苛立ちの原因
無理やりどんどん引っ張り歩かされた。急に立ち止まり、握る手に力が入る。
「似ているから、むかつく。それだけだ」
声音に苛立ちを感じる。原因を作ったのは自分だと予測できた。
初め彼と出会った頃には知る由もなかった存在――。射干玉のように黒い髪。人を惹きつける黒い瞳を持つ少女。
「貴様が知る少女と私が似ておるのか」とは簡単に聞けなかった。
「黒髪と長髪、ついて来い」
「偉そうに命令するな!」
章来は怒鳴り溜息を吐いた。
「師匠、いい加減にしないと怒りますよ。些細な事でいちいち傷つくのは、もうやめて下さい!!」
落ち込んで座り込む、千柚を動かそうと試みるが、章来は動かせず悪戦苦闘する。
「ったく、世話が焼ける師匠だな」
「長髪」と言った張本人は微塵も悪いなんて、思わずけろっとしている。
「客人は丁重に扱わなければならぬ」
聞き流す青に諭し教えても無駄だ。知っててわざとやろうとしない。
「綺羅様、章来。私が客間まで案内します故、御出で下さいませ」
「はい!」
笑顔でがばっと立ち上がり、嬉しそうなに歩き出す。弟子は容易く元気になった師匠に呆れている。
ここへ二人が来た目的を知りたい。面白くなってきたと蝶彩は微かな笑声を漏らす。
「調子がいい奴だな」
かなり呆れ果てた声音。珍しく青は吐息をついた。
長い板張りの廊下を歩き、蝶彩は客間へ彼等を導く。
のんびりと青が後ろから歩いて来る。
対になる襖は墨一色で表現され、天地自然の美しい風景を切り取ったような緻密なものだった。
欄間には細やかな装飾が施されている。
畳が敷きつめられた室内は、独特の匂いが広がっていた。四脚の低い机、付近には座布団が置いてある。
「どうぞ、お掛け下さい」
優雅な所作で座布団を手で示した。
千柚が楽な姿勢で座り、章来は姿勢よく正座する。
「親切な俺が茶を淹れてやろうか?蝶彩」
「私がやるからよい。お茶に悪戯をされては敵わぬ」
「そこまでしねぇよ。じゃ、俺の分を頼む」
式神も人と同様に味覚があり飲み食いをする。食しても栄養源にはならず、特に意味はない。嗜好としての役割はあった。
どかっと腰を下ろし、青は座布団に胡座をかく。
「夕凪、わざわざ淹れなくていい。お茶を飲みに来た訳じゃない」
肌身離さず持つ長刀は横に置かれ、正座に慣れているのか、座してから微動だにしない。
「えぇー。章来はお茶、飲みたくないの?蝶彩が僕達の為に淹れてくれるんだよ」
千柚は飲む気満々である。
「師匠……。少しは遠慮をして下さい」
「客人が気を使わなくてもよい」
どんな用があろうとも、ここへ入れた者を蝶彩は客人として扱うと決めていた。
「でも、僕はいらない。師匠の分を宜しく頼む」
「貴様は律儀だな」
まじめで正直だ。
「茶を飲みに来た訳じゃない」
はっきり物を言う。少年のそんな所は分かりやすい。
千柚に「暫し、お待ちを」と少女が頭を下げ出て行った。
足音が遠ざかった後に青は口を開く。
「汝は強い妖力を持っている。蝶彩よりは少々劣るがな」
疾うに鋭い彼女なら勘づいているはずだ。綺羅千柚は強い陰陽師だと。
「ほぉう。式神くんは妖力が読めるのか。これでも僕は隠しているんだ。君はあの子よりも先に、僕達の存在に気づいていたよね」
気鬱げな様子で頬杖を突き答えなかった。退屈そうに机を指先でこんこんと鳴らす。
「長髪は彼奴の妖力が読めるか」
「……いや、全く読めない。妖力読みは嫌いなんだ。気配読みもだけど」
千柚は自分の指先をちょんちょんと突ついて顔を暗くする。「長髪」と言われる度に傷つき落ち込む。
「いい加減。慣れて下さい!!高が『長髪』と言われたくらいでその様は何ですか!!」
「僕には千柚という名前があるんだよ」
章来は渋面を作り、そんな二人の様子を青が楽しんで見ていた。




