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 新しい日々

「……それで生人形師の処分についてなんだが、シャドウと共に正式に処刑が決定した。まぁ当然だな。800年間もの悪事は、処刑くらいでは足りない罪だ。よって次に生まれる生人形師には、ブラッディーノを宿らせないこと――それが事実上の処罰になる」

 目の前にいる少年は、見慣れない携帯型端末を操作しながら、常人には理解し得ない内容を当たり前のように話していた。

「それ、僕に関係ないよね」

 ダラダラとした報告をほぼ流し聞きした結果、梨椎紫遠はそのような結論を導き出す。

「え?」

 報告を終えた少年は、紫遠の反応を受けてしばらく考える。

「……確かに。これ、世槞に報告すべき内容だな。いやぁすまない。お前があまりにも世槞と似てるもんだから、間違えた」

「今更間違えるかい? クラスも違うのに」

 ここは月夜見市にある戸無瀬高等学校だ。1年の特進クラスに通う紫遠は、目の前の席に座る親友である相模七叉に対し、信じられないという表情で首を振っていた。

「じゃあ昼休みにでも世槞を招いて報告しよう。生人形師の行く末を気にしてたからなぁ」

 紫遠は呆れたように頬杖をつき、つい先日に起きたばかりの姉の愚行について思いを巡らせた。

(あの様子だと、両親が死んだ本当の理由までは思い出していない)

 唯一の救いはそこだ。

(しかし人形師なんて、厄介なやつと知り合ったもんだよ……)

 よりによって、死人形師なんかに。そう、ちょうど教卓に立つ担任教師の隣りにいるような少年に――。

「……君」

 驚きすぎて、思わず声に出していた。

「ん? どうした梨椎。優等生のお前が授業の進行を妨げるなんて、珍しいじゃないか」

 教師は紫遠に尋ねる。「なにか質問があるのか」と。紫遠は首を振った。

「さて、紹介を続けるぞ。今冬に新たに特進クラスの仲間入りとなった、夕柳十架くんだ。彼は家庭の事情により転校を――」

 教師の隣りで、両手を後ろで組み、堂々たる佇まいを見せる少年がいる。青みがかった長めの髪を少しだけ束ね、涼しげな目元でクラスのメンバーを見渡す。

「夕柳十架です。柚芭市立桓凪高等学校から転校して来ました。これからよろしくお願い致します」

 新しい仲間を祝う、何も知らない生徒たちの拍手。教師は転校生の少年に席の場所を指定し、座らせる。そこは紫遠の右隣の席だった。

「よろしくお願いしますね、梨椎紫遠さん」

 にっこりと、笑顔で握手を求める少年。紫遠は珍しく顔を引きつらせ、やんわりと握手を拒む。

「早速だが授業を始めるぞー。今日の世界史はフランス革命の……」

 1年特進クラスの担任は、世界史の科目を担当する。分厚い教科書を片手に、前回の続きから話し始める。しかしまたもや授業の進行を妨害させる音が鳴り響く。

「くぉらっ、梨椎ィィ!! 貴様、この俺様が担当する体育の授業を遅刻する気が! いい度胸だ!」

 それは廊下の遥か向こうから聞こえる、体育教師の怒声であった。同時に、廊下をドタドタと走る騒がしい足音。特進クラスの前を通り過ぎるかと思われた足音は突然ピタリと止まり、窓を勢いよく開け放つ。窓から姿を現したのは、紫遠と瓜二つの少女であった。少女は、体育教師に負けず劣らずの怒声を張り上げる。

「どうして今日に限って起こしてくれなかったんだよ! 紫遠のバカ!!」

 そしてバシンと窓は閉められた。

 クラス中がポカンとなり、やがて笑いが巻き起こる。

「どうして、こうもお前と姉は違うのかねぇ。顔は同じなのに」

 教師は、まるでいつもの事と言わんがばかりにヤレヤレと肩を上下させ、何食わぬ顔で授業を再開させる。

 紫遠の隣りの席では、転校生が未だクスクスと笑っている。

(世槞が元気そうで何よりです)

 紫遠の頭に直接響く声は、間違いなく転校生の声だ。紫遠は氷のように冷たい瞳で転校生を睨む。

(なんだい。このありがちな展開は)

 転校生の頭には紫遠の声が響く。

 もう会うことはないだろうと思わせておいて、転校生として再会を果たした十架について、紫遠は只ならぬ苛立ちを覚えていた。

(偶然です)

 転校生はしれっと答える。

(よく言うよ。しかし、まさか同い年だったとはね)

(偶然ですね)

(……。君さ、邪魔するなって言ったよね? なに僕らの学校に転校して来てんの)

 明らかな敵意。しかし転校生は全てを受け止め、尚、にこやかに微笑む。

(本当は世槞と同じ普通科Aクラスを希望したのですが、俺の頭が賢すぎたようでこちらの特進クラスに回されてしまいました)

(そうかい。一安心だよ)

 とはいえ、邪魔者であることに変わりはない。紫遠は苛立ちを飛び越えてげんなりする。

(おい、夕柳って人。念話が出来るってことはシャドウ・コンダクターなんだな?)

 頭の中だけの会話に、七叉が割り込む。七叉は転校生の斜め前の席だ。

 会話は他の生徒や教師には聞こえていない。

(それに柚芭市って……確か)

(死人形の街です。俺は、それを作り上げた死人形師です)

(やっぱか。でも、マオが言ってたけど、その街は数週間前に)

――崩壊した。

 シャドウ・システムのトップである総帥にあがる報告の一部を知る立場にある七叉は、もちろん人形師に関する全て事象を把握していた。

(ええ、柚芭市の死人形たちは全て、俺が始末をつけてきました)

 今から5年前、影の汚染により無人と化した街。死人形を作り上げることによって復興を実現させた死人形師・夕柳十架は、何故か今になって謎の行動に出た。

(解せないね。5年間も必死になって守ってきた故郷を突然放棄するなんて。感情の変化があったにせよ、そんなに簡単に捨てられるものかな)

 紫遠は当然の疑問を投げる。

(……紫遠さんはご存知かわかりませんが、柚芭市の死人形たちは日没後に停止していましてね)

(姉さんから聞いてるよ)

 それならば話が早い、と十架は疑問に対して簡潔なる返答を述べた。

(生人形師の事件後――死人形たちは夜が明けても、動かなくなったのです。つまり、完全なる停止です)

 紫遠は、へぇ、と興味無さそうに呟く。

(修理を試みましたが、無理でした。そして悟ったんです。――俺に死人形は必要なくなった)

 紫遠は頬杖をつき、窓の外を眺めている。

(必要とされなくなったことを感じとった死人形たちは、自らただの人形へと戻ったのです。だから、破壊してきました)

(…………)

(同時に俺の居場所も無くなりました。5年間、がむしゃらに頑張ってきた街の維持もなくなり、しばらくはぼうっと無人の街を見下ろしていました)

(…………)

(5日間、ぼんやりと過ごした後、引っ越しをしようと考えました。死人形師として、新たな一歩を踏み出す為です)

 紫遠はヤレヤレと溜め息を吐く。

(それで選んだ場所が月夜見かい。迷惑極まりないね)

(それは、俺を正式にライバルとして認定して頂けたと捉えてよろしいですか)

(調子に乗らないでもらえる)

 両者の間に険悪なムードが流れる。七叉は仲裁する気すら失ったらしく、念話から離脱していた。


 昼休みになり、校舎の屋上にて昼食を広げていた紫遠と世槞の元へ、七叉が生人形師に関する報告へ来る。

 報告を聞き、世槞は食欲を無くしたように膝の上に箸を置いた。

「シャドウの処刑はわかる……でも、どうして生人形師まで? あの子はブラッディーノに従ってただけだし、第一、まだ幼い……」

 七叉は世槞を慰めるように付け加える。

「シャドウを失ったシャドウ・コンダクターは、やがて死ぬ。どちらにしろ死ぬしか道は無いんだ」

「わかってるんだけど……」

「現代の生人形師であるギーラ・デリッドバロンは、捨て子でな。ブラッディーノが母親みたいな存在だった。どうせ死ぬなら、母子共に……というのがせめてもの情けじゃないか?」

「…………」

 世槞は頭では理解しているものの、心情では納得出来ないようだ。

「世槞は優しすぎます。しかし戦場において、その優しさは諸刃の剣になる。――まぁ、そんな貴女が好きなのですが」

 世槞は持ち上げた箸を再び落とす。

「え!」

 少し嬉しそうな声を出し、屋上への訪問者を迎えた。

「十架っ! ……どうして?」

 戸無瀬の制服を着用した夕柳十架の姿を見て、世槞はある程度の事態を理解するが、同時に疑問を抱く。

「柚芭市の学校は――」

 世槞にそれ以上を言わすまい、と紫遠は十架の首根っこを掴んで屋上の隅へと移動する。

「柚芭の人形が動かなくなったことは、姉さんには言わない方がいいよ。適当に誤魔化すんだ」

「ええ、そのつもりです。でも、何故?」

「姉さんが優しいからだ。君に同情されても困る」

「なるほど」

 十架の了解を怪しみながらも、紫遠はただ信じることしか出来ない。

 姉の元へ戻る紫遠の背中へ向けて、十架は呼び掛ける。

「紫遠さん。俺は、俺に本当に必要なものを思い出させて下さった世槞と、ご迷惑をおかけした貴男のお役に立ちたくて月夜見市へ来たのです。死人形が必要な時は、いつでも――」

 紫遠は後ろを振り向かないまま、即座に返答をする。


「――要らない」






end.



お読み頂き、ありがとうございました!

このあと1月30日の12時からは『影操師』短編集。の、


『影操師 ー人形師ー』が完結したからキャスト勢揃いで馬鹿騒ぎの様子……と思ったら何か雰囲気が違うの巻。


を更新します。

よろしくお願いいたします。

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