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影操師 ―人形師―  作者: 伯灼ろこ
第二章 生人形師を求めて
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 3節 分析結果

「すみません。メキシコへ行く前に一旦、空繰島からくりしまを経由して頂いても良いですか」

 ウェルンが言う空繰島には、人形協会の本部が置かれている。人形協会の歴代会長は全て空人形師であり、空人形師が不在の時代には人型家ひとがたけの当主が代行している。

「空人形師の歴史は、他の人形師と比べて浅いのです」

 空を飛行しながらウェルンが語り始めたのは、空人形を司るシャドウ・コンダクターが誕生した経緯である。

「今から約500年前、安芸――現在の広島に凄腕のカラクリ技師がおりました。名は藤原裂榮ふじわらのれつえい。彼女が作るカラクリ人形は本物の人間かと見紛うほど精巧な作りで、動きもとても滑らかでした。死後、カラクリ人形の中の一体に藤原裂榮の影が乗り移り、シャドウとなりました。初代空人形師は江戸時代の毛利実成ですが、実はそれよりもっと以前に空人形のシャドウは誕生していたのです」

 しかし空人形師としての歴史は約200年ということになる。確かに浅い。

「その話は誰から聞いたの?」

 世槞が興味深そうに尋ねる。

「勿論、私のシャドウであり、初代空人形師のシャドウでもあった裂榮本人からですよ。シャドウは誕生したその時から、滅びることなく何代もの主人に仕えてゆくのですから」

 裂榮とは今、ウェルンが肩に掴まって飛行しているフランス人形のことだ。元々は日本製のカラクリ人形の姿をしていた裂榮は、ウェルンの要望によりフランス人形へと姿を変えていた。シャドウは、主人が望む姿へと自由に変身することが可能なのである。

「で? その空人形師が管理する人形協会の本拠地に寄って何するんだ?」

 マオが金色の髪を風に靡かせながら問う。

「人形協会が設立された理由は、生人形師を捕らえることです。約800年の悪行、うち200年もの間我々の手をすり抜けてきた生人形師は、一筋縄ではいかない。その為の軍隊を――用意しています」

 空人形師ウェルンが言う軍隊とは、普通のものではなかった。

「あっ……面白い」

 空繰島に降り立ち、軍隊を目の当たりにした世槞がいの一番に発した言葉がこれだ。

 人形協会の建物前にずらりと整列している50の軍隊――それは、妖狐や天狗、鬼、鵺、大蛇など日本神話にしか姿を現さないはずの獣たちであった。

 ウェルンは言う。

「私は、空人形師。架空の生き物を人形に出来るのです。そしてこの空人形軍たちの姿ですが、日本人であった初代空人形師に敬意を表して作りました」

 人形師は、その力で軍隊をも生み出すことが可能だ。組織が十架を急ぎ取り込んだ理由も頷ける。

「なぁ、ウェルンさん」

「なんですか、セル」

 世槞は妖狐のふさふさとした9本の尻尾を撫でながら、目を爛々と輝かせている。

「私の両親も作れる?」

 その言葉に、十架はハッと世槞の顔を見た。

 ウェルンは世槞の過去を察し、悲しげに微笑む。

「無理よ。だって私は、架空の存在しか人形に出来ないの。すでに亡き方であるならば、やはり死人ぎょ――」

「そうだよな。言ってみただけ」

 世槞はウェルンの言葉を遮り、妖狐から手を離した。


 ウェルン・ホープを筆頭とした空人形軍と十架たちシャドウ・コンダクターがメキシコ  に近いミーシア沖上空を飛行していた時だ。「待て」の合図がマオから入る。

「どうしたんだ」

 その時のマオは、あまり見せることのない鋭い表情をしていた。

「あん時と同じだ……」

 マオは海面を睨み、静かに考えを巡らす。

「ジェンがバール村で、ある貴重な情報を入手した。その帰りにこのミーシア沖で影人の軍隊に襲撃を食らったんだ。そしてジェンは海の藻屑となった。しかし俺が単独でバール村へ向かった時は何も無く……だが今は、再び嫌な気配が」

  海は穏やかに波打つ。潮風も緩やかで、天気の良さも相俟ってとても心地が良い。しかし、シャドウ・コンダクターのみに察知出来る<危機>が、暗い海底より迫っていた。

「! 来るぞ!!」

 マオの叫び声よりも、それは速かった。海の中から飛び出した長い<なにか>が空人形の胴体を掴んで海の中へと引きずり込む。

“同じだぞ! ミーシア沖の海戦で現れた、手だけの影人――!”

 煌鐵の雄叫び。

 海面に叩きつけられた天狗は必死に抵抗するが、その甲斐無く沈む。

 緊張が走り抜ける。全員が迎撃体制を取り、次なる攻撃に備える。

「世槞さん。助けてほしければ、遠慮なく言って下さいね」

 隣りで海面を見つめていた世槞は、冷めた目で十架を睨む。

「お前の助けなんか、要らねーわよ」

 世槞が言う「助け」とは、戦い上での助けのことか、または――。

「おやおや、気が強いことで。好きですよ、そういうところ」

 世槞は舌を打ち、視線を海面へ戻す。

“十架サン!!”

 同じく海面を見つめていたペルーシュが、警告する。

「ええ。来ますね、何本も」

 暗い海底を縦横無尽に動き回る、肌色の怪物。

 十架は右手を水平に広げ、例の黄金の糸を伸ばす。糸はこれまでのような人間ではなく、剣を象る。これは死人形師専用の武器、金糸剣レーフェである。

 十架は次に飛び出した直径10メートルの手に狙いを定め、動きとは逆方向へペルーシュを回り込ませ、剣を手首に突き刺して円状に斬り進める。

 腕から斬り離された手は、指をピクピクと痙攣させながら海へ落ちる。

「ひゅーっ、十架様カッコいいー! 痺れるゥー!」

 交錯するように迫る手を避けながら、マオが十架を冷やかしている。

「……。あいつ余裕ですね」

“みたいダネー。それヨり、あノ子は?”

 ペルーシュは丸いブリキ眼をギョロギョロと動かし、地獄の門番を探す。

“あ、イた”

 手と味方が入り乱れるその中央。ケルベロスに跨がった赤髪の少女は、その手に紫色の光を帯びた漆黒の剣を握り、ただ真っ直ぐに海を見下ろしている。先ほどと変わらぬ姿勢だ。

(なにをしている……?)

 恐怖に臆しているわけでも、混乱しているわけでもない。そして世槞の命令によりついに動きを開始したケルベロスは、あろうことか主人を背に乗せたまま海面へと真っ直ぐに突っ込んだ。

(?!)

 無数の手が蠢く、暗い海の中へ消えてゆく赤い髪。この謎の行動を見ていたのは十架ただ1人だ。

「なにを……考えている?!」

 十架はペルーシュに海の中へ突入しろと命じる。勿論ながらペルーシュは拒否をした。

“血迷ッタ?! どウシて自ら死ぬヨウな真似を――”

「それは俺が聞きたい!!」

“エ?”

 キョトンとしたペルーシュの頭が背後に迫っていた手に鷲掴みにされ、前後左右に振り回される。

「くっ」

 十架はペルーシュから腕へと飛び移り、指先へ向かって駆け上る。その頂きに足を掛け、両手の平から伸びる黄金の糸を接近する2本の手へ巻き付ける。

「千切れ飛べ!」

 己の手を複雑に絡ませ、手を粉々に引き千切る。バラバラと落ちる肉片が海面に浮かぶ。

“ギョへっ。こいツラ鬱陶しいよ!”

 ペルーシュは十架の身体を掴み、迫る手に対して主人と同様の攻撃を仕掛けて粉々にする。

「キリが無いわ。どうやらこのハンド型の影人は軍隊というわけでなく、本体が海底にいるみたい」

 ウェルンはマオを呼ぶ。

「マオ、組織がハンド型との海戦を繰り広げた時、仕留められたの?」

 マオは手を斬り落としながら、苦笑いを浮かべる。

「いや。退却した」

 ウェルンは溜め息を吐き、海を見る。そのとき、海面が盛り上がっていることに気がつく。それは、とても巨大な体積を持つものが、浮上しているような――。

“闇炎の使い手!”

 煌鐵は海の中に赤い髪を見る。次の瞬間、爆破のような音と共に紫色の火柱が海中より発生し、雲を貫く。盛り上がった海面に押し上げられるように巨大なものが姿を現し、その上に立っていた赤髪の少女は、漆黒の獣を呼び寄せて仲間の元へと舞い上がる。

「なんて無茶なことを」

 ウェルンは呆れ、海面に浮かぶ巨大な死骸を見下ろした。世槞が攻撃したであろう火傷の痕が激しく、判別には時間を要したがそれは間違いなく――タコだ。手足が人間のそれに変容していた、オクトパス型の影人。頭だけで野球場くらいの大きさがある。世槞は手足をいくら斬っても無駄と判断し、本体を仕留めに掛かったのだ。そして成功した。

 ハンド型の影人は本体を失い、一斉に機能を停止する。

「はぁ、はぁ」

 大量の海水をその身から流し、世槞は達成感に満ち溢れた呼吸をしている。

「世槞ちゃんスゲー! さすがの俺でも海の中に飛び込む勇気はなかったぜ」

 世槞は浴びた海水に混じる己の血を拭い、羅洛緋の3つある頭のうち真ん中の首を背に寄りかかる。――それなりの反撃をオクトパス型からは受けていたようだ。

「へへ、作戦成功っ……」

“なにを仰る。そんな怪我を負ってまで実行する必要のある作戦でしたか?”

 主人の身から流れ出た血が羅洛緋の手先に落ちる。

「別にいいだろ、始末出来たんだから。終わり良ければ全て良し――」

「良いものか!」

 ペルーシュの手の平から羅洛緋の背へと飛び移った十架は、3本の切り傷を負った世槞の腕を掴む。

「――――!! 痛いっ……なにを……っ」

 掴んだ腕からは、血が滲み出る。しかし十架は構わず、怒鳴りつけた。

「お前っ、自分が今、何をしたのかわかっているのか!!」

 突然の怒声に世槞は呆気に取られるが、次第に自らも怒り出す。

「何って……世界の傾きを始末したんだろ!」

 正義の為、味方の為、道を切り開く為――そんなことはわかっている。しかし少女が一番理解していないことがある。

「お前は……自ら死の世界へ飛び込んだんだぞ!」

「勘違いするんじゃないわよ! 私はっ、シャドウ・コンダクターとして当たり前のことを――」

「勘違いしているのはお前の方だ! 無茶をすることが正義ではない。自らが犠牲となって勝利を導くことが、正義ではない!!」

「――――……」

 静かになったミーシア沖に響く十架の声には、十架自身が驚くほどの熱量が込められていた。

 世槞は反論を止め、黙り込む。

「と、十架ぁー? オマエ珍しく熱くなってんなぁ。でも、それくらいにしといてやれよ。世槞ちゃんのお陰でメキシコへの道が開けたのは事実。やり方はまぁ……本人が経験を積むことで最善の方法を見つけていけばいいし」

 マオに諭され、十架は世槞の腕を放す。腕は、あまりに強く握り過ぎたせいで鬱血していた。

「もういいかしら? 悪いけど、揉めている時間は無いのよ」

 ウェルンに急かされ、十架たちは再出発をする。じきに北アメリカ大陸が見え始める。

(はぁ……)

 ペルーシュの手の平の上で、十架は額をおさえていた。湧き上がる熱が、なかなか冷めないのだ。

“さッキの十架さん、まルで別人ミタイだったよ。十架サんってさ、基本的にはイジワルで、柚芭市以外ノことにハ興味を示さないヨネ”

(……俺に喧嘩を売ってるのですか)

“エー、違うヨー。こレは分析結果だよー”

 確かに、ペルーシュの言う通りであった。家族と柚芭市を失ったあの頃から、十架は柚芭の街と人口を維持することにしか興味が無く、またその為ならば何でもやってきた。それが何故、今になって。

(調子が狂う)

 全て自分が悪いことはわかっている。あの夜、少女を見逃しておけば良かったのだ。そうすれば、忘れていた安心も、怒りも、不安も心配も感じることはなかった。

 でも出来なかった。

 十架は目の前を飛行する赤い髪を忌々しげに睨みつけた。

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