折れた刀身
「暫くこのままでもいいぞ」
心底楽しそうににっと笑う。
「ふざけるな。式神!!」
青の腕から蝶彩を引き剥がし、章来は地に下ろしてくれた。
「戯け者の所為で、いらん手間をかけたな」
「……」
何故か彼は無言で自分の手をじっと見つめている。
少女は首を傾げてしれっとする、青に冷めた眼差しを浴びせた。
緊縛されている妖が苦痛で呻く。それは奇妙な泣き声のようだ。気配が殺気立つ。
人が身を守るように、妖は命を脅かす陰陽師に危害を加える。喜怒哀楽と呼べる感情なんかない。憎しみ、忌み嫌う性質を本能が持っていた。
蝶彩が一歩進むと妖は体を捻り、苦し紛れに暴れ出す。砂埃が舞って視界が悪い。
依然として印は崩れず、縛で勢いを押さえつけている。
抵抗虚しく暴れる度に大木へぶつかり、幾枚もの葉が落ちた。
「章来、あの妖を知っておるか?」
「あれは巨目玉と呼ばれる。陰陽書寮に収められた、書物に名が記してある。極めて大きな目玉と長い体が特徴。体内に蛙擬きを住まわせ、住まわす見返りに使役する。珍しい特性の妖だ」
弱者は強者に喰らわれるか、従うかの二択しかない。弱者が強者を喰らい、従わせるのは無理だ。
人と妖に理があり、妖と妖にも絶対的な理は存在する。
蛙擬きが巨目玉の近くにいた理由が判明した。偶然に居合わせたのではなく、使役されていたのだ。
「僕が退治する。夕凪と式神は黙って見ていろ」
「偉そうにしやがって。一人で大丈夫なのか」
青の言葉に章来は答えない。柄に手を走らせ、長刀を抜いた。
巨目玉は体を激しく揺らして暴れ続ける。不気味な呻き声を発し、のた打ち回った。幹に激突を繰り返す。
印を結んだ蝶彩の手は震えるように揺れた。妖の力に押され始める。
焦慮が心を不安定にさせ、近づく終わりを悟る。
「慎重に行動した方がよい」
「僕はいつだって慎重だ」
長刀を下で構え、章来は駆け出した。
「待て!!」
一人で巨目玉に立ち向かう。真っ向勝負は無謀だ。
負けてしまい、蝶彩の印が崩れた。指先に裂け目ができ鮮血が流れる。
強い妖は陰陽師がかけた縛を破ると同時に、目に見えぬ力を跳ね返す。その影響で傷つく事がある。
巨目玉は縛から解放され、すぐさま宙へ浮く。
不気味にぎょろりと動かし、突っ込む獲物を狙う。
章来は高く跳び、長刀を横様に振るう。目玉に当たった瞬間、いとも簡単に刀身が折れた。
着地して呆然と動きを止める。
「避けろ。章来!」
残念ながら叫びは届いていなかった。
目玉に線が入り開いた。鋭い牙の並ぶ大きな口だった。少年を飲み込もうとする。
「結!」
朗々たる声が響き、瞬時に結界を張った。しかも二重結界で一瞬の内に、張る事ができるものではない。広範囲までに及び、蝶彩と青も中だ。
結界にぶつかった巨目玉は、容易に跳ね返り大木へ衝突した。丸々一本を折ってしまった。
「全く、章来は向こう見ず馬鹿だな」
二重結界の中へ難なく入った。額にかかる前髪を掻き上げ、千柚は章来の頭に肘を下ろす。
「いつから……居たんですか」
「答える義理はない」
痛みに呻き、折れた長刀の柄を握り剥くれる。
弟子の頭に触れて振り返った。
「蝶彩、無事で何よりです。勿論、式神くんも」
「綺羅様、いつ此方へ」
蝶彩は同様な問いをして銀髪の男を見遣り、穏やかな瞳の奥底に底光りする鋭利な光があった。
体を痙攣させ、巨目玉が起き上がる姿を千柚は捉えた。
口元に弧を描き、「秘密」と唇だけ動かす。
「ふざけやがって。何がひ・み・つだ!」
地を蹴りつける青は端麗な顔を歪めた。




