5節 人形が背負うリスク
「……こっち」
家壁と生人形が同化した死体を見上げていた時、世槞の呼び声がした。現実に引き戻された十架の目に映ったのは、まるでゴミのように投げ積まれている村人の骨の山だった。
(…………)
世槞は無表情でそれらを見下ろしている。いや違う。よく見ると歯を食いしばっている。
「何の罪も犯していないのに、ただ影に感染するだけで影人になってしまう人が可哀想だと思う。いつも思う。でも……これは、酷すぎる」
骨は全てバラバラだ。ところどころに肉が残る骨があり、それを観察すると、彼らが生きている間にバラバラに切断されたことがわかる。
十架はその中の1つ――指骨と思われる部位を拾い上げる。
「それ、死人形にするの?」
「……ええ。生人形師の情報を引き出す為です」
「死人形にした後は?」
「組織に引き渡します。そういう契約ですから。まぁ、おそらく……用済みとして処分されるでしょう」
「……組織は嫌い」
「しかし、世の中には必要です」
「わかってる」
世槞は背を向ける。十架は頷き、骨のカケラから死人形を精製した。
「こんにちは」
人形として蘇った男性は、十架の声に反応を示した途端に頭を抱えてうずくまった。
「止めてくれ! 殺さないでくれ! 俺が本物のドレアだ! 偽物はあっちの方なんだぁぁー!」
思わずこちらを振り返った世槞と、目が合った。
「な、なんなの……どうしたんだ、この人は」
「……死ぬ直前の断末魔でしょう。余程怖い思いをしたのでしょうね」
しかしこの男性は、もう一度死ぬこととなる――十架はそんな考えを振り払い、任務を続行する。
「ドレアさん。大丈夫です、貴男を殺そうとする人は、もういませんよ」
「人? 人だって? 違うぞ、俺の家族を殺したのは、女の姿をしたバケモノだ!!」
「貴男たちに接触をはかってきた余所者がいるはずです。そいつは――女だったのですか?」
「違う……わからねぇ……女だったような……でも違う」
十架は世槞と顔を見合わせ、質問を続行する。
「貴男は、余所者に何をされました?」
男性は恐怖の表情から一転、無表情となって十架の顔を凝視する。
「……。両手足を切断された後、首を刎ねられた」
そして男性は、絶叫した。
「! まずい、世槞っ、離れて下さい!」
血管が激しく波打ち、筋肉と内臓の活動が限界を突破する。
「うわ?! なにこれっ……」
爆発的な成長。十架は、小さな声で「すみません」と謝まると、金糸剣で男性の首を刎ねた。
再び同じ死に方を余儀無くされた男性のは、宙を舞う中で骨へと戻ってゆく。同様に骨に戻った胴体を見下ろしながら、十架は苦笑した。
「質問内容を誤りました」
「……そうみたい」
人形が背負うリスク。世槞は難しそうな表情で、任務を続行する十架の後ろ姿を眺めていた。
「こんなに慎重を要した質問は初めてです」
十架は胸に手を当て、深く息を吐き出す。調査は無事に終わったようだ。
「私も聞いてた。生人形師は、女なんだってな」
「死人形は口を揃えてそう言います。しかし、最後には必ず、自信が無い、違う等、否定の言葉が入る」
「生人形師は女だし、違うかもって? 新良さんみたいな人種のこと?」
十架はその名前を聞いて吹き出す。
「世槞もご存知でしたか。鬼教官と名高いヒステリックなオカマ野郎」
「ぷっ。十架も知ってたの? いやぁ、あの人には酷いめに遭わされた。組織にはあんな変人ばかり!」
「同意します。でも、俺から見たら世槞も相当、変人ですよ」
「……。かかって来なさいよ。いつでも相手するぞ」
世槞の足元から紫色の煙が立ちあがる。十架は再び笑う。
「だって、あんな真夜中に墓を荒らしますか? しかも自分の家の」
「両親に会いたい一心だったんだよ! 手に入れた骨でさえ、お父さんのものかお母さんのものかわからないってのに……」
おそらく、人形師の話を聞いたその夜に行動を起こしたのだろう。3人存在する人形師たちの違いも聞かず、会いたいという気持ちだけが先走った。
十架があの夜に月夜見市にいたことは、偶然だったのだろうか。
「でも好きなんですよ、貴女のそういう無鉄砲さ」
「はいはい。どーも……」
世槞は十架の能力によって蘇ったバール村の村人たちを見渡す。数にして十数人。情報収集の為だけに人形化され、後は組織に処分されるのを待つだけ。
「なぁ、十架……」
「なんですか」
「この死人形たち、私の手で処分したら駄目かな」
「契約上では――」
そう言いかけ、十架は口を閉じた。今まで、組織がどのようなやり方で人形を処分してきたかは知らない。また問い掛けてもいけないという契約でもあった。だが、マオが死人形に対して行使した処分方法は、少なからず十架に憤りを感じさせていた。
「……安らかに、処分して頂けるのですか」
世槞は頷く。
「――ではこの死人形たちは、誤って禁句を発っしてしまったが故に怪物化し、仕方なくこちらで処分したと伝えておきます」
世槞は両手を広げ、空を仰いだ。足元から燃え盛る紫色の炎――闇炎は、死人形と骨の山をたちまちに飲み込んでしまう。しかし食い尽くすような勢いではなく、炎に包まれた者たちは泣き声や叫び、断末魔を発することなく、ゆっくりと時間をかけて溶けてゆく。『死』というものが安らぎであると、そう実感出来るよう。
(――――)
空へと高く高く立ち昇る煙を見上げ、十架は目を細めた。




