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影操師 ―人形師―  作者: 伯灼ろこ
第二章 生人形師を求めて
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 5節 人形が背負うリスク

「……こっち」

 家壁と生人形が同化した死体を見上げていた時、世槞の呼び声がした。現実に引き戻された十架の目に映ったのは、まるでゴミのように投げ積まれている村人の骨の山だった。

(…………)

 世槞は無表情でそれらを見下ろしている。いや違う。よく見ると歯を食いしばっている。

「何の罪も犯していないのに、ただ影に感染するだけで影人になってしまう人が可哀想だと思う。いつも思う。でも……これは、酷すぎる」

 骨は全てバラバラだ。ところどころに肉が残る骨があり、それを観察すると、彼らが生きている間にバラバラに切断されたことがわかる。

 十架はその中の1つ――指骨と思われる部位を拾い上げる。

「それ、死人形にするの?」

「……ええ。生人形師の情報を引き出す為です」

「死人形にした後は?」

「組織に引き渡します。そういう契約ですから。まぁ、おそらく……用済みとして処分されるでしょう」

「……組織は嫌い」

「しかし、世の中には必要です」

「わかってる」

 世槞は背を向ける。十架は頷き、骨のカケラから死人形を精製した。

「こんにちは」

 人形として蘇った男性は、十架の声に反応を示した途端に頭を抱えてうずくまった。

「止めてくれ! 殺さないでくれ! 俺が本物のドレアだ! 偽物はあっちの方なんだぁぁー!」

 思わずこちらを振り返った世槞と、目が合った。

「な、なんなの……どうしたんだ、この人は」

「……死ぬ直前の断末魔でしょう。余程怖い思いをしたのでしょうね」

 しかしこの男性は、もう一度死ぬこととなる――十架はそんな考えを振り払い、任務を続行する。

「ドレアさん。大丈夫です、貴男を殺そうとする人は、もういませんよ」

「人? 人だって? 違うぞ、俺の家族を殺したのは、女の姿をしたバケモノだ!!」

「貴男たちに接触をはかってきた余所者がいるはずです。そいつは――女だったのですか?」

「違う……わからねぇ……女だったような……でも違う」

 十架は世槞と顔を見合わせ、質問を続行する。

「貴男は、余所者に何をされました?」

 男性は恐怖の表情から一転、無表情となって十架の顔を凝視する。

「……。両手足を切断された後、首を刎ねられた」

 そして男性は、絶叫した。

「! まずい、世槞っ、離れて下さい!」

 血管が激しく波打ち、筋肉と内臓の活動が限界を突破する。

「うわ?! なにこれっ……」

 爆発的な成長。十架は、小さな声で「すみません」と謝まると、金糸剣で男性の首を刎ねた。

 再び同じ死に方を余儀無くされた男性のは、宙を舞う中で骨へと戻ってゆく。同様に骨に戻った胴体を見下ろしながら、十架は苦笑した。

「質問内容を誤りました」

「……そうみたい」

 人形が背負うリスク。世槞は難しそうな表情で、任務を続行する十架の後ろ姿を眺めていた。


「こんなに慎重を要した質問は初めてです」

 十架は胸に手を当て、深く息を吐き出す。調査は無事に終わったようだ。

「私も聞いてた。生人形師は、女なんだってな」

「死人形は口を揃えてそう言います。しかし、最後には必ず、自信が無い、違う等、否定の言葉が入る」

「生人形師は女だし、違うかもって? 新良さんみたいな人種のこと?」

 十架はその名前を聞いて吹き出す。

「世槞もご存知でしたか。鬼教官と名高いヒステリックなオカマ野郎」

「ぷっ。十架も知ってたの? いやぁ、あの人には酷いめに遭わされた。組織にはあんな変人ばかり!」

「同意します。でも、俺から見たら世槞も相当、変人ですよ」

「……。かかって来なさいよ。いつでも相手するぞ」

 世槞の足元から紫色の煙が立ちあがる。十架は再び笑う。

「だって、あんな真夜中に墓を荒らしますか? しかも自分の家の」

「両親に会いたい一心だったんだよ! 手に入れた骨でさえ、お父さんのものかお母さんのものかわからないってのに……」

 おそらく、人形師の話を聞いたその夜に行動を起こしたのだろう。3人存在する人形師たちの違いも聞かず、会いたいという気持ちだけが先走った。

 十架があの夜に月夜見市にいたことは、偶然だったのだろうか。

「でも好きなんですよ、貴女のそういう無鉄砲さ」

「はいはい。どーも……」

 世槞は十架の能力によって蘇ったバール村の村人たちを見渡す。数にして十数人。情報収集の為だけに人形化され、後は組織に処分されるのを待つだけ。

「なぁ、十架……」

「なんですか」

「この死人形たち、私の手で処分したら駄目かな」

「契約上では――」

 そう言いかけ、十架は口を閉じた。今まで、組織がどのようなやり方で人形を処分してきたかは知らない。また問い掛けてもいけないという契約でもあった。だが、マオが死人形に対して行使した処分方法は、少なからず十架に憤りを感じさせていた。

「……安らかに、処分して頂けるのですか」

 世槞は頷く。

「――ではこの死人形たちは、誤って禁句を発っしてしまったが故に怪物化し、仕方なくこちらで処分したと伝えておきます」

 世槞は両手を広げ、空を仰いだ。足元から燃え盛る紫色の炎――闇炎は、死人形と骨の山をたちまちに飲み込んでしまう。しかし食い尽くすような勢いではなく、炎に包まれた者たちは泣き声や叫び、断末魔を発することなく、ゆっくりと時間をかけて溶けてゆく。『死』というものが安らぎであると、そう実感出来るよう。

(――――)

 空へと高く高く立ち昇る煙を見上げ、十架は目を細めた。

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