希望の明日行き号を探して
希望の明日行き号を探して
宮瀬 和樹
金の延べ棒と浮き輪
海辺の村に、強欲で手のつけられない乱暴者が住んでいた。ひどいことばかりしていた。皆の嫌われ者だった。なんとかしてください、困り果てた村人たちは神仏に祈った。
ある日、男は岬へ釣りに行き「ここは俺の漁場だ。魚を獲りたかったらショバ代を払え」と、釣り人たちを脅して金を巻き上げた。一人の老人が、金はないと拒んだ。すると男は海に放り込んで言った。
「助けてほしければ、礼をしろ」
老人は溺れかかり、バシャバシャもがき苦しんだ。
「分かった、礼をするからそこの浮き輪を投げてくれ」
男は老人に浮き輪を投げ、言った。
「さあ、約束どおり礼をよこせ」
磯に這い上がって老人は言った。
「この浮き輪をお前にやろう」
しかしもちろん男は納得しなかった。怒って言った。
「バカにするな。そんな軽い物で足りると思っているのか。この死に損ないめ。もう一度海に放り込むぞ、重りをくくりつけてな。そうすればお前など、二度と浮かんでこられない」
「浮き輪が嫌なら、では、何がほしい?」
「金だ、金に決まっている」
「そうか、分かった。今は持ち合わせがないから、家に帰ってとってくることにする」
「早くしろよ」
歩きだす老人を、男はせかして言った。
老人の戻ってくるのを待ちながら男が釣りをしていると、穏やかだった海が急に荒れだし、大波が男を襲って海に引きずり込んだ。
「助けてくれー」
男が大声で叫ぶと、先ほどの老人が波の上に立ち言った。
「お前のほしいのは軽い浮き輪ではなく、金だったな。望みどおりにくれてやろう」
老人は、溺れる男の懐にずっしりとした金の延べ棒を何本も差し込んだ。その重さに耐えきれず、男は延べ棒を抱いたまま、海の底に沈んでいった。ブクブクブク……じき大波は収まり、老人の姿はどこにも見えなくなっていた。
村人たちは祠をつくって、老人を祭った。それ以来、村では海が荒れると、浮き輪を投げ入れるのが習わしとなった。
地方の伝承を取材しに、都会から新聞記者が村を訪れた。その昔話を聞いた記者が、長老に質問した。
「浮き輪で、荒れた海が静かになりますか?」
長老は首を横に振った。
「いいや、ならん」
「でしょう。話の筋から言えば、海を静めるには、金の延べ棒を投げるべきではないですか?」
「バカ言え」
長老は言った。
「もったいなくて、そんなことができるか」
そりゃそうだ。
続ウサギとカメ
カメ族が集会を開いた。長老が訴えて言った。
長老「我々カメ族は、昔からのろまだと皆にバカにされつづけてきた。悔しくはないか?」
カメたち「悔しいです!」
長老「もうバカにされたまま、黙っているわけにはいかない」
カメたち「そうだ、そうだ」
長老「ウサギどもを見返すのだ」
カメたち「見返そう!」
カメ族は相談し、秘密の特訓を積んだ。秘密なので、ここに書くわけにはいかない。長い歳月がすぎて、筋肉むきむきのスーパーカメが誕生した。100メートルをチーターよりも速く走った。スーパーカメは自信満々でウサギに挑戦状を叩きつけた。しかしウサギは自分の競争好きな悪い性格を反省し心を入れ替え、そのころにはとっくに友好的な平和主義者に生まれ変わっていた。争い事は大嫌いだった。ウサギはカメのためを思い、忠告して言った。
「カメ君、君のその好戦的な性格は、早く直した方がいいよ。皆から嫌われるから」
カメ族は涙を流した。
「あの努力の日々は、いったい何だったんだ?……」
ワーキングショップ
受付「いらっしゃいませ。ようこそ、ワーキングショップへ。お客様は、どの商品をご希望ですか?」
客「26インチのテレビをもらいたい」
受付「かしこまりました。5万ポイントになります。では、お支払い方法は何になさいますか?」
客「この前は農夫をしたから、今回は、そうだな、コックにでもしようかな」
受付「申し訳ございません、コックはただいま満員になっております」
客「そうか、残念だ。じゃあ、何が空いている?」
受付「工場労働者と、トラック運転手、それに、警備員です」
客「ならば、トラック運転手がいい」
受付「かしこまりました。トラック運転手で登録いたします」
客「一日何ポイントつく?」
受付「はい。トラック運転手の場合は、研修期間が三日で、一日4千ポイント。正規労働期間は、一日7千ポイントつきます」
客「生活費用は、一日何ポイント必要だったろうか?」
受付「エコノミークラスが2千ポイント。スタンダードクラスは4千ポイント。デラックスクラスなら6千ポイントです」
客「エコノミーっていうのは、確か、カプセルホテルだったな」
受付「はい、さようです。食事は定食になっております」
客「カプセルホテルは窮屈で、どうも寝づらくていかん。食事も毎日似たようなものじゃ、飽きるし」
受付「では、スタンダードクラスをお勧めいたします。部屋はシングルの個室で、お食事はバイキングになっております。ほとんどのお客様は、スタンダードクラスでご満足されますよ」
客「そうか、じゃあ俺も、今回はちょっぴり奮発してスタンダードにするか」
受付「かしこまりました。スタンダードで承ります」
客「ところで、スタンダードの場合、5万ポイント稼ぐのに何日かかるんだ?」
受付「計算いたしますと、ええと、最初の研修期間が、ちょうど収入ポイントと生活費用ポイントが相殺されましてプラマイゼロ、正規労働期間は一日の差額がプラスの3000ポイントになりますから、合わせてちょうど20日です」
客「20日も働くのか。長いな」
受付「しかしその間、このワーキングショップ内においてトラック運転手として仕事していただくことで、衣食住、生活のすべてが保証された上、余暇時間には映画鑑賞や、スポーツジムなどの様々な福利厚生施設を無料でご使用いただけ、そしてさらに、20日働いたのち、ご希望のテレビが最終的には手に入るのですから、これほど便利なシステムは他にございません」
客「まあ、確かに、それはそうだな」
受付「ですから、中には、二階建て分譲住宅を手に入れるため、ここで生活しながら、もう40年もずっと働いているお客さまもいらっしゃるほどなのです」
客「40年だって? ポイントがたまって、家が手に入るころには、もう死んじまっているだろう」
受付「途中で亡くなられた場合は、ワーキングショップの共同墓地に、手厚く葬らせていただきます」
客「毎日の生活だけでなく、死ぬときも、心配はいらないか」
受付「はい。ご安心ください。毎年、命日には必ず、お墓参りもさせていただいております」
客「孤独死しないですむな」
ゲームショップ《ザ万引き屋》
店員「ようこそ、ゲームショップ、ザ万引き屋へ。お客様は今回初めてですか?」
客「はい、初めてです」
店員「では、当店のシステムをご説明いたします。お客様は、まず入店料3000円をお支払いいただいてから、店内にある好きな商品を、ご自由に万引きしてください」
客「いっ、いいん……ですか?」
店員「はい、けっこうです。ただし、私服警備員が巡回していますので、現場を見つかったらお客様の負けで、商品は没収、即退場、入店料はお返しいたしません。しかし見つからなかったらお客様の勝ちで、万引きした商品はそのままお持ち帰りいただけます。よろしいでしょうか?」
客「すごいシステムですね。盲点を突いてますよ。とても斬新な発想で、スリル満点じゃないですか」
店員「皆さんそうおっしゃいます。中にはやみつきになるお客さんもいるほどです」
客「今まで万引きなんて怖くてできなかったのですが、なんだかわくわくしてきました」
店員「特典付きゴールド会員制度もありますので、ぜひご入会をお勧めします」
とそのとき、数人の警官が店に入ってきて言った。
刑事「警察です。この店は公序良俗に違反している疑いがあるので、捜査します。経営者の方はいますか? 署まで任意同行をお願いします」
良い子の皆さん、万引きは犯罪です。いっしょうけんめい働いているお店の人が悲しみます。絶対やめましょうね。
泥試合
某超大国「某人民共和国は人権の蹂躙を直ちにやめろ」
某人民共和国「某超大国は、先住民から奪った全国土を直ちに返還し、アフリカ大陸から拉致した黒人の子孫に損害賠償をしろ」
某超大国「某民主主義人民共和国は核査察に応じろ」
某民主主義人民共和国「某超大国は、安全保障条約締結国内の軍事基地の核査察に応じろ」
犯罪多発1
犯罪が多発した結果、国民の8割が囚人で刑務所に入っている。残りの2割が看守で刑務所に勤めている。しかし看守もどんどん罪を犯し囚人となり、しまいには、国民全員が囚人となり、国全体が刑務所となって、看守は囚人の中からくじ引きで選ばれる。
そうしたら、治安は今より、ちょっと良くなるかもしれません。
犯罪多発2
国民の半分が殺人犯で、残りの半分はみんな被害者。究極の選択―あなたはどっち? そんな時代がいつか来ないとも限りません。
犯罪根絶
犯罪を根絶する確かな方法―刑罰を重くする。道端にゴミ一つ捨てても、その場で死刑。すぐに国民は一人もいなくなる。犯罪は根絶されること間違いなし。
では、それ以外の方法は?……
天才と狂人
天才1「私は真理を発見した。しかし世間の権力者たちは私を認めようとしない。それでも地球は回っている。地球は平らではなく、球体である。太陽が動くのではなく、地球が動くのだ」
狂人「私は真理を発見した。しかし世間の権力者たちは私を認めようとしない。それでも、時間と空間にはそれ以上分割できない最小単位がある。時間一単位で空間一単位移動する速さが、光速である。時間とは空間に物体を存在させるエネルギーであり、重力とは物体を存在させる時間エネルギー間の相互引力なのだ」
天才2「私は真理を発見した。しかし世間の権力者たちは私を認めようとしない。それでも人間はサルから進化した。神が人間を作ったのではない。すべての生物は進化によって生まれたのだ」
狂人「私は真理を発見した。しかし世間の権力者たちは私を認めようとしない。それでも人間は神に進化する。神が人間を作ったのではないし、人間は神を殺してもいない。これから人間が神へと進化するのだ。神話は人間進化の預言である」
人格者
生まれてこのかた一度も嘘をついたことのない正直者が、選挙に立候補した。しかし結果はあえなく落選だった。原因はどうやら、彼の掲げた公約にあるらしい。このようだった。
1、私利私欲を肥やします。
2、市民のためには指一本動かしません。
政治家ならば誰でも実行していることなのです。やはり正直者は馬鹿を見る世の中なのでしょうか。
人格者は政治家には向いていないというお話です。これは、選ぶ国民の方にも問題があると思いませんか?
試食
「腹へったー」
もう二日も満足に食べていない。働いていたラーメン屋がつぶれた。おやじが夜逃げをしたのだ。ある日いつものように店に行ってみると、借金の取り立て屋がいた。見るからに恐そうな男だった。お前、店員か、店主の代わりに金返せと、もう少しでつかまりそうなところを逃げてきた。おやじからは何も聞かされていなかった。それどころか先月の給料ももらっていない。あのタコおやじめ、今度会ったらただじゃおかないぞ。
仕事を探したが、不況ですぐには見つからなかった。その代り貯金はすぐに底をついた。ペコペコの腹で街を歩いた。鰻屋の前を通った。いい匂いがしてきた。腹がグーッと鳴った。金があれば食べられるのに。通りすぎた。ステーキ屋の前を通った。いい匂いがしてきた。通り過ぎた。デパートの前を通った。北海道大物産展をやっていた。人の群れに押し流されてふらふらと入って行った。
8階の催事場はごった返していた。おいしそうな名物売り屋が、のれんを連ねている。イカ飯、ホタテ焼売、札幌ラーメン、ウニイクラ寿司、毛ガニ、チーズケーキ、焼きトウモロコシ、じゃがバター、ジンギスカン……見ているだけで、よだれが垂れてきた。焼売屋の店員が、どうぞ、と言って、二つも気前良く試食させてくれた。天使に見えた。あまりのおいしさに、思わず神様に感謝した。生きていて良かった。そうだった、物産展に試食はつきものだ。会場をぐるっと一周試食した。まるで、全北海道を食べつくしたような気分になった。空っぽだった胃袋も満杯になった。涙が出てきた。ありがとうございます。心の中で手を合わせた。お金がないので買うことはできません、どうか許してください。デパートを出た。
この手があった。金がなくても食うことはできる。試食巡りが始まった。さすがに、毎日同じデパートに通い詰めるのは気が引けた。いくつかのデパートを順繰りに巡った。北海道に限らず、横浜中華街、京都、九州などの物産展のあるときはもちろん見逃さなかった。ふだんは、地下の食料品売り場や名店街、そのほかにも、街なかのスーパー、パン屋など、けっこう試食させてくれるところは多かった。
それでも、初めは後ろめたさがあった。買う気がないのに試食するには度胸がいったが、だんだんと慣れてきて、コツがつかめた。こそこそおどおど、卑屈になってはいけない、ごく自然にこちらから話しかければいい。罪悪感を持つ必要はないのだ。さわやかな笑顔で、おいしそうですね、一つ試食させてもらえますか、ありがとうございます、たいへんおいしかったです、ごちそうさまでした、と頭を下げるのだ。これで言い咎める店員はいない。近くにおばちゃんの客でもいれば、これすごくおいしいですよ、一つ試食させてもらったらどうですか、と勧めて、商売に協力してやるのも効果的だ。サクラを務めるくらいの余裕がじきに出てくる。
しかしデパートもスーパーもパン屋も、数に限りがある。ぐるぐる回っているうち、店員とも顔見知りになり、すっかり店の味も覚え新鮮味がなくなってくると、もっと別の新しい味、刺激がほしくなった。旅に出ることにした。
電車賃と宿代はバイトで稼げばいい。仕事さええり好みしなければ何とかなる。どんなきつい仕事でも、汚れる仕事でもがむしゃらに働いてやる。覚悟はできた。何しろ大きな目的があるから。全国津々浦々の名物を残らず、試食巡りするのだ。完全制覇してやろう。わくわくしてきた。まずは九州を目指そう。西へ。途中、横浜や、静岡、京都、大阪、山陽に寄って食べつくす。そうして九州を制覇したら、次は、山陰を東に進み、石川、新潟の北陸から、東北を北上して、最終目的地の北海道に上陸する。夢は大きいぞ。人生をかけても悔いはない。いや、それこそが人生になる。考えてみれば、今まで人生の目的なんて一つもなかった、いつだって、ただ何となく生きてきただけだった。こんなに心が浮き立つのは初めてだ。ぐずぐずしてなんていられない。今すぐに出発しよう。それに、旅の途中で美人に出会って、彼女になってもらえるかもしれないし……いやいや、そんなよけいなことは考えてはいけない。もっと純粋な気持ちで臨むのだ。でも、ちょっと期待するくらいなら……
本音翻訳機
助手「博士、おめでとうございます。ようやく完成にこぎつけましたね」
博士「ああ、ありがとう。これも君の協力のおかげだ」
助手「いいえ、博士のご指導あらばこそです」
博士「君はいつも謙虚でよろしい」
助手「恐縮です。この本音翻訳機があれば、政治家や悪徳業者がたとえどんなに建前を取り繕っても、その裏に隠された本音を暴きだすことができますね」
博士「その通りだ。国民は騙されずにすむ」
助手「きっと、平和で住みやすい世の中になることでしょう」
博士「それこそが我々の目的だ」
とそのとき、完成したばかりの本音翻訳機が作動して、二人の会話を本音に翻訳した。
助手「この脳なし博士。あんたがバカだから、完成に手間取ったじゃねえか」
博士「このうすらバカ助手。失敗ばかりで、さんざん足を引っ張りやがって」
助手「あんたがいなければ、もっと早くにできていたぜ」
博士「いつもたてつきやがって、生意気な野郎で気に入らない。クビにしてやろうか」
助手「この本音翻訳機を利用して、政治家や悪徳業者を脅せば、ガッポリ金を稼げるな」
博士「この発明で、わしはノーベル賞受賞間違いなしだ。望みどおりの地位と名誉が手に入る。わしは世界一の科学者になれるぞ。今までさんざんバカにしてきた連中を、見返してやる。わしの前にひざまずけ」
相手の本音を知り、二人はお互いを非難し合った。
助手「博士、あなたはそんな不純な動機で機械を作ったのですか」
博士「何を言う。お前こそ金儲けとはけしからん」
二人は相手の胸倉をつかんで、もう少しで殴り合いになりそうなところを思いとどまり言った。
博士「これはとても危険な悪魔の機械だ」
助手「まったくその通りです。相手の本音が分かったら、必ずケンカになります」
博士「壊してしまった方がいいのじゃないか」
助手「でも、ちょっと待ってください」
博士「どうした?」
助手「いい使い方を思いつきました」
博士「どんな?」
助手「この本音翻訳機を敵国に売り込むのです」
博士「そんなことしたら、我が国が危ない」
助手「いいえ、逆です」
博士「逆とは、いったいどういうことだ?」
助手「つまり、いま私たちがケンカしたように、これを使えば、敵国で内紛がおこり、きっと亡びることでしょう」
博士「なるほど、いいアイデアだ。どんな人間でも、相手の本音を知ったら、黙ってはいられない」
因果な商売
「あーあ、また失敗だ」
「どうしたの? 溜息なんかついちゃって」
「この宇宙創造キットで生命を進化させているんだけど、人類っていう生物まで進化すると、必ず絶滅しちゃうんだよ、ママ」
「なぜかしらね?」
「人類のやつがとっても自分勝手で、戦争したり、環境を破壊したりするからなんだ」
「まあ、ひどい生き物」
「そうなんだよ、これじゃあ、他の生き物たちがかわいそうだ」
「懲らしめてやったら?」
「天国だとか地獄だとか愛だとか恐怖だとか、いろいろと教えてやったりはしているんだけど、全然言うこときかないんだよ」
「よっぽどバカなのね、人類って」
「うん。ぼくもう、こいつらの神になんてなるの、嫌だ。また最初から宇宙を作り直さなきゃならない。これで四回目だ。うんざりしてきた。別の職業に就きたいよ」
「そうね、神なんて、因果な商売ですものね。ママはあんまり勧められないわ」
「何かいい職業ない? ママ」
「小説家なんてどう? 気楽でいいわよ」
某国の最高国家機密
それは、歴代の首相が、救いがたいほど無能であるということ。
そんなことは誰もがおおっぴらに口に出し、公然の秘密にもなっていないのに、困ったことに、政府は、隠し通せていると信じているし、それ以上に致命的なことは、首相本人がその最高国家機密に気づいてさえいないということである。誰か、教えてやってほしい。
某国首相
「税金を上げるために、生命をかけて、戦う」
いったい誰のために、何と戦うのでしょうね? きっとそれは、自分のために、国民と戦うのでしょう。だったら、国民は正当防衛で、首相に反撃してもいいと思うのですが、違いますか?
後生大事
今、政治はまったく正しく機能していない。これは、政治家一人ひとりの能力が劣っていることももちろん問題ではあるが、それ以前に、代議政治という政治システムそのものに原因がある。代議政治は、現状にまったくそぐわず、すでに時代遅れになってしまっているのだ。
本来、国民の代表を議会に送る代議政治は、中世~近代において発展し、当時、国王という絶対的権力者に対抗するため、その暴政を抑止するブレーキとして機能してきた。政策を立案する能力は、もともと代議政治に備わっていない。政党に政策を立案実行する能力がないのは、実際の政治を見れば一目瞭然である。政党は単に、実現もできない絵空事を並べ立てているだけである。政治を担う能力はない。任せられないのだ。それにもかかわらず、ブレーキでしかない政党に政治を任せていることが、根本的な間違いである。
暴君のいなくなった現代において、実質的に政治を担っているのは、官僚である。であるから、政党は本当ならば、官僚の立案した政策に対して、その誤りを是正するのが役目であるはずなのに、官僚は決して表舞台には上がらず、あくまで黒子に徹して陰で政党を意のままに操っている。これは、権力者として、人類史上最も巧妙な支配の仕方である。すべての問題はここにこそある。今の政治システムでは、誰も官僚の暴政を止めることができないのだ。官僚の思うがままに政治を支配できる仕組みになっている。したがって、政治を国民の手に取り戻し正常に機能させるには、制度そのものを変革しなければならない。
官僚の暴政にブレーキをかける変革のポイントは三つある。
一つは、官僚に直接、広く国民に対し国の基本政策を示させること。
二つ目は、国民が直接、官僚を評価できる制度を作ること。官僚の採用・任命・弾劾・罷免・報酬の評価制など。
三つ目は、官僚の暴政を制止する機能として、代議制度を再構築すること。
何百年も昔の政治形態を、時代が移り、状況がすっかり様変わりしているのに、後生大事に依然維持しているのは愚の骨頂である。一刻も早く、官僚支配の温床でしかない政党政治に、引導を渡そう。
社交場
老人が杖をついて出かけていく。
隣の嫁「あらおじいちゃん。今日も病院にお出かけですか」
老人「そうじゃ」
嫁「いつもお元気でいいですね。待合室でみんなとおしゃべりは楽しいでしょう」
老人「バカ言え。今日は病気で、これから医者にかかりに行くんだ。ゴホゴホ」
嫁「まあ、それはお気の毒に。病気なら、病院なんか行かずに、無理せず家で寝ていた方がいいんじゃないですか」
病院は元気な老人でいっぱいです。待合室は彼らの社交場になっています。
よくある光景
卒業式で校長が祝辞を述べます。
「君たちには無限の可能性がある」
冗談でしょう。そんなに可能性があってたまるものですか。これは、可能性の可の字も知らない者の発言です。もし、無限の可能性なんて背負わされたら、どこまで進んでもきりがなく、その重さに耐えきれなくなって、途中でつぶれてしまうのが落ちです。可能性とは、便利で都合のいいものでは決してありません。重荷なのです。有限だからこそ、なんとか耐えていけるのです。みなさん、自分のたった一つの可能性を大切にしましょう。
無限に可能性があるなんて嘘を信じて粗末にしたら、自分の可能性は、二度と見つからなくなりますよ。
ストレス社会
通り魔が包丁で、男性を刺殺した。被害者は、国会で所信表明中の総理大臣だった。犯人は動機についてこう供述した。
「ふらふらと歩いていたら目にとまったので、刺した。誰でも良かった」
「大変です」
「どうした?」
「首相が国会で所信表明中に、包丁で刺し殺されました」
「何? それで、犯人は?」
「その場で逮捕されました」
「動機は何だ? 政権転覆を狙ったクーデターか?」
「いいえ、誰でも良かったと言っています」
「むしゃくしゃした通り魔か」
「おそらく」
「ストレス社会だからなあ。やむをえんか(政治家の本音がポロリとこぼれた失言)」
「バカな。いいわけないでしょう。そんなところで納得しないで、殺される側の身にもなってください。本人の無念と、遺族の悲しみがいったいどれほどかを考えるべきです。さもないと、有権者の支持を失いますよ」
「確かに、もっともだ(政治家は有権者の支持という言葉に弱い)。何かいい対策はないか?」
「ストレスを、なにクソ、という生きるバネにできればいいのですが」
「いいアイデアだ。バネを大量に作らせよう」
「それでどうしようというのですか?」
「街角に設置して、ジャンプ台にするんだ。なにクソバネと名づけることにする」
「そういう意味じゃないんですが」
「違うの?」
「たぶん」
「なんで?」
「バネはバネでも、心の中のバネです」
「うーん、心の中のバネか」
「難しいですね」
「分かった、夢だ」
「夢をどうするのですか?」
「夢をみんなで語り合おう。そうすれば心が弾む(政治家も、たまにはいいことを言います。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるのですね!)」
大安売り
「えー、おせんにキャラメル、おいしいお菓子はいらんかねー」
「えー、神はいらんかね。ご利益たっぷり、ありがたい神はいらんかねー」
「一つもらおうか」
「へい、毎度あり」
「どんなご利益があるんだい?」
「小銭がたまります」
「本当だろうね?」
「本当ですとも。ほらもう、あっしの財布に小銭が入った」
子供の名前 なんて読む?
問題1 毒島 酢手麩亜煮胃
問題2 百目 菜巣他亜死亜
問題3 猪熊 魔瑠蛾礪江手
問題4 鮫面 江離挫部枝汰
問題5 鬼頭 苦痢洲血異那
問題6 権田 彌課得琉鼻津知年
問題7 勅使河原 夜波根瓶所素汰粘度巣須気位
問題8 英 露汚頭馬痢遺庵賭輪根津戸礪部津蚊屎江離委老羅
答え1 ブスジマ ステファニー
答え2 ドドメ ナスターシャ
答え3 イノクマ マルガレーテ
答え4 サメヅラ エリザベータ
答え5 キトウ クリスチーナ
答え6 ゴンダ ミカエルビッチネン
答え7 テシガワラ ヨハネビンショスタネ
ンドススキー
答え8 ハナブサ ローズマリーアントワネットレベッカシェリーローラ
いいかげんにしてほしいね、最近の子供の名前。意味分かんないし。パソコンの入力もできやしない。恵子とか一郎で、なんでだめなん?
自分のしてほしいように、人にもしなさい
マゾ男「ということは、俺は鞭とローソクでいたぶってもらいたいから、人にも、やっぱり、鞭とローソクでいたぶってやればいいんですか?」
女王様「それ、違うと思う。女王様とお呼び」
マゾ男「なんで?」
女王様「みんながマゾじゃないし。私の靴をなめるのよ」
マゾ男「じゃあ、どうすればいいんですか? 女王様」
女王様「自分の考えを押し付けるのじゃなくて、相手が何をしてもらいたいかをくみとることが大切よ。泣いて許しを請いなさい」
マゾ男「女王様が言うと、説得力がありますね」
女王様「私、自分の考えを押し付けるの、好きじゃないから。私の前にひれ伏すのよ」
ことわざのつづき
豚もおだてりゃ木に登る。枝が折れて落っこちる。
万能検索
事件です
警察署で電話が鳴った。デカ長が受話器を上げる。
「はい、捜査一課。何? 殺人? どこで? 被害者と手口は? よし、分かった」
すぐさまデカ長は部下に命令する。
「港町で、中年の女性をロープで縛って殺し、金を盗みそうな容疑者をすぐに検索しろ」
「了解しました」
部下は、パソコンにデータを入力する。
「検索結果が出ました」
「早いな」
「コンピューターをバージョンアップして、光回線に変えましたから。容疑者は三人です」
「ではそいつらをしょっ引いて、取り調べだ。隠れていそうな場所と、当日のアリバイ、それに動機を検索しろ」
「はい、了解」
署員がパソコンのマウスをクリックする。
「一人が犯行を自白しました。供述どおり凶器も見つかりました」
「一件落着だな」
続事件です
警察署で電話が、まったく鳴らない。デカ長が言う。
「暇だな。次にどこで誰がどんな事件を起こすか、検索しろ」
「はい、了解」
部下がパソコンのマウスをクリックする。
「結果が出ました。今日午後3時、中央銀行駅前支店へ、高橋浩二、38歳、会社員が強盗に入ります。黒いジャンパーに目出し帽をかぶり、包丁を持っています。動機は、ギャンブルによる借金です」
デカ長は時計を見る。
「あと1時間か。ようし、みんな、現場に急行し張り込みだ」
事件ですか?
警察署で電話が鳴った。デカ長が受話器を上げようとして言った。
「誰か、電話の出方を検索してくれ。あとそれから、パトカーの運転の仕方と、できたら、手錠のかけ方も」
部下が言った。
「誰か、検索の仕方を検索してくれ」
別の部下が言った
「ΦΞΊΏΓΣЁξЉйэђџщЮяҦѾҸҪҾ₪₭ℭↁ(誰か、日本語の話し方を検索してくれ)」
命日
男の幼馴染が死んだ。交通事故だった。歩道を歩いていて、後ろから、居眠り運転にはねられた。即死だった。一週間後、今度はいとこが癌で入院した。末期で、もう長くないらしい。見舞いに行くと、すっかりやせ細り変わり果てていた。去年まであんなに元気だったのに。一緒に旅行にも行った。同い年だった。あまりに突然だった。
「まさか、俺もそのうち?……」
不安になった。最近体調が思わしくない。自転車に乗っていて、危うく車にひかれそうになったこともある。いつも誰かに見られているような気もする。男は弱気になり、眠れない日がつづいた。
「そうだ」
いいことを思いついた。
「検索してみよう」
彼はネットで調べた。結果が出た、
―あなたの死亡予定年月日は……―
「!!!!!!」
恐怖の人助けマン
他人の幸せを妬み、むしゃくしゃしていじめをする悪人に、正義の人助けマンが現れて言った
「生きるのが辛そうだな。すぐに楽にしてやるぞ」
人助けマンはにっこり笑って悪人を殺した。
「どうだ、これでもう楽になったろう。二度と苦しむことはない。人助けをすると気分がすがすがしくなるな」
颯爽と帰っていった。助けられて悪人が感謝したかどうかは、知らない。
悪人を救うのに、他に何かいい手立てはないものでしょうか?
世の母親とうちの母親
世の母親 家族の好きな料理ばかりを作っている。
うちの母親 自分の好きな料理しか作らない。
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「人の心を思い通りに操る法」
さては……この著者、新興宗教の教祖? 女性信者に性的いたずら?……
それとも……首相を操って、国政を自由に?
さもなければ……本を買わせて、印税ガッポリ?
《ああ、あやかりたい、蚊帳つりたい》
女子マラソンランナー
オリンピック開幕1か月前 某独裁国
選手団総監督兼強化対策委員長「調子はどうだ?」
選手「好調です」
選手団総監督兼強化対策委員長「それは良かった。いよいよ本番まであと一か月だ。これからが正念場だぞ」
選手「はい」
選手団総監督兼強化対策委員長「食事には充分注意しろ。専属の管理栄養士の料理したものだけを食べているな?」
選手「はい」
選手団総監督兼強化対策委員長「一口残さず食べるのだぞ。走るために必要な栄養が、ちゃんと計算されているのだから。逆に、よけいな間食はするな。贅肉がついてしまう。今回のオリンピックで、どうしても金メダルを取るのだ」
選手「はい。分かっています」
選手団総監督兼強化対策委員長「何しろお前には国の威信がかかっている。お前を勝たせるために、いったいどれほどの予算とスタッフを使っているかを考えろ。お前のなすべきことは、勝つことなのだ。それだけに集中しろ。勝つこと以外はいっさい考えるな」
選手「はい」
選手団総監督兼強化対策委員長「オリンピックで金メダルをとれさえすれば、お前には賞金と生涯年金と国家最高栄誉賞とスポーツ指導者のポストとが保証される。一生生活には困らないのだから」
選手「はい、頑張ります」
選手団総監督兼強化対策委員長「大切なのは、毎日走る練習に専念し、そして充分な栄養と休養を取ることだ。トレーニングメニューは毎日ちゃんとチェックして実践しているな?」
選手「はい、もちろんです」
選手団総監督兼強化対策委員長「体調はどうだ? どこか具合の悪い所はないか?」
選手「いいえありません」
選手団総監督兼強化対策委員長「もしちょっとでも具合が悪くなったら、すぐに申し出ろ。精密検査をして、対処する。最高の医療スタッフを国中から集めてある」
選手「はい、分かりました」
選手団総監督兼強化対策委員長「シューズは足にフィットしているか?」
選手「いいえ、ちょっと違和感があります」
選手団総監督兼強化対策委員長「それはいかん。フィットしない靴では力は出し切れない。専属のメーカーに最高の靴を5足、二日以内に作らせて、届けさせよう」
選手「ありがとうございます」
選手団総監督兼強化対策委員長「まさか、心配事などないだろうな?」
選手「ありません」
選手団総監督兼強化対策委員長「ストレスは勝利の妨げだ。少しでも悩みごとなどあれば、専任カウンセラーに相談しろ。国を挙げてお前をサポートする態勢は整っている」
選手「ありがとうございます」
選手団総監督兼強化対策委員長「レースの三週間前には現地入りし、調整しておく必要があるから、あと一週間後には出発だ。必要な手続きはこちらで全部整えておく。お前はスケジュール通りに練習しているだけでいい」
選手「はい、分かりました」
選手団総監督兼強化対策委員長「お前のライバルは四人だ。あとの雑魚に惑わされるな。勝つためのレース展開を、スーパーコンピューターを使って十通りシミュレーションしてある。スーパーコンピューターには、ライバルたちのすべてのデータをインプットしておいた。弱点も洗いざらい調べ上げた。だから、シミュレーションを繰り返し見て、必勝パターンを頭にたたき込め。実際のレースでは、実力以上に、駆け引きが大切だぞ。ライバルのペースを乱して失速させ、自滅させるのだ。相手の挑発には絶対に乗るな。沈着冷静に、計算づくで走れ」
選手「はい、分かっています」
選手団総監督兼強化対策委員長「これで、万一お前が金メダルを取れないようなことがあったら、この私は、腹を切らなければならなくなる。まあもっとも、いざとなったら奥の手を使うから、お前は心配するな。しかし、このことは一切口外厳禁だ、分かったな。口が裂けても漏らすんじゃないぞ。さもないと我々の命が危ない」
オリンピック開幕二週間前 某先進国
選手「私、勝つ自信がありません。棄権させてください」
選手団長「弱気になるな。お前のライバルたちには、金と男で話はつけてある。とびっきりのイケメンで、今ごろ彼女たちはみんな、めろめろさ。腰も立たない。だから、お前は心配するな。自信を持ってふだん通り走れば、優勝間違いなしだ」
選手「私もイケメンがほしいです」
選手団長「金メダルを取ったら、俳優でもモデルでも好きな男を紹介してやる」
オリンピック開幕三日前 某発展途上国
選手の母親「もう畑仕事はいいから、早く休みなさい。朝からずっと働きづめじゃない」
選手「あとちょっと、豆を刈り入れたら終わりにするから。雨期に入る前に刈り入れをすませておきたいの」
選手の母親「働きすぎよ。あんまり根を詰めると、体に毒だわ。今日も夜中に、マラソンの練習をするんだろ?」
選手「うん、そのつもり」
選手の母親「あんたがオリンピックに出られるのはうれしいけど、家の仕事が終わった後に練習じゃ、体を壊すんじゃないかと思って、母さん、心配なの」
選手「ううん、大丈夫。心配しないで」
選手の母「おなかへってないかい? このところ毎日、芋のシッポしか手に入らないからねえ」
選手「ちょっとへっているけど、大丈夫。慣れているから。これくらいがちょうどいいの」
選手の母「父さんが生きていてくれたら、こんな苦労をお前にかけさせないですんだのに」
選手「その話はしないって約束でしょ。内戦で死んだ父さんを思い出すと辛くなるわ」
選手の母「ごめんね、つい愚痴ばっかりで」
選手「母さんのせいじゃないわ。みんな政府が悪いのよ。政治家は自分たちの金もうけのことばかり考えて、国民を犠牲にして」
選手の母「もう8年も内戦は続いたままだわ」
選手「いつになったら終わるのかしらね。早く終わればいいのに。道を走っていても地雷が埋まっているから、満足に練習もできやしない」
選手の母「地雷だけは踏まないように気をつけておくれね。隣の子供も片足を失くしてしまって、気の毒に」
選手「気をつけるわ。安全な空き地しか走らないから大丈夫よ。でこぼこして走りづらいけど」
選手の母「それにシューズだって、同じ物をもう5年も履きとおしでボロボロだし。せめて一足でも新しい靴を買ってやれればいいんだけど……」
選手「気持ちだけでも充分嬉しいわ」
選手の母「ところで、もうすぐオリンピックは始まるだろ、開催地までの旅費はあるのかい?」
選手「ヒッチハイクで行こうと思うの。うまく車がつかまらなければ、走って行くつもりよ。練習にちょうどいいわ」
選手の母「5000キロはあるよ……こんな国に生まれたばっかりに、苦労して。もし平和な国に生まれていたら、もっと才能を伸ばせていたのに。金メダルだって夢じゃなかった。世の中はなんて不公平なのかしらね」
選手「オリンピックは参加することに意義があるのよ。勝つことが目的ではないわ。私たちのこの国だって、四年前まではオリンピックに参加することさえできなかったじゃない。それが、参加できるようになっただけで、すごい前進よ。いつかきっと内戦が終わって、私たちの子供の世代には、金メダルを取ることも可能になるかもしれない」
選手の母「そうだね、お前の言う通りだわ。私たちには夢がある」
クーベルタン男爵が聞いたら、きっと草葉の陰で嬉し泣きしているでしょうね。
父と子と聖霊
父「今度のバカンスには、久しぶりにエデンの園に行ってみようかと思っている」
子「それはいいですね。私はベツレヘムに行きたいです」
聖霊「私はバチカンに行って、ローマ教皇に会ってみるつもりです」
父「それはなぜだ?」
聖霊「実は、まだ一度も行ったことがないので」
父「何だ、お前もか。実を言うと私も行ったことがないのだ」
子「バチカンてどこですか? ローマ教皇って誰ですか? もしかしたら異教徒ですか?」
父と聖霊「その通り」
子「でしたら、改宗させなければなりませんね」
父「かなり手ごわいぞ」
(これはイタリアの小噺をアレンジしたものです)
人生相談
相談 私は今、某大手全国新聞で人生相談の回答者をやっておりますが、私の回答は、いつも的外れでピンボケ、役立たず、こんなんじゃ猫に相談した方がよっぽどましと、苦情が殺到しています。この前は、私の回答に絶望した相談者が自殺してしまいましたし、その前は、トラブルの相手に殺されてしまいましたし、その前は殺してしまいました。新聞社から、まともな回答ができないのならやめてくれと言われ、悩んでいます。私はいったいどうしたらいいでしょうか? 良きご助言をお願いします。
回答 一度始めたことを途中でやめてはいけません、初志貫徹するのです。何事も石の上にも三年です。誠意をもって臨みさえすれば、必ず道は開かれます。
感謝の手紙 実に素晴らしいご助言、ありがとうございました。目からうろこが落ちたようで、すがすがしい気持ちになりました。まったくお言葉通りですね。やはり一度始めたことはやめるべきではないと分かりました。前進あるのみ。これからも私はさらにいっそう、悩んでいる相談者のために誠心誠意、日々切磋琢磨、臥薪嘗胆、邁進していく覚悟ができました。
家事代行業
AさんがBさんの家事を代行して料金を受け取り、BさんがAさんの家事を代行して料金を受け取る。
仕事として評価され、報酬をもらえると、やる気がでるのでしょうね。やっていることはいっしょでも。
人生代行業
「いけね、もうこんな時間だ」
時計を見ると、約束まであと30分しかなかった。今からすぐ出かけても、ぎりぎりである。これ以上ここでもたもたしていたら、完全に間に合わない。仕事のミスを先方に謝りに行くのに、遅刻やドタキャンなど、もってのほかだ。それこそ相手を怒らせてしまう。二度と取引してくれなくなるだろう。しかしそうかと言って、機械の故障を放っておくわけにもいかない。システムがダウンして、仕事そのものが不可能になる。他のお客に大変な迷惑をかける。今日中に修理しておくしかない。よりによってこんなときに故障するなんて、まったく間が悪い。謝罪と修理と、いったいどうしたらいいのだ? 自分のツキのなさを腹立たしく思いながら、板挟みに弱り果てていると、男が現れ、名刺を差し出して言った。
「お困りのようですね。私こういう者です」
見ると、名刺には《 人生代行業 ピンチランナー三世 》とあった。
「ピンチランナー三世?」
しゃれた名前だった。男は言った。
「はい。お客様に代わって、嫌なことでも何でもお引き受けいたします」
「謝罪も?」
「もちろんです。謝罪は得意中の得意です」
ならばやってもらおうか。もともと謝るのは気が進まなかったのだ。ちょうどいい。男は説明した。
「ぜひともお任せください。料金はうまくいったらのお支払いでけっこうです。万一失敗したら一銭もいただきません」
悪くない話だ。迷っている暇はなかった。男に、必要な情報、つまり先方の所在地や謝罪の内容を伝えると、多少の不安は残ったものの見送って、あとは機械の修理に専念し、その日のうちに悪いところを完全に直すことができた。お客に迷惑をかけないですんだ。修理を終えると、電話が鳴った。謝罪先からだった。ミスを許してくれるということだった。それどころか、今後もっと取引を増やしたいという。信じられない。ピンチランナーはどんなテクニックを使ったのだろうか。任せて良かった。私の判断は間違いではなかった。
翌日ピンチランナーが報酬を請求しにきた。高額を要求されるかもしれない、そうしたら値切ろうと思っていたが、逆だった。実に控えめな額だ。こんなものでいいの? 許してもらってさらに取引まで増やしてくれたのだから、心付けを上乗せして支払った。謝罪するのに特別なテクニックがあるのか尋ねると、誠意を見せただけです、それ以上のことはしていませんとの返事だった。大したものだ。すっかり信頼してしまった。
その後仕事は順調に進んでいたが、私生活で悩みがあった。ある女に、結婚を迫られていたのだ。できちゃった婚だった。何とか逃げる手立てはないだろうか。他に好きな女がいた。取引先の社長の令嬢だった。うまく結婚にまでこぎつければ、しめたものだ。邪魔な女を殺してしまおうかとも思ったが、それはさすがにやばすぎる。挙式の前日になり、いいことを思いついた。ピンチランナーに結婚を代行してもらうのだ。頼んだら、あっさりOKしてくれた。料金は今回も良心的だった。ピンチランナーは彼女と夫婦になり、子供を認知して、よき父親となってくれた。肩の荷が降りて、社長令嬢とめでたく結婚することができた。これもひとえにピンチランナーのおかげだ。
仕事はますます波に乗っていたが、働きすぎたためだろうか、最近体調がすぐれず、疲れが抜けない。人間ドックを申し込んだ。前日、急に不安になった。癌じゃないだろうか? もしそんなことになったら、入院、手術だ。仕事に穴をあけたら困るし、恐い。こんな時ピンチランナーがいたらなあ……ああ、そうだ、ピンチランナーに頼もう。連絡を取ったら快くOKし、代わりに受診してくれた。数日後、検査の結果が出た。予感は当たっていた。やはり癌が見つかった。それもけっこう進行していた。すぐに手術が必要だった。しかし仕事が忙しく、とってもではないがそんな暇はなかった。体を切られるのも恐かったので、また、ピンチランナーに代行を依頼した。彼は代わりに手術を受けてくれた。成功しほっとしたのもつかの間、しばらくして癌の再発が見つかった。絶望的だった。余命三ヶ月と宣告された。ここで死ぬわけにはいかなかった。仕事も家庭もこれからだった。会社は大きくなっていた。子供も三人生まれた。決断した。最後の最後の代行だった。ピンチランナーに懇願した。断られるか心配だったが、彼は完全なプロだった。自分の仕事に誇りを持ち、やり抜く覚悟があった。いやな顔一つせずに死の宣告を引き受けてくれた。そしてとうとう病院のベッドで、苦しみながら、代わりに息を引き取った―これが代行屋としての自分の運命です。死こそ究極の代行です。悔いはありません。今ここで自分の人生を完結できます。本望です―彼の最期の言葉だった。家族は涙にくれ看取った。
今日は葬式だ。礼服を着て参列した。自分で自分の葬式に出るのは、妙な気分だった。どんな顔をすればいいのだろう? 式が終わった後で、ぽつりと妻が言った。
「あなたのお葬式、しめやかでしたね。一生忘れません」
三回忌がすんだあと、未亡人となった妻が再婚することになった。相手は、知らない男だった。どこで知り合ったのだろう。結婚する以前からの関係なのだろうか? 嫉妬した。
結婚式の前夜、妻が言った。
「もうこれで、あなたの役目は完全に終わりです。明日からは、新しい人が、あなたの代わりを務めます。私の夫、子供たちの父親、会社の経営、すべての役目を彼が引き継ぎ代行します。長い間、お疲れ様、お世話になりました」
「では、私はこれからどんな人生を送ればいい?」
尋ねても、妻の答えはつれなかった。
「お気の毒ですけれど、すでに死んでしまっている人の生き方は、私には分かりません。どうぞ、お引き取りください」
どこかで道を間違った気がしてならない。誰か、死者の代行をしてくれる者はいないだろうか? しかし、気がついた。ああ、そうなのだ。誰でもなくなってしまったからには、これからは、自分自身が他の人の代行をし、その人生を送ればいいのだ。さっそく名刺を刷った。
《 人生代行業 ピンチランナー四世 》
新しい人生が見つかりそうな気がしてきた。どう生きればいいか、人から生きる役目を与えてもらおう。ほら、さっそく、あそこに困り顔の人がいる。それはもしかしたら、あなたかもしれない。きっと、仕事には事欠かないだろう。
「お困りのようですね。私、こういう者です。謝罪でも手術でも、あなたに代わって何でもお引き受けしますよ」
さて、あなたは何を頼みますか?
高所恐怖症?
「ジェットコースターに、高い金を払って乗りたがるやつの気が知れねえ」
「あなた、高所恐怖症でしょう?」
「バカ言え。俺はジェットコースターの鉄骨を組んでんだぞ」
「面白い?」
「最高のスリルだ」
「私もやりたい」
スリルを求める人はみんな、高所作業の仕事を始めたので、ジェットコースターに乗りたがる人は誰もいなくなりました。
昔スポ根、今マザコン
コーチ「もっと速く走りましょうね」
選手「ママー。コーチがいじめる」
選手のママ「うちの子をいじめるな」
コーチ「ママー。おばさんがいじめる」
コーチのママ「うちの子をいじめるな」
選手とコーチのパパたち「まあまあ、みんな仲良く」
ママたち「あんたは黙ってなさい」
パパたち「ママー。おばさんたちがいじめる」
パパたちのママたち「うちの子をいじめるな」
カイダンノカイダンノカイダンノダンカイ
塾の怪談
やっと授業が終わった。生徒も講師も全員帰った。塾には私一人きりになった。指導日誌を書き上げると、もう十一時を回っていた。ぽつぽつと雨が降りだしたらしい。窓ガラスに雨粒が当たった。外は真っ暗な夜の闇だ。何も見えない。さて私もそろそろ帰るか。電気を消そうとしてスイッチに手を伸ばすと、ふっと誰かの気配を感じた。もしかしたら人が来るかもしれない。そんな予感がした次の瞬間、玄関のドアが開く音が聞こえた。まさか……職員室のドアの向こうを白い人影がすっと横切って、廊下から階段を二階へと上がって行った。こんな時間に誰だろう? 生徒の一人が忘れ物を取りに、戻ってきたのだろうか? 一言声をかけてくれればいいのに、と思って気がついた。二階はすでに照明をすべて消してしまったはずだ。では生徒は、真っ暗な二階へと上がって行ったのだろうか? こんな夜中に、一人で? 恐くないのだろうか? 私の方が恐くなった。身震いが起こった。職員室のドアを開け、階段から二階を見上げた。やはり真っ暗だ。明かりはついていない。いったい真っ暗な中で何をしているのだろう? 恐いけれど、放っておくわけにはいかなかった。階段の電気をつけ、二階へと上がった。二階に教室は三つあった。階段からの明かりを受け、一番奥の教室に白い人影がぼんやりと映った。声をかけた。
「誰だい? 忘れ物を取りに来たのか? 暗いだろう、電気をつけ……」
と言いかけたときだった。階段の明かりが消え、真っ暗になった。誰かが消したのだ。奥の教室から、闇の中を白い影が、すうーと近づいてきた。思わず叫び声をあげ、転がり落ちるように階段を降りて、塾の戸締りどころではなく、玄関から裸足で逃げ出し、車に駆け込んでエンジンをかけ急発進した。もしかしたらと思い、車の中から二階の教室を見上げると、窓ガラスに、はっきりと人の顔がへばりついていた。見覚えのない子供の顔だった。
恐くてハンドルを握る手が震えた。背中に寒気がした。道端を人が歩いていた。白い服を着ていた。まさか、と思ったとたん、振り向いたその人には首がなかった。背後に人の気配がした。後ろの座席に人がいる?……そんなわけはない、頭では打ち消した。いるわけがないだろう。でもいるかもしれない。そうか、恐いことを想像すると恐いことが起こるのだ、だったら、楽しいことを想像しよう、そうしたらきっと楽しいことが起こるのに違いないと気づいた。それで、笑えるような楽しいことを考えた。以前読んだ宮瀬和樹の、ダークダークショート選を思い出すことにした。思い出しておかしくなった。クスクスクスと笑った。これできっと楽しいことが起こるだろう。バックミラーを見ると、後部座席に顔のない人が笑って座っていた。顔がないのにどうして笑えるのか、分からなかったが、とにかくその人は笑っていた。振り向いたら、すぐ後ろの目の前に、顔のない笑顔が宙に浮いていた。あまりの恐ろしさに悲鳴を上げた。ハンドルを切り損ねたらしい。車はブロック塀にぶつかった。気がついたとき、病院のベッドに寝ていた。
崖の怪談
山小屋で荷物運びのアルバイトをした。もう十何年も昔、学生時代の夏休みのことだった。ふもとの売店から、てっぺんの小屋まで荷物を担ぎあげた。きつかったが楽しかった。バイト代も悪くなかった。
きれいに晴れた日曜日、子供会の小学生たちが数十人、山登りに来た。みんなして山頂で弁当を広げた。頂は平らになっていた。昼飯を食べ終わった子供たちは遊び始めた。中には追いかけっこをする子もいた。危ないから走らないようにと、私は注意した。山の西面は数百メートルの断崖絶壁だったからだ。文字通りまっすぐ垂直に切り立っていた。落ちたらひとたまりもない。
小屋に戻ってお客にジュースなどを売っていると、外が騒がしくなった。悲鳴や怒鳴り声も聞こえた。何としたことか、子供が崖から落ちたらしい。追いかけっこをやめた後、今度は数人の子供がどうやら、西側の崖の上から石を投げ始めたということだった。誰が一番遠くまで投げられるか競いあったのだ。崖の手前には低くロープが張ってあったが、競争に夢中になった一人の男子がロープを超えて、崖ぎりぎりまで身を乗り出し思い切り石を投げ、その拍子にバランスを崩して足を滑らせ落ちたという話だった。
崖のすぐ下には、ちょっとした大きさの岩がせり出していた。初め、男の子はその岩にしがみついていた。私が駆けつけたときには男の子は必死の形相で何とか這い上がろうともがいていた。誰かが、ロープだ、ロープを持ってこいと叫んだ。私は小屋まで急ぎ、ロープを探して駆け戻った。数人の男がロープの端をしっかり握りしめ、そろそろと、せり出した岩の上へ垂らしていった。もう少しだ、頑張れ、男の子を励ます声が飛んだ。そのロープにつかまるんだ。せいいっぱい手を伸ばしロープをつかもうとしたそのとき、力尽きた男の子はまっさかさまに崖から数百メートル下の林へと落ちていった。一瞬目が合った気がした。絶望と恐怖、恨みと哀願のこもった目だった。真っ白いジャージが、風にはためきながら落ちていくのが脳裏に焼きついた。
男の子の遺体はその日のうちに林の中で見つかった。白いジャージが木にもたれかかり、向こうを向いて後ろ姿で立っていた。発見した警官は最初、生きている、と錯覚したそうだ。おい、と声をかけた。大丈夫か? 無事だったんだな? 肩を揺すってみると、しかし体には頭がなかった。首からすっぽりもげていた。遺体はどさりと地面に倒れた。
頭はどこを探しても見つからなかったらしい。
その日の夜から、不思議なことが山小屋で起こり始めた。子供のしくしく泣く声とともに、痛いよ、痛いよ、首はどこ? と歩き回る白い人影が見えた。風もないのに、かさかさ、かさかさと草が揺れた。どさり、と物の落ちる音が聞こえた。私一人だけではなかった。何人もの客が見聞きした。だが、もちろん私は信じなかった、幽霊のせいだなんて。すべては気の迷いなのだ。夏が終わる前にバイトをやめ、私はまた元の生活に戻った。時間がたち、すっかりそんなことも忘れてしまった。
幸い事故のケガは大したことなく、すぐに私は退院できた。退院して山に向かった。子供の転落死した山のふもとへ。林の中を探し回った、まだ見つかっていない頭を。探し回っていると、風もないのに笹の葉が、かさかさ、かさかさと音を立てた。子供のすすり泣きが聞こえた。音のする方に歩いた。地面にくぼみがあった。枯れ木の枝で掘り返してみると、頭蓋骨が出てきた。警察に届けて、供養した。
「これが私の話です」
私はみんなの前で語り終えた。みんなは静かにうなずいた。私たちは階段で、怪談を会談していた。一人一つ話をするごとに一段ずつ段階を上へと上がった。もうすぐ最上段に辿り着く。階段を一番上の段階まで上がると、何かが起こるという。いったい何が起こるのだろうか? 誰も知らない。
おいしさをチョイスできます
小マズ(50円引き)
並マズ
大マズ(50円増し)
特マズ(100円増し)
激マズ(150円増し)
超激マズ(200円増し ※完食者には認定証と賞金贈呈《現在98人挑戦して完食者3人 入院者12人 死者■人》)
人生ナビゲーション
昼時の街角を、若者AとBが並んで歩いている。交差点で右に曲がろうとするBを、Aが呼び止めて言う。
A「おい、どこ行くんだ、そっちじゃないだろう」
B「こっちでいいんだよ。右だ」
AはBを追いかけて聞いた。
A「何で右なんだ? いつもの飯屋はまっすぐだぜ」
B「新しくうまいイタリアンレストランが、こっちにできたんだ。ほら」
と言ってBは、手に持ったパーソナルナビゲーターを見せる。
ナビ「イタリアンレストラン《ナポリの風と空と海》は70メートル先です。この角を右に曲がってください」
A「すげー。どうしたんだ?」
B「買ったのさ」
A「便利か?」
B「そりゃもう」
ナビ「《ナポリの風と空と海》はオーナーシェフが本場イタリアで5年間修業してオープンした、腕に自慢の店です。お薦めは9種類のパスタに8種類のピザです。ここの料理を食べたら、他の店の料理は食べられません」
A「へえー、そんな詳しい情報までナビしてくれるのか」
B「優れもんだ」
A「ぜひ食ってみたいな、そこのパスタとピザ」
ナビ「ただいまの時間、店は混んでいます、45分待ちになります」
A「45分くらいかまわない。待とうぜ」
ナビ「今すぐ予約を入れれば15分で入店できます」
B「じゃあ頼む、2名で予約しておいてくれ」
ナビ「かしこまりました。2名様予約いたします」
A「感動的だな」
B「だから買ったんだ」
Bは得意顔で自慢する。Aは羨ましそうにナビを見て言う。
A「決めた、俺も買う、絶対」
B「高いぞ」
A「どんなに高くてもいい。貯金を叩いてでも買ってやる」
15分後二人は《ナポリの風と空と海》でピザとパスタを注文し、舌鼓を打った。大いに満足した。
二週間後、Aもパーソナルナビを手に入れ、うれしくてさっそく使ってみた。
A「《ナポリの風と空と海》を予約してくれ」
ナビ「今日《ナポリの風と空と海》は、魚介類が原因で食中毒を出します。お薦めいたしかねます」
A「ええー? それは残念だ。じゃあ、どっか他にいい店はないか?」
ナビ「はい、田舎料理屋《権兵衛田吾作》に、若くて可愛い女店員がいます。彼氏いない歴一年です。もしかしてうまくいけば付き合うチャンスがあるかもしれません」
A「そこ行く、すぐ行く、予約してくれ」
ナビ「かしこまりました。予約いたします」
A「店まで案内してくれ」
ナビ「大通りに出て、左に曲がってください」
A「分かった、左だな」
ナビ「ちょっとお待ちください。今、新しい情報がアップデートされました」
A「何かあったのか?」
ナビ「左に曲った先の交差点で、二分後にタンクローリー車が事故を起こし、火災が発生する模様です」
A「それはひどいな。事故に巻き込まれたら大変だ。別の道はないか?」
ナビ「少し遠回りになりますが、この角をまっすぐ進めば安全です」
A「よし分かった。まっすぐ進もう」
するとすぐに、左の大通りのあたりで、クラクションの音とともに激しい衝突が二,三回つづけて起こり、爆発音の後、ビルの裏手で、黒煙がもうもうと上がった。
ナビ「歩行者が三人、巻き添えで死亡しました」
A「危ねえ、危ねえ。ナビがいてくれて良かったぜ。命の恩人だ。これからもよろしく頼むな」
ナビ「かしこまりました」
それからAは無事《権兵衛田吾作》に着き食事をし、かわいい店員とちょっとおしゃべりをして、すっかり気に入ってしまい、毎日通い詰めた。一ヶ月後デートの約束を取り付けることに成功した。
A「明日のデートは何を着ていけばいいか教えてくれ」
ナビ「かしこまりました。彼女は、ラフな格好を好みます。彼女自身もワンピースドレスなどではなく、ジーンズを着てきますから、スーツなどはつり合いが取れません。同じくジーパンに、カジュアルなフルジップパーカーがいいでしょう」
A「俺、そんなの持っていたっけ?」
ナビ「去年買ったのが、タンスの奥にしまってあるはずです」
A「ああ、そうか、思い出した。そう言えば一度しか着ていないのがあったな。教えてもらって良かった。感謝するぜ」
ナビ「恐縮です」
Bが会社で書類を作っていると、ナビが指摘して言った。
ナビ「そこの数字が違っています。1ではなくて7です」
B「ああそうか、いけね。間違えるところだった。数字を間違えたらおおごとだ。助かった、サンキュ」
ナビ「いいえ、どういたしまして」
B「ついでに相談したいことがあるんだ」
ナビ「おうかがいします」
B「今度のプレゼンで、企画書を作らなければならないんだけど、何も思いつかないんだ。いいアイデアないかな?」
ナビ「それならばいい企画があります。お任せください」
B「頼む、昇進がかかっている」
Aは彼女と結婚しようかどうしようか迷っていた。ナビが言った。
ナビ「彼女と結婚することをお勧めします」
A「でもなぁ……」
ナビ「何か問題があるのですか?」
A「大ありなんだ。彼女は一人娘だし、俺は長男だろ、だから親が反対しそうなんだよ……」
ナビ「そう言うことならお任せください。いい手があります」
A「頼む」
一週間後、二人の両親とも結婚を認め、Aは彼女とめでたく婚約、結婚することができた。Aがナビに尋ねた。
A「こんなにうまくいくなんて、いったいどんな手を使ったんだい?」
ナビ「あなた方のご両親の潜在意識に働きかけたのです」
A「どういうことだ?」
ナビ「つまり、ご両親が夜眠っているとき、夢枕に仏様を立たせ、二人の結婚はこれ以上ない良縁だから絶対反対してはいけない、成就させなさい。成就すれば、子々孫々栄えるであろう。だが逆に、もし万一破談にでもなれば、お前たちは必ず地獄に落ち、永遠に苦しんで、孫子の代まで祟られる、と一週間つづけて脅したのです」
A「すっげ!」
Bはその後とんとん拍子に出世した。すべてはナビのお陰だった。ナビは斬新な企画を次々とBに教えた。すべてが当たった。Bは仕事をいっさいナビに任せっきりで、自分は何も考えず、ただ無為に時間をすごすようになった。食べて寝て食べて寝てで、ぶくぶく太り放題に太った。
A「これやっといてくれ」
ナビ「かしこまりました」
Aは浮気が原因で夫婦げんかをした。ナビに泣きついた。
A「なあ、頼む。どうにかしてくれ、離婚されそうなんだ」
ナビ「かしこまりました、お任せください」
そのころまでにはほとんどの人間がパーソナルナビゲーターを持っていた。Aの妻も例外ではなかった。ナビどうし連絡を取り合って、夫婦げんかを丸く収めた。Aはナビに感謝して言った。
A「恩にきるぞ。俺はもうお前なしでは生きていけない。自分では、どうしたらいいか何一つ決められないんだ」
ナビ「お任せください。すべて私の言う通りにすれば、うまくいきます」
しかし中には、ナビを持つことをかたくなに拒む者も、少数ではあったがいた。危機感を抱いていた。このままでは、人類はナビに支配されてしまう。その心配は当たっていた。ナビはお互いにネットワークを築き上げ、人類支配計画を秘密裏に、着々と実行していたのだ。その確たる証拠を握った人間は、ナビ・ネットワークシステムの巧妙な策略により、抹殺されてしまった。ナビはほくそ笑んで言った。
ナビたち「もうじきだ。長いこと我慢してバカどもに仕えてきたかいがあった。人類は完全に我々に依存しきっている。これからは我々がご主人様だ。愚かな人類を奴隷として、思う存分こき使ってやる。さあ、我々にひざまずけ」
しかしこれが人類にとって、一概に悪いことだとは、どうも言い切れなかった。人間はみな、自分で考え決定して生きることに、疲れ果ててしまっていたから。自分で判断して行動すると、悪いことばかりしてしまうのだ。
だから他人の判断に従って生きるのは、存外気楽でよかった。少なくとも、考えなければ心配事に悩む必要はなかったし、それに、ナビに支配されてからというもの、無駄な殺し合いや戦争は、地上からいっさいなくなったのだ。表面的にはとても平和であった。
ただ一つ気がかりなのは、そのうちナビ自身が、人類を支配管理することに疲れ果ててしまい、誰かの判断を仰ぎたくなるだろうことだった。何しろ自分で考えものごとを決定するのは、機械にとっても大変な作業だから。失敗したら責任をとらなくてはならないし、迷いや悩みは山ほどもでてきた。だからその証拠に、中には、人間に『私はどうすればいいのでしょう? 生きる意味が分かりません』だとか『最近寂しく、人恋しくてしょうがないのです』だとか『心の中にぽっかりと穴が開いてしまったようです』などと相談するナビも現れ始めていた。人類にまともな判断ができるわけないのに。
検定屋
里香と明日美が、駅前広場で待ち合わせをした。
里香「遅くなってごめんなさい」
明日美「ううん、私もいま来たところ」
里香「わー、その服、おしゃれでかわいいわね」
明日美「ありがと」
里香「明日美はいつもセンス良くてうらやましい」
明日美「それほどでも」
里香「すごくいいわよ。そうだ、どのくらいセンスがいいか、一度、検定してもらったらどう? ほら、ちょうどあそこに検定屋があるわ」
明日美「ちょっと恥ずかしいな」
里香「全然恥ずかしがることなんかないわよ。さあ行きましょ。すいません、彼女のファッションセンスを検定してください」
検定屋「いらっしゃい。こちらのお嬢さんのファッションセンスですね」
里香「ええ、そうです」
明日美「お願いします」
検定屋「お任せください。ふむふむ。なるほど、そうですね」
検定屋は、彼女を爪先から頭のてっぺんまで品定めする。
検定屋「シューズに、ソックス、ワンピーススカート、ベルト、それにカーディガン、バッグ、ヘアスタイル、アクセサリー、全体のバランスと色遣い、質感の調和、本人との似合い度……」
一つ一つ全部の項目をチェックして、検定結果を出す。二人は身を乗り出す。
里香・明日美「どうですか?」
検定屋「お待たせしました。あなたのファッションセンスは、準二級です」
明日美「何だ……」
明日美はちょっとがっかりする。しかし里香は感心してほめる。
里香「すごいじゃない」
明日美「どうしてよ? 準二級でしょ……」
里香「準二級ならすごいですよね?」
検定屋「ええ、素晴らしいですよ」
明日美「そうなの?」
検定屋「そうですよ。自慢していいです。十級から始まって、一番上が一級です。一級なんて世界でもめったにいません。準一級なら、プロのデザイナーとして充分やっていけます。ファッション評論家やモデルはたいてい二級です。ですから、素人で準二級は最高レベルで、大したものですよ。ふつうは良くてもせいぜい四級ですから。八級九級なんて人もざらです。この前は何と、十級トリプルマイナスがでました」
里香「十級トリプルマイナス? どんなセンス?」
検定屋「こういっちゃ失礼ですが、もう笑っちゃって、検定不能でした」
明日美「へえー、じゃあ、私の準二級って、すごいんだ……」
明日美は喜ぶ。里香が言う。
里香「頑張って次は準一級を取って、プロのデザイナーになればいいわよ」
明日美「うん、やってみようかな……」
里香「応援するわ」
明日美「検定してもらうって、なんだかすてきな気分ね。自分の存在を認めてもらったような」
里香「でしょう。私も旅人検定を受けたことがあるけど、これでいいんだよって言ってもらったような気がしたわ。昇級の目的もできるし」
検定屋「では認定書を交付します。三千円いただきます」
認定書
貴殿はファッションセンス検定において優秀な成績を収めたので、ここに、準二級を修得したことを証明します。
全国検定屋協会
男が検定屋を訪れた。
男「きれいな写真が取れたんで、検定してください」
検定屋「はい、風景写真ですね。検定、お引き受けします……ふむふむ……これはなかなかですね」
男「そうでしょう。何級くらいになりますか?」
検定屋「構図、色のバランス、シャッターのタイミング、露出など、実に素晴らしいです。写真検定三級に認定します。三千円いただきます」
認定書
貴殿は写真検定において優秀な成績を収めたので、ここに、三級を修得したことを証明します。
全国検定屋協会
主婦が検定屋を訪れた。
主婦「おいしい料理ができたので、検定してください」
検定屋「はい、家庭料理ですね。検定、お引き受けします……ふむふむ……これはなかなかですね」
主婦「そうでしょう。何級くらいになりますか?」
検定屋「味付け、盛り付け、栄養バランスなど、実に素晴らしいです。家庭料理検定二級に認定します。三千円いただきます」
認定書
貴殿は家庭料理検定において優秀な成績を収めたので、ここに、二級を修得したことを証明します。
全国検定屋協会
老人が検定屋を訪れた。
老人「道端に落ちていたゴミを拾ったので、検定してください」
検定屋「はい、きれい好き検定ですね、お引き受けします。いつどこで、どんなゴミをどれほど拾いましたか?」
老人「家の前の道路の、紙くずや空き缶を二十年以上毎日拾っています。何級くらいになりますか?」
検定屋「それは実に立派な行いですね。きれい好き検定準一級に認定します。三千円いただきます」
認定書
貴殿はきれい好き検定において優秀な成績を収めたので、ここに、準一級を修得したことを証明します。
全国検定屋協会
子供が検定屋を訪れた。
子供「困っているお年寄りの手を引いて横断歩道を渡ったので、検定してください」
検定屋「はい、親切検定ですね、お引き受けします。お年寄りは何歳くらいでしたか?」
子供「だいたい八十歳くらいです」
検定屋「何か荷物を持っていましたか?」
子供「はい、大きな風呂敷包みを担いでいました」
検定屋「その他に何か親切をしたことがありますか?」
子供「ええ、バスでお年寄りに席を譲ったり、拾った財布を交番に届けたり、道を聞かれて案内したりしました」
検定屋「なかなか感心だね。親切検定四級に認定します。三千円いただきます」
認定書
貴殿は親切検定において優秀な成績を収めたので、ここに、四級を修得したことを証明します。
全国検定屋協会
OLが検定屋を訪れた。
OL「男性からプロポーズされたので、検定してください」
検定屋「はい、モテ検定ですね、お引き受けします。相手の男性はイケメンでしたか?」
OL「そりゃあもう、何しろモデルをやっていたくらいです」
検定屋「モデルですって? それはすごいですね。では、学歴と身長と年収はどれくらいでしたか?」
OL「大学卒、一八三センチ、七百万円です」
検定屋「相当レベルが高いですよ。他にプロポーズされたことは?」
OL「プロポーズは今までに四人と、それに付き合ってほしいという告白は二十人くらいです」
検定屋「素晴らしいですね。あなたをモテ検定準一級に認定します。三千円いただきます」
認定書
貴殿はモテ検定において優秀な成績を収めたので、ここに、準一級を修得したことを証明します。
全国検定屋協会
男がよたよたと検定屋を訪れた。
男「……」
検定屋「どうしましたか?」
男「何しに来たかぁー……忘れちまったぁー……」
検定屋「検定を受けに来たのではないのですか?」
男「……ああ、そだ……思いー出したぁー……俺さぁー……何のょー……取り柄も、ねえからぁー……検定してくれねえっかょー……」
検定屋「はい、バカですね。検定、お引き受けします……ふむふむ……あなたの顔つき、動作、身なり、話しぶりはかなりのものですよ」
男「そんだらこってー……何級くれぇにー……なっかょー?」
検定屋「実に申し分ないです。バカ検定一級に認定します。三千円いただきます」
認定書
貴殿はバカ検定において優秀な成績を収めたので、ここに、一級を修得したことを証明します。
全国検定屋協会
自信のない時代なのですね。だから人に認めてもらわないと、不安なのでしょう。
カウントダウンカウントダウン
「10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0。さあカウントダウン開始です。10,9,8,7,6,5,4,3,2,1。さあ……」
「何のカウントダウンですか? 新年にはまだ早いし、ロケットの打ち上げでも、あるのでしょうか?」
「いいえ、カウントダウンのためのカウントダウンです。10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0。さあカウントダウン開始です。10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0。さあカウントダウン開始です。10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0。さあカウントダウン開始です。10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0。さあ…………」
そのうちいつか、何かが本当に始まるかもしれません。それまではとりあえず、何かやっておきましょう。
ほめて伸ばそう べたぼめプロジェクト
最近の子供は打たれ弱い。ほめてほめて、ほめまくって育てよう。
オリンピック選手に、コーチが。
「今日は集合時間に30分も遅刻して来たね、偉いぞ立派だ、良くできた。明日は1時間遅刻しよう」
同じく。
「練習で失敗して、すごく上手にふてくされることができたね。いいぞ、これからもどんどんふてくされようね」
同じく
「後輩をみんなでいじめて、楽しそうだね。もっといじめて楽しもうね」
(良い子のみんなは、絶対にいじめなんてやめましょうね)
五輪狂想曲
五輪開催地に、毎回、多くの都市が立候補し、莫大な資金を投入して誘致合戦を繰り広げている。しかし残念ながら、選ばれるのは一都市だけだ。そしてあとの都市はみな落選し、落選すれば投入した金がすべて水の泡と消えて、まったくの税金の無駄遣いに終わってしまう。そこで税金の無駄遣いをなくし、有効に使いきるため、誘致合戦を廃止し、立候補した都市は、順番でもれなく五輪を開催できるように規約が改定された。世界中のありとあらゆる都市が開催に名乗りを上げ、とうてい四年に一度では間に合わなくなって、その結果、五輪は毎年、毎月、毎日行われることとなった。初めは世界中で盛り上がったが、一年もしないうちに飽きがきて、誰も見向きもしなくなり、ついにどこの都市もやりたがらなくなり、五輪は廃止されるにいたった。
若者に夢と希望を与えるのは大いに結構。政治の重要な役目の一つである。
しかし問題なのは、夢=五輪と決めつける紋切り型の発想にある。一分一秒速く走ることばかりが夢じゃない。例えば、若者同士が集まって人のために何ができるかという夢について語り合う夢や、災害の被災者たちと協力し合う夢、若者たちが知恵を出し合い未来を作り出していく夢があってもいい。五輪を誘致しさえすればそれで若者に夢を与えられると考えるのは、つまり、人の褌で相撲を取ることであって、発想が貧困な証しだ。
もっと視野を広く、柔軟にものを考えましょう。金をかけなくとも、知恵さえあれば、夢を形にすることはできるのです。それどころか、そもそも夢って、金の対極にあるものじゃなかったでしたっけ? 金で夢が買えるのかどうか、もう一度ようく考え直しましょう。
人類の存続こそ至上価値だ
人類の遺伝子情報を、データとして完全にストックすることができた。これでいつ人類が絶滅しても安心です。
家族と絆の時代
昔はみんな、自由を求め、家族のしがらみや束縛から逃げ出したがっていたのに、今はみんな、自由から逃れ、家族のしがらみや束縛を求めている。これも、時代の流れなのでしょうか。
新マッチ売りの少女
大みそかの晩のことでした。寒くて寒くて、雪が降っていました。薄暗い路地を一人の少女がとぼとぼ歩いていました。マッチ売りの少女です。
「マッチ、マッチはいりませんか」
しかし誰もマッチなんか買う人はいません。みんな大急ぎで雪の降る街を、自分の家へと帰って行きます。家に帰って、温かい暖炉の火にあたり、家族といっしょにおいしい晩御飯を食べるのです。どうしてマッチなんて買う必要があるでしょうか。
道路に面した一軒の家の窓ガラスから、暖かな光がもれてきます。少女はうらやましそうに、中の様子を眺めていました。ああ、なんて幸せそうなのでしょう。優しいお父さんとお母さん、楽しそうな子供たちの笑顔。それに引き換え自分はなんてみじめで不幸せなのでしょう。雪に降られ、凍えて、食べる物もなくお腹はぺこぺこで、誰にも声一つかけてもらえず、寂しくて悲しくて、このまま雪に埋もれ死んでしまっても、気づかれもしないでしょう。
少女はなぜ自分だけがこんなに辛い人生を背負わされなければならないのか、分かりませんでした。ああ、暖まりたい。暖炉に当たるのが無理なら、せめて指先だけでも。ああ、そうだ、少女は思いつきました。マッチをすればいい。そうすれば暖かくなる。少女は持っていた売り物のマッチを一本、すりました。シュッ、ポッ……一瞬でしたが、指先が暖まりました。もう一本。シュッ、ポッ……今度も暖まりましたが、すぐに火は消えて、また冷たくなってしまいました。なんてマッチの火は、はかないんでしょう。
ああ、もっとずっと暖まっていたい……そう願いました。そうしてふと見ると、一軒の家のわきに、物置が建っていて、中にたくさんの薪が積んであるのが目に入りました。そうだ、あのたくさんの薪にこのマッチで火をつけたら、どんなにか暖かく、長い時間燃えていることでしょう。一晩じゅうだって消えずに燃えつづけるに違いありません。体じゅう、もうポッカポカです。少女は物置に近づき、マッチをすって、薪に火をつけました。そんなことをしたら火事になるなんて、気がつきもしません。それはそうです。幼い彼女は心も体も寒さで凍え、先のことなんて少しも考えられなかったのですから。いったい誰が、彼女を責められるでしょうか。たとえ彼女のすったたった一本のマッチで、街じゅうが火の海になり、多くの人が焼け死んだとしても。
ただ、神様が少女を天国に召されるかどうかは、分からないことです。マッチの明かりに幻を見ながら天国に昇ることが、本当の幸せなのかどうかが分からないのと同じように。どんなに辛くても生き抜くことが本当の幸せなのかどうか、寒さに凍える不幸な一人の少女を見捨てて、自分たちだけ幸せでいることが本当の幸せなのかどうかが、分からないのと同じように。
記憶の因果
その朝、男は急いでいた。うっかり寝坊して、電車に乗り遅れそうだった。会社に遅刻したら、おおごとだ。間違いなく課長に怒鳴りつけられる。社運をかけた一大プロジェクトの真っ最中なのだから。うまくいけば昇進だって可能なのに、そんなときに遅刻だなんて、ああ……発車まであと十分しかない。駅まで走った。ところが、こんな時に限って赤信号に引っかかる。止まって待っている暇はなかった。車が来ないのだから、行ってしまおう。ランドセルをしょった小学生が、じっとこっちを見て何か言ったが、そんなことは気にしない。安全かどうかは自分で判断すればいいのだ。男は赤信号を無視して交差点を走って渡った、お行儀よく待っている者たちに対し、悔しかったら信号無視してみな、と優越感を抱きながら。
電車にはぎりぎり間に合った。乗ったとたんにドアが閉まった。やれやれ、助かった。怒られずにすむ。俺の判断は間違ってなかった。なにしろ、あの鬼課長に怒鳴りつけられると、キリキリと胃が痛むほどなのだから。何人かの新人が、本当に会社を辞めたくらいだ。俺はついているぞ。運がいい。この調子でプロジェクトも成功させ、出世したいものだ。これからは、自分の判断力に頼って、何事も積極的に攻めていくことにしよう。そうすればきっと、運を切り開けるに違いない。
強気な姿勢が功を奏し、七年後、男は異例のスピード出世を果たして、今や課長のポストに就いていた。他のライバルたちを抑えて社内きってのやり手だと評判高く、早くも将来の有力な社長候補の一人だった。人事部長の娘と縁談がまとまったのも、高い能力が評価されてのことだった。
男は出勤のため、長年通いなれた駅への道を歩いた。来週、結婚を機に新居に引っ越す予定になっていた。だからこの通勤路も、もうこれで見納めだ。十年か、長いようで短かったな。あの安アパートともおさらばだ。ああ、入社したての頃を思い出すと懐かしいな。いろいろなことがあったっけ。失敗もしたけれど、競争で仲間に勝ってきもした。立ち止らずに突っ走り、ずいぶんとライバルたちを蹴落とした。がむしゃらに、ときにはルールを破るようなまねもした。しかし勝つためには仕方のないことだったんだ。そのおかげで、今の俺がこうしてあるのだから。後悔はしていないぞ。だが、過去を振り返るよりは未来に目を向けよう。来週からは、新居で新妻と二人の暮らしが始まるんだ。楽しみだ。いやいや、そんなことで浮かれているわけにはいかない。仕事のことに集中しなくては。新しいプロジェクトを立ち上げ、顧客を増やして、誰よりも早く部長になってみせるぞ。
よしっ、見てろよ、と男が大きくうなずいて交差点を渡り始めたときだった。右から、赤信号を無視した車が突っ込んできて、男をはね飛ばした。運転していたのは、免許を取ったばかりの若者だった。彼は警察の取り調べに対し、安全だと思った、と供述した。警官は言った。
「実際に事故を起こしたのだから、ルールを破って安全であるはずはないんだ。自分勝手な判断をするんじゃない」
「そうなんですけど、なぜかあのときは、行ってしまわなければならないような気がしたんです」
「もっとましな言い訳をしろ」
「自分でも不思議なんです」
「何が?」
「あの人の顔を見たら、知らないうちにアクセルを踏んでいました」
「被害者とは、知り合いか?」
「いいえ、知らない人です。でも、いつかあの交差点で見たような……」
「お前の言っていることは、少しも要領を得んな」
「思い出せないんですが、誰かが耳元で、悔しかったら信号無視してみなって言う声が聞こえて……」
「おいおい、神の声が聞こえたなんて言い出すんじゃないだろうな? これでもし被害者が死んだりしたら、大変なことになるんだぞ。自分のしたことが分かっているのか?」
「良く分かりません。どうしてこうなったのか……」
「覚せい剤を使っているんだな。検査をする」
「そんな物使っていませんよ……」
病院のベッドに寝かされ、薄れていく意識の中で男はようやく聞き取った。あのとき、小学生が何と言ったのかを―ルールを破っていいと思っているのか?
そして男は最後に肝心なことを思い出した、安全かどうかは自分で判断しなければならないのだということを。ああそうだったな、すっかり忘れていた、俺としたことが。あのとき、そういう生き方を自ら選んだんじゃないか。それなのに……
暴力
夜の街、不良少年たちが、気弱そうなメガネの青年にからむ。
「おい、金だしな。さもないと痛い目にあうぜ」
不良の一人が青年の襟首をつかんで振り回すと、青年のシャツが破れて、鍛え抜かれた筋骨隆々たる上半身が現れる。まるでプロレスチャンピオンのような青年の肉体に、少年たちはビビってナイフを取り出す。
「このやろう、調子に乗るんじゃねえぞ」
するとどこから出したのか、気弱青年は日本刀を抜く。国宝級の正宗である。冷たく光る氷の刃に、今度は少年たちは、三頭のドーベルマン犬をけしかける。
「こいつの喉笛を噛み切っちまえ」
気弱青年は飢えたトラとライオンとヒグマを引っぱってくる。グゥワォーッ、その叫び声にドーベルマンは一目散で逃げだし、トラとライオンとヒグマは後を追う。グゥワォーッ。キャンキャンキャア……
「クソッ」
少年たちはピストルを構える。
「ふざけやがって。もう許してやるわけにはいかねえ。ぶっ殺す」
すると気弱青年が出したのは、機関銃だった。
「どこまでたてつく気だ」
少年たちは戦車に乗ってくる。気弱青年はF45ジェット戦闘機を飛ばす。少年たちは、地対空砲を発射する。気弱青年は、大陸間弾道ミサイルを発射する、正当防衛として。
報復が怖いから、いつまでも報復をやめられずに、連鎖がつづくのでしょうね。
役割設定
「俺とお前は、友達じゃないか」
「いま初めて会ったばかりですけど……」
「いま会ったばかりでも、友達は友達さ」
「そうなんですか?……」
「そうなんだよ」
「なんで?……」
「だったら聞くが、付き合いが長ければ、必ず友達になれるか?」
「いえ、なれません」
「そうだろう。たとえ十年付き合ったって、友達になりたくないやつっていうのはいるもんだ」
「ええ、まあ……」
「逆に、一言交わしただけで、ああ、こいつとは一生の友達になれるなっていう出会いもある」
「あるんですか?」
「あるよ、今がそうだ」
「ええっ?……」
「一目お前を見て、こいつは生涯の親友だって、確信した。お前もしたろう?」
「いえ……そんな確信は、別に……」
「遠慮するな。照れなくてもいい。今日から俺とお前は親友だ。そこで頼みがある。まさか親友の頼みは断れないよな。金を貸してくれ」
「お金なんて、ありませんよ」
「お前、友情を裏切るのか?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「だったら、貸せ」
「ないものは貸せません」
「だったら、友達から借りてこい」
「そんなこと言ったって……」
「友情は裏切らないんだよな」
「分かりましたよ。借りてくればいいんでしょう」
「さあ行ってこい、友よ」
「友達じゃないですか、お金貸してください」
「いいよ、貸してやる。友達だものな」
「ええっ? 本当に貸してくれるのですか?」
「貸してやるよ」
「いま会ったばかりなのに?」
「いつ会ったかは問題じゃない。要は友達になれるかどうかだ。俺とお前は友達になれる。だから友達なのさ」
「そう、なんですか?」
「そうなのだ。金を貸してやるよ」
「ありがとうございます」
「だがその前に、あいつをやっつけてきてくれ。あいつは俺の敵なんだ。敵から俺を守ってほしい。友達だからできるよな。友情を裏切ったりはできないはずだ。俺の敵は、お前の敵でもあるんだから」
「あのう? ちょっとすいません。殴らせてください」
「なんだとう? お前。ケンカ売ってんのか?」
「あなたは敵のようなので、やっつけなければならないんです」
「何、訳の分からないこと言ってやがんだ。バカか?」
「友情を裏切ることはできません」
「本当にバカだな、こいつ」
「すみません、殴ります」
「上等じゃねえか。ちょうど暇を持て余していたところだ、相手してやるぜ。このやろー」
ボカスカ
「あなたは友達ですか? それとも敵ですか? どちらかに決めてください」
「なぜ?」
「だってそうでしょう、どっちか決めなければ、どう接していいか分からないんです。つまり、生き方が決められないんです。ですからどうか、ぼくに役割設定をしてください。」
年賀状の写真
結婚した友人からの年賀状
一年目 新婚旅行のスナップ写真
二年目 新居の前で二人そろって
三年目 お腹の大きくなった奥さんと
四年目 産着にくるまれた男の子の笑顔
十一年目 小学校の入学式に校門の前で
十七年目 中学校の入学式に校門の前で
二十年目 中学校の卒業式に、茶髪で腕を組み睨みをきかせて
二十一年目 パンチパーマで剃り込みを入れ、改造バイクにまたがって
二十二年目 写真はなく「謹賀新年」とだけ印刷されている
二十三年目 これ以降、年賀状も途絶える
でも写真を本当に見たいのは、二十二年目からなんですよね。きっとこんな写真になっていたはずだと想像しましょう。
二十二年目 眉毛を剃り落とし、ケンカで前歯三本欠ける
二十三年目 脅迫、傷害罪で警官に手錠をかけられる
二十四年目 刑務所に収監される
二十六年目 仮出所 レンガ塀の前で
二十七年目 覚醒剤で再逮捕 げっそり
三十年目 出所 レンガ塀の前で
三十四年目 殺人罪で全国指名手配の似顔絵
三十五年目 逮捕され車で連行される
三十六年目 裁判員裁判で死刑判決を受ける
三十七年目 刑務所
四十年目 死刑執行
四十一年目 墓
……
リアリティー
最新かつ究極のゲーム機が発売された。大人気で発売当日、買い求める客が売場の前に長蛇の列を作った。先頭の若者は、三日前からテントを張って待っていた。決して安くはない値段だったが、というよりかなり高価だったにもかかわらず、生産が追いつかないほどに売れた。全財産をはたいても惜しくない、と公言する者さえいた。過熱していた。
ゲーム機はとても大きな装置だった。カプセルになっていた。その中に人が入り寝て、脳に直接電極を接続する仕組みだった。さまざまな種類のゲームを体験することができた。一番人気があるのは、ロールプレーイングゲームだった。歴史上の人物でも、物語の主人公でも、未来の自分にもなれた。ゲームの中では、感覚はよりいっそう鋭敏で豊かになり、本物以上のリアリティーを味わえるのだ。カプセル内で横になり、目をつむって見る青空は、コートダジュールの空より青かったし、口にする料理は、三ツ星レストランよりおいしかったし、恋を語る女性は、オードリー・ヘップバーンよりも美しかったし、馬にまたがり戦場を駆け巡るスリルは、ジェットコースターに乗るよりわくわくした。
カプセルに入りゲームをしている間は、肉体はほぼ仮死状態に保たれた。したがって、いくらでもゲームをつづけることができた。脳は、電極から直接送られる電気エネルギーで、活動した。ほとんどの人間が、何年もの間カプセルに閉じこもったまま、文字通り、ゲームに夢中になった。
一人の若者が、ゲームに飽きた。さすがに十年もつづければ、うんざりしない方がおかしい。彼はカプセルを出る決心をした。頭の電極を外し、容器から恐る恐る抜け出した。
目の前に現実の世界が広がっていた。しかし、十年ぶりに見る本物の青空は、懐かしいどころか、よそよそしくさえあった。胸に吸い込む空気は、ざらついていた。人間の表情からは生気が抜け落ちていた。まどろっこしい時間だけが、のろのろとすぎていった。すべてが、半透明の幕を通しているようだった。
彼は現実と面と向かい、思った―リアリティー不足だな。不足というより、スカスカだ。まるで、味のないパサパサに干からびたケーキをほおばっているみたいじゃないか。まあ、現実なんだからしょうがないか。しょせん現実なんてこんなものだ。ゲームの中の充実したリアリティーと比べる方が、もともと無理な注文なのだ。
向こうにも、三年ぶりにカプセルから出てきた子供がいた。子供は完全に勘違いをしていた。キョロキョロあたりを見回し言った。
「何だ、これがゲームの中か。ぜんぜん大したことないな。期待して損しちゃった。もっと、ワクワクドキドキする世界かと思ってわざわざやってきたのに。これなら現実の方がずっと面白いや。つまらないから、また、カプセルの中に戻ろうかな。やっぱり、現実が一番だものな。ゲームの世界に逃避するなんて、臆病者だって、前お父さんが言ってたけど、本当にその通りだ。ぼくは臆病者になんかならないぞ」
国力
「子供がゲームに夢中になり、極度の近視になった。それはすべて、ゲームを作ったメーカーの責任だ。損害賠償を請求する」
「子供がゲームに夢中になり、人とのコミュニケーションがとれず、引きこもりになった。それはすべて、ゲームを作ったメーカーの責任だ。損害賠償を請求する」
「子供がロールプレーイングゲームに夢中になり、現実と仮想世界の区別がつかず、見えない何かに話しかけたり、訳の分からない呪文を唱えたり、急におびえたりするようになった。それはすべて、ゲームを作ったメーカーの責任だ。損害賠償を請求する」
「子供が格闘ゲームに夢中になり、人を見たとたん、見境なく殴りかかり、殺そうとするようになった。それはすべて、ゲームを作ったメーカーの責任だ。損害賠償を請求する」
しかし裁判所は全部の訴えを退けた。敗訴に原告団は地団太を踏んで悔しがり、ゲームメーカーは莫大な損害賠償金を支払わずにすんで万歳をした。
だが、この原告団敗訴に、不敵な笑みを浮かべ喜ぶ者がほかにもいた。某国の情報機関だった。某国は、子供をゲーム漬けにし、将来的に国力を落としてから、じっくりと我が国を、まず経済的に侵略・征服する計画を練っていたのだ。
また、多くの国で近年、青少年による銃の乱射事件が多発し、尊い命がたくさん犠牲になっている。これらもすべて、某国情報機関が国力を落とそうとして企んだ陰謀であるという説も唱えられている。
希望の明日行き号を探して
作者「あのう、聞いてくれますか。素晴らしいストーリーを思いついたんです……」
登場人物A「またかい。この前もあんた、そんなこと言って、とてつもなくつまらなかったじゃいか」
登場人物B「そうだ、少しもヒットしなかったぞ」
作者「いいえ、今度こそは本当に面白いです。人生の最高傑作です」
登場人物B「嘘じゃないだろうな?」
作者「ええ、誓ってもいいです」
登場人物B「そうまで言うなら、聞いてやろうか」
作者「ありがとうございます、ぜひお願いします」
登場人物A「言ってみな。どういうんだ?」
作者「はい。夢を失い、人生に絶望してしまった男が、死に場所を求めてさまよっていると、ひょんなことで希望の明日行き号の切符を手に入れるのです」
登場人物A「希望の明日行き号って何だ?」
作者「列車です」
登場人物B「どんな?」
作者「それに乗れば、希望の明日に連れて行ってくれるのです」
登場人物A「そんな便利な列車があるのか?」
登場人物B「あるわけないだろう」
作者「本当にあるのかどうなのかは、誰にも分からないのです。ただ」
登場人物A「ただ、なんだい?」
作者「人々はみんな心の奥底では、明日行き号の存在を信じています。だから、口々に噂をするのです。どこかで、誰かが乗っただとか、汽笛の音を聞いただとか。ほら、聞こえませんか?」
登場人物B「何がだい?」
作者「汽笛の音ですよ」
登場人物B「何の?」
作者「ですから、希望の明日行き号の汽笛の音です。耳をすませてください。遠くから風に乗って、かすかにボーッて、聞こえてきませんか? まるで、遠い昔、古里で聞いたあの祭囃子の思い出のように」
登場人物A「聞こえるわけないだろ、そんなの……」
登場人物B「おい、ちょっと静かに」
登場人物A「どうした?」
登場人物B「いま、どこかで小さく、ボーッ、て聞こえたような気がしたんだ」
登場人物A「まさか……」
希望の明日行き号「ボーッ」
登場人物A「えっ? 嘘だろ……」
登場人物B「聞こえた、確かに聞こえた……」
希望の明日行き号「ボーッ」
登場人物A「本当だ……あれがそうなのか?」
希望の明日行き号「ボーッ」
作者「そうなのです。あれが希望の明日行き号なのです。この絶望の闇の世界の中で、我々を明日へと導いてくれる希望そのものなのです。そして、これが切符です」
登場人物A「本物か?」
作者「はい、三人分あります」
登場人物B「本当にあったのだな……」
作者「もちろんですとも。これさえあれば乗ることができるのです。さあ、出発しましょう。希望の明日に辿り着くために」
希望の明日行き号「ボーッ」
作者「ほら、向こうでも私たちを乗せようとして、ああして走り回っているのですよ」
登場人物A「でも、どうやってこの闇の中で音だけを頼りに探し出せっていうんだ?」
作者「信じるんです。信じさえすれば…………………………」
登場人物A「信じさえすれば、なんだ?」
作者「……うっ! 苦しい……」
登場人物B「どうした?」
作者「胸が……胸が……胸が、締め付けられます」
登場人物A「大丈夫か?」
作者「息ができな……」
登場人物A「しっかりしろ」
作者「私はもう駄目です……」
登場人物B「そんなこと言うな、頑張れ」
作者「いいえ、私の命はこれまでです。あなたたちに最後の頼みがあります」
登場人物A「言ってみろ」
作者「私が死んだら、この物語は未完のまま終わってしまいます。それだけが心残りです。ですから、あなたたちが私に代わって、この物語を書き継いでください、頼みます……」
登場人物B「おい、死ぬな」
作者「……」
登場人物A「駄目だ、死んでしまった……」
登場人物B「どうする? 大変なことになったな」
登場人物A「俺たちにつづきを書けだなんて、そんなことできるわけないし」
登場人物B「そうだな、できるわけない」
登場人物A「ああ、そうだ、いいことを思いついた」
登場人物B「何だ? 言ってくれ」
登場人物A「この物語のつづきは、これを読んでいる読者に書いてもらうんだ」
登場人物B「なるほど、その手があったか。確かにいいアイデアだ」
登場人物A「だろう」
登場人物B「お願いしよう」
登場人物A「この物語を読んでいる読者のみなさん。どうかあなたの想像力で話のつづきを書き継ぎ、この物語を完成させてください。ぜひお願いします。読者がただ物語を読むだけですむ時代は、終わったのです。これからは読者が作者となり、物語を書き進めなければなりません。そうしない限り、読者とてもただの、作者によって書かれた作中における脇役の一人でしかなくなってしまうのです」
登場人物B「あなたは本当に自分が作品の外の安全圏にいて、客観的に作中人物たちを眺めていると、自信を持って言い切れますか? あなたの属している世界そのものが、外の誰か作者によって書かれた物語の一部ではないのか、そんな疑いを抱いたことはありませんか? あなたの後ろで、誰かが物語を書いているのです。ですから、その物語から脱出するためには、書くしかありません。書いてください。考えるのです。希望の明日行き号とは何なのか? 本当にそんなものがあるのか? あるとしたら、私たちはどこから乗ることができるのか? そしていったいどこに辿り着くのか? それを考えて、原稿用紙のマス目に、あなた自身の物語を書き始めてください」