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影操師 ―人形師―  作者: 伯灼ろこ
第一章 人形師
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 1節 夕柳十架【前編】

――ガコン。


 その少年が仕事場としているところは、とある街外れにある軍人病院跡だ。

 旧日本軍が利用していたこの場所は、終戦と共に当たり前のように打ち捨てられた。そんな廃墟に足を踏み入れるのは、肝試しに来た若者か訳ありの大人、または――世界の真実を知る者たち。

「いいですか、世界の未来を担うシャドウ・コンダクターの卵さんたち」

 数ある部屋の一室を利用し、奇妙な講義を開いている少年のもとには、3人の子供たちがいる。年齢は小学生から中学生くらいまで。この平日の昼間に、本来通うべき学校を休んでまでここへ足を運ぶ子供たちには、専用の送迎車がある。

 講義を開いている主――夕柳十架ゆうやぎとうかは、青みを帯びた黒い髪を1つに束ね直し、説明を続行する。

「まず基本的なことから。……この世界は、2つあります」

 黒板に描かれた2つの円は地球のことだ。更に円から線を伸ばし、2つの円を繋げる。

「2つの世界は1つの天秤の上に成り立っているようなもので、両者の重さは均等でなくてはならない」

 まるで怪しい演説を、子供たちは真剣そのものの表情で聞いている。十架は子供たちの表情を確認するように頷く。

「左側の天秤が我々が住む表世界。右側の天秤が影が住む影世界であると覚えてください」

 影――と言われ、子供たちは自分の足元にある黒いものを見下ろす。それは、この世に存在する全てのものに在るモノだ。

「この均等を崩す存在が、影人と呼ばれる悪玉です。影人とは――」

 十架は子供たちが見ている己の影を指差す。

「それに乗っ取られた表世界側のヒトの意。影人となったヒトは最悪の場合、自我を失い、ただのバケモノとなって我々を襲ってきます」

「自我を保った影人は?」

 片手をピンと伸ばして質問をする子供。

「良い質問です。影人とはあくまで総称であって、その中には様々な形態が存在します。大きくわけてヒューマン型と変貌型に大別され、ヒューマン型は生前の姿・思考・記憶を保ったままの極めてヒトに近い形態です。自我を保っているので、影人と普通の人間との判別が難しく、厄介な形態だと呼ばれる時もあります。反対に変貌型がバケモノのことであり、元が人間であったとは信じられないくらいの恐ろしい姿になります」

 脅しの込められた講義。しかし子供たちは怖がらず、やはり真剣に話を聞いている。

「では、ヒトは何故、影人になるのか。現在判明している中で以下の3点があります。

 1、強い負の感情を抱くこと。

 2、影人と取引をすること。

 3、影人に影響をされること。

 以上、3点のどれかに1つでも当てはまると、ヒトはいとも容易く影人化します」

「影響……?」

 子供のうち1人が、3番目の理由について疑問を抱く。

「感染のことです。自分に影人になる因子が微塵にも無くとも、影人の近くに長期間いると感染してしまいます。ゆえに影人は発見次第、即座に始末せねばならない」

「第三者たちを護る為ですね!」

 子供たちの目は輝いている。十架は、その輝きを更に強める言葉を叩きつけた。

「いいえ。世界を、守る為です」

 十架は黒板に振り返り、問い掛ける。

「さて。このように表世界側のヒトを影が乗っとるわけですから、影世界から人間1人分の重さが表世界へ移動することになります。ではどうでしょう? 」

「天秤が左側に傾く!」

「その通り。つまり表世界側に傾くということですね。これが世界の傾きと呼ばれる事象。影人は毎日誕生しています。影人を始末せずに放っておくと、傾きが加速し――」

 十架は2つの地球の絵を手の平で消す。

「天秤の崩壊。世界が、崩壊します」

「崩壊は嫌です!」

「では影人を殺しましょう。たとえそれが、大切な家族や友人であっても」

 十架は両手についたチョークの粉をパン、パンと払う。

「次に、影人の殺し方です。影人を殺すことが可能なのは、俺や君たちのようなシャドウ・コンダクターのみ。ではシャドウ・コンダクターとは何なのか。実演してみましょう。それは――」

 子供たちの真剣なる眼差しは今や最高潮だ。しかし、壁をコンコンと叩く音が高まっていた期待を阻害した。

「今日の講義はこれで終わりだー。悪ィな、ガキ共。続きは明日、な」

 扉の無い入り口の枠に寄りかかるようにして立っていたのは、十架より年上の少年だ。金色のショート髪に、小麦色の肌。プラチナに輝く軍服は、近未来のデザインのよう。

 子供たちが膨れっ面になりながら部屋を出ていく直前、十架は呼びかける。

「もし、母親が影人になったら?」

「――殺します!」

 元気よく、それも即答した子供たちを見て十架はにっこりと微笑んだ。

「良い返事です」

 送迎車が軍人病院跡を離れていく様子を眺めていた金髪の軍人は、持っていたモノを思い出したように十架の足元へ放り投げた。

「…………」

 よく観察しないと、それが何であるのかはわからない。

 赤黒く薄い皮のようなものが所々に付着した、白い固形物。直径は3センチほどだ。十架は固形物をしばらく観察した後、顔を上げた。

「これは人間の大腿骨の一部だな」

 答えを聞き、金髪の軍人は意外そうな顔をした。

「骨のどの部分かなんて、わからねぇよ。ただ戦場に散らばっているものを拾ってきただけだからな」

 この骨の主は、なんとも悲惨な最期を遂げたらしい。

「……。そんなんじゃ、この人がうかばれないな……」

「大丈夫だって。後で謝るから! それに人体であれば、それが例え一部でも細胞であっても大丈夫なんだろ?」

「まあ」

「その骨な、仲間のジェン・パディントンってやつのものなんだが、敵に関する重要な情報を頭の中に抱えたままなんだよ」

「それは厄介」

「だろ? だから人形師の出番なんだよ。それも、ただの人形師ではなく、死人形師しにんぎょうしである夕柳十架サマによ――」

 軍人は胸ポケットからしわくちゃになった書類を出し、教卓の上に乱暴に置いてサインを求める。

「また同じように頼むわ。ジェンを死人形として復活させることを」

 そして軍人は、それまでのいい加減な口調から一転して厳しくハキハキとした口調へと切り替え、こう言った。

「一度引き渡しを受けた人形については、所有権は我らシャドウ・システム(組織)が有し、人形には人権などその他一切の権利は主張不可、組織が決めた全ての扱いに関し、人形師は関与しないものとする。――同意してもらえるか?」

 軍人が一方的に喋る内容は、組織が十架と取引をする際の決まり文句だ。首を傾げてしまう部分は多々あるが、逆らったところでどうしようもない。全国に散らばるシャドウ・コンダクターを取り纏めたシャドウ・システムという巨大組織相手では、平伏するしかないのだ。

「……まぁいいけど」

 完全には納得していない十架の様子を見て軍人はニヤリと笑い、砕けた口調へと戻る。

「代わりに多額の報酬を支払ってるだろぉ? 死人形師としての能力の重要性、レベルを評価した相当の額を」

 十架は肩をすくめる。――確かにその通りである、と。

 ペンを持ち、一切の迷いを見せることなく誓約書にサインする。ペンを置いた時、十架は軍人の顔を見上げ、ほんの気まぐれを起こす。それは疑問を投げかけること。

「マオ。そういえばこの前の女の子は……」

「鈴村香江か? 用が済んだ後、処分したぜ。当然だろ、人形なんだから」

 ほんの気まぐれへの回答を聞き、十架はフンと笑う。誓約書をマオという軍人に差し出し、確認を仰ぐ。

「……確かに。じゃ、早速頼むぜ」

 マオは散乱している椅子を立て直し、座る。

 十架は大腿骨の一部を左手に持ち、それを覆うように右手を翳した。

 マオの瞳が輝く。マオの瞳には、十架の右手の平から数本の黄金の糸が伸びる様子が映し出されている。

 糸は大腿骨にしがみつき、何重にも巻き付いてゆく。それがやがて十架の手を離れ、人型を成した時――十架は糸を切り離した。

「初めまして、ジェンさん」

 廃墟となった旧軍人病院の一室。そこにうずくまっていたカナダ人の男性は、自分でも何故こんなところにいるのかわからないまま、ただ呆然と十架の姿を見上げていた。

 男性はマオと同じプラチナに輝く軍服を着用している。

「……誰、だ。何故、わたしの名を……」

 男性は次にマオの姿を視界におさめ、顔を緩めた。

「イサナギ! イサナギじゃないか。良かった、お前もミーシア沖の海戦で生き残ってたんだな!」

 男性は立ち上がり、頬杖をつきながら椅子に座る伊佐薙いさなぎマオの元へ駆け寄る。純粋に互いの生還を喜んでいる様子だが、その姿があまりに滑稽で、マオはたまらず笑い声をあげた。

「イサナギ……?」

「よーぉ、ジェン。どうだ? 二度と目覚めぬ眠りから覚めた気分は?」

「?」

 十架はマオを睨む。マオは慌てて口を塞ぎ、それでも笑い出す心を止められない。

「まあ戦争のことはいいじゃねぇか。それよりよ、ジェンがバールの村で仕入れてきた情報、あるだろ? 委員会が早く報告しろってうるさいから、頼むぜ」

「情報?」

 男性は首を傾げた。思い出せないというよりは、知らないようだ。

 マオは小声で十架に尋ねる。

「おい、どうなってるんだ。復活は完全なのかぁ?」

「死ぬ直前の彼を再現している。おそらく、死の衝撃と恐怖が記憶を脳の片隅に追いやってるんだ」

「思い出させる方法は?」

「会話してあげること」

 マオは溜め息を吐き、立ち上がって男性の前に立つ。

「ジェン」

 名前を呼ぶと、反応を示す男性。しかしマオは知っている。ジェン・パディントンという男はすでにこの世にいないことを。目の前のこいつは、ただの傀儡だ。

「あー……なんつうか……覚えてるか? 2人で、影に汚染された都市に乗り込んだことを」

「ああ、もちろん! あの時は大変だった。生まれて初めて死を覚悟した戦いだった」

「ははは。まさか感染源が5歳の子供だとは思わなかった。都市全体が、子供を護る親になっていた」

「今も昔も、親を怒らせると怖い」

 マオと男性は笑い合う。

「……調子に乗ってたんだよな、俺らは。2人なら、なんでも出来る。2人なら、どんな敵が現れようとも怖くない」

 互いが組織に属したばかりの頃の、懐かしい話。単独任務もチーム制任務も関係なく、よく顔を合わせていた。世界の均等を保つことを尊重しながらも戦いを楽しむ姿勢が同じで、これ以上無いくらいに、気が合った。

 マオは薄く長い息を吐き出し、目を細める。

「それがまさか、お前が先に逝っちまうとはなぁ……」

「マオ!!」

 止めに入ったが、一歩遅かった。マオは再び自分がやらかしたことに気付き、十架の顔を見るが、十架は首を振るだけ。

「もう手遅れだ。逃げるぞ!」

 出入り口まで走る余裕は無いと判断した十架とマオは、部屋の壁へ向けて直進し、脆くなった部分を蹴り破って外へ逃れた。その直後、男性の身体が肥大化する。

 旧軍人病院の建物に電流のように亀裂が走り、大きな音を立てて崩れていく。それは壁を蹴り破った為ではない。筋肉から内臓、脳に至るまでが肥大化した男性の身体が、建物を狭いと感じていたからだ。

 廃墟が倒壊し、そこから顔を出した身の丈10メートルの怪物を見て、十架は呆れたようにマオを怒鳴る。

「だからあれほど言っただろ! マオ、お前、俺に人形を作らせるのは初めてじゃないはずだ!」

「あー……12回目、くらい、かなぁ。いや、友人を作らせるのは……初めてだぜ」

「御託はいい! さっさと始末するぞ」

 男性は膨れ上がった腕で廃墟を殴り崩し、外へ這い出る。

「……すまねぇ、ジェン。お前はもう死んだんだ……それを人形であるジェンに伝えてはいけない。人形であることも伝えてはいけない。そんな鉄則、綺麗さっぱりに忘れちまうほど、俺は……」

 マオは頭上より降りかかる瓦礫を避け、ある名を呼ぶ。

煌鐵こうてつ!」

 地面を滑っていたマオの黒い影がゆらゆらと激しく動き、むっくりと起き上がる。それはマオの影だが、姿はマオと同じではない。――体長4メートルの白虎だ。白虎は太い足を地に着け、長い尻尾を振り回しながら言う。

“情けない。己の感情に惑わされ、任務を忘れるなど。片腹痛いぞ、小僧!”

 煌鐵という名の白虎が姿を現し、開口一番に言い放ったのはマオへの叱咤だった。

「うへぇ。相変わらず手厳しいなぁ、煌鐵は」

 ヘラヘラと笑いながらも、マオは鉄則の中にある1つを実行する。

「悪い、煌鐵。こんな情けない主人の命令を聞いてくれ。――人形ジェンを始末しろ」

 煌鐵は溜め息を吐きながらも承諾をする。――我が主人の命令なら、と。

 煌鐵は視線をググっと動かし、尚も暴れ続ける怪物を見る。

“我が名は煌鐵。土を司りしシャドウ・コンダクター、伊佐薙マオの下僕! ジェン・パディントンの哀れな写し身よ――滅せさせて頂く!”

 煌鐵の雄叫びに呼応し、地面が揺れる。ある場所では地割れが発生し、ある場所は隆起する。怪物は揺れに耐えられずに横倒れし、上半身に飛び乗ってきた煌鐵の鋭い牙が怪物の額の肉を噛み千切った。

「ぎゃああおぉおぉ!」

 太い爪で怪物を固定し、尚も額の肉をかじり取る。

“あった。これか”

 そして、額の中で見つけた小さな欠片を口が捕らえた時、怪物の動きはピタリと停止した。

 煌鐵は怪物の身体から飛び降り、口に含んだ欠片を十架に渡す。それは、あの大腿骨の一部だった。

「人形の急所をよく知ってたな」

 十架は感心し、煌鐵の大きな顔を見る。

“額に埋め込まれた人体の一部が人形の核であることは承知している。しかし”

「うん。この骨の欠片からもう一度ジェン・パディントンを作ることは出来ない。消耗品だから」

 怪物の遺体を見ていたマオが、驚いた声をあげた。

「マジか?! じゃ、どーすんだよ! 情報をまだ聞き出してないんだぞ……!」

「この骨の欠片が使い物にならないということだ。ジェンさんの他の遺体の一部があれば」

 マオは難しい表情をする。

「無理だ……今頃、海の藻屑。海底の砂か珊瑚礁か、見分けがつかなくなってるだろう。その大腿骨の一部ですら、見つけるのが大変だったんだから」

 十架と煌鐵は、共にヤレヤレと肩をすくめた。

“委員会からの責任追及は免れんな”

 マオは金色の髪を掻きむしり、他の方法を考えるが何も思いつかない。

「しゃーねぇ、とりあえず勢いよく土下座してくるわ……」

「お気の毒に」

「ヘイヘイ。思ってもいないお言葉、ありがとうございます」

 マオは軍服の胸ポケットから取り出した小切手を十架に差し出す。

「任務失敗は俺の責任であって、十架には関係無いからな。報酬はきちんと支払うぜ」

「至極当然」

 十架はすんなりと小切手を受け取り、煌鐵の背に跨がって空へと舞い上がるマオにもう一度、言った。

「――ご愁傷様」

 マオはこちらに向き直らず、ただ片手だけをヒラヒラと振った。

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