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藍の陰陽師  作者: 蓮華
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目覚め

 眠気が去るような冷たい感覚を感じた途端、既に全身は水で濡れていた。どうやら上から大量に浴びたようだ。


 声を上げずこんなに冷静な訳は、物事に動じぬ性格である為。考えなくても犯人の目星がつき、吐息を零す。


 寒さに震えている暇はない。不服ながら蝶彩はがばっと起き上がる。髪からは水が滴り、濡れた狩衣は肌にくっつく。


 まんべんなく水をかけられ、起こし方に悪意を感じた。


 月夜に治して貰った御陰で、傷は完璧に癒えてどこも痛くなかった。


 立ち上がる瞬間、立ち眩みがして頭を押さえた。失った血はどんな術を以てしても取り戻せない。人間の血をつくり出せる都合のよい術は存在しないのだ。


「夕暮れ時だ。起こしてやったぞ。有り難く思え」


 態度は感謝しろと言わんばかりである。


「ちと増しな起こし方はできぬのか」


「普通に起こしてもつまらないだろ」


 悪びれた様子が微塵も窺えず、青は皮肉たっぷりに意地悪く笑う。


 日が沈む薄暗い空を一瞥し、蝶彩は彼に呆れ冷めた眼差しを注いだ。


「蝶彩ちゃん、水が滴って綺麗だぞ」


「誰の所為で滴っていると思う?」


「うーん。誰の所為だろうな」


 ふざけた態度に怒る気にもなれない。胸中がもやもやする。


 何故ずっと頬を押さえているのか、問おうとした所で邪魔が入った。


「……おい、式神。僕をわざと巻き添えにしただろ。わ・ざ・と!!」 俯く章来は少女と同様にびしょ濡れで、髪と狩衣から滴が垂れていた。


「アハハハ。近くにいたのか。悪い、悪い。全然気づかなかった」


 不敵な笑みを浮かべる青はまだ頬を押さえていた。何かを隠すように。


「全然気づかなかっただと。しらばくれるな」


「済まぬ。章来。どうかこの戯け者を許して欲しい」


「俺は戯け者じゃねぇ!」


 突っかかる青を無視して、蝶彩は濡れた袂を捲った。


「夕凪が謝るな……」


 顔を背ける章来は不機嫌そうに唇を尖らし、目を合わせようとしない。


 不可解な様子の訳を推察した。


「貴様等、さては諍いをしたな。行いが幼稚だ」


「幼稚なのは此奴だ!!」


 息ぴったりに返答する、青は章来を指差して逆に章来は青を指差す。


 予想した通り、二人の頬には痣があった。紫色の斑紋が痛々しく見せている。


「諍いじゃなくて、れっきとした勝負だ」


 青は剥くれ章来が押し黙った。熟々この二人は似た者同士だと思う。


「それで、どちらが勝ったのだ」


 一応勝敗を尋ねた。 自信満々に胸を張った青が言う。


「当然、俺だ。黒髪なんか取るに足らない」


「式神、嘘をつくな。勝ったのは僕だ!潔く負けを認めろ」


 章来も同じく自信満々に口にした。


「負けた事が悔しくて、勝った俺に突っかかるなよ。見苦しい」


「見苦しい?」


「ああ、見苦しいね」


「見苦しいのはお前だ」


 言い争いをする愚か者の間に割って入り、蝶彩は口を開く。


「どうせ、引き分けたのであろう」


 引き分けと言う言葉を耳にして、更に青と章来は不機嫌顔になる。


「貴様等を見ている退屈しぬな」


 気づけば蝶彩は満面な笑みを湛えていた。心底から笑顔になれたのだ。


 笑うと胸が安らぐようで、日溜まりに当たったみたいに温かい。


「笑うな!」


 怒鳴る青は即座に外方を向いた。


 章来は少女と目が合うとすぐ逸らす。


 二人が一瞬でも笑みに見惚れていた事に蝶彩は気づいていない。「章来。よければ呪符を一枚貰えぬか」


 穢れなき魅惑的な藍色の瞳を少年は真面に見つめてしまった。ただ呪符を一枚取り出し、放心状態で手渡す。


「やはり、濡れておるな」


 水をかけた張本人は平然として素知らぬ顔だった。


 受け取った呪符を一振りすると、濡れた呪符が忽ち乾きぴんと立つ。


 妖力を込め放った。


かん


 狩衣に呪符が貼りつき、布から水分が抜け始める。髪から水気がなくなり、乾燥したさらさらに戻った。


「貴様に風邪をひかれては私が困る」


 少女は狩衣につく呪符を指先で剥がして、役目を終えた不用であるそれを消滅させた。


「いつもお前は自分の心配より、先に人の心配をするのか」


「悪いか」


「……いや、悪くない。けど、自分の心配もしろ」


 章来は端正な表情を綻ばせた。少しでも長く蝶彩を眺めていたいのか、今度は目線を逸らさなかった。注がれる熱い視線の意味が分からず首を傾ける。


「蝶彩、村に帰らなくていいのか」


 青は眉をしかめ、不快を露わにしていた。


「暫し待て」


 頭をぽんと叩き苦笑する。不快の原因は明瞭だが、感情が率直に表れるのはいい事だ。 青は相変わらずしかめっ面だった。


「貴様には色々と世話になった。いらぬ心配をかけたしな」


 数多の夜を共に戦った。傷ついた少女を心配する余り泣いてくれた。


 蝶彩は自然な所作で章来の手を優しく握った。


「これは礼だ」


 そして手の甲に柔らかい唇をつけて艶やかに微笑む。


「……夕、凪」


 名を呟き唖然として次なる言葉を消失させた。一気に章来の頬が真っ赤に染まる。


「貴様は私の同士だ。日々鍛練に励むがよい。負けぬからな。章来」


「ああ……」


 辛うじて返答する。立ち惚ける章来は茫然自失と硬直していた。


 背を向け少女が手を振り上げた。「さらば」は言わない。再び会える者に別れの言葉は無意義だ。


「行くぞ。青」


「おう」


 青と歩き出した。何一つ曇りなく心は晴天の空のように澄み渡っている。


 章来の顔を思い浮かべて、蝶彩は有るか無しかの微笑を漂わせた。

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