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影操師 ―人形師―  作者: 伯灼ろこ
第二章 生人形師を求めて
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 1節 死人形の街

――ギリ、ギリ、ギリ。


 目の前の少女は、正座をして背筋を伸ばし、真剣に話を聞いていた。

「つ、つまり……この人口約130万の柚芭市は……お前を……夕柳十架を除いて、全て、人形……」

 十架は「少し違います」と訂正する。

「死人形です。全て、死人形」

 十架は、少女――梨椎世槞に対し、人形師について説明をした。

「人形師は、この世に3人存在すると云われています。しかしそれぞれに与えられた役割が違う」

 世槞は傍らで停止している十架の妹、由緒を横目で見る。

「俺は死人形師ですが、他に生人形師と空人形師がいます。生人形師は生きている人間を人形にし、空人形師は架空の存在を人形にします。そして俺、死人形師は――」

 十架は由緒の頭を撫で、溜め息混じりに言う。

「死んだ人間を、人形にします」

「……っ」

 世槞は、まさか、と部屋の窓から柚芭の街を見る。あらゆる思考や行動、感情を途中で放り出し、停止している人々。それら全てが、すでに死んだ人間をモデルにしているなんて。

 背筋が震え、虚無感を覚える。

「じゃあ……この街の人は……十架の家族は……」

「全て、死にました。とうの5年前に」

 柚芭という名の街は現在、地図上から抹消されている。外部から柚芭に訪れる人間はいないどころか、柚芭市そのものを認識出来ないように操作されている。

 人々の思考・記憶・情報の操作――これは組織が世界を管理する上での最重要事項に挙げられている。

「本来ならば由緒は、今年で中学生になる予定でした。俺とはさほど年齢差の無い兄妹だったのですよ」

 十架だけが歳をとる。全員があの平和だった頃を永遠に生きているというのに、1人その場から弾き出されたような、言いようのない悲しさが押し寄せる。

「どうして?」

 世槞は問う。

「全ての人が死ぬなんて、普通では有り得ない」

「そうですね、普通では」

 十架はあくまで淡々と語る。

「教えて」

「教えませんし、貴女には知る権利も無い。世槞さんは、第三者ですから」

 第三者とは、シャドウ・コンダクターでも影人でもない、一般の人間のことを指す。第三者はシャドウ・コンダクターと影人の存在を知らず、世界の真実も知らず、また知る権利も有さないままに極々普通の日常を送ることを余儀無くされている。理由は、知ったところでどうすることも出来ないからだ。力の無い人間は、力のある人間たちが用意した偽りの平和の中で生きねばならないし、それが最善の選択肢でもある。

「というわけで」

 十架は立ち上がり、ジャケットの内ポケットから布袋を取り出して世槞の眼前でユラユラと揺らす。

「世槞さんが誰を人形にしたいのかは知りませんが、貴女が望む人形は生人形師に作ることは出来ない。出来る能力を保有するは、死人形師であるこの俺だけです」

 世槞は俯き、黙ったままだ。

「世槞さん? まさか俺に同情してますか? そんなの結構ですよ。皆さんは死にましたが、死人形として蘇ってくれました。俺は、自分の能力に感謝している。また楽しかったあの頃に戻ることが出来たわけですから」

「……でも、陽が沈めば停止する」

 低く、ぼそりと呟かれる。

 十架は陽気な調子を崩し、声色をワントーン低くする。

「それが現在の俺の課題ですね。死人形たちの活動時間には制限がある。陽が昇れば活動を再開する――その原理を探らねば。しかし」

 十架は腕組みをし、自分の中の疑問を吐き出す。

「不思議なことに、他人から頼まれて作った死人形は、停止しないのです。己の意思で作った人形だけが、何故か――」

 世槞は十架の話の途中で、停止した体勢のままの由緒を抱えて立ち上がる。

「もう寝るわ。明日、由緒ちゃんと早朝の散歩を約束してるんだ。隣の部屋、借りても良いかしら」

「ご自由に」

 バタンと閉じられた扉を見つめたまま、十架は、ほう、と息を吐く。そして目線はそのままに、仰向けに倒れる。

(……聞こえる)

 世槞が廊下を歩く音、隣りの部屋へ入る音が。

 これまで日没後の柚芭市で動いているのは自分だけであった為、誰かの動く気配がするという事実がこんなに安心を招くとは思わなかった。

(今、俺は1人じゃないんだな)

 目を閉じる。暗闇の世界の中で、自分の影が揺れていることを感じる。

“皆ガ死んだ理由サ、教えナいからドウして連れテ来たのさぁ”

 聞こえる影の声は、壊れた機械音声だ。

「……さぁ、俺にもわかりません。ただ、死んだ人間に人形でも良いから会いたいという気持ちに――共感してしまったのかもしれない」

 組織が任務の為に死人形を求めることとはワケが違う。やつらは人形に対し、感情など持っていない。あくまでモノ扱いだ。確かにモノであることに違いは無いが、ならば人形師とはなんなのだ。人間に酷似したモノを作り出す為だけの存在なのか。

 影は揺れ続ける。

“違うでショ。十架さんハ、いつも1人ぼっちダカら、寂しかッたダケだよ”

 影の声に、十架はほくそ笑む。

「……そうなのかな」

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