仲違い
ただならぬ雰囲気に千柚がびくつく。
「何がちょっとですか!!視界に入るだけで不快です。暫く後ろへ消えて下さい」
冷淡な目を向けて章来は、身をひらりと返し行ってしまった。
青は袂を引っ張り、「行くぞ」と急かす。煮え切らぬまま蝶彩は仕方なく足を踏み出した。
弟子の言葉が余程効いたのか、男は呆然と立ち尽くしている。
「あのような振る舞いをしてよかったのか」
「いいんだ。師匠が悪い。夕凪も怒れよ。行き成り抱きつかれたんだぞ」
急な斜面を物ともせず、早足で荒々しく進む。
「あれ如きで私は怒なると思いたい。
幸先の悪さに少女は眉をひそめた。
「章来、私に短歩術の手解きを頼む」
この先の戦いに役立つと断言できる。
「短歩術は難しくない。夕凪ならすぐ会得可能だ」
前を向いたまま自信たっぷりに答えた。
「偉く評価されているんだな。蝶彩ちゃん。一発で成功させろよ」
頬を必要以上に青が突っつく。迷惑な指を避け、章来が話すまで待った。
「術に重要な要素は三つある。瞬術と同じだ。妖力、精神の集中、想像。想像は自分がどこへ移動したのか、強く思い浮かべればいい。印は不要だ」
「分からん」
「じゃあ、俺が抱きついても怒らないんだな」
伸ばしてきた手を払い除け、蝶彩は青に棘のある視線を注ぐ。
「冗談だって、真に受けるな」
軽薄な笑みを張りつけ言い足す。
「汝の心配は無用だろ。長髪と黒髪は師匠と弟子。喧嘩する程に仲がいいんだろう」
「私は貴様の気楽さが羨ましい」
振り返ると千柚がとぼとぼ歩いていた。打撃は大きいようで時々よろける。
諍いの原因が自分と関わりある事は承知している。章来があんなに怒る理由を考えても不明だった。
時間が経てばほとぼりが冷め、仲も元通りにった」
一言であっさり返し、蝶彩は足を止めた。
頭の思考を停止させ、真っ白にしていく。無心になり妖力を込める。精神の集中を高めた。
邪魔をするかのように一際大きな風が吹く。しかし妨げにはならない。
一瞬にして木の天辺に姿を現す。高い位置から躊躇なく飛び下りる途中、姿が消えた。地に足をつけた状態で再び現れる。
お見事という意味の手を打ち鳴らす音が聞こえてきた。
「こつは飲み込めた」
「やはり夕凪は覚えがいい」
少女の真上に偶然にも陽光が差す。艶やかな藍色の髪は光り、白い肌が際立つ。光はより幻想的に見せた。
拍手を送ってくれた千柚へ蝶彩は顔を綻ばす。
表には全然出さないが、確実に章来は気にしている。
微苦笑を浮かべると、不満そうな少年が口をへの字に結ぶ。
「礼をしたい。望みはあるか?」
「術のやり方を教えたくらいで、礼なんかしなくていい」
目が合っていたのも束の間、俯き加減で通り過ぎた。
「うわぁー。これじゃあ、蝶彩が可哀相だな。お・気・の・毒に……」
頭の後ろで両手を組む青が、「お気の毒に」の部分をやけに強調した。
「貴様の同情はいらぬ」
礼を断られる事は既に予測済みだ。術の手解きを受けた、それだけでも十分な恩義となりうる。
報いなければならない、恩を返すのは当然だ。
「せっかくの好意を章来は無駄にするのか?」
「話かけないで下さい!」
弟子の声音は刺々しい。
千柚の胸に言葉がぐさりと刺さった。更なる精神的な衝撃を受けて落ち込む。
仲違いがどうにか早く収まって欲しいと蝶彩は望む。
「礼をしたい。望みはあるか?」
二度同じ内容を口にして、遅れをとらず肩を並べた。引き下がるつもりは微塵もなかった。
「礼はしなくていい!!」




