猛攻撃
「では、行くぞ」
蝶彩、青、章来は一斉に走り出した。
ある程度離れた距離に達してから縛を解く。
即刻追い駆けて来る。目は獲物だけを捉えていた。
一人分の狭い隙間でも強行突破して道を作る。続け様に木が音を立て倒れた。
「罪なき木々が可哀想だ」
青が呟いた。彼の心は痛みが分かる。
「今は口ではなく足を動かせ」
少女は生きた木に申し訳ない気持ちを抱くが、妖は邪魔な障害としか木々を認識していない。邪魔なものは〝折る〟単純明快だ。
距離に余裕があった。このまま引き離して開けた道に誘導を試みる。
蝶彩が曲がり少年達も察して離れず進む。遅れた犬現もついて来る。
鼓動が速く脈打ち、息苦しさを感じた。疲れるのはまだ早い。息を吸い込み吐く。できる限り走る呼吸は乱さなかった。
少しずつ明白に間を縮められ、焦りが冷静さを蝕んでいく。
道が段々と開け、これで存分に戦える。
決めた場所で立ち止まって、必然的に章来も青も足を止めた。
吠える妖の鳴き声は凄まじい。獰猛さを露わに疾走している。「僕が何とかする」
長刀を地に突き刺し印を結ぶ。
「沈」
刹那――。地中に前足と後ろ足が沈み、抜け出せなくなる。怒りで苛立ち尾を振り回す。
深呼吸して蝶彩は息を整えた。一時的に術の力を借り、視覚と聴覚が高まる。
左手を握り広げた右手にくっつけ、今度は逆の手で同じ動きを行う。最後に五本の指先を合わせる。
手早く作ったのは印だ。
「氷撃」
本来目に見えぬ空気中の水蒸気が、視覚の機能を高めた為はっきり見える。
水蒸気が極度に冷えて凝固していく。気体が固体へと変化を遂げる。
あっという間に氷塊が形成された。空で静止している。
四方八方から降り注ぐ。
一つ一つが今まで以上に鮮明にくっきり認識できる。氷塊の速さが遅く思えた。
全ての氷塊を返結界が阻止した。
聴覚も研ぎ澄まされている為、一音一音が聞き取れる。腹部辺りのある一カ所に当たった時だけ弾きが遅い。
返された氷塊は青が次々と液体化して攻撃性を失った。
「もう一度確かめたい。次で見極める。守りは貴様に任せるぞ」
「ああ、氷塊で血祭りなんて、俺も汝も黒髪も御免だからな」
見る見る地面に割れ目が入り、力ずくで片足を抜いた。 二度目の氷撃を試みる。結果は同じだった。此方から見て右側の腹に、唯一欠点が存在すると確証した。
その欠点を攻撃して返結界を破り、そこから一気に片をつけるしかない。
地中に足が沈んだ不自由な状況から抜け出し、盛り上がる表面が地割れのようになっている。
「こんなにも早く術が破られるとは、黒髪は修行不足だな」
「犬現が馬鹿力すぎるんだ」
「力の無さを犬現の所為にしちゃって」
青の言い草に章来はむっと表情を歪める。
常識を超えた力を術で押さえ込むのは難しく一苦労だ。
突然体が光を発し始めた。有り様は奇妙で不可思議だ。
妖力がゆらゆらと伸び形を成す。小さな自分の分身を何体もつくった。凡そ三十体はいる。
「式神、彼奴等も返結界を使うなんて、言わないよな」
「斬ってみれば分かる」
引っ掻きを躱して章来は首を斬り落とした。原形が煙のように消えた。
「本体より分身が劣るなら楽勝だ」
自ら間を詰めて交互に斬り刻む。肩を痛めているはずなのに斬る様は速い。己を奮い立たせ戦いに挑む。
「彼奴の頑張りにぐっときたか」
蝶彩と青の元に犬現の分身が近寄る。こんな時でも話しかけてきた。
「私も負けていられぬ」
飛びかかる一体を蹴り上げ存在が消えた。「水渦」
螺旋の形に巻き込む水が直撃して分身がいなくなる。
指を揃えて密着させ、親指を曲げ手の平につけた。
小指側で額を打つ。喉元に手刀が入った。
並の体術は扱える。丸腰で妖力を完全に消費してしまった時、体術の心得があれば対抗できる。
身軽に避け回し蹴りが的中した。素早く踵を頭上に下ろす。二体消滅させた。
背後から忍び寄る分身を青が退治する。
「背後には注意しろ」
接近には気づいていたが対処が遅れた。気を引き締める。
右足で蹴り的確な判断を己に下し、手刀を打ち込んでいく。鈍い手応えは大当たりの印だ。
数を減らしても犬現は分身を増やす。これでは切りがない。
章来は左肩を庇うようになり、右だけの長刀でほぼ斬っていた。元から一刀でも扱い慣れている為、危うさはなく回避と攻めの繰り返しだ。
終わりの見えぬ戦いに体力と集中力だけが削られる。
噛みつきを躱し、指で五芒星を描き、蝶彩は声を張り上げた。
「滅。急急如律令」
二十体ばかりいた分身の足元に五芒星の光線が出現する。忽ち揺らぐ。原形を止めず煙が薄まるみたいに消えた。
青は残りを水術で片づけてしまう。
「これで終わりって、訳じゃなさそうだ」 煩わしがる響きに愉快げな響きが隠れている。面倒なのか、それとも楽しいのか、異なった感情は矛盾している。
つくり出した新たな分身は中くらいで、先刻よりも大きい。
手刀が当たらず外れた。その理由は動きが俊敏になったからだ。
本物より口から吐く風は弱いが、十分に自由な行動を妨げる。
二体が風を生じさせ、他の分身は前足と後ろ足を踏ん張りながら進む。
左右同時に飛びかかってきた為、少女は後ろに数歩下がる。
手先を合わせ、蕾状を作り外へ反らす。開いた状態から握る。
「光霧散」
眩しい光を放ちつつ霧が散るように跡形もなく消え失せた。
せっかく全てを消し去っても、今までの行いが無駄になる。
再び分身が出現した。
「犬現は自分の身代わりをつくる事が好きらしい」
好い加減にしろと言いたげな顔で章来は呟く。
「最初より犬ころは妖力を使った所為で疲れている。もう分身任せは終わりだと思うぞ」
「そうだといいな」
青と章来は競い合い、それぞれの攻撃を与えた。
水が宙を自在に走り長刀は唸る。
どんどん数が減り、最後の一体に攻撃を決めたのは青だった。不敵な面構えが何とも小憎らしい。「俺の勝ちだな」
「譲ってやっただけだ」
目が合えば視線と視線の戦いが始まる。
放って置こうと決めて蝶彩は妖力を読み取った。明らかに消耗している。
今まで動かなかった犬現が到頭静寂を破る。
空いた間が縮まり左足を上げて地表を踏みつけた。
三人は安全な所に場所を移す。移していなければ押し潰されていた。
足の形がくっきりとある。低い鳴き声を発して踏みつける行為を続けた。
目で見定めながら己の安全を確保する。少しでも掠れば痛手となりうる。
犬現の周りに浮かぶ水蒸気が集まり出した。まだ術の効果が残っている為目に映る。
凝固して冷たい固体ができあがった。視覚に収まりきらない。
「責任とれよ。蝶彩。あれは汝の氷撃を真似たものだ」
「犬現は陰陽師の術を真似られるのか」
心中で付け足す。厄介な妖だと。
「夕凪、結界で防御するぞ」
「蝶彩にいい所を見せようとしてるだろ」
「違う」
弱々しく章来は否定した。下心を見抜かれ、決まりが悪いようでほのかに赤い。「全部防ぎきったら誉めろよ。約束な」
口の端を吊り上げ、一方的な約束を取りつけた。
「手柄は頂くぜ」
そして高らかに言い放つ。
「水よ。我等を守る巨大な盾となれ」
地から天に向けて水が大量に噴き出し、分厚い水の盾が形成された。言葉通り巨大だ。
一斉に氷撃が水の盾目掛けて降る。氷塊が中に取り込まれ、小さくなり仕舞いには溶けた。
透明な盾は氷撃を打ち消し無とする。何回攻撃されても同じだった。
「全部防ぎきったぜ。どうだ。凄いだろ。参ったか」
「防ぎきれて当然だ」
「誉めてくれてもいいだろ。約束したのに」
「約束した覚えはない」
口元を歪めてけちと伝えてきた。機嫌を悪くするより、目の前の敵に留意すべきだ。そう考えながらも少女は本心を述べた。
「優れた働きをした事は認めよう」
「今の聞いたか。黒髪」
上機嫌になって青は横目で章来を見る。忌々しさと羨ましさが綯い交ぜになった表情で聞き流した。
犬現は氷撃を諦め、突進して水の盾を破ろうとする。が、滴は飛び散っても内部まで到達しなかった。「無理、無理。そんな甘っちょろい突進じゃ」
青は嘲る。自分の術に自信と誇りを持ち、適切に力を見極めている。
「流れよ」
盾として存在できたのは短い間で形を失う。高さが一気に低まった。波の如く犬現を飲み込み、押し流す。
「これから猛攻撃を開始する。故に補佐は頼んだぞ」
ぽたぽたと水を滴らせて起き上がった。体を震い水気を飛ばす。
「おう。一刻も早く終わらせようぜ」
「僕と式神が守る。存分に攻撃しろ」
「私は貴様等と戦えて本に心強いぞ」
左には青、右には章来がいる。
五枚の呪符に妖力を込め、一枚ずつそれぞれの攻撃を脳裏で強く想像する。
宙に浮かべ並べた。
「火、風、土、水、雷」
声を合図にして火の文字が表れ、二番目に風の文字、三番目に土の文字、四番目に水の文字、最後に雷の文字が表れた。
些細な音も気にならなくなる。それは集中している為だ。
土呪符を投げつけ、斜め上から太い針状の土が落下する。
狙いは無論右側の欠点。返結界が作用して弾かれた。
呻り声を上げ、地面を踏み鳴らし、駆け寄って来る。「止」
蝶彩の意図を汲み取る章来が妖の動きを強制的に止めさせた。
標的は止まっていた方が狙いやすい。
火呪符から火炎が放射される。木に燃え移る前に青が水で消した。
三度目の攻撃は竜巻状の風で虚しく跳ね返り、葉を散らして消滅を辿る。
期待通りの結果は得られず焦慮が生まれ、神経を鎮めて水呪符を放った。
小刀の形をした水が返結界にぶつかる。今までと同じく弾かれた。一刀だけ返結界を破って腹に突き刺さる。
突然襲ってきた痛みに驚き犬現が叫ぶ。
狙いがより明確になる。くすんだ血が滴り落ちた。
三つ目は怒りと憎しみに荒れる。自力で術に抵抗して、無理やり止を解き歩みが進む。
沈着な蝶彩は駆け出し立ち止まった。敵が寄って来た事により静止した。
章来が「危険だ」と頻りに騒いでいる。
考えなしに近づいた訳ではなく、犬現の動きを静止させる目論見があった。
あの欠点が突破口である。おおよその方向を見定め命中を望み、ここで外しはしない。
ぎりぎりまで留まって跳び退く。
雷呪符から眩い雷が束になって出た。直撃する。
体に電流が流れ、麻痺状態に陥り倒れ込む。




