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影操師 ―人形師―  作者: 伯灼ろこ
第三章 受け継がれるモノ
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 4節 これは嫉妬?

「ペルーシュに、聞いたことがあります」

「うん」

「死人形を司るシャドウ・コンダクターが誕生した軌跡を」

「へぇ……それは私も知りたい」

 十架は世槞の左手を握り、同じく月を見上げる。

「歴史はかなり古いです。紀元前の何年かまでは覚えていないらしいのですが……とある町にいた少年が戦争で両親を亡くしたのです。いや、両親だけではない。町のほとんどの人間が戦争の犠牲になっていました。まだ死という概念を理解していなかった少年は、いなくなったならば作ればいいと考え、両親や町の人間たちの人形を作り始めました。所詮は子供が作る人形です。大きさも形も歪で、生前の両親とは似ても似つかない。しかし少年は人形をまさしく両親として扱い、ままごとのような日々を始めました」

 遥か昔に生き、死んだ少年の悲痛な想いが今にも伝わって来そうだ。且つ少年の行為が十架と被る。世槞は手を握り返し、月ではなく十架の横顔を見つめた。

「成長し、青年になってからもままごとを止めませんでした。何度も人形を作り直し、生前により近い姿を再現する日々です。生き残った町の人々は、最初こそ少年の同情すべき行為だとして温かく見守っていましたが、次第に精巧なつくりになってゆく人形、人形を人間として扱う青年に不気味さを感じ始め、青年と人形を残して隣りの町へ移住しました」

 十架の右手からは黄金に輝く糸が伸びている。それは2人の握り合う手に絡みつき、離さない。

「それから時は流れ、青年は老人になります。その頃には人形はもはや人間と呼んでも間違いではないようなほど、生々しいつくりになっていました。やっと、皆に再会出来たと満足した老人は、人形に囲まれる中、静かに息を引き取りました」

「えっ、死んだの?!」

 まだ続きがあります、と十架は付け加える。

「老人が死亡して1年後。すでに骨となった老人を取り囲んでいた人形たちが呼吸を始めたのです。唇を動かし、何かを喋ろうとしている。1つ1つの語をゆっくりゆっくりと紡いでいく、それらを繋げると『会いたい』になっていました」

「…………」

「動く人形たち。主のいない、この村で。約100年が経過した頃、かつての少年の両親人形がある捨て子を拾ってきます。見るとあの少年にとてもよく似ていて、両親人形は大切に大切に育てました。赤ん坊が少年に成長した頃、人形たちは突如として動くことを止めます」

「え……」

「停止した人形たちを見て、少年は気がつきました。――もう自分には必要が無い」

「…………」

「そう思えた時、少年の影が言葉を発しました。“オ帰りナサい、我らガ主人。貴男が我ラに与えて下さッタこの命、貴男の為ニ使いましょウ”」

「どういう意味?」

「停止した人形たちの魂が集結して少年のシャドウとなったのです。しかしこれは人形の力ではない。かつての少年の、人形を強く想う気持ちが人形師としての能力を引き寄せたのです」

「……少年は、例の少年の生まれ変わり……?」

「ペルーシュはそう言っています」

「じゃあ、ペルーシュは少年が作った人形たちってこと?」

「そうなりますね。死人形師として覚醒した時、ペルーシュに言われました。――“マタ同じことヲするノ?”」

「!! 十架……」

 十架は苦笑する。

「俺があの少年の生まれ変わり? さぁ、そんなことは知ったことではありません。でも、俺の人形たちに対する想いは少年とは決定的に違う――。そう、必要性を、俺は、最初から、感じていなかった」

「…………」

 人形が停止する理由。十架は無意識下で知っていたようだ。

「世槞。やはり貴女はなかなか侮れませんね」

「何よ、いきなり」

「最初はただの破天荒な娘かと思っていましたが、極たまに鋭くなる」

「……。極たまにで悪かったわね……」

 子供のような世槞の膨れっ面を見ながら、十架は続ける。

「たまに鋭くなるのは、弟さんの影響ですか。それとも、普段から破天荒でいられるのは、弟さんが護ってくれているお陰ですか」

「は?」

 なにを言いだすのか。世槞はポカンとする。

「やはり意味がわかっていないですね。ではハッキリ言いましょう」

「? うん」

 十架は糸で繋がれた世槞の手を引き寄せ、間近に迫った端正な顔に向けてこう言う。

「――貴女が好きです」

 世槞は真顔で十架の顔を見つめ、首を傾けた。

「……。うん、ありがとう」

 首を傾けながら礼を言う世槞を見て、十架は笑い声をあげた。

「な、なに」

「ははは! やはりそうだ。やはり、貴女は普段から言われ慣れていますね。弟から!」

「なんで知ってんの?」

 キョトンとする世槞の表情を見て、十架は奥歯をギリリと鳴らす。

「感覚が麻痺してしまっているようだ。では、これならどうです?」

 十架が次にとった行動は、世槞の顔を両手で覆って固定すること。いつもうるさい言葉が出る唇に自分の唇を近づけると、さすがの世槞も事態を理解して暴れる。

「なっ……なにするんだ!」

 立ち上がり、十架から離れようとするも、繋がれた左手が剥がれない。

 得られずに遠ざかった唇は艶やかで、十架はそれを悔しげに目で追う。

「……へぇ。その反応ですと、弟さんはまだ貴女の唇には触れていないみたいだ」

「なにをっ……」

「世槞の恋愛感覚が麻痺しているようなので、矯正しようとしました。何か悪いことでしょうか」

「あぁ?!」

「弟さんは貴女のことが好きです」

「当然だろ! 私も紫遠のことが好きだ!」

「貴女が捉えている『好き』と弟さんの『好き』は違いますよ。全くの別物――」

 尚も手を剥がそうともがく世槞に対し、十架はある提案を示す。

「手は離します。ご両親の人形も作って差し上げます」

「そう! なら早くして頂戴!」

「ただ少し、世槞を抱き締めさせてくれませんか」

「おいっ……」

 キツく言い返そうとした時、世槞は思わず口を噤んだ。

「本当に、少しだけでいいんです。生きている人形ではない、生きている人間の温もりを――俺に分けて頂けませんか」

――ずるい。

 2人の手を固定していた黄金の糸が、弾かれたように粉々になって消失する。その瞬間に逃げ出すと思われた世槞は、しかし十架の顔を見つめたまま動かなかった。

「ありがとうございます」

 十架はにっこりと微笑み、世槞の背中と腰に己の両手を巻きつけた。

(――――)

 世槞は窓に反射して映る自分たちの姿を見る。自分を抱き締める十架の姿はまるで独りぼっちの孤独な少年のようで、憐れみと悲しみを感じざるを得なかった。


――ド、ド、ゴン。

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