表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
藍の陰陽師  作者: 蓮華
19/54

再び

 どんなに走っても走っても周囲の光景は、闇に包まれた木々が続く道のみ。暗闇は不安を増幅させる要素だ。


 焦りに襲われ、急き立てられる。精神がぐらつき、平常心を保つ事が困難だった。


 少しでも早く前へ。もどかしいが夕村に向かう。


 自分の足音と乱れた呼吸が聞こえる。既に疲れ始めていた。


 急ぐ時に限って蝶彩は木の根で足を引っかけ無様に転ぶ。痛みなんかどうでもいい。その内消える。


 幸い足首は捻らず、よろけながら立ち上がり歩みを進めた。


 こんな間にも刻一刻と火は広がり、村はどんどん燃えているのだ。


 煙が朦々と立ち込め、熱い炎は身を焼く。助けを求める村人達が浮かぶ。


 これ以上何かを失うのは嫌だ。怖い、恐ろしい……。


 少女の手からどんどん光が零れ落ちていく。大切な人がそばから消えてしまうのだ。


 陽陰は無事だろうか。彼まで失ったら――。考えを振り払い、力強く駆けた。


 妖が火事を引き起こしたに違いない。平穏を壊し奪う異形共が憎い。


 冷たい風が頬を冷やした。心に恐怖が澱となり溜まる。


「蝶彩」


 幼い声が少女を呼び止めた。心臓に衝撃を受けて驚く。耳に残るこの声は忘れもしない。


「清輝……」


 後方を顧みると薄い茶色の髪をした、狩衣姿の少年が立っていた。


「蝶彩」 名を呼ぶ清輝は思い出にある彼と同じだ。でも、懐かしさは生じない。偽者だから。


 文句を言いながらも稽古につき合ってくれた。ダメな所を的確に告げ、助言と忠告は為になった。


 武術の基本は冠世から学んだが、最初の相手は清輝だった。当然幾年も前から武術を習う少年には勝てなかった。


 悔しさを糧にして日々修行に励んだ。風が強くても雨や雪が降っても。


 今も初めて刀勝負で勝利した日の事を鮮明に覚えている。喜び湧いた。


 にこやかに笑う顔が突如歪む。ぱっくりと傷口は開き血が迸る。見る見る着物は血で染まった。


 過去の強烈な記憶が呼び覚まされ震える。冷静な判断ができず惑う。


「嫌、だ。嫌だ!」


 蝶彩は頭を抱えてその場に膝を突く。呼吸ができているのに息苦しかった。


 赤い血に染まって死んだ。否、無力を理由にして死なせた。どれ程悔やんでも死者は戻らぬ。


 倒れた少年は二度と体を動かさなかった。


「痛い!」


 ぴくりとも動かなかった彼が行き成り立ち上がる。


 たどたどしい足取りで近づき、恨めしそうに視線を突き刺す。


 暗褐色の瞳が怒りと憎しみに燃えていた。


「なぁ、どうしてあの時、助けてくれなかったんだ」


 血が地面にぽたぽたと落ちる。赤い滴が跡を残した。


「お前を信じていた。俺は裏切られた」「来るな!」


 違う。直ちに否定する。


「痛い、苦しいんだ。蝶彩、今度は助けてくれ。見捨てるのか」


 弱々しく手を伸ばす清輝。少女はじっと見つめた。顔が苦痛に歪み悶える。


「また俺を見殺しにするのか」


 違う。これは……。


「幻影だ。貴様は清輝ではない!!」


 熱り立ち鋭い双眸で幻影を睨みつける。目にした瞬間から分かっていた。


 動揺して弱さにつけ込まれ、こんな状況に陥った。


 さっと偽りの幻影が崩れる。一際激しい風が吹き荒れた。


 風に少女は目を細めて妖気が漂い始めたのを感じた。次第に濃くなっていく。


「やっと気づきましたね。いや、始めから気づいていましたか」


 視線を宙に向け、声が聞こえた方へ呪符を投げつける。とっさの判断で効力は弱いが動き封じを施した。


 姿を現す黒髪の男が呪符を握り、忽ち青白い炎に変えた。


「失敗して残念ですね。蝶彩」


 ゆったりとした所作で舞い降りる。


 瞬時に状況を繋ぎ合わせ思考した。


「私に幻術をかけたな」


 幻術は人の目をくらまし、幻影をつくる。現実には実在しないものをあるように見せ、しない音も感知させてしまう。 蝶彩が認識した煙と清輝は幻影だった。


 見せられた幻影に夕村が燃えていると、勝手に思い違いをしたのだ。


 平静を失い、自身が幻術にかかった事実に気づかず、血で彩られ死んだ、幼き頃の清輝により余計心を乱された。


「理解したようですね」


 陽陰は口元に喜色を漂わす。いつか来るであろう、この時をずっと待ち望んでいたようだ。


「蝶彩の手を触れた瞬間に幻術をかけました。時が経てば、術が発動するように」


 真意を見抜こうとしても無駄に終わる。微かな感情すら読めなかった。


「何ゆえ、私に幻術をかけた」


 嬉々とした表情を浮かべる。


 わざわざ幻術をかけた必要性、訳が全く以て予測できない。


「知りたいですか?それは…ふふ。ハハハ、アハ、ハハハ、アハハ、ハハ」


 こんなに笑い狂った彼を見た経験はなかった。背筋が寒気立ち戦慄を覚える。


 双眸を閉じて不気味に笑い続け、次に開いた時、美しい銀色の瞳になっていた。


 あの銀色の瞳を蝶彩が忘れるはずがない。大切な者達を奪った元凶。


「白妙……」


 漆黒の髪が白銀に変わり、墨染めの着物から色が消えて真っ白になる。白い羽衣がすっと現れ、腕に纏わりつく。


「本来の姿で会うのはあの時以来だ」


 白妙は依然と変わらず、若々しく美しい青年の容姿をしていた。「白妙か陽陰か。貴様はどちらで呼ばれたい」


 蝶彩は不思議と怒りも憎しみも感じていない。心は静かで落ち着き、すぐに行動が可能な状態だ。


 あれ程までに怒りを感じ、憎悪を燃やした対象が目前にいる。だが、何故か殺したい衝動には駆られなかった。


 眉一つ動かさず白妙の眼差しは無機である。


「好きな方で呼べばいい」


 銀色の双眸がより冷え冷えと見せていた。


「私を殺す好機は数知れずあっただろう。どうして殺さなかった」


「始めは殺すつもりだった」


 足音を響かせ緩慢な動きで白妙は歩く。


 白色の霜が地表に形成され、雪が降り出す。深々と降る雪はあっと言う間に積もった。


 辺りを見渡せば、白銀の世界が広がっている。


「綺麗な幻術だ」


 蝶彩は手の平を広げた。危うげに落下し、体温で儚く溶ける雪を無心に眺めた。


 口から息が漏れ、まさしく空気は冬に感ずる寒さだ。


「やはり、お前は凡人なんかと異なっているな」


 微苦笑を浮かべ、白妙は立ち止まった。


「我の妖力を自身の物にし、死の呪いまでも解いてしまった。信じ難い事実に驚き、僅かでも蝶彩に興味を抱いたのだ。だから、気まぐれを起した。流れ陽陰として近づいた。人にこんな思い抱いたのはお前だけ……」


 手に雪でつくった薄く真っ白な花弁を出現させ、息を吹きかけた。花弁は落ちてくる雪と交ざり宙を舞う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ