飛び散る水
木に乗ったままの青は頼もしく言い切り、悠々と地面に足をつけた。ぶつぶつと呪言を唱え出す。
敵に蛙擬きが反応して何体も爪で攻撃を仕掛ける。が、いとも簡単に避ける彼には掠りもしない。
蝶彩の周りに蛙擬きが群がり始めていた。一斉に飛びつかれると厄介な状況だった。
身を低めて戦闘態勢をとり続ける。
後肢に力を入れ、時を揃えて飛びかかった。
真っ先にきたものを容赦なく斬り、次々と裂いていく。
同じ場所には留まらず俊敏な動きで太い幹を盾に使う。攻撃を避け、群がる妖を分散させた。
枝に跳び乗り、少女は荒い息を整えて話しかける。
「動きを封じるのではなかったのか」
「悪い。汝の刀捌きに見惚れていた」
話し最中も青は避けていた。不敵に笑ってさえいる。
「地に潜む水よ。妖を封じろ」
地からぱっと水が飛散した。ただ飛散したわけではなく、蛙擬きに引き寄せられる。
一滴の水がついた瞬間、さっと透明な水に包まれて直ちに動きが止まった。
力を込め両手の平を打ち鳴らし、青は「水になり飛び散れ」と囁く。
すると、球状の水に包まれた蛙擬きごと飛び散った。死骸は一切残らず、代わりに飛び散った水の跡が残る。
「最初から貴様に任せておけばよかったな」
呆気なく終わった後の光景をただ蝶彩は眺めた。
白刃についた血を払い、短刀を鞘に納める。
「ひょっとして俺の力は期待されてる?頼られてる?」
「調子づくな。愚か者」
「別に調子づいてねぇよ」
空を仰ぐと奇怪な妖が体をうねらせ、同じ軌道をぐるぐる飛んでいた。
一瞬、恐ろしいくらいに巨大な目と視線が絡み合った。未だ襲ってくる気配はない。
「夕凪も……式神も、勝手な…行動をするな」
やっと追い着き、章来は苦しげに肩で息をした。走った所為で黒髪が乱れている。
「済まぬ。章来」
「黒髪、へとへとじゃないか。術を使えばよかったのにな」
「陰陽師で、あってもいちいち術なんかに…頼らない」
「とか言って術を使う事を忘れていたんだろ」
「……」
黙る章来を覗き込む青はしたり顔になり鼻で笑う。
「今は雑談をしている場合ではない。離れろ!!」
空気が変わった。緊張で頬が強張る。妙に静かだった空気は拍車をかけて動き出す。
凄まじい速さの妖が蝶彩目掛け飛んで来る。とっさな判断で枝に掴まり、葉が重みに揺れる。
ぶつかった衝撃で舞い落ちた。びくともしない大木もさすがに振動する。
疾うに青と章来は妖から距離を置き、身構えていた。
障害物に突進を繰り返す。やがて不吉な音が鳴り、太い幹にひびが走った。
遂に大木が折れ、まっしぐらに蝶彩を狙う。
迷わず掴む枝を離して、短時間に印を結び強化する。
「縛」
すれすれで妖の動きが止まった。目に見えぬ緊縛で動きを封じたのだ。
自由を失い下へと落ち、体勢を崩した蝶彩も落下する。
縛でいつまで封じられるのか見当がつかない。印を結んだ指に力を込めた。容易く術を破らせぬ為に。
地面が間近に近づいていた。痛みを予測して奥歯を噛み締める。
先に固い地へ叩きつけられた妖。騒々しい音が響き渡り、砂埃が舞い上がる。
「世話かけんなよ」
素早い動きで受け止め、しっかり肩と両膝に青の手が回っている。
「貴様の方が私よりも、世話をかけておるぞ」
「なら、譲歩してお互い様だ」
「お互い様ではない」
舞い上がった砂埃は収まって視界が開けた。
「助かった。もうよい。下ろせ」
印を崩せず手が塞がっている。折悪しく自力で下りられない状態だ。




