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影操師 ―人形師―  作者: 伯灼ろこ
第一章 人形師
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    夕柳十架【後編】

 怪物と化した人形を片付け、実家のある柚芭市ゆすはしへ辿り着いた頃には夕方になっていた。

 家の扉を開けると、ふわりと漂ってくる夕食のにおい。母親が家族の帰宅時間に合わせて、せっせと作っているのだ。

「お帰りなさい、十架。今日は遅かったのね」

 鍋の中の具材をかき混ぜながら、母親は言う。

「今日は……出された課題がなかなかの難問でして、解くことに時間を要してしまいました」

 毎朝、かたちだけ着用する高校の制服を脱ぎながら、十架はスラスラと都合の良い言葉を並べる。

「そう。お勉強、頑張ってるのね」

「一応」

「確か十架の夢は官僚だったわね。お父さんも私も、期待してるわよ」

「はい」

 2階の自室の窓から見渡せる、柚芭市の街並み。夕柳十架が16年間、生まれ育った街だ。今の時間は帰宅へと急ぐ者や遊びに出る者たちで外は賑わっている。十架は窓枠に顎を乗せ、そんな街の人々を愛しそうに眺めた。

 そして、「あ」と気付き、再び1階へと降りるのだ。

「お母さん、由緒ゆおは?」

「健太くんのところよー。門限は17時って言ってあるから、そろそろ帰って来るはずだけど」

 母親は出来上がった煮物の味見をした後、満足そうに頷く。

「……それじゃ間に合わない!」

「え?」

 慌てて家を飛び出す息子に振り返り、母親は首を傾げた。

「おお、十架。どうしたんだ、そんなに慌てて」

 家を出たところで父親とぶつかりそうになる。十架は頭を下げて謝り、こう言って走り去った。

「妹を迎えに行ってきます!」

 健太というのは、確か由緒のクラスメイトである杉浦健太のことだろう。その家は、由緒が通う小学校の真裏だ。

 十架は太陽を見る。太陽はすでに身体を半分、山に沈めていた。

“今の季節デ17時は、モウ日没後だよネぇ”

 走る十架の足元から、その声は聞こえた。

「ええ……1年間のうちで昼間が最も短い季節」

 声の主の姿は見えない。しかし十架は当然のように返事をしていた。

“早ク! 早く! 急いで十架サン!”

 その声はノイズ混じりの壊れた機械音声のようで、カセットテープに子供が悪戯で吹き込んだようなものだった。

 由緒が通う小学校の校門前を通り過ぎ、裏へ回る。小さな家が数件連なっている中の『杉浦』という表札の前で十架は立ち止まり、すぐさまインターホンを鳴らした。

「すみません、夕柳由緒の兄、夕柳十架です。妹を迎えに来ました」

 呼吸は乱れていない。3キロメートルの距離を全速力で走った彼だが、彼が属する種族にとって、これは大した運動ではない。

 しばらくして開かれた玄関扉の向こうには、杉浦健太と思しき少年と母親、そして可愛らしい少女が立っていた。

「お兄ちゃん!」

 ペタペタと足音を鳴らして十架に走り寄る少女の小さな手を掴み、十架は頭を下げる。

「妹がお世話になりました。これからもご迷惑おかけしますが、よろしくお願い致します」

 その年齢にしてはきちんと礼儀をわきまえた姿勢に、健太の母親は思わず笑顔になる。

「いえいえ、むしろこちらこそ健太がお世話になって。わざわざ迎えに来て下さってありがとう。由緒ちゃん、また遊びに来てね」

 由緒は健太とその母親に対して大きく手を振り、帰路につく。

「でも、まだ遊びたかったなぁ」

 少し不満を漏らしながら、幼い少女は歳の離れた兄の顔を見上げる。

「また明日があるよ。今日はもう、陽が沈むから」

 心なしか、兄は早歩きだ。由緒もそれに必死について行こうとするが、危なっかしい足取りを見ていられず、十架は由緒を抱き上げる。

「わぁ! これお姫様抱っこだよね? 私、知ってるんだぁ」

 視線が高くなり、進むスピードも早く、由緒はキャッキャと喜ぶ。

「そうだね、由緒は俺のお姫様だよ」

 十架は笑う。しかしどこか、悲しげな微笑みだった。

 夕柳家の扉を開いた時、食卓にはすでに料理が並べられていた。

「ねぇお母さん! お兄ちゃんね、私の王子様なの」

「由緒。帰ったら手を洗うのよ」

「ふーん、わかってるよぉ」

 母親に言いつけられ、由緒は洗面所へ入る。

――間に合った。

 十架は、ふぅ、と一息つき、食卓に腰掛ける。

 父親はすでに帰宅し、夕刊を読んでは気になる記事に対し、唸り声を上げていた。

 手を洗い終わった由緒が椅子に腰掛けた時点で、家族4人が揃うこととなる。父親は新聞を折り畳み、家族全員の顔を見て、いつもの台詞を言う。

「では、いただこうか」

 両手を合わせる。食事を始める前の、当たり前の礼儀。

「いただきます」

「いただきまーす!」


 そして、陽が沈んだ。


 西側の窓からは、いつも眩しい西陽が射し込む。しかし陽が沈めば一転、家の中は真っ暗となる。母親は電気を点けようとしない。父親も動かない。手合わせの状態から離そうとした姿勢のまま、由緒も<停止>している。

 先程まで、賑やかであった家の中。今はもう、誰も喋らない、動かない。

「……いただきます」

 唯一、夕柳十架を除いては。

 暗い家の中から街を見る。

早くから電気を点けている家もあれば、1日中電気を点けている店もある。

 夜の都市は賑わう。事実、大勢の人が外にいる。しかし、動いていない。

“こノ柚芭市は十架サんの巨大な箱庭。維持費が大変ダヨねー”

 暗く、静かな家の中に響くは、十架が夕食をとる音と、例の機械音声のみ。

“だカラ仕事は続けナキャ。世界ノ均等を保つこトなんてドウでもいい。我が主人にハ、解キ明かさナきゃならナイ謎があル”


 どうして、この街の人形たちは陽が沈むと停止するのか――。


――ガタン。

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