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藍の陰陽師  作者: 蓮華
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違和感

 丁重に上体を起こしてあげると、目を大きく見張り、身を小刻みに震わす。


「ここは…父と母……皆は!?」


 両腕にしがみつき、その拍子に握っていた御守りが地に落ちた。平静を失い、取り乱しかける。


 やるせなさを潜ませ睫を伏せた。意味を察し男の胸で泣き崩れる。


 蝶彩は煤けた御守りを手に取り瞬きを止めた。清い気に微かな邪気が交じっているからだ。やがて邪気は完全に消えた。


「色情狂なお師匠様は、女の相手は手の物だな」


 激しく泣く女を優しく抱き、背中を摩る千柚を見て嫌みたらしく青が言う。遠慮はなかった。


「今の状況を考えろ。式神、師匠を侮辱するな!色情狂はやめろ。せめても女好きと言え、女好きと」


 師匠を侮辱され、ただ黙っている弟子はいない。


「貴様も侮辱してどうする」


 蝶彩は吐息を飲み込み、泣き続ける女に視線を送った。殺された者達と真に関係があるのか、明瞭な判断はできない。


 心を読めば何か分かるだろうが、勝手に読むのは気が引ける。


 小馬鹿にした青が腹を抱えて笑い出す。


「フッ、ハハハ…まぬ……間抜けな奴」


「僕は間抜けじゃない。笑うな!師匠が女好きだからいけないんだ」


 掴みかかろうとする章来を楽々と青は避ける。


「式神くん、章来。先刻の侮辱がしっかり聞こえていたよ」


 眉をぴくぴくと動かして千柚は二人を睨む。


「わぁー。地獄耳」


「済みません。事実は疑いようもなく事実です」


 青は愉快げに笑いを噛み殺し、章来が冷めた口調で物を言った。


「申し訳ありません。うるさい、小童達で……」


「いえ、構いません」


 女は失礼な振る舞いを詫び沈黙する。


「貴方が話したくなった時に話して下さい。無理強いは致しません」


 にこやかに千柚は微笑んだ。涙に濡れた召し物を気にする、素振りもなく、砂を払って立ち上がる。


「すっかり薄暗くなりました。夜の帷が降りれば、妖の動きが活発になります。闇の中の移動は困難を極めるでしょう。絶好の地で今宵を明かしましょうか」


 始めに蝶彩の了承を得て次に女の了承も得る。青と章来も不都合がない為、成り行きで承諾した。


 斯くしてこの地で夜を明かす事になった。


「焚き火をしたい。落葉と枝を集めてくれないか?章来、頼んだぞ」


 長めの息を吐く章来は背を向けた。千柚の些細な言いつけは、大した問題ではないようだ。


「私も手伝おう」


 即座に立ち上がると、


「蝶彩は手伝わなくて結構です。座ってお待ち下さい。弟子の仕事です」


笑みを含む千柚に止められた。


「親切な俺が代わりに手伝ってやるよ。どうだ黒髪、有り難いだろ」


 青は少女に目配せをして、そこら辺に落ちている枝を拾う。


「僕に恩を売るつもりか。全然嬉しくも有り難くもないね。しっかり手伝ってから言え!」


 文句を言いつつも早々と集めていた。少年はあんな刺々しい態度だったが、本心は嬉しいはずだ。


「申し訳ありませぬ。これをお返しする事が遅くなりました」


 蝶彩は返そうとして一旦懐に仕舞った、御守りを女に手渡す。


「大事な御守り……」


 受け取ると一筋の涙を流し、微かでも笑みを浮かべる。涙ながらに「母が私の為に心を込め、作った物です」と教えてくれた。


「きっとお母様の思いが貴方を守ってくれたのでしょう。餓鬼に襲われても、軽傷で済んだ訳です」


 千柚は穏やかな言葉をかけ女を慰める。疾うに餓鬼の仕業だと断定していたようだ。


 流れる涙に偽りや嘘はなく本物。だが、説明できない違和感を覚える。


 真実の裏には虚偽があり、喩えるならば真実が光で虚偽は闇だ。真も嘘もどちらも感じないからなのか、ちぐはぐが消えなかった。


「僕は都の陰陽寮に属する陰陽師、綺羅千柚と申します。あちらに居りますのが、弟子の瑠璃章来、式神の青。凄腕の陰陽師、夕凪蝶彩です」


 直ちに「凄腕の陰陽師ではありませぬ」と千柚に向けて否定する。評価されるのは無論喜ばしいが、まだまだ自分は未熟だ。


 礼儀を弁えて蝶彩が女に一礼した。


「私は燗那木弥かんなぎいよと申します」


 どこか上の空で名乗り、弥は深々とお辞儀をした。長い焦茶色の髪は未だに乱れたままだ。


 自分の置かれた境遇を理解する事が手一杯なのか、もしくは……。


「師匠、これで満足ですよね」


 少女の思考は途切れた。


 章来は両手一杯に抱えていた枝葉を地に置く。

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