陰の役目
「弱い男は彼奴に嫌われるぞ」
「式神くん。蝶彩は強い男が好きなのか!?」
目の色を変えて千柚は、机から身を乗り出し此方に詰め寄る。
「さぁ?どうかな」
「式神、師匠でからかって遊ぶな」
章来を完全無視して意地悪くにたりと笑う。
お望み通りからかうのはもうやめ、ふざけた態度を消し去る。急に青は真顔になった。
「頼み事って、どうせ妖退治だろう」
特に感情の変化がなく千柚は無反応だった。が、章来は驚きで瞬きを止めた。
「的の黒点か」
予想が的中した。口元の端を吊り上げ、鋭く目が光る。
「そこらにいる妖とは、格段に比べものにならない……」
青は近づく気配を察知した。
息を殺す蝶彩は静かに襖を開けた。開ける前に話を中断させたのは惜しい。
興味深い話が聞けると思い、足音を立てず気配を消して客間へ戻った。
残念ながら最後の最後で勘づかれてしまったのだ。
盆を持つ少女は不満を押しやり、湯気が立った湯のみを千柚、章来、青の順に置いた。お茶のいい香りが広がる。
「夕凪、僕の分はいら」
「口答えは許さぬ。客人の為に私が淹れたのだぞ。飲めばよい」
章来の言葉を遮り一気に捲くし立てた。
空いている座布団に腰を下ろし、当然きちんと正座する。
「反則だぞ。足音と気配は消すな」
熱い茶を一口飲み、青は不平を述べた。
気配、妖力の読み取りに優れた彼でも、読めない時があると蝶彩は気づいていた。巧妙に気配を消せば自ずと妖力も読みにくくなる。
「美味しいお茶ですね。和みます。まずは本題に移る前に、先程の続きを話ましょうか?」
千柚は優しく丁寧な口調で話した。元からおなごに対してはこうなのだろう。
にっこりとした笑みを徐々に消し去り、男はまっすぐな視線で少女を射抜く。
「ここへは時越えの術を用いて僕達は来ました。その術を扱える者は、陰陽寮でただ一人。それは陰陽師上様です」
扱う者次第で過去、現世、未来、時を越えて自由に行き来ができると言われている。遠い地へも瞬間的に移動が可能だ。
術の気配と共に感じたのは、妖力の気配。まさか陰陽師上の妖力だったとは……。
まだ全てを理解していないが、あの瞬間、脆く儚い妖力に戦慄を覚えた。
戦慄を思い出し手が震える。ぎゅっと力強く握った。
「夕凪、陰陽師上様の名は知っているか?」
蝶彩が正直に「知らぬ」と答えると、章来は「無理もない」と呟いた。
六晶都から離れた山麓に夕村は位置する。近辺に村があるとはいえ、都の情報が入りにくい。都では知れ渡る名も大半の村人達が知らない。
六晶都は天皇が住まう地。政治、経済、文化などの中心で繁栄した都邑である。
「陰陽寮の存在自体は確立され、寮は六つの院に分けられている。月影院・日影院・星影院・夕影院・火影院・陰影院。院に格づけはなく、陰陽師自身に優劣はあるが位はない」
「では、陰陽師上の位はどうなっておるのだ?」
青は呑気に熱いお茶を啜っていた。
章来が啜る音に不快を示す。更にのほほんと同じく、お茶を飲む千柚を横目で睨んだ。
「陰陽師上は全ての院を統べる者。蔡瑶雅様だけが一位の位に君臨している」
都ではきっと多くの民に知れ渡り、蔡瑶雅の名を知らぬ者はいない。
天皇が陽ならば陰陽師上は陰。表だって目立つ事はなく裏で静を司る存在。陰は陽がなければ生まれず、昔から天皇を陰で支える定めなのだ。
陰陽師の中には一位の位を欲して、野心を燃やす者が存在すると安易に予想がつく。
位がなければ余計に陰陽師上を蹴落としたいと、願う者も少なからず寮内にいるはずだ。
蝶彩にとって一位の肩書きを持つ、優れた陰陽師上は、
「哀れだな……」
無意識に囁いた。
偶々囁き声を聞き、章来は訝しげに少女を見遣る。
「そろそろ、本題とやらを話してくれまいか」
蝶彩と目が合い、少年はどきっとする。訝しげに見たつもりが、いつの間にかぼんやり見惚れていた。
それには気づかずただ返答を待つ。
「蝶彩、弟子ではなくこの僕にお聞き下さい」
「では、師匠。単純明快なご説明をお願いします!!」




