巧妙な刀捌き
歯を食い縛って勢いよく引き抜いた。紫色の血が吹き出し、落ちる少年に降りかかった。額と頬につき狩衣は汚れた。
たった二、三秒で精神を集中させて妖力を込めた。妖の頭上に移動した自分を思い浮かべる。
暴れ狂い空を目がけて飛ぶ。
一瞬にして巨目玉の遥か頭上に現れ、呪言を唱える。
「おん 阿毘羅吽欠 娑婆可 夜陰を切り裂く雷の如く、邪を滅さん!!」
刀身は白い光を発した。
落下しながら雄叫びを上げて長刀を交差させる。細長い体に刃が一度当たり傷つき、二度も斬った。
巧みに身を捻り、章来は重力に引っ張られながら、意図して後方へ軌道修正した。
術で強化し全身の力を込め、両足で大木の幹を蹴り跳んだ。最後に白い一閃が容赦なく斬る。
ばらばらになった巨目玉は、ただの死骸となり地へ落ちた。
悠々と着地をして白刃についた血を払う。
術を解き、二刀の長刀が元の一刀に戻る。鞘に納めて額と頬に付着した血を拭った。
巨大な目玉だけが無傷だった。
妖は章来の手によって完全に滅びた。彼の刀捌きは巧妙で見る者を圧倒させる。
蝶彩は周囲に転がる死骸を眺めていた。死んだそれはわずかに虚しさを生む。
血も死骸も蝶彩の心を不安定に乱し掻き立てる。
「……嫌いだ」
消え入りそうな声で呟き、弱々しく拳を握り締めた。
目前の光景に慣れてしまう事が恐ろしい。故に慣れない。決して慣れる事は――。
村を襲う低属の妖。村人は抵抗虚しく、喰らわれて殺される。血は血を呼ぶ。
ふと幼き頃を思い出してしまうのは、蝶彩が過去に囚われているからだ。
「妖はこの世にとって存在自体が無価値だ。そんな感情を抱くな」
心や雰囲気で読まなくても青は察していた。自分は感情を隠すのが不得手である。
「分かっておる」
青の双眸を直視してさっと逸らした。いっそ感情がなくなってしまえば、楽になるのだろう。何も感じなくて済む。
「蝶彩の弱さは優しさですね。でも、それが強さにもなる」
妖を倒して立ち尽くす、愛弟子を見つめたまま千柚が言い放った。
優しさは弱さであり、強さでもある。真の言葉、その意味を理解できる程、蝶彩は優れていない。
言葉も気持ちも染み渡る。じんわりと伝わた。
「章来、御苦労様」
急ぎ足で近づき章来は、わざわざ間近で師匠に視線を突き刺し腕を組む。
「弟子が妖を片づけたんですから、次は師匠の番ですよ」
「はい、はい。浄化ならお望み通り僕がやるよ」
千柚は煩わしげに袂から、数枚の呪符を取り出して一枚ずつ投げつけた。幹に貼りつく。
「急々に穢れを祓い、清め賜え」
印を結び、印を切る。
「発!」
風が吹き荒れて梢が揺れた。木の葉は枝元を離れ宙を舞う。
呪符が光を発する。目が眩み蝶彩は双眸を閉ざした。
瞼を閉じていても分かる程に光は強い。辺り一帯を覆う。
清らかな精気を肌に感じる。晴天を見たような清々しさに心が満たされて、何よりも心地よかった。
光に飲まれた妖の死骸は跡形もなく一掃され、飛び散った血も残らず消えていた。
「綺羅様の浄化は真に清浄ですね」
「いえ、蝶彩の心の方が清浄です。その上、貴方はお美しい」
何気ない仕草で千柚は右手を取り確かめた。指先は切れたままで血がまだ固まっていない。
巨目玉に縛を破られた時、跳ね返りでできた傷だった。
「師匠、夕凪に世辞なんか通じませんよ」
章来は冷めた目で睨み続け、眉間に皺を刻んで苛立っている。
「世辞じゃない。僕は本音を口にした」
師匠と弟子の遣り取りに笑いを堪える青は、男が持つ蝶彩の右手へ触れた。
少女は微かに眉をしかめてしまい、「やはりな」という顔をされた。元から彼は気づいていた。
「隠すなんてダメだぞ」
事実だったので否定しなかった。




