紙馬
誰かが止めに入らなければ、暴力を用いて争う無益な行為へ発展する。
「綺羅様。六晶都までまだ道のりは長く、日が落ちる前に到着は敵いませぬ。どうされるのですか?」
「心配はいりませんと、あの時に言いましたよね」
千柚はこれから進む道を指差した後に話し出す。
「紙馬を活用します。歩きに比べて速いですが、日が落ちる前までに都へ到着は不可能です。一先ず行ける所まで進行した後、移動は日が落ちれば危険を伴いますから、今日は楽しい楽しい野宿です」
「野宿が楽しいのは師匠だけですよ……」
皮肉な弟子の物言いに、
「全く、わくわくが足らないね。僕の弟子は」
不満げな顔つきになる。
「そんなわくわくは一切必要ありません。師匠はやる事、なす事の実行が遅すぎます。速やかに始めて下さい」
「本当にせっかちだね」
ふっと息を吐き千柚は袂から、薄い紙を三枚取り出した。馬の形に切り抜かれている。
妖力を込めて地へ投げつけた。次の瞬間、五芒星の光線が浮かび上がった。
印を結び呪言を唱える。
「動物霊よ。仮初めの器を借り、現世へ降りよ」
手を打ち鳴らし、親指を噛む。真っ赤な血が滲み、紙にそれぞれ血を一滴ずつ垂らした。
すると光が弾けて俄に風が吹く。
蝶彩は腕で目を庇い、成り行きを静観していた。
三枚の紙は忽ち大きくなり、瞬く間に立派な馬へと姿を変える。
奇妙な白い煙は幾重にも渦巻き、すっと消えた。
体は大形で顔も尾も長い。頭頂部から肩にかけて長毛の鬣を有し、四肢は細長く足先には堅い蹄がある。
目前には紙馬が横一列に並ぶ。中央には白い毛色をしたもの、左には栗色の毛色をしたもの、右には黒い毛色をしたものがいた。
「術の名は降霊術と呼ばれます。動物霊は霊体として非常に弱く、現世で存在を保つ為に器となるものへ降ろすのです。動物の形を象った紙を器にして、使う事が一般的です。霊を降ろす対価に生き血を必要とします」
千柚は淡々と説明を続ける。
「紙馬の良い点は疲労を知らず、水も餌もいりません。強いて欠点をあげるならば、普通の馬と能力が変わらない所です。優れている事には違いありませんが」
最低限の説明を終え、紙馬の鬣に触れていた。
無言で耳を傾けた蝶彩は術の知識を頭に入れた。難点は直すべきだが、陰陽師として千柚は尊敬できる。
「蝶彩、馬に乗った経験はありますか?」
「指で数えられる程しかありませぬ」
馬に乗る機会に恵まれず、数は十もない。夕村では大切な家畜だ。
男は何を始めるのか、一枚の呪符を取り、手で細かく三枚に切り裂いた。
妖力を込めると紙片は、妖力に包まれて宙に浮かぶ。
紙馬の背中にくっついた。印を結ぶと紙片が眩い光を発する。
小さな紙片は光を放ち続け変化した。
紙馬の背に鞍ができ、両脇に足を踏み掛ける鐙。馬の口にくわえさせる轡、その左右に結びつけて操る、手綱が順にできあがった。
「作術を用いて、呪符の紙片でつくりました。通常の鞍、鐙などと匹敵する馬具です。原形を止めていられる間は、僕の力が持って双方共に三日くらいでしょう。まあ、三日もいりませんけど」
「力に自惚れた感があってむかつく」
青の呟きには棘がある。
紙馬を活用しても今日、六晶都に到着は無理だ。明日、卯の刻に出発しとして早くて巳の刻、遅くとも午の刻に到着するだろう。
「もし宜しければ、一緒に乗りませんか?」
「師匠は独り寂しく乗って下さい」
蝶彩に差し伸べられた、千柚の手を渋面を作る章来が叩き落とす。
「独り寂しくは余計なお世話だ。僕は可愛い、可愛い黒毛と行くよ」
手綱を引き歩かせる。悄げた顔になった。残念ながら誰も気づかない。
にこやかな笑顔で振り返る。
「僕が先導します。蝶彩は後をついて来て下さい。式神くんもね。あと、可愛げがない弟子も」
勇ましく男は跨り、腹を軽く蹴った。黒毛が蹄を鳴らし歩き出す。
「俺は仲良く蝶彩と白毛に乗る。可愛げがない弟子、そこんとこ宜しく~」
千柚の露骨な扱い方には突っ込まない。青は無駄と知ったか、どうでもよくなったのだ。白毛の首を撫でた。
「式神、うっとうしい、ふざけた言い方をやめろ。語尾も伸ばすな。夕凪はそれでいいのか?」
呆れた目で睨み、章来が問う。
「別に構わぬ。貴様と共に乗れば迷惑がかかる」
しなやか所作で蝶彩は少年の手を取る。栗毛の手綱を握らせた。




