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影操師 ―人形師―  作者: 伯灼ろこ
第二章 生人形師を求めて
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 4節 バール村

 バール村から離れた場所に降下を指示したウェルンは、まず少人数での潜入捜査を提案した。

「生人形は、とてもナイーブです。自分が人形だと知れば、周りの生物を巻き込んで自爆します。それが人形だけならば良いのですが、人間が巻き込まれでもすれば大問題ですので」

「死人形は自分が人形だと知れば怪物になり、生人形は自爆。じゃあ、空人形は?」

 最後の単語だけ声量を小さくし、マオはウェルンに耳打ちするように尋ねた。

「自然消滅よ」

 人形にはそれぞれ、弱点というものがあるようだ。

「なんか、空人形だけ安定してるというか……危険度が低いんだな」

「それはやはり、生きていた人形と、突然生み出された人形――との違いじゃないかしら」

 ウェルンの考えでは、生人形にしろ死人形にしろ、実際に生きていた人間をモデルとしている故に自分が人形だと知った時のショックは計り知れないものであり、暴走してしまうのではないか、という。逆に生命というものを知らない空人形は、自分の正体を知ってもただ受け止めることしか出来ない。ショックは受けるだろうが、暴走するほどのものではなく、静かに消えてゆく。

「どちらにしても悲しいのは事実。正体は知らせないに越したことはないわ」

 マオは「そうか」と己の過去を反省していた。

「じゃー潜入捜査には俺と世槞ちゃんで行くわ」

「……なんで?」

 低い声で世槞は言う。組み合わせに対し、明らかに嫌そうだ。

 マオはニヤニヤとした表情で世槞の肩を抱き、こう話す。

「んなもん決まってんじゃん! 旅行中の恋人同士を装うんだよッ」

「は」

「それなら怪しまれずに生人形師のこと聞けるんじゃん? あっ、やっぱ恋人設定やめて新婚設定にし……」

 世槞の肩を掴むマオの手を、十架が笑顔で払い退ける。

「馬鹿か、お前」

「なんだよー、馬鹿って言うなって。しかも笑顔で!」

「常識で考えろ。こんな傷だらけで、ずぶ濡れの彼女……いや、妻か? 怪しすぎるだろ」

「そうかぁ? ワケ有りって感じで、相談に乗ってくれやすくなるかも」

「警戒されるだけだ。ウェルンさんと行け」

「……んー。へいへい、まぁ姉さん女房ってのもまた一興か」

 ウェルンとの新婚設定に変更したマオだが、肩に回した手はあっさりと振り切られていた。

 2人がバール村へ向かう後ろ姿を、残された十架と世槞、空人形軍は陰から見守る。

「ふう」

 木を背にして座り、世槞は濡れた髪を絞る。赤い髪は、水分を含んで濃い色へ変色している。それがまさしく血の色のようで、少し不吉だ。

「先ほどは、すみませんでした」

 鬱血した世槞の腕はすでに回復に向かいつつある。シャドウ・コンダクターの身体能力は常人を遥かに上回る為、回復も速いのだ。

「……別に。十架は、正しいことを言っただけだから」

 世槞はぶっきらぼうに答える。

「それに弟にもよく言われてるのよ」

「弟?」

「姉さんは後先考えずに行動するから、見ているこっちがヒヤヒヤする――ってね」

「その通りですね」

 世槞は苦笑し、指をパチンと鳴らせて紫色の炎を灯す。

「どうしてだろう。わかってるんだけど……やってしまう。世界を守らなくちゃ、仲間を助けなくちゃ、敵を殺さなくちゃ――って、思えば思うほど、自分自身のことはどうでもよくなる」

「……自己犠牲の精神ですか」

「そう言えば聞こえは良いな。でも違う。これは、私の単なる勝手な行動。両親の骨を盗んだことも――全部」

「…………」

 世槞は紫色の炎を眺めながら、「絶対に怒られる」と笑っていた。

「生人形師のこと、どう思いますか」

 十架は話題を変える。

「どうって……言われてもな。私は何もわからないまま作戦に参加させられただけだし」

「……すみません」

「今更謝るなよ……散々私を脅しておいて」

 世槞は頭を掻き、自分なりの考えを述べる。

「要は人間が嫌いなんだろ? 生人形師は」

「ええ。俺もそう考えています」

「だから人間の生人形を作った後にモデルとなった人間を殺している。しかも、何代にも渡って続けられている凶行。これは、生人形師という存在そのものが企てている全世界人口人形化計画」

 世槞が語る生人形師による陰謀説は、笑い飛ばせる内容ではない。

「自分の身内や知り合いが、知らない間に人形に成り代わっている……そんな可能性があるわけだ」

 この世界は、いつ・誰が影人化するかわからない危険性を孕んでいる。加えて人形化など、非常に厄介な事象だ。

 世槞はしばらく考えるように視線を彷徨わせた後、ハッとして立ち上がり、十架から距離を取る。

「お前! まさか生人形じゃ――」

 十架は腕を組み、世槞の言動が冗談であることを願ったが、どうやら本気であることが判明し、肩を落とした。

「俺が生人形なら、今頃世槞を巻き込んで自爆してます」

「あ……そうか」

「貴女、本当に後先考えませんね。それとも、ただの阿呆なのですか?」

 世槞から投げつけられる闇炎の塊を避けながら、十架は笑い声をあげる。

「なっ、なんだよ……」

「いえ。なんだか、真剣に悩んでいる自分が馬鹿みたいに思えましてね」

「? お前、馬鹿なの?」

「そうかもしれません。貴女を見ていたら、そう感じました」

「??」

「気にしないでください。俺は少し、世槞から学んだのです」

「……まぁ……お役に立ててなにより」

 世槞は腑に落ちないまま戦意を喪失し、再び木を背に座り込む。十架はその隣りに立ち、バール村の入口を眺めた。

“なンか、騒がシくナイ?”

 同じく十架の影の中からバール村を見ていたペルーシュは、そう疑問を投げかける。

“複数人の人間ノ悲鳴……そレハ連鎖的に拡大シ、このママだと……ア”

 遠くで、花火が上がる音がする。しかし花火はあのように大きな灰色の煙は伴わない。

「逃げろー! 全力で走れー!」

 灰色の煙に2つの人影が映る。マオとウェルンである。

「違うわよ! 殲滅するの!」

 両者の意見は対立し、十架と世槞を混乱させる。

“土の使イ手と空人形師だヨ。片方は逃ゲろ、片方は戦えと言ってルね”

 ペルーシュも混乱し、ただ主人の決断を待つ。

 十架は立ち上がった世槞を横目で見る。

「さぁ、貴女ならどちらを選択しますか」

 世槞は自身の影の中から漆黒の剣――紅蓮剣フィアンマを取り出し、ニヤリと笑った。

「決まってるでしょ」

 十架も黄金に輝く剣を握り、煙を目掛けて駆け出した。

「おいっ、逃げろっつったろ! なんで来たんだよ!」

 煙の中で揺らぐ金色の髪の背後で、バール村の村人が奇声をあげながら体内から爆破する。村人数人が巻き込まれ、新たな爆破を引き起こす。

「マオ、この生人形たちを村の外へ出すことは出来ないだろ」

「そうだけどよ、一体何人の村人がいると思って……」

「それをなんとかすることがシャドウ・コンダクターの使命であり、組織が結成された理由の1つだ。……お前もたまにはあの子のように豪快に暴れてみろ」

 十架が指差す赤い髪――世槞はケルベロスを召喚し、生人形が自爆をする前に仕留めに掛かっている。十架たちからは距離を取って戦っていることから、自爆に巻き込ませない為の一応の配慮をしているらしい。

 マオはキョトンとした表情で十架を見下ろす。

「……十架、お前、変わったな。シャドウ・コンダクターとしての使命なんて、どうでもいいってスタイルだったのに。……何かあった?」

「別に? それよりも、どうして生人形たちが自爆しているのかを聞きたい。ミスでもしたのか?」

「ミスっつーか……」

 主人の呼び声に応え、マリオネットと白虎が参戦する。

「ただ人形師のことを聞き込みしただけだ。それらしいやつを見てないかって。もちろん生人形なんて単語は出していない」

「もしかしたら……それがスイッチだったのかもしれない」

 十架は剣と自身の手の平から伸びる糸を駆使して生人形を肉片にまで砕いてゆく。

「スイッチ?」

 狭い道にぎゅうぎゅうに詰まる生人形。この状態で自爆されたら、味方を巻き添えにしてバール村全てが吹き飛ぶ。

 マオは自らが定めたスタートラインにて姿勢を低くして待ち、自らが定めたタイミングで地面を蹴った。

「我が名は伊佐薙マオ! 土を司りしシャドウ・コンダクター様だぜ!」

 土の加護を受けたマオは、一蹴りで時速100キロメートルのスピードを身に纏い、その勢いのまま生人形の詰まった狭い道を突き抜ける。マオのスピードに吹き飛ばされた生人形たちは、家壁を破壊して散り散りに死亡する。自爆をする隙すら与えられないままに。

「実は人形師は、作った全ての人形のナカに情報保護装置を埋め込んでいるんだ」

「なんだそれ?!」

 生人形約20人を始末したマオは、次なる生人形を探す。

「人形は必ず、人形師にとって漏れてほしくない情報というものを保有している。他者がその情報に僅かでも触れた場合――作動する」

「じゃあ、死人形の場合は怪物になるとして、生人形の場合は――自爆?」

「ああ。保護装置作動の効果は、本人に人形だと告げた場合におけるものと同等だ。ゆえに、このバール村の生人形たちの保護装置作動理由は……生人形師について尋ねたこと、と推理して間違いないだろう」

 マオは吐き捨てるように笑った。

「用意周到だなぁー、生人形師サマはよォ」

「あともう1つ」

 マオの攻撃による巻き添えを食らい、しかしまだ息のある生人形がもぞもぞと地面を這う。十架はその頭を踏み潰し、人差し指を立てた。

「ミーシア沖の海戦は、生人形師によって仕組まれたもの――という可能性」

「マジか」

 マオの表情が引きつる。

「ジェン・パディントンがバール村にて入手した情報はおそらく、『村人が人形』という内容ではなく、『生人形師に関する情報』だったのだろう。生人形師の情報を組織に持ち帰らせない為、オクトパス型を操って始末させた――という推理が成り立つ」

「影人を操るなんて……生人形師に可能なのか」

「可能だ。証人として、俺も影人を操れる」

 十架は手の平から伸びる黄金の糸を近くにいた生人形の手足に巻きつける。

「見ていろ」

 十架が手を動かすと、同じ動作を生人形もする。己の意思とは関係なく動く身体に生人形は怯えている。

「実は――世槞が始末したオクトパス型の死骸を観察してみた。すると、心臓部に位置するところに1本の透明な糸が付着していたよ。糸の先は切れていたけども、誰かが操っていた証拠だ」

「てことは……ああ、そうか、俺も疑問が解けた」

 空人形の猫又が生人形を殲滅したことを報告に来る。

「俺がバール村へ1人で出向いた時、持ち帰った情報は『村人が人形』であること、頭蓋骨1つ。その時はオクトパス型に襲われなかった。いや、見逃されたのかもな。でも、生人形師を目的としてお前らと共に出向いた時は襲われた……つまり生人形師のやつは、この近くで俺たちの行動を監視している」

「逆にチャンスだ。俺たちを始末出来なかったのだから、また攻撃を仕掛けてくるはず。しばらくはメキシコに滞在した方がいい」

「よし。近くの町の宿を手配するぜ」

「俺はモデルとなった人間たちの部位から死人形を制作し、情報を聞き出してみる」

 十架はマオが発見したという村の外れにある骨の山を探した。

 先程の戦闘による村の損傷は激しく、地面にはクレーターのような穴が至る所に空き、生人形の死体が飛び散っている。ほとんどの原因が生人形の自爆によるもので、十架は多少の目眩を感じつつ、目的の場所を目指して歩いた。

「……こっち」

 家壁と生人形が同化した死体を見上げていた時、世槞の呼び声がした。現実に引き戻された十架の目に映ったのは、まるでゴミのように投げ積まれている村人の骨の山だった。

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