表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
藍の陰陽師  作者: 蓮華
22/54

自我

 蝶彩に守る術は完全なかった。


 迫る脅威。唇を噛み締めて反射的に目を瞑る。


 一瞬だけ蝶彩は情けなく死を覚悟した。


 そんな安易な道を選び、諦めた己にどうしようもない怒りと悔しさを覚えた。


 弱さを嫌い、強くなったにも拘わらず、力の無さを意識して失望感に襲われる。


「蝶彩は馬鹿か、大馬鹿者か!!」


 息を呑むような緊張と衝撃。双眸を開けると目前には青がいた。


 どんな術かは見当がつかない。指先で雪の勢力を押さえている。血がぽたぽたと落ちた。


「消えろ。雪は嫌いだ……」


 瞬く間に雪が水となる。鋭さを無くした液体へと変わった。


「手出しはしていない。少しばかり手が滑っただけ」


 少女を責める辛辣な眼差しは送らず、切れた指先をくわえ、青はけろりとしていた。


 助けられなければ、確実に命を失っていた。身が凍る思いだ。


「済まぬ。青……」


 胸の鼓動が速い。一瞬でも死を覚悟した心を深く恥じた。


「以後、手が滑ったは通用せぬぞ」


「へいへい、承知致しました」


 青は一歩後ろへ下がる動作で、「手出しはしません」と示した。だが、結局彼は危険が迫った時に再び自ら動くだろう。思いやる優しさに温かみを感じた。


「貴様と邂逅かいこうできてよかった」 美しい瞳を蝶彩は目と脳裏に刻み駆け出した。心の底から青に出会えた事を感謝している。


「おい……?」


 困惑して呼び止める言葉は聞こえず、藍色の双眸には白妙しか映っていない。


「白妙、私は貴様を救う。救ってやる!」


 力強い声音には不可能を可能としてしまう。そう思わす気持ちが籠もっている。


 少女は白妙と対峙する。気を抜けば殺される。


 まだ死ぬわけにはいかない。死にたくなかった。この世をまだ見ていたい。


 世には綺麗な所、穢れた所が幾つも存在する。それは仕方ない。人と妖が存在する世なのだから――。


「捕らえよ」


 幻術の雪が白妙の声で意思を持ち、降り積もった雪が津波のように蝶彩を襲う。


 妖力を体内へ込めて自分に術をかける。



 地を蹴り跳ぶ。すっと上にいき体は浮いていた。浮術がかかっている為、今重さはなく花弁より軽い。


 どんどん上昇し、通常では有り得ない高さまで跳ぶ。


 少女を捕まえようと勢い激しく大量の雪が追う。まるで生きた雪の波だ。急激に速度が上がり、足に巻きつこうとする。


 その刹那……。


 意思を持つ雪は行き成り方向転換した。


 白妙の本当の狙いは自分ではなく青だった。 迫り来る脅威に動じず青は依然と固まったままだ。気配から焦りと恐れが微かに読み取れる。


 白妙は小首を傾げ、さも愉快げにクスクスと笑う。


『消えろ。雪は嫌いだ……』


 その言葉が脳裏を過る。最初は術の相性が悪い。それ故、単に言ったと考えていた。


 どうやら、他に違う隠れた意味があったようだ。


 浮術の効力を弱め、ゆっくりと落下しながら懐にある最後の呪符を掴む。


 妖力に加え念を込めた。二つが籠もるとより力は強くなる。


「青、後ろへ下がっておれ」


 蝶彩は守りたい思いが籠もった、呪符を白妙が操る雪に向けて投げつけた。


「紅蓮の炎よ。白銀の魔を焼き払え!」


 呪符が眩く輝き燃え出す。火の玉くらいの大きさになり徐々に膨張して、より巨大な紅蓮の炎となった。


 勢いを増し加速した巨大な炎は、青を飲み込もうする白銀の魔に衝突。空気が急激に暖められ、雪は見る見る溶け出した。


 液体になり白い湯気を立て蒸発する。白銀の魔は紅蓮の炎によって、焼き払われたのだ。


 炎は呪符へ姿を戻し、仕舞いには灰となり消えた。


 地に危うげなく下り立った蝶彩は、白妙の存在を確認して青をちらりと見た。


「無事でよかった」


「……汝に助けられた」


 曖昧に笑い、感情を閉じ込めた。その顔は過去に触れるなとでも言っているようだ。「貴様は通常の式神とはどこか違う。この戦いを終えたら、青の過去を話せ」


 直感が告げている。何かを背負う彼は式神で在り続け、巡りに巡って召喚した少女と出会った。


 これも奇しき縁の定めか。


「蝶彩ちゃん、俺に拒否権は?」


 感情を閉じ込めたと思えば、すぐにふざけた態度をとる。


「ある訳なかろう」


 身を反らし、白妙が動かす刀の切っ先を避けた。が、間に合わず前髪を数本切られた。


「離れた所で静観していろ」


「言われなくても」


 無造作に頭の後ろで両手を組み、青の姿が薄れ消えた。無となって成り行きを静観するようだ。


 白妙の刀捌きは目を慣らしても速い。蝶彩は予測不可能な攻撃を寸前で躱していた。


 避ける度に脇腹が悲鳴を上げ、痛みに気を取られ、集中を乱せば命取りだ。


 刀が頬を掠める。一筋の赤い線ができ血は流れた。


「血……」


 白妙は満足げに呟く。血を見て胸を躍らせ、顔は喜悦満面である。


 次第に集中力が途切れていった。


 先刻までは脇腹の痛みを忘れ、今は酷く苦痛に思える。おまけに今度は斬られた脛が余計に疼く。


 少女の体にはがたが来ていた。 身を反らして切っ先を躱す。一撃、二撃、三撃。容赦ない攻撃が続く。


 足を庇いながら跳び退る。


「沈め」


 急に足場が不安定になり、雪の底へ沈み始めた。


 両足は自由に動かせず、抜けなくなっている。幻術の雪が刺すように冷たく痛む。


 呪符は全て使い一枚もなかった。この状況を乗りきらなければ殺される。生を諦める愚かな事は断じてしない。


 白妙は刀を肩の付近で構えた。獲物をどうやって仕留めるか決めたらしい。


 と、その時。髪を撫でられた。


 はっとして蝶彩は髪に触れた。脳裏で窮地を乗り切る機知の閃きが浮かぶ。


 白妙は大きく踏み込み、少女の懐へ突っ込んだ。刀を勢いに任せて前方へ突き刺す。


「うっぐぅぅ……」


 苦しみで呻き、胸部を貫通した刃を歪む顔で確かめた。


「蝶彩!」


 名を呼ぶのとほぼ同時に青い髪の式神が姿を現す。


 胸部から血が流れ、力を振り絞る。白妙の腹部を蹴り上げた。


 身をひらりと避けて後方へ跳ぶ。


 膝を突く蝶彩に慌てた青は近づき、体を支えた。


 刀身を伝って赤い鮮血が滴り落ちる。


「もういいだろ」 声音にはよくやったという響きがある。


「出てこいよ。蝶彩ちゃん」


「私の名にちゃんをつけるな」


 たった今まで誰もいなかった、空間に突如として蝶彩の姿が出現した。


「貴様に助けられた。感謝するぞ」


「借りは返す質なんでね」


 つんと澄ましている。彼に髪を触れられた瞬間に気づいた。変わり身を創る事を。呪人形は呪符がなければ創れない。


 それに比べて変わり身は妖力と術者の髪、血、爪を使えば創る事は可能だ。しかし、現実味が欠ける重大な欠点があった。


 欠点を補う為、変わり身に幻術を組み合わせ惑し、一時的だが己の姿を認識不能にした。


 白妙は微動だにせず、目の動きで二人の少女を見比べる。


 印を切り術を解いた。生々しい血を流した偽りの自分は消え、刀と長い藍色の髪が落ちた。


「青、約束して欲しい。私は決して死なぬ。それ故、ここから先に何が起きようとも驚くな。ただ私を信じろ」


 真剣な顔つきの蝶彩は歩き出した。白妙が待つように立っている。


 心に決めた。すぐにでも決着をつけると。雪を踏む度、特有の音が鳴った。


「驚くなって…驚くなって何だよ!」


 青の澄んだ声音だけが虚しく響いた。


 振り返りたい衝動を抑え、歩みを進める。一度止まれば決意が揺らいでしまう。


 目前には白妙がいる。近づく少女を冷たい真紅の双眸が直視していた。 正面から向き合う必要がある。これが蝶彩の本気だった。


 恐れはない。恐れは負けだ。自由な行動を妨げる枷に成りうるから。


 人生には恐怖心を捨て去り、強く在らなければならぬ時がやって来る。


 蝶彩は目と鼻の先の白妙に手を伸ばす。体温が感じられない頬へ触れた。瞳が一瞬揺らぐ。


 次の瞬間、唐突に事は起きた。耐え難い激痛が腹部に走る。


「夕凪…蝶彩だ。分か、るか」


「蝶彩!!」


「急所は…外、してく、れた…ようだな」


 少女の腹部は白妙がつくった、鋭い氷柱で貫かれていた。


 真っ赤な生き血が流れている。


「……ふざけんな。ふざけんなぁぁー!!」


 青は湧き立つ怒りで震え悲痛に叫ぶ。たどたどしい足取りで此方へ歩み寄った。


「何が本気だ。汝は死ぬつもりか」


 接近する気配に荒い呼吸で背後を向く。


 揺るがぬ強い光が宿る、双眸を見た青は歩みを止めた。


 蝶彩は近づく彼を目で止めたのだ。


「それでよい。うっ……」


 突然襲った痛みに苦悶の表情を浮かべて身を屈める。


 点々と血は滴って、絶え間なく新しい血が、狩衣を真っ赤に染めている。 我ながら無茶をしたな。他人事のように呆れ返る。


「自我を…引き、出した。私の、勝ちだ」


「我は負けた。お前の勝ちだ。実に愚かだな。我に触れるなんて」


 何度も何度も艶やかな髪を優しく撫でた。白妙は「済まない」と謝罪を述べる。


「この世に存在した時から血を求めていた。どこから生まれたのか、得体の知れない己の存在も不明だ。そして血を求め、死を与え続ける意味と理由は分からない。ただ際限なく欲しがり奪い続けた。数多の妖と人を殺めた。自我が保てなくなったのは、最近になってからだ。血を渇望する余り、どんどん暗澹と狂った闇に飲まれ、支配され墜ちた。飢えと渇きは癒やされなかった」


「白妙、命の重さは、分かるか?」


 氷柱が身を冷やす。激痛を耐え忍ぶ蝶彩は苦しみに満ちた息を吐く。


「我に問うか」


 少女を抱えたまま豪快に笑う。陽陰の姿だった時は、こんなふうに笑わなかった。


 軽やかな声音はどこか自責で苦々しいが、愉快な響きもある。


「答えを口にする資格はない」


 抱き締めた蝶彩を引き離して、白妙は吸い込まれそうな藍色の瞳を見つめた。


 縋る眼差しが痛烈な程ひしひしと伝わる。


「お願いだ。蝶彩。我の頼み……」


「口に、口にするな!!聞き入れたくない」


 荒い口調で白妙の言葉を遮った。


 願いを拒む。視界が歪んでいく。この感覚をあの日以来、忘れていた。


 瞳から一筋の涙が流れる。一度溢れ出したものは止められず、体裁が悪くても嗚咽を漏らして泣いた。「我の為に泣いているのか。そんなお前、嫌いではないぞ」


「戯言を…申すな」


 涙声で言う。ふっと笑われた。


「戯言ではない」


 白妙の時は永久に止まったまま姿は美しい青年。彼には始まりも、終わりも、一生も全ての言葉が無意義だ。時の経過から逸脱された存在である。


「貴様、変わったな」


 蝶彩の気持ちはとても穏やかだ。怒りや苦しみ、憎しみの先にあるものは、こんな気持ちであり温かい思い。


 憎しみに狂わされていたならば、決して感じなかっただろう。


「蝶彩に出会えたからな」


 喜怒哀楽を知り、闇に侵された心に光は差し、静かな安らぎが染み渡った。


 暗い闇を明るい光が照らした。


「心というものはよいものだ」


 少女の頭に触れようと手を伸ばす。が、その手が望み通り触れる事はない。


 突然、白妙が頭を抱えて身悶えを始める。


「がっああぁぁ!」


「白妙!?」


 痛みも何もかも忘れ名を呼んだ。


 凄まじい力で手首を掴まれ、痛みに短く呻く。手首の骨を砕き折ろうとする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ