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影操師 ―人形師―  作者: 伯灼ろこ
第一章 人形師
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 3節 梨椎世槞【前編】

――ザク、ザク。


 今宵は曇りであり、この街の名の由来となった月は見えない漆黒の闇夜となっていた。

 ここは郊外にある寂れた墓地だ。5年ほど前に寺に強盗が押し入り、仏像など重要な文化財が盗まれ、更に住職たちが皆殺しにされるという悲惨な事件があった。寺を継ぐ者もおらず、放置された墓に対し文句を垂れる遺族も現れなかった為、そのまま廃寺とされていた。

 今では荒廃した不気味な場所ということもあり、近付く者はいない。

「こんなに奥だっけ。クソ、幼い頃だから、記憶が曖昧だ……」

 打ち捨てられた寺の墓場に、少女はいる。暗闇でもわかる鮮やかな赤い髪は、寺の不気味さから切り離され、浮いて見える。

「ああ……そうだ、ここだ」

 とある墓石の前で立ち止まった少女は、『梨椎』という文字を悲しげに撫でる。

 次にとった驚くべき行動は、その場に座り込み、骨を納めている場所への扉を開いたことだ。

 少女は白く細い手を暗い穴の中にするりと侵入させ、無造作に動かす。

(どこだ……まさか、もう土に帰ったのか……)

 悲痛な思いを抱えていた。遠い昔に無くしたものを取り戻す為、悲劇の理由を知る為。背後から接近する足音にも気がつかないほど、少女は必死に暗闇の底を漁った。

「こんな真夜中に墓荒らし。しかも、目的が骨とは珍しいですね」

「!」

 少女は手に掴んだものを胸に押さえつけ、素早く立ち上がる。闇夜の墓場に立っていたのは、黒髪に少し青みを帯びた少年。同い年くらいだろうか。少女は、警戒するどころかむしろ安堵していた。

「良かった……誰だか知らないけど。紫遠かと思った」

「紫遠? 誰ですか、それは」

「こっちの話。じゃ、私行くから」

 少女のなんとも奇妙な行動は、すんなりと帰らせてもらえるものではない。それに加え、盗品をとても大切そうに抱きしめる姿が、少年の興味を異常に引いた。

「骨なんて盗んでも、何の足しにもなりませんよ」

「……でも人形にはなる」

 少女の答えを聞き、少年は息を飲む。

「貴女っ……」

 少女は駆け出した。立ち入り禁止の柵を飛び越え、道路を疾走する。やけに早い。だが、少年の方が早かった。2人の身体はもつれ合うようにガードレールを突き破り、河川敷へと滑り落ちる。

「痛い……っ」

 唸る少女を後目に少年は立ち上がり、放り出された布の袋を探し出して奪い取る。

「返せ!!」

 素早く立ち上がった少女の表情には、怒りと悲しみが入り混じっていた。

「この骨を如何するつもりなのですか」

「お前には関係無い!」

「先ほど、人形にするとかなんとか」

「言ったってどうせ理解出来ないし、理解してもらおうとも思わない!」

 可愛らしい外見とは間逆の、荒々しい言動。少年は少女の瞳を見つめたまま、動こうとしない。

「というか、他人ひとの行動をとやかく言う権利がお前にあるのかしら? こんな真夜中に、何してたんだ」

 少女は、女言葉と男言葉が入り混じった独特の口調をしている。

「俺は仕事場を探していましてね」

「廃墟となった寺を? 職務質問をされるべきはお前だな」

 少年は気になっていた疑問を再び投げかける。

「誰に人形をつくってもらう予定だったのですか。言えば、お返ししますよ」

 少女は少年を睨んだまま、下唇を噛む。

 もし少年の言葉が嘘であった場合、力づくで奪おう。骨がどうなるかわからないが、人形にさえすることが出来れば問題はない。――少女はそう考え、腰を低く落とし、いつでも攻撃を仕掛けられるよう体勢を整えた。

「生人形師」

 答えを聞いた瞬間、少年は腹を抱えて笑い出した。

「はははは! 本気で言ってるのですか、貴女は!」

 少年はヒイヒイと苦しげな呼吸を繰り返す。笑い過ぎて腹が痛いようでもある。少女はポカンとしていたが、しばらくして怒り出す。

「ちゃんと言っただろ、返しなさいよ」

 ポン、と軽く放り投げられた布袋。少女の視線が布袋を追って上へと向いた時だ。高速で接近した少年の手が、頭上へ伸ばされていた少女の両手首を掴み、もう片方の手で布袋を受け止めていた。

「?! なっ……」

 素早く蹴りを繰り出そうとした少女の足をも踏みつけて固定し、少年は言う。

「俺、貴女のことが気に入りました。生人形師の元へ案内して差し上げますよ」

 そう言う少年の瞳は闇夜よりも暗く、沈んでいた。


 かくして<人質>を取られた少女は、攻撃を仕掛ける隙も無いままに少年に従うことを余儀無くされた。

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