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影操師 ―人形師―  作者: 伯灼ろこ
第一章 人形師
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    梨椎世槞【後編】

「貴女、名は?」

 じきに朝日が昇り始める時間帯。赤髪の少女はどこへ向かっているのかわからないまま、少年に従って山道を歩いていた。

「…………」

「逆らうつもりですか。この骨がどうなっても?」

 少年はわざとらしく袋を振り回し、崖の下へ投げ出そうとする。

「! せ、世槞よ。梨椎世槞りしいせる!」

「ふーん……」

 袋を掴み直し、ポケットに仕舞う。

「嘘つき」

「はい?」

「返してくれるって、言ったのに」

「言いましたね」

「嘘つき」

 少年はフフンと笑う。

「確かに、嘘つき呼ばわりされても仕方ありません。しかし、あの時は本当に返すつもりだったのですよ? しかし直前で考えが変わりましてね」

「……クズが」

「嘘つき呼ばわりは結構ですが、クズ呼ばわりは心外です。俺は、貴女が望む通り――」

「誰が信じるか! 嘘つき!!」

 山に響く怒声には、憎しみが込められていた。少年はそれ以上何も言わず、ただニヒルな微笑みを浮かべたまま黙々と山道を進む。


「さて、着きましたよ」

 生人形師がいる場所、として少年が案内をしたのは、赤髪の少女――梨椎世槞が住む街と大して変わらない普通の都市であった。

(こんな街に、生人形師が……? こいつ、また嘘を)

 しかし人質は少年の手の中だ。この街に本当に人形師がいるならばそれで良し、いないならば隙を見て人質を奪い、逃げるだけ。

「ここは柚芭市です。世槞さんが住む月夜見市からは少しだけ離れていますね」

「生人形師はどこなの」

 少年は朝日を眩しそうに眺める。まさしく、それが命の始まりであるような目で。

「……おっ、と」

 世槞は少年が目を細めた瞬間を狙って布袋へと手を伸ばすが、いとも容易くその手を掴まれる。

「世槞さん、貴女はとんだじゃじゃ馬ですね。まぁ嫌いではないですが」

 世槞は少年の手を振りほどき、悔しげに拳を握り締めた。

「生人形師はどこ」

「じきにわかるはず。さぁ、この街でお好きなように過ごしてください」

「は……」

 早朝の肌寒い時間帯。世槞は白い息を吐き出しながら、少年の後ろを付いて歩く。この街で好きに過ごせと言われたところで、どうしろというのだ。嘘か誠か、少年が握っている情報を確かめるには、少年から離れるわけにはいかない。

(もう。どうしてこんなことになってしまったんだ)

 ただ希望という名の光を見つけただけなのに。

 目の前の少年は何者なのだ。やけに運動神経が良い。そして廃れた寺を仕事場の候補に挙げたりと、あらゆる面で怪しい。

「ここは?」

 とある一軒家の前で立ち止まった少年は、その玄関扉のドアノブを握ろうとしていた。

「俺の家ですけど、なにか?」

「この街に人形師がいるんじゃないの? なんでお前の家があるんだ」

「人形師が住む街に俺の家があったらダメなのですか?」

「だ、ダメじゃないけど……」

 少年が扉を開けると同時に、外へ飛び出してくる小さな女の子に世槞は目を奪われる。

「あっ、お兄ちゃん! どこ行ってたの?」

 女の子は新聞を取りに外へ出て来たらしい。小さな手で新聞を掴みながら、少年のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ。

「ちょっとね、お散歩だよ」

「へぇー、いいなぁ。今度は私も連れて行ってね」

 少年の指を握るその姿からは、非常に懐いていることが推理される。

 しばらく少年の顔を見上げていた女の子は、その後ろに立つ世槞を見て目を大きく見開く。

「わあ……真っ赤な髪の女の人だ……。だぁれ?」

「え? わ、私?」

 言葉に詰まる世槞を制するように、少年は言う。

「友達だよ。一緒に散歩してたんだ」

「お兄ちゃんの友達? じゃあ私のお姉ちゃんだね!」

 女の子は少年の指をパッと離すと、世槞に駆け寄る。

「お姉ちゃんっ、掛け算、得意?」

「え、は? か、掛け算……? 得意っていうか、普通かしら……」

「教えて!」

 女の子は世槞の指を掴み、家の中へと引っ張る。世槞は少々戸惑ったが、小さな女の子相手に馬鹿正直になる必要も無いと判断し、そのまま従った。

 少年の家は至って普通だった。突然の訪問に両親は驚き気味であるし、女の子は人懐っこい。腹に何かを抱えている様子も無く、家の中に仕掛けがあるわけでもない。その家の中では、少年だけが異質であった。

「す、すみません……なんだか、朝食までご馳走になってしまって」

 食器を持ち、母親に礼の言葉を述べる。

「いいのよ。十架が家に友達を連れて来るなんて、珍しいことだから」

 十架。

 家の表札には『夕柳』の文字。

(あいつの名前、夕柳十架っていうのか……)

 少年にも、ちゃんとした名前があるようだ。しかし名前以外は、やはり未だ不明だ。

「ねぇ、由緒ちゃん」

 今日は日曜日である。学校は休みである為、十架の妹・夕柳由緒は部屋で宿題に励んでいた。

「お兄さんのこと、教えてくれない?」

 そう問い掛けると、由緒は不思議そうな顔で世槞を見上げる。

「どうして? お姉ちゃんはお兄ちゃんの友達なのに、お兄ちゃんのこと知らないの?」

「あ、うーん。私、転校してきたばかりだから、あまり知らないの。だから仲良くなる為に、お兄さんのこと知りたいなって」

 十架は今、出掛けている。自宅の中に世槞を放置するとは、なんとも不用心である。

「そうなんだぁ。えっとねぇ、お兄ちゃんは……私の王子様なの!」

「へ?」

「どこにいても、陽が沈む前に必ず迎えに来てくれるのよ!」

「そ、そうなの……」

(なんだ、それ)

 妹からは大した情報は聞けそうにない。世槞は溜め息を吐き、自分も外へ出ることにした。

“わずらわしいことになりましたね”

 それまでずっと黙っていた世槞の影が、ついに声を出した。

「ああ……非常に、な」

 予想だにしていなかったこの事態は、自分の考えが浅はかであった為だろうか。

「まずいな。骨だけを回収し、ひとまず家に帰るつもりだったのに……これじゃあ、紫遠と愁に心配をかけてしまう」

“連絡をしてみては”

「それじゃ駄目だ。帰るに帰れないこの状況を、どう説明しろっていうんだよ」

 世槞は頭を垂れ、下唇を噛んだ。

“探しますか、人形師を”

「そうだな……今は、それしか」

 十架の嘘に踊らされているだけかもしれない。だが、嘘なら嘘で、後で懲らしめてやればいい。

(ったく。あの野郎め……シャドウ・コンダクター様を怒らせると怖いんだからな……)

 某県に属するこの柚芭市は、人口約130万の大都市だ。この中から人形師を探すなど、日数を要する大掛かりな調査となってしまう。世槞は頭痛を感じながらも、人が大勢集まる繁華街へと足を運んだ。しかし。

「人形師を知らない?」

 そう聞いても、普通の人形の店を案内されるだけ。

「違う。人間をそのまま人形にするやつ」

「蝋人形のこと?」

「違うって。動いたり、喋ったりするんだ。まるで本物の人間にそっくりで。いや、むしろ人間そのものなんだ」

 ここまで詳細に説明してしまうと、最後は白い目で見られるだけだ。世槞は途方に暮れた。

“あの少年は、じきにわかると言っておりました。ですから、待ってみては如何でしょうか”

 手近のファーストフード店の3階から街を見渡していた世槞は、影からのアドバイスに従うしかなかった。

「もうすぐ……陽が沈むな」

 日曜日の繁華街は、開店の時間から閉店の時間まで賑わうものだ。世槞はベンチに腰掛け、行き交う人々を眺めていた。

(人形師はいない。影人もいない。平和そのものだな、この柚芭市は)

 秋が深まるこの季節は、陽が沈み始めると急に寒さが増す。世槞は昨晩、着の身着のまま出掛けてきた軽装のままであった為、ショートパンツの隙間から吸い込まれる冷気に身を強張らせた。

(黒のタイツだけじゃ、もう耐えられないな)

 運良くここは繁華街だ。服屋は周囲にたくさんある。世槞は防寒着を買う為、ベンチから立ち上がった。そのとき。

「迎えに来ましたよ」

 西陽を背に、少年が立っていた。夕柳十架である。

「……私は由緒ちゃんみたいな小さな女の子じゃないから、迎えは無用よ」

 世槞は冷たく言い放ち、目についた服屋に入ろうとする。

「世槞」

 名前を呼ばれ、世槞は眉間に皺を寄せたまま後ろを振り返った。

 その直後、陽は沈んだ。

「――――」

 数分間に渡り、世槞は言葉を失っていた。いや、世槞だけではない。直前まで騒がしかったこの繁華街の人々全てが、無言になっていたのだ。

 行動の途中で無言になった彼らは、まるで精巧なマネキン人形だ。だが、そのマネキンたちがまさしく人間のように動き、喋っていた様を世槞は見ている。

 世槞は口をパクパクとさせ、何か言おうとするも言葉として出せないまま、周囲の人々を凝視する。

「……陽が沈みますとね、皆、何故か停止するんです」

 十架を見る。十架は悲しげに微笑んでいた。

「お……お前は……」

 少年の正体。それを尋ねるだけで、精一杯だ。


「俺は夕柳十架。死人形を司るシャドウ・コンダクターです」


――ザザ。

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