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影操師 ―人形師―  作者: 伯灼ろこ
第三章 受け継がれるモノ
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 8節 無音の通信機

 ずっと通信機を眺めていたら、目が痛くなった。

“信号、来ないネェ”

 子供の声を機械化したような音声が、どこからともなく聞こえてくる。

“心配?”

 十架は痛くなった目を閉じながら、頷いた。

“ウわわっ! 十架さンにしてハ素直! 珍しッ”

 人気の無い広場で、これを良い機会とばかりにペルーシュは周囲を気にすることなく大声で叫び回る。それをいつも叱りつけていた主人は、痛い目を堪えながら通信機と睨み合いを再開していた。

“キスしたいクラい、好きニなってたンダねー、世槞チャンのこと”

 主人の影に潜み、主人の思いや行動を見守る立場にあるシャドウは、全てお見通しだ。

「……違います」

 しかし、予想の場合はたまに外れる。

「弟さんから奪いたいくらい、好きになっていました」

 世槞が持つ異常なまでの自己犠牲精神は、十架に無いものだし、理解も出来ない。彼女の過去に何かがあったことを示唆するものだが、全てを背負い込み、一生懸命に生きるその姿が愛しいと思った。

「何事も一生懸命で、決して手を抜かない。そのせいで貧乏くじを引くこともある。要領が悪いだけだと言えばそれまでですが、俺には、とても眩しく見えます」

 手を翳せば、届きそうな陽の光の如く。

“そっかァ。十架サンに必要なのハ、柚芭市の死人形ジャなくて、世槞チャンみたいな生きた太陽だッタわけだぁ”

 十架は自嘲気味に笑う。

「そう……だったのかもしれません。ふふ、このままでは、由緒たちはいつまで経っても日没後には停止したままだ」

 未だ反応の無い通信機は、不気味な沈黙を保っている。

“良かったヨ、ほンと”

 影が笑っている。姿は黒い影のままだが、十架にはわかっていた。

「? なにがです?」

“我が主人が、死人形デハなく、生きテイる人間を必要だと感じテくれたことヲ”

「……ペルーシュ?」

 よくわからないが、影は満足しているようだ。十架は大して気にすることなく、無音の通信機を眺め続ける。

「十架」

 待機中、マルケイス町に潜む生人形を探していたマオは、突然思い立ったように十架の前に現れた。

「なんだ」

「うん……なんかよ、そろそろ正義のヒーローが駆け付ける時間じゃねぇかなって……気がしたんだ」

「……何故そう思う」

 マオは砂漠方面を見据え、理由を言う。

「ちょっと前、世槞ちゃんも参加した戦争があったんだけどよ……あの時も世槞ちゃん、囮だったんだ。なのにいきなり自らボスのところまで行ってさぁ……未覚醒の状態で。結局はその最中で覚醒出来たから良かったんだが……まぁ何が言いたいかってぇと、世槞ちゃんは絶対に助けを呼ばない」

「……その戦争に、弟さんは参加していなかったのか」

「参加出来る状態じゃなかった。世槞ちゃんの為に、己の身体を犠牲にしていたから」

「…………」

 マオは十架が眺めていた通信機を指差す。

「だから、それ持っていても無駄だ。信号は来ない。――行こうぜ」

 十架は通信機をポケットの中に入れ、立ち上がる。

「その通りだな」

 ウェルンにも合図を送らねば――そう思っていた時、地面が揺れた。

「うぉっ?!」

 これは地震のような揺れだ。縦揺れが永続的に続いている。

「マオ」

「いや、俺じゃないぜ?! 今は土の力は微塵にも行使してないんだからよっ……」

「それはわかってる。お前の予想が正しいと言ってるんだ」

 明らかに砂漠で何かが起きている。通信機は、相変わらず信号を受信しない。

「ペルーシュ!」

「煌鐵!」

 町中であるにも関わらず、十架とマオは自身のシャドウを召喚する。突如として発生した地震と見慣れぬ怪物に、町は大混乱に陥り、人々は逃げ惑う。

「こりゃまた記憶操作が面倒くせぇことになるなぁ。ま、四の五の言ってられねぇか」

 召喚された白虎とマリオネットは、主人を抱えて空へ舞い上がる。

“なんだ……あれは”

 煌鐵が息を飲む。遥か向こうに見える一面の砂漠、その中心部に巨大な渦が発生している。

「あ、これマジでヤベェな。でも、正義のヒーローが登場するには絶好のチャンスだ」

 煌鐵とペルーシュが高速で風を切る。振り落とされれば、さすがのシャドウ・コンダクターの肉体をもってしても、地面に激突してただの肉塊になってしまう。通信機からはウェルンの声がするが、口を開くことすら難しいこの状況では、事態を察知してもらう他ない。

“蟻地獄ダ! ケルベロスがいるよ!!”

 砂が竜巻のように舞う。その中にいるケルベロスは、主人である世槞を背に乗せて何かに狙いを定めている。砂の壁が邪魔になり、こちら側からケルベロスに接触を計るのは困難だ。

「これ、また生人形師が操ってるのかよ?!」

 ならば、近くにいるはずだ。

「マオ、生人形師を探して戦闘不能に追い込め。俺は<あれ>をどうにかする」

「どうにかって……どうするんだよ」

「操ってみせる。ウスバカゲロウ型の影人が、生人形師ではなく、死人形師に従うよう――」

 十架は両手の平から黄金に輝く糸を出し、渦の中心部へ向けて放出する。

(くっ……)

 生人形師の糸が中心部で複雑に絡み合い、侵入者を跳ね退ける。

“十架サン頑張って! 同じ人形師でもサ、ボクら死人形師は歩んでキタ時間が遥かに長いンだから!”

「それはっ……ペルーシュ、お前だけの話ですよ!」

 生人形師の糸は、透明で今すぐにでも崩せそうなのに、糸に込められた強い想いが死人形師の糸を拒み続ける。

(なんだこれは……糸を通して伝わる、深い憎しみと悲しみは……)

 脳裏を掠める、山奥の村と儀式の光景、男と若い女性の映像。

(??)

 生み出された人形の悲鳴が、時を越えて駆け巡る。思わず耳を塞いだ時、ペルーシュが体勢を崩した。

「どうしました?!」

“ご、ごメん……糸が切れちゃったよ”

 プツンと千切れた黄金の糸を巻き戻してみて、十架は気付く。

「俺の糸も、生人形師の糸も千切れている。いや、噛み千切られている……」

 十架は渦の底を見る。暗くて、何が蠢いているのかがわからない。あれは本当にウスバカゲロウの幼虫なのだろうか。

「影人は、自らの意思で糸を……? 操作されることを拒み、主人に楯突くというのか」

 十架は砂の壁に接近し、向こう側に呼びかける。

「世槞! 聞こえますか?!」

 姿はこちらから確認出来る。しかし、反応が無いということはあちら側からは見えないらしい。

 世槞の顔色は悪い。その原因は横腹の肉が喰い千切れられている為だろう。

(くそっ……)

 こんなに近くにいるのに、手が届かないことが歯痒い。やっと見つけた必要性を、失うわけにはいかないのに。

「世槞! 宿で母親が待ってるじゃありませんか! 月夜見へ帰ったら、父親の骨も探すと、言ってたじゃないですか!」

 砂の壁に手を伸ばす。瞬間、指先から血が噴き出した。

「っっ」

“この砂の壁は一粒一粒が刃になッテるかラ、手を入れた瞬間に粉々になルヨ”

――粉々になってでも、助けたい。

(弟さんが自らを犠牲にしたならば)

 これは愚かな対抗心なのだろうか。笑われることは承知だ。

(俺は――)

 壁の向こうの世槞が、何かに気付いて俯いていた顔をあげた。目が合った。

(いや、違う)

 世槞は十架を通り越し、その向こうを見ていた。砂の壁に隔たれ、あちら側からは何も見えないはずなのに。

 十架は後ろを振り返る。そこには――。

“……雪?”

 砂に混じり、目の前をパラパラと舞うのは、白くて淡いモノ。冬を代表する風物詩だが、今は秋だ。降るには、少し早すぎる。

 その次の瞬間だ。渦の中心部から大砲のように噴き出されたウスバカゲロウの幼虫が、空へ高く高く舞い上がるに連れて手足の動きを止め、そのまま落下した。落下と共に停止する砂嵐と、地震。

 体長3メートルほどの幼虫の死骸は、よく見ると全身が氷で覆われている。死骸は生前に自らが作り上げた蟻地獄の中へと、滑り落ちていく。

 マルケイス町の方角を見ると、空人形軍を率いたウェルンがこちらへ向けて進軍している様があった。

 実感の無い勝利に、十架は額を押さえたまま地上に降りる。先に地上に降りていた世槞は、やはり十架の背後を見つめながら、腰が抜けたように座り込んでいた。横腹からは、未だ血が流れ続けている。

 十架はもう一度、後ろを振り返る。その動作とほぼ同時に、横をすり抜ける人影。視界の端にかろうじて残った人影の一部は、赤い髪だった。


「さぁ、帰ろうか。姉さん」


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