鍛練の日々
【弐巻目の小説概要】
六晶都を騒がす、ある妖を退治して欲しい。章来と千柚がわざわざ頼みに来た。
蝶彩は承諾し、皆で都へ向かう事に。
狐火と名乗る少年に巡り会い、その正体を知った少女は悩み苦しむ。
必然的な定めは余りにも皮肉だった……。
雲一つなく晴れ渡った青空は気分を爽快にさせ、どこまでもどこまでも広がり高い。
仲間と共に雀が両翼を動かし飛んでいる。時折鳴き声が聞こえた。
風は心地よい程に冷え吹き抜ける。藍色の長い髪と袂をまるで、戯れるかのように揺らしていく。
「汝は本当に物好きだな。朝も鍛練。昼餉を食したかと思えば、またもや鍛練をする気か……」
呆れきった声だ。
藍染めの着物を着た少女は、不本意ながら振り返った。
縁側には座り込み、沓脱ぎ石に足をつけた少年がいる。つまらなそうに此方を眺めた。
「悪いか?」
「いいや、蝶彩らしいよ」
青色の髪に澄み切った、薄い青の瞳。遠くからでも分かる、整った美しい顔立ち。
目元は涼しく、頬に鮮やかな色で尚、精緻な菊の刺青が彫られていた。
白い水干を着て少年の姿だが式神だ。名は青。
通常の式神とは異なる、異質な存在――。
出会いはつい最近。蝶彩は妖退治をする為、召喚術の磨きも兼ねて、この世に青を召喚した。
「これ以降私に話しかけるな。これから始める鍛練の妨げになる」
「妨げだなんて酷い。余計に邪魔したくなるじゃんか」
佇まいを言葉で表現すると優雅が相応しい。残念な事に言動は幼稚だ。
「相変わらず貴様は幼稚くさいな。ちと大人になれぬのか?」
「あぁー。うっさい。うっさい。分かったよ。大人になります!!」
腕を組む青はむすっと口を噤んだ。
苦笑を漏らして前を向く。今、仮屋の庭園にいる。
元々この家屋には老夫婦が住んでいたが、夕村に身を置いた時に好意で明け渡してくれたのだ。室内の数も庭園も十分すぎる程あり、ここはもう老夫婦の物ではない。
しかし、少女にとってはずっと仮に住む〝仮屋〟だった。
辺りに視線を走らせる。息を吸って吐いた。
目前には生い茂る樹木。下は少しずつ離して敷き並べられた飛び石。
そして右側には泉水。泉水の上は細やかな橋が架かり、雅やかで落ち着いた趣がある。
精神を集中させ、徐々に神経が研ぎ澄まされていく。
常に懐に入れた呪符を取り出し、指先を滑らせた途端に呪符が妖力を帯びる。
蝶彩が行おうとする術は想術と呼ばれ、脳裏や心中に思い描いた、想像を呪符を媒介として具現化させる。術者の想像力が必須で武器全般の具現化に適す。
呪符は宙に浮き上がり光り輝く。
「想となり変。して、現となれ」
光は渦を巻き弾ける。弓とたくさんの矢が入った矢筒が出現した。
右手で弓を掴み、矢筒を背負う。弓を構え、同時に二本の矢を番えた。弓弦をきりきりと引き絞る。
風はさっと吹いた。木の葉がさざめき出す。数枚の葉はひらひらと舞い落ちた。
風が吹き荒れる寸前、二本の矢を放った。吹き荒んだ瞬間、葉が枝から離れて落ち葉となる。
弓弦の弾ける太い音が鳴り響き、矢が宙を切り裂く。
勢いに乗り落ち葉を貫いて、どちらも幹に突き刺さった。
「お見事、お見事」
青は蝶彩に拍手を送り、沓脱ぎ石の上に置いてある、赤色の鼻緒の下駄を履いた。
軽く跳びながら、次々に石から石へ渡る。いとも簡単に隣まで行き着いた。
「やっぱ、俺は蝶彩ちゃんの隣が落ち着く」
真摯な眼差しを向け物柔らかに微笑した。手を伸ばして艶やかな藍色の髪を撫でようとする。その手を避けた。
分かりやすい不満を表し睨む。
「私にふざけたちゃんをつけるな。気安く髪に触れようとするな」
「別にいいだろ。蝶彩ちゃん。減る物じゃあるまいし。汝の髪はつるつるで、撫でると気持ちいいんだ」
わざと嫌がらせで『ちゃん』の部分を強調した。
美貌を微かに歪めて吐息をつく。普通のおなごなら、ころっと喜ぶか恥ずかしがる。生憎自分は普通のおなごとは違う。
「鍛練の妨げをするなと、先刻申したはずだが」
「あれ?言ったっけ、そんな事?」
首を傾げ意地悪く素っ惚けた。周りを気にかけず、思い通りに振る舞う。
「私にとって自由奔放を絵に描いた、貴様の存在が一番の悩みだ」
吐きたくなる長嘆息を堪え、天を仰いで心を平静に戻す。どんな状況でも鍛練を途中でやめる訳にはいかない。
姿勢よく矢を番えては弓弦を引き絞り放つ。幾度も繰り返し行い、残り二本となった。
木の幹には矢が円みたいに突き刺さっていた。
妖力を込めて印を結ぶ。
「滅!」
時間差に突き刺さる矢が、朽ち果て消滅してしまった。
再び印を結んで、「塞がれ」と念じると幹に空いていた、穴が忽ち塞がった。
「二本ある内のその一本、俺にくれないか?」
聞く前から青は矢を手に持ち尋ねた。貰う気満々である。
「構わぬが弓術の心得があるのか。現在の貴様ではなく、昔に……」
約束通り彼は遠い過去の事を話してくれた。人だった頃の記憶、思い出を。
決まってその過去にはある少女が登場する。射干玉のような黒い髪、人を惹きつける黒い瞳。
名前は教えて貰えなかった。暗に大切だという事を示す。
二人が辿った末路は余りにも残酷で、愁いに満ち数奇な境涯だった。
「弓術の心得はないぞ。数回、弓を射った事はある。まぁ、貸せよ」
蝶彩から弓を受け取り一歩前へ踏み出す。しゃんと背筋を伸ばして構えた。様は後ろ姿にも拘わらず、凛々しさがあった。
「汝のそんな顔は見たくない。俺の為だけに笑っていればいい」
後ろ姿では表情まで読めず、眉を寄せた後に口元が綻ぶ。
青の過去を聞き、心のどこかで憐憫の情を抱いた。
遠回しに「哀れむくらいなら笑え。勝手に過去を哀れむな」と伝えている。言葉には表だけでなく、裏にも深い意味がある。
哀れみを顔に出さないように気をつけた。先刻からずっと無意識に出し、僅かでもそれを悟られてしまったのだろう。
「真癪に障る」




