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藍の陰陽師  作者: 蓮華
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無惨な光景

 黒毛から下り、章来は信じられないように辺りを眺める。


 蝶彩は足を止め、精神が拒絶して近づくなと警告する。手の平に爪が食い込む。


 青に背中を押され、重い足を踏み出す。少年の近くでぴたりと動きを止めた。


 今ここに見るも無惨な光景が広がっている。


 千々として散らばる人の亡骸は力づくで千切られ、生きていた頃の原形をもはや止めていない。男女の区別はつかず、どれが頭で手足なのか判断できぬ肉塊が多い。


 骨や元は人の体内にあったものがそこらに転がる。


 草が生える地は大量に流れた血で染まり、幹に飛散したのか、赤い斑模様を形作っていた。


 まだ殺されて数時間も経過しておらず、凄惨な出来事は現実に起きた。


 生者がこんなにも呆気なく、数分足らずで命を奪われたのだろう。人は弱く脆い、そして儚い存在だ。


 一帯に血腥い空気が漂う。人の血は普段心の奥底に仕舞ってある恐れを増幅させた。


 蝶彩の心は震える。そんな己の弱さに吐き気がして嫌悪した。脳裏を掠めた遠い日の事を忌まわしく思う。


 無残に散らばった原形なき骸が、風蘭村の村人と重なる。


 今も尚、過去に囚われたままだ。


「これは強い餓鬼の仕業だな。人を喰らうより、ぐちゃぐちゃに壊す方が好きな――。都を騒がす鬼が差し向け、晒し者にするつもりで人を襲わせた。こうやって殺してやるから、待っていろと」


 青は冷たい声音で無情にも言い切った。怒りも悲しみも溶け合って、痛烈な苦しみを感じている。


 鬼は自分より弱い餓鬼を使役し、時に同胞をも食らう異端な物の怪。


 言葉を失った章来は耐えられず顔を背けた。肩を震わせて嗚咽を漏らす。


「男が泣くな」


「泣、いて…ない」


 少年が声を絞り出した。蝶彩は数珠に手を置き、藍色の瞳を閉ざし胸中が乱れる。


「もっと早くに行き着いていればと、考えずにはおられぬ。私は己の無力さが不快で、無性に腹が立つ……」


 恐怖は悲しみを呼び寄せ、怒り、時として憎しみを生む。


 少女を静かに見守る青は、そっと頭に触れて撫でてくれた。


 瞳を開けて苦々しい歪な笑みを作る。もっと上手に笑えればよかった。


 感情と戦う章来に手を伸ばし、青がしてくれたようにそっと撫でた。


「貴様の苦しみ、悲しみを私が半分だけ貰ってやる。ちと楽になるはずだ」


 それを聞き、再び嗚咽が漏れた。


「いつまでもめそめそするな」


「……うるさい。分かってる」


 涙を拭う少年はいつもの元気を取り戻した。


 頭を軽く押して蝶彩はもう大丈夫だと思った。


 懐の呪符を持ち、妖力が籠もる。前方へ放つ。


 途端に亡骸から黒い煙が立ち、此方へ押し寄せる。


 呪符にぶつかると眩い光が迸った。


 消滅したように見えたが、黒い煙はどんどん増して立ち上る。


「呪詛か。厄介だな」


 現在置かれている状況を顧みず青は呟いた。


「この状況でそれを申すか」


 呪詛には種類があり鬼の強さで、強力か微弱か決まる。


 禍々しい気を感じた。餓鬼がかけたものでも強い部類に入る。


 餓鬼は人を呪詛では殺していない。青が言った通り、ぐちゃぐちゃに壊したのだ。


 蝶彩達がここへ来た事によって、亡骸に仕込まれた呪詛が動き出したのだ。狙うべき対象に反応して――。


 黒い煙が形をとり、蛇の如く身をくねらせ迫る。


 呪詛を防ぐ手立て、消滅、浄化、封じ込めなど対抗する術は知識にある。通用するかどうか、確かな保障はない。


「夕凪」


 章来が蝶彩を呼んだ。黒い目を見遣る。


「貴様を信じてよいのだな」


「ああ、信じろ」


 力強く頷いて少年は瞳を光らせる。涙を流した跡はなく、横顔が勇ましい。


「おん 浄 消 滅(じょう しょう めつ)陀羅尼娑婆可だらにそわか


 駆けて来る蹄の音が耳に届いた。妖力を纏った一枚の呪符が、少女達に迫っている呪詛とぶつかった。


 黒い煙が揺らぎ、光がぱっと覆い尽くす。爆風に似た風が強烈な風圧を生じさせた。凄まじい。

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