疑心
「長髪、たくさん集めたぜ」
青も無造作にざっと落とす。山のように積まれた。
「ご苦労様、二人共」
適当に枝葉を見繕い、千柚は焚き火の準備を整える。
手を翳して「燃えよ」と言い放つ。
火の手が上がり、忽ちめらめらと燃えた。
懐から妖除けの呪符を取り出し、千柚は木へ投げつけた。妖除けの呪符は魔除けの御札、災厄除けの御守りに類する。
これで過半数の妖はこの領域へ入り込めない。清らかな強い力が放たれる呪符に、近づけば待つ末は滅びだ。人に対して全く害を及ぼさない。
印を結び言葉を唱える。
「我、一時。仮初めの器から魂を解放せん」
三馬の紙馬が揺らぎ、段々と薄れていく。最終的に元の紙となり、それらは意思を持つように動き手へのった。
「僕が傷の手当てを致しましょうか」
「結構です。傷は深くありません。それに殿方が傷の手当てをなさるだなんて……」
握られた手を怖ず怖ずと振り払い、恥じらいで頬を赤く染めた。
「汝にはない恥じらいだな」
「減らず口は慎め」と蝶彩は青を睨み、申し立てる。
「私が燗那木様の傷の手当てを致します」
手で三角形を作り、ひっくり返した。
「戻」
瞬く間に少年の姿から少女の姿へ戻った。
幾分か高かった背は少し縮まり、影を潜めていた艶やかさが表に表れる。美麗な顔に備わっている、口唇はまさに妖艶その物だ。
「蝶彩、これを」
千柚は袂から円い木でできた、小さな器を出して渡す。
「これは傷薬です。大抵持ち歩いています。生傷の絶えない弟子がいますので」
「始終傷なんか作っていません」
すぐ章来が反論した。
「有り難う御座います」
礼を述べて口元を綻ばし、きょとんとする弥に話しかける。
「変術という術を用いて、私は姿を変じておりました。驚かせてしまい、申し訳ありません」
瞳を見開き、ぼんやりする理由は驚きもあったが、弥は同性に目を奪われていた。
少女は視線の意味を測り兼ねる。
「失礼致します」
紅色の袂を捲り上げ、傷の深さを確かめた。幸いどれも浅い。
いくら傷がある腕でも露わになった、女の肌に章来は目を背ける。
至って千柚は平然として青はつまらなそうに、枝で火を突っついた。
幾度も呪言を唱え、蝶彩は妖力を手先に集中させた。傷口に手を翳しながら緩やかに滑らす。
血の跡は綺麗に消えたが、依然と傷口は開いていた。
蝶彩が施したのは、治癒術ではなく浄化術だ。浄化は本来、清め穢れを取り除くが消毒効果も得られる。
治癒術を使わない理由は、浅手は自然治癒に任せた方がいいからだ。
無闇に使うと人が持つ回復機能が損なわれ、病気や傷の治りが遅くなる。深手を負った時はやむを得なく使うしか手はない。
円い器を開けると特有の匂いが鼻をつく。蘆薈だった。
傷薬の他に健胃剤、緩下剤などに用いられ、世間一般に医者いらずと呼ばれる。
「夕凪様、もう結構です。あとは私が」
「目下の者に敬称はいりませぬ。遠慮なく呼び捨てで構いません」
言う事を聞かず、蘆薈を塗っていく。傷に沁みるのか眉をしかめた。
傷の手当てをやり終え、蝶彩が小息をつく。夕日は沈み、空は暗い夜空に変わって完全に夜の帷が降りていた。
「夕凪様。いえ、蝶彩。貴方のお心遣いに感謝致します」
弥は悲しみに暮れた顔に笑みを浮かべる。笑みを返して「お礼なら綺羅様に申し上げて下さい」と背を向けた。
心中に痼りのようにある疑いは消えず、弥が鬼ではないと理解している。人を疑い、疑心暗鬼になるのはダメだ。
情けない自らを省みて章来へ一瞥を与えた。
「ついでに貴様の頬にも塗ってやろう」
近寄り長い袂を押さえ、しゃがみ込む所作は何とも優雅で目を奪う。




