3節 死人形が停止する理由
「世槞ちゃーん! 世槞ちゃんの生人形が現れたって聞いたぜ! 会いたかったぁー!」
宿に戻り、マオが開口一番に言い放ったのは羨望の感情だった。
「会いたいって?」
「だって世槞ちゃんが2人だろ? ハーレムだよハーレム! 紫遠がいたら喜んだだろうなぁ……」
「おい。弟をお前の変態思考と同列に並べないで。それより、これは生人形師がマルケイス町にいるっていう、貴重な情報なんだよ!」
事態を楽観的に受け取めているマオを押しのけ、ウェルンは世槞に詳しい話を求めた。
「これで作戦の方向性が決まるわ。生人形師は、私たちを始末するまでは追跡を止めない。逆に言えば、逃げられる心配は無いということ」
「我々にとって都合の良い場所まで誘き出しますか?」
十架の案にウェルンは頷かない。
「おそらく……生人形師はとても短絡的な思考の持ち主だわ。とにかく自分に近づく人間や計画を阻害する人間を消したい。方法によって、周囲にどんな被害が出ようとも関係無い。そう、これはまるで――」
「子供ですね」
遊びたい、おもちゃが欲しい、それを邪魔する人は嫌い。
想像する生人形師像が女から性別不明者、子供へとコロコロと変わり、結局わからなくなる。
「誘き出せるならそれで良いの。とにかく早くしないと、マルケイス町がバール村のようになってしまうわ。それも、私たちのせいでね」
世槞は片手をピンと伸ばす。
「囮なら私が」
この発言を受け、ガタンと椅子を倒して十架が立ち上がる。
「世槞! 貴女はまた無茶な――」
「大丈夫。よく考えた結果だから」
世槞は自分が如何に囮に相応しいかを説明する。
「生人形師は、このチームの中のまず私に狙いを定めた。理由は、一番弱そうで殺しやすいから。まぁ事実なんだけど……。そこでウェルンさんが言う通りに生人形師が短絡的思考の持ち主なら、仕留め損ねた私を再び狙うんじゃないかな、って」
「そう……確かにセルが囮になることが一番効率的ね。ではそうしましょう。明日の朝、世槞にはわかりやすく町の外を歩いてもらいます。ただし、影人や生人形が襲ってきても、攻撃しちゃダメよ。逃げるの。逃げて、生人形師を油断させて誘き出すのです」
ウェルンは宿の窓や扉、全ての戸締まりを確実なものとした後、世槞に言う。
「それまでは、髪の毛や爪、血や汗に至るまで自分自身の組織を外へ出してはいけないですよ。またセルの生人形が作られでもしたら、私たちが混乱しますから」
世槞は宿の中心に位置する部屋を指定され、そこで休むこととなった。宿の出入り口にはマオ、裏口にはウェルン、そして世槞の部屋の前には十架が配置され、3人がかりで警備をすることとなった。
「なんだか申し訳ないな……」
余計な負担を仲間たちにかけさせてしまったような気がする。加えて窓の無いこの部屋は、心理的に圧迫を促し、あまり気分が良くない。
“仕方ありません。世槞様は今や、貴重な囮なのですから。ご自分で提案されたことでしょう?”
「役に立ちたいから……な。それと、生人形師のシャドウと話をする良いチャンスかも、って」
“なるほど。囮になると申し出られた本当の理由は、そこですね”
世槞は舌を出し、悪戯っぽく笑った。
「でも本当、気分が優れないな……この圧迫感。押し潰されそう」
部屋の前には十架がいる。こっそり出ることは不可能に近い。
(死人形師、夕柳十架……か)
彼のことがよくわからない。最初はとても嫌なヤツだと思った。いや、それは今でも思っている。だが、圧倒的な同情の念が負の感情を追い払ってしまった。
(自分が生まれ育った街、全ての人が死亡。影の感染により、仕方のない処置であったにしても、激しい憤りを感じたはずだ)
憤りをぶつけるべき相手は感染源となった影人か、それとも直接手を下した組織か。その組織の飼い犬となっている十架。彼の感情は混乱を極め、今のような人格が形成されたのかもしれない。
(そう思うと、親の骨が人質になっていることくらい、大したことないんだよな……)
十架が時折見せる笑顔は、悲しいくらいに寂しげだ。いつもツンとしてくれていたら憎めるのに、その笑顔のせいで世槞はいつも心を締め付けられる。
“死人形師が作る人形は、どうして日没と共に停止するのでしょうね”
「それも、自分の意志で作った死人形がね。他人に頼まれた死人形は24時稼動してるみたいよ」
“と、言うことは……原因は死人形師本人にございますね”
「ああ。それも能力的な問題じゃない。なんというか、精神的な……」
十架のこれまでの言動を思い返してみる。
世界均等などどうでも良い彼は、柚芭市を維持することに全力を注いでいる。人形である人々を大切にし、親のように優しい目で眺めていた。
「――……限界」
世槞はおもむろに立ち上がり、扉のノブに手を掛けた。そのとき、回していないのにノブは独りでに回り、ガチャ、という扉の開閉音が耳に届く。
まさか、敵か。
構えた時だ。扉の向こうに立つ少年を見るなり、世槞は息を吐き出す。
「なんだ……十架か。ビックリさせないで」
「? すみません」
扉を開けた少年はキョトンとし、とりあえずの謝罪を口にした。
「何か用?」
「様子の確認です。いくら密室とはいえ、安心は出来ませんから」
「ああ、心配してくれてたんだ。ありがとう」
「お変わり無いようなので、それでは」
「ああ、待って」
閉めようとした扉を掴み、世槞は通路へ出る。部屋の真正面には大きな窓があり、半分に欠けた月が大きく入り込んでいた。
「世槞、危険ですよ」
「ちょっとだけ! この部屋、息苦しいのよ」
十架は部屋の中をもう一度見回す。確かにこれは、圧迫を感じざるを得ない。
「仕方ないですね。俺から離れないで下さいよ」
「わかってるわかってる。はは、紫遠みたいなこと言うなよ」
クク、と笑いながら深呼吸をする世槞を見つめ、十架は表情に陰を落とした。
「……紫遠、ですか」
部屋の扉を背に座る世槞の隣りに、十架も同じく腰掛ける。
宿の中は静かだ。本来は10組ほどの泊まり客を収容出来る広さがあるが、今は組織の管理下にある為、世槞を含めた4人しかいない。
「私ねー、十架のこと色々考えてたのよ」
「俺のことを?」
「そしたら頭がパンクしちゃって、部屋から飛び出そうとしたところだったんだ、今」
世槞は人差し指で宙に絵を描く。それは柚芭市に住む人形たちの絵であるが、十架にはわからない。
「なんとなくなんだけど、わかったの」
「何がです」
「十架が自分の意志で作った死人形たちが、停止する理由」
十架は「へぇ」と挑戦的な返事をする。人形師でない世槞に何がわかる――そんな意味を込めて。
「それは単純だ。――<必要性>。十架は自分が作る死人形に必要性を感じられていないんじゃないかなって。必要だと思われていない死人形たちは敏感にそれを感じ取り、太陽の必要となくなった夜を象徴するように――日没後に停止する」
十架は吐き捨てるように笑った。
「俺が、家族や街の人形たちを必要と感じていないと?」
「ハッキリ言うとそうかもしれないわね。他人から頼まれた死人形というのは、停止しないんだろ? それは、頼んだ人が死人形を必要と思っているからだ。例え用済みとなって処分される運命だったとしても。……十架は? どうして柚芭市を復活させたの?」
もう5年も昔のことになる。十架は当時の自分を振り返り、考えている。
「あの時は……必死、だった。遠出から帰ってきた時、街から誰もいなくなって、家に帰っても誰もいなくて。理解が出来ないままに、俺は本能的に能力を行使していた。落ちている髪や汗、唾液、壁に付着した血や皮膚の一部、臓物……あらゆるものを見境なく利用し、死人形を作り上げました。どうしてそんなことをしたのか……今でもわからない」
大都市に1人取り残される恐怖。想像をしただけで、世槞は身震いが止まらない。
「ただ街が復活した時、俺は何故か満足していました。やるべきことやった――そんな達成感があって、後日、組織の人間が柚芭市の顛末について説明に来た時も正直どうでもよかった。街は復活した。家族も、友達も、全てが。それで良いじゃないか、元通りなのだから。他人が口を出すなと思っていました」
全て元通り。――当時11歳であった少年の、切実な願いだった。
「街の維持に明け暮れる日々が始まった時、日が沈む度に停止する死人形たちを見て、俺は怒りを思い出しました。どうして影人になった、感染源は誰だ、どうして家族を殺した組織に自分は従っているんだ――……行き場の無い怒りは俺を苦しめ、やがて……寂しさを招きました」
抑揚が無く、淡々と話していた十架の口調に乱れが生じ始める。
「柚芭市が十架に必要などころか、むしろ重荷になってるんじゃないの」
二度と失うわけにはいかない、柚芭市は平和でなくてはならない――所詮は夜には停止してしまう人形の街なのに。
(言い過ぎたかな)
次なる十架の言葉を待ち、世槞は月を見上げた。いつの間にか自分の左手に添えられていた十架の右手に気付くが、そのまま放っておくことにする。




