表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/37

11

 もうすぐ期末試験だ。


 高校三年生の2学期といえば、受験勉強も大詰めである。良い成績を取らないと、確実に内申に影響してくる。


 そんな訳で二宮君からのヘルプが入った。

 あまり勉強が得意ではない彼には、元々一年で同じクラスになった時からちょくちょく分からない所を教えることがあった。委員会が一緒だった為それは二年になっても続き、現在三年生においてもたまに一緒にテスト勉強をしていたのだ。


 私としても人に教えようとすると更に理解が深まる上、二宮君と一緒にいられるので二つ返事で了解していた。




 今回も、二人でテスト勉強ができると、そう思っていたのだが……。


「裕也、どこが分からないの?」

「どこが分からないか分からない」

「もー、とりあえず最初から教科書開いて!」

「涼香先輩、ここ分かりますか?」

「ここは……この公式を使って」

「今日もまどかはかわいいなあ」

「……」




 なのに、どうしてこうなった。


 空き教室で二宮君を待っていた私を迎えたのは、もう言うまでもない彼らだ。

 聞く所によると、二宮君から一之瀬君に話が伝わり……後は芋蔓式に増え、この通りである。


 うちの学校ではテスト週間になると空き教室が解放され、そこで好きに勉強できるようになっている。図書館を利用すると、大人数で教えあうと騒がしくなってしまうので空き教室は比較的グループで勉強したい人が使い、1人で黙々と勉強したい時には図書館に行くというのが定番であった。










 しかしながら、相変わらず周りの視線が凄まじい。流石にもう慣れたが美形揃いなだけある。勉強に集中できない人がちらほら出てきており、今度から一之瀬君達がいる時は利用するのを控えようと決意した。

 ちなみに、彼らに気を取られてぼーっとしていた人達が視線をずらして私と二宮君を見て正気に返り、首を傾げるところまでがテンプレである。なんか二人場違いがいるんだけど、とか言ったやつ、聞こえてるからな。


 確かに私も二宮君も、平凡顔である。いや実を言うと、贔屓目ではなく二宮君はそれなりに整った顔立ちはしている。だが、なんというか、こう言ってはあれなのだが、雰囲気がすごく地味なのだ。更に言えば、一之瀬君の近くにいる所為で本人の自覚なしに引き立て役となってしまっている。


 スタイリング剤を付けたような毛先の撥ねた髪が、チャラっぽい見た目を演出しているが、話を聞いたことがある私は知っている。あれは寝癖だ。

 寝坊すると三割増しで酷くなり、逆に余裕をもって登校した日には「あれ今日は真面目だね」と言われる始末である。

 しかし何故か寝癖に見えないところが、すごいというかお得だ。



 余談だが、ここにいる三年生は揃って文系である。星谷さんはまだ一年生なので文理選択がなく、御堂さんは理系だ。そして文系の人間というのは偏見かもしれないが基本的に数学が苦手である。理系ほどしっかりと数学の授業がある訳ではないのだが、文系にも数学の授業が存在する。私を含めて文系に逃げてきた人達が悲鳴を上げる科目である。


 という訳で、皆で勉強する時は必然的に暗記でどうにかなるものではない数学が中心となる。

 意外にも弥生は文系の中でもずば抜けて数学が得意である。

 彼女はこの中では勿論教える側であり、私も一応その部類である。決して得意ではない、一之瀬君や二宮君よりはできるというだけだ。




「まどか、これはどうやるんだ?」

「これは因数分解してから……」

「はい先生! 因数分解ってなんですか?」

「中学からやり直し!」


 一之瀬君とまどかが騒いでいる。いくら話しても良い教室と言っても騒ぎすぎである。正直、一之瀬君の成績は、よくぞこの高校に受かったな、と称賛したくなるようなもので基本的に全教科壊滅的らしい。

 そのうちハリセンでも登場しそうな夫婦漫才に、見ていた周りの生徒も笑いを堪えている。



 せっかくの二宮君とのテスト勉強が潰れて落胆していたのだが、しかしこうやってわいわい勉強するのもいいな、思った。






「遠野さん」


 数学に疲れ、他の教科をやろうかと思っていると、空いていた左側の席に一之瀬君が、いつの間にこちらに回り込んできたのか声を掛けると共に席に座った。

 そしてやけににこやかに愛想を振りまきながら、彼はやたらとこちらに身を乗り出してくる。


「この問題分からないんだけど……」


 なんでこんなに近寄ってくるの!?

 にこにことした一之瀬君から二宮君の方へと引きつつ、一応差し出された教科書を見る。


 ……数学の一年でも解けそうな問題であった。

 い、いやこれだったら星谷さんでも答えてくれると思うよ。大体、彼の隣には数学が得意な弥生がいるだろう。彼女の方を見ると、笑顔を浮かべられてびくっと体を竦めてしまった。


 あれは怒ってる、すごく怒ってる。笑顔の裏に禍々しい炎が見えるんですけど。

 いや、弥生だけではない。他の三人、もっと言えば周りで勉強していた女子もまた、鋭い視線で射抜いてくる。



 怯えている私に気づいていないのか、一之瀬君は更に身を乗り出してくる。終いには肩がくっつき、思わずひいっと悲鳴を上げそうになった。勿論他の女の子達のような黄色いものではなく、言ってみればエマージェンシーと点滅していそうな赤いやつである。


 ……混乱していて自分でも訳の分からないことを言っている。

 とりあえず離れてほしくて、適当に言い訳をする。



「わ、分かんないかな……数学なら弥生に聞いた方が」

「遠野さん」


 混乱している私の背中に言葉が投げかけられる。振り向こうとする前にぐいっと体が傾き、腕を引っ張られたのだと理解した。


「ここ分からないんだけど教えてくれないか?」

「はいはい! どこ?」


 渡りに船だ。二宮君が一之瀬君から遠ざけてくれたことに感謝しつつ、一之瀬君には他の人に聞いてね、と一言声を掛ける。

 扱いが酷いって? 優しい言葉なら他の子が言ってくれると思うよ。第一弥生の視線が怖すぎるのだ。 一之瀬君が絡んだ時の弥生は正直近寄りたくない。



「二宮君、ありがとう」

「なんのこと?」


 二宮君は普段こんな風に誰かの行動を遮ることはない。私が困っていたのに気づいてくれたのだろうと思ったのだが、彼は本当に不思議そうにしており、今度は私が首を傾げる。


 腕を引かれた所為でいつもよりもずっと距離が近い。

 示された問題を見ながらも、心臓の音が大きく集中できない。一之瀬君の時とは大違いだ。さっきは命の危険しか感じなかった。

 思わず横顔に見蕩れてしまう。


「どうしたんだ?」

「な、なんでもないよ! ここは……」


 二宮君に教えながら、ふと一之瀬君を見るとまどかに引きずられていた。しかし何故だか、私と二宮君を見て意味深な笑みを浮かべている。



 ……今気づいたのだがもしかして、一之瀬君にも私の気持ちがばれているのではないだろうか。

 彼は所謂鈍感ハーレム系主人公だと思っていたので気にしていなかったのだが、自分のことは鈍感でも他人のことにはやけに鋭い、というのがこの手の人間のお約束である。弥生も以前にそんなことを言っていた気がする。


 でもなんで一之瀬君はわざわざあんな行動を取ったのだろうか。私が二宮君に助けてもらう所までが想定済みだったとしたら、彼は弥生達が嫉妬する所まで見抜いていないといけないのだが。



 一之瀬君の普段の鈍感な所が全て計算だったら……。

 自分で考えていて恐ろしくなった。



「裕也のこと気になるのか?」

「え?」

「さっきからずっと見てるし」



 一之瀬君に対して思考を巡らせていた所為か、教えるのが疎かになってしまっていたようだった。二宮君は一之瀬君達に目を向けながら少し不機嫌そうにそう言った。

 まどかに構われている一之瀬君が羨ましいのかもしれない。


「前に好きな人がいるって言ってたけど、それって裕也のこと?」

「ないないない! それだけは絶対にないです!」


 何が悲しくて好きな人にそんな誤解をされなければならないのか。それに、また一之瀬君のハーレムに加わったなんてふざけた噂を流されては大いに困る。

 そう思って全力で否定していると、二宮君は不機嫌そうな表情をふっと和らげた。柔らかな表情に頭が沸騰しそうになってしまう。




 やめてほしい。そんな顔されたら、嫉妬してくれたって勘違いしそうだから。















 次の日に会った弥生は何故か機嫌が良かった。

 昨日のことを何か言われるのではないか、とびくびくしていた私は拍子抜けである。


「ど、どうしたの」

「いえいえ、良かったねー昨日は。二宮君と急接近できて」



 決して嫌味ではない言い方でそんなことを言われ、ますます困惑する。

 結局弥生の思惑を読み取ることはできなかった。昨日の一之瀬君の行動といい、不可解なことばかりである。

 弥生の意味深は笑みが昨日の一之瀬君の表情と重なって見える。



 本当に似たもの同士だな、この幼馴染達は。


 彼女の笑みの理由を知るのは、一年後。そういえばあの時は……と弥生がふと思い出したかのように昔話を始めた時だった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ