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影操師 ―人形師―  作者: 伯灼ろこ
第三章 受け継がれるモノ
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 5節 会いたかった人

 作戦決行となった次の日の早朝、世槞はあまり眠れなかった目を擦りながら仲間が集まるラウンジへと向かった。

 寝不足の上に思考が鈍く、加えて肌の調子も悪い。立派に囮を務められるかわからない。

(くっそー。あいつが余計なことするから……)

 背後から夕柳十架を睨んでみるが、本人は素知らぬ顔を決め込んでいる。

「おはよう、セル。目つきが悪いですよ、大丈夫?」

 視界に飛び込んできたのはウェルンの顔だ。チームの中で一番年上のお姉さんである彼女は、なにかと面倒見が良い。

「えっ? そうですか……気をつけます」

「セルは今、いくつだったかしら」

「15歳です」

「そうー、まだまだ子供ねぇ。そんな子に囮になってもらうのは心苦しいけど、絶対に死なせたりしないから安心してね」

「……一応、シャドウ・コンダクターなんで……大丈夫です」

 ウェルンは周辺地図を広げ、作戦の説明に入る。

「まず、囮だと気付かれてはいけないわ。世槞は私たちと目立つ場所で喧嘩をし、1人で町を去りなさい。去った後はこの砂漠地帯へ向かって。何かが現れたら、たとえそれが生人形師に関係が無くとも、私たちに合図を送って」

「合図の送り方は?」

「組織の通信機を利用してくれたらいいわ。救難信号でも、警報でも、呼び出し音でも、とにかく合図よ」

 世槞は少し前に組織関係者から渡された通信機をポケットから取り出す。使うことはないだろうと思っていたガラクタだが、念の為に所持しておいて良かった。

「信号を受けたら、俺が真っ先に駆けつけるぜ! お姫様を助けに現れる正義のヒーローってやつ、やってみたかったんだよなぁ」

 世槞は口端を釣り上げながらマオに礼を言う。

 通信機の見た目は薄型でシンプルなつくりだが、機能は様々且つ複雑だ。どれを操作すればどうなるのか。世槞はシミュレーションも兼ねて通信機を触ってみる。

「……これがチームへの一斉信号送信です」

 最後からいつの間にか通信機の画面を覗き込んでいた十架が、操作方法を教える。

「そしてこの通信画面のボタンが、俺の端末への専用信号送信になります。何かあったら、迷いなく送信して下さい」

「…………」

 画面に写り込む十架の顔を睨みつけながら、頷くだけ。素直に口に出して礼を言うことは出来なかった。

「ああ、そうそう。世槞、作戦決行前に少しこちらへ来て頂いても良いですか」

 十架は通路の最奥にある部屋に世槞を案内する。

「なによ、こんなところに呼び出して。またキスしようとするんじゃねーぞ」

 世槞は腕組みをし、扉を開こうとした十架に念押しをする。

「しても良いんですか?」

「駄目だってば」

「残念」

 十架は苦笑し、目配せをしながら扉を開く。開かれた部屋の中は、昇りたてである朝日の薄い光に満ちており、少しだけ神秘的だ。真ん中に置かれた椅子には、30代半ばの女性が腰掛けている。

「……!!」

 長い髪は赤くはない。優しげな顔立ちは子供たちには遺伝していないようだ。しかし、この女性は間違いなく、世槞の記憶の中と写真立ての中でしか思い出すことの出来なかった――母親。

「……世槞?」

 女性は確認するように娘の名前を呼ぶ。

「大きくなったわね。私はとても長い間、植物状態で入院していたと聞いたわ。先日、奇跡的に目覚めることが出来てね。そこの夕柳さんにここまで連れて来て頂いたの」

 世槞は口を大きく開け、熱くなる目頭を必死に堪えて叫んだ。

「っ……お母さん!!」

 年齢は10年前に死亡した時のままだ。本当は交通事故で死んだが、十架が死人形を作る際についでに記憶操作を行ったのだろう。第一、死亡当時のままの母親を再現してしまったら、成長した娘に対し、「誰?」と尋ねてしまいかねない。これは全て、十架の世槞に対する心配りだ。

 世槞は母親の胸に飛び込む。堪えていた涙は、限界を突破して溢れ出す。

 母親の温もり、匂い、感触。全て、ぼんやりとした10年前のままである。

「あらあら、泣き虫ねぇ貴女は。紫遠とは仲良くしてる? 愁は社会人として立派に働いてるかしら?」

「……紫遠……とは、仲良しだよ。……よく、喧嘩するけど……すぐ仲直りする。愁は……私たちの学校の……保健の先生になった……よ」

「そう。私がいなくても、ちゃんと頑張ってたのね。偉い偉い」

「うんっ……」

 通信機のアラームが鳴る。作戦決行の合図だ。世槞は涙を拭い、名残惜しそうに母親から離れる。

「お母さん。私ね、ボランティアしてるんだ。今からその仕事があるから、行ってくる」

 ボランティアだなんて、我ながらおこがましい嘘を吐いたと思う。しかし母親を喜ばせたい一心だったのだ。

 母親は目を丸くして驚くが、すぐに笑顔になる。

「気をつけてね。無理はしないのよ!」

「必ず帰ってくるから……」

 部屋の扉を閉め、頭を垂れる。右手は十架を探して彷徨い、見つける。

「……ありがとう」

 その手は優しく包まれる。

「いえ。下心があってのことですから」

「下心?」

「母親が帰りを待っていれば、貴女は必ず帰らねばならないと思うでしょう? 無茶をさせない為の、俺なりの策です」

 世槞はしてやられた、と苦笑する。

「あの骨、お母さんのものだったんだな……」

「そうでしたね。月夜見市へ帰ったら、父親のものも探しますか?」

「なら、また墓荒らしをしなくちゃ」

「手伝います」

 10年間、失われていた家族。その時間を取り戻すのは難しいかもしれないが、家族皆で協力すればなんとかなる。愁も紫遠もきっと喜ぶだろう――世槞は晴れやかな気持ちで、作戦に望んだ。

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