口を開く。
「……二宮君が大学生になれますようにって」
「……咲耶、確かに二宮君はあんまり成績良くないかもしれないけど、あんたがそこまでお願いしなくても……」
弥生は呆れた表情でそう言った。
確かに弥生が言う意味でも少々心配ではあるが、さすがに私でもここまで念を込めて祈ったりしない。
実際は二宮君が大学入試に受かりますように、という意味ではなく、どうか大学生になるまで生きていてほしい、原作通りにならないでくれとそういう意味だ。2学期の期末テストの時は何にも考えていなかったが、彼が試験に受かったとしても、大学生になる前に生き残らなければならないのだ。
この世界に二宮君の言う強制力が働いているのだとすれば、もうこれは神頼みしかあるまい、と思ったのだ。
「てっきり二宮君と両想いになれますように! ……とかだと思ったのに」
「そういう弥生は?」
「……裕也が幸せになりますように、なんてね」
そう冗談めかして言った。彼女はさらっと答えたが、おそらくその言葉は真実なのだろう。本当に一之瀬君は幸せものだ。
「次、おみくじ引こうよ!」
参拝を終えると、今度はすぐさまおみくじ売り場まで連れて行かれた。今日は弥生の好きにさせた方がいいなと判断する。
「せーので開くよ。せーの!」
おみくじを買って、少し開けた場所で弥生の掛け声と共におみくじを開く。ドキドキしながら紙を広げると、
「中吉だ……」
微妙な結果が目に飛び込んできた。喜んでいいのか反応に困る。
「弥生は?」
「吉だったよ」
「どっちが上なの?」
「さあ……」
細かい内容を見てみると、まあ可もなく不可もなくといった感じだった。特に恋愛……努力すれば日の目を見ることもある、って適当だなあ。
弥生のものも見せてもらったが、同じような内容だった。まあ、こんなものか。
「咲耶ってさ、告白しないの?」
おみくじを枝に結び付けていた時、唐突に弥生がそう尋ねてきた。正直、告白しようと思ったことは今まで一度もなかった。
「告白なんて、無理だよ……」
した所で結果など目に見えているからだ。彼が誰を見て笑顔になるのかを知っているのに、当たって砕ける勇気なんてなかった。
第一、あれだけ鈍感だと、告白してもスルーされそうな予感すらある。
「後悔しないうちにした方がいいよ。あの二宮君にはっきり言わないと伝わらないことぐらい分かるでしょ?」
「そうだけど……」
「じゃあ咲耶はずっと言わずにいるつもりなの? そのまま卒業して会えなくなっても構わないの?」
「それは……」
そんなの、嫌に決まっている。心の内にずっと留めて忘れられなくなるだけだろう。
「もたもたしてると、いつの間にか手遅れになっちゃうんだから」
そう言うと弥生は背伸びをして高い枝におみくじを結びつけた。いつもは、ここまで突っ込んだ話をしてこない彼女なのだが、やけにずけずけと踏み込んでくる。
「私ね、裕也に告白したの」
「え?」
「クリスマスイブに好きだって言った。けど、まどかが好きなんだって、はっきり言われた」
弥生が一之瀬君に告白した!?
驚いて弥生を見ると、彼女は少し下を向いて俯いた後、明らかに無理に作った表情でこちらを向いた。
「ずっと好きだったのに今まで何も言えなくて、結局他の人に持って行かれちゃった」
「弥生……」
「裕也の答えは分かってた。でもこのままずっと気持ちを伝えられなかったら、きっと爆発してたと思うから。振られた後、すごくショックだったけど、それでもすっきりしてたんだ。
だから、咲耶。咲耶も後悔だけはしないでね……私みたいにもたもたしてると絶対に後悔するよ」
「……うん」
きっと、私では想像もできないような勇気が必要だっただろう。弥生と一之瀬君は幼馴染で、十年以上一緒にいたのだ。今まで上手くいっていた関係を壊すことになってしまうと恐れないはずがない。
こくり、と頷いた私に今度は作ったものではない優しい微笑みで弥生は小さく呟いた。
「……精々、私の分まで上手くいってよね」
始業式の日、二宮君がうちのクラスにやってきた。慌てて入り口の扉に向かう私に何故かクラスメイト達がにやにやしているのが気になる。
「この間はごめん、色々あって……マフラーもずっと借りっぱなしだったし」
「そんな、別にいいよ! 気にしなくて大丈夫」
差し出されるマフラーに、少し残念な気持ちで受け取ろうとする。結局手元に戻ってきてしまった。
しかし私がマフラーを手に取る前に、それに待ったを掛けたのは千春だった。
「二宮、このマフラー貰ってやんなよ」
「え?」
「は、ハル!」
千春はマフラーを持ったままの二宮君の手を押し戻す。
そういえば、代わりにあげてくれるとは言っていたけど……。
「さくがあんたにあげるために作ったんだから」
「待てええ!!」
突き飛ばすような勢いで千春の口をふさぐ、もがっとうめき声が聞こえたが押さえる手を緩めはしない。何をそんなストレートに言ってるんだ!
千春なら堂々とそのまま言いそうだな、とは思っていたがまさか本当にこんな直球な発言をするとは。
恐る恐る二宮君を見ると、きょとん、という言葉がとても似合う顔をしていた。
「俺に?」
「いえあの、確かに似合うかなーとは思ったけど、もともと授業の課題で、でももし良かったらもらってくれても……」
頭で考えた弁解と、とにかく言い訳をしなくてはと咄嗟に口から出た言葉がごちゃごちゃになって、自分でも何を言っているか分からない。
二宮君も、これは受け取っていいのか、止めた方がいいのか、とマフラーを持った手が揺れている。
「いいからさっさと受け取りな」
最終的に千春の男らしい発言で、二宮君は返そうとしたマフラーをそのまま持って帰っていった。「私を褒めていいんだよ」と胸を張っていた千春に、怒ればいいのか感謝すればいいのか困る。
二宮君は千春が苦手だから、脅されて無理やり持って行ったんじゃないか、本当はいらないんじゃないかとも思った。しかし翌日から毎朝白いマフラーをして登校する二宮君を見て、そして「マフラー、ありがとな」と何の裏もない笑顔で言われて、私は千春に感謝せざるを得なかった。
二宮君の笑顔を見ながら、思った。
伝えるのはすごく怖い。でも、きっと言わなかったら一生後悔してしまうんだろうなと。




