二人の来訪者
奥底に隠した感情を見破られた。青が望まぬ同情心。苦しみと悲しみを蝶彩が、己の身になって思いやる事を拒む。
「俺は笑えと言った。怒れとは言っていない」
「私は気楽に笑えぬ質だ。直に風が吹くぞ」
「吹かなかったら責任とれよ」
数秒経ち少女の予測通り、俄に一陣の風が起こる。梢は揺れ、葉が空高く舞い上がった。
ひゆん。
計算され放った矢は、目にも留まらぬ早さで二枚の葉を貫き、三枚目を掠る。
失わず矢の軌道をしっかりと捉えた。家を囲む高い塀を越えて見えなくなる。
「ああー。惜しい所で失敗した。だから、弓は嫌いなんだ」
武芸の才に恵まれた青は、唇をへの字にして弓を押しつけた。
「私の耳には、嫌みな言い草にしか聞こえぬ」
鏃で一枚の葉を射抜く、そんな巧妙な技を会得するまで、通常は何年もかかる。
弓を数回、触れた者ができる技ではない。葉を射る為には集中力と先を読む力が必要だ。
今は亡き師匠、灸冠世に手解きして貰った。半年もかからず蝶彩はその技を会得したが、それも日々怠る事なく行った鍛練の賜物である。
あの頃はよく森で朝から夕暮れ時まで、夢中になり弓を射っていた。
時を忘れて鍛練に没頭する少女に呆れた清輝は、『倒れても知らないぞ』と幾度も口にしていた。
清輝を思う度に胸が痛む。白妙に生きていると告げられても……。
「何、ぼっとしてんだよ」
蝶彩の白い頬に触れ、してやったりと笑む。青に頬を抓られる。
「頬を抓るな」
「彼奴の事を考えていただろ。無駄事は思い煩うな」
容易く心は見透かされていた。腹を立てても無意義だ。否しないで違う事を述べる。
「弓術の心得がないのなら、剣術の心得くらいはあるだろう。近い内にやり合わぬか?」
「やーだよ。汝とはやり合うつもりは端からないし、第一必要な刀がない」
軽やかに青は跳ぶ。一個先にある飛び石に着地。下駄がカタッと音を立てた。
「刀の心配ならしなくともよい。想術でつくり出せば済む話だ」
「刀でやり合うのか?やり合うって言っても、稽古みたいなものだろ。稽古は木刀でやるもんだぞ」
「木刀ならやってくれるのだな」
「まぁ、いいけど……。どうしても汝がやりたいのなら」
渋々承諾した。何故か視線を左側へ向ける。
「約束は守って貰うぞ。青」
蝶彩は薄い青色の瞳をじっと見据え、花が綻ぶように微笑む。見る者を釘づけにする。
「一度口にした約束は果たす」
ぶっきら棒に物を言う。
一瞬辛うじて感じ取れた気配に微笑みを消して目を細めた。
矢筒に残っていた矢を番え、左側へ素早く射る。空を切り地面に深く突き刺さった。
「そこにいる者、姿を現せ!!」
二人のうち一人の気配はよく知る者だ。そしてもう一人は知らない気配だった。
「美しいお嬢さんは、気配読みと弓を射るのがお上手ですね」
すっと姿を現した者は若い男と顔見知りの少年である。
当然彼は狩衣姿で瞳は如何にも勝ち気その物だ。
腰を屈め地面に突き刺さる矢を抜く。
髪は女のように長い。身なりは藍青色の羽織袴だ。
通常の陰陽師は一般的に狩衣を纏い、時に直衣や水干なども着用する。
目尻には泣き黒子があり、雰囲気には妖しい色気があった。
尤も色気はあろうが、なかろうが蝶彩に効かない。
引き抜いた矢を男が握ると、砂が零れ落ちるように崩れ、矢筒も同時に崩れ去る。
術でつくった物を容易く壊したのだ。
「済みません。綺麗な御召し物を汚してしまいました」
着物には払えば落ちる程度の汚れがついていた。
「ちょっと、失礼」
男はしなやかな手つきで、蝶彩の肩と背中につく汚れを払う。
感謝の意を込め、軽く頭を下げる。輝かしい笑顔を見せた。
「おい、長髪。絶対、蝶彩に触れたかっただけだろ!」
眉間に皺を作り、不敵な面構えの青が睨みつける。
図星を指摘され、ぎくっとなり固まった。
失礼に言われた事で衝撃を受け、傷ついたのか繰り返し、「長髪…長髪……」と呟き続ける。
黙り成り行きを見守っていた、章来が初めて口を開く。
「師匠は大変に傷つきやすい方だ。口を弁えろ。式神!!」
「長髪が汝の師匠か。黒髪も苦労するな。こんな奴が師匠で。こんな長髪が」
無作法に指を差して、青はおかしそうに笑い出す。
「すぐに笑うのをやめろ。失礼だ」
蝶彩は指を差す手を引っ込めさせる。
「だって…おかしくて。ハハ、腹が捩れる。アハハハ、ハハ、ハハハ」
「大口で笑うな。式神、こんな長髪でも一応僕の師匠なんだ。嫌で認めたくないけど」
章来の言葉で師匠はどさっと座り込む。最後の止めを刺した弟子だった。
「黒髪が止めを刺してどうするんだよ。汝は阿呆か」
やっと笑いの発作から解放されたが、再び腹を抱えて笑いこける。
「違う!師匠は式神の心ない言葉で、傷ついているんだ」
肩に手を置き、「元気を出した下さい」と励ます。が、励ましの効果は一向にない。
小息をついた少女は冷静に問う。
「師の名は何と申すのだ?」




