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藍の陰陽師  作者: 蓮華
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遂に

 驚く章来が足を止めて顧みた程だ。


「貴様に笑われる謂れは微塵もないぞ」


「汝がまじめに言うから面白くてつい」


 再び笑い始める始末。暫し蝶彩は笑声を聞く羽目になった。


 妖の気配は移動をやめて留まっている。このまま行けば遅かれ早かれ出会す時が来る。


 元々強い妖を退治すると提案した者は青だ。並の戦闘より些か困難な方が適応性、判断力、能力を高められる。


「俺が笑いすぎて、気分を害したのなら謝るけど」


「本に害した自覚はあるのか」


 こくり、こくりと頷いた様はどことなく疑わしい。


 いかにも上辺は謝るつもりを滲ませて、内心そんなつもりはなさそうだ。反省という考えが頭にない。

「別に分からないものは、分からなくていいだろ」


 青が言葉をくれた。無責任で適当要素が色濃いにも拘わらず共感できる。


 人は全てを見透かす万能な力を生まれ持っていなかった。故に神仏にすがり祈る。


 不完全な生き物だからこそ悩み、分からないものの一つや二つ、それよりも多くあって当然だ。


「そうだな」


 単純な言葉でも心に響く。単純だから響くのか。


 狭間が開いてまた閉じた。数多の夜は狭間の動きが異常に活発化する。


 ふと陽陰を思い出す。心配より遥かに信頼が上回る為、安心できる。彼の強さには一目置いていた。 留まる妖の気配に変化があった。移動を開始して此方へ向かって来る。


 近づく気配を悟られたか、乃至は匂いを感知されたか。


 蝶彩の心に緊張が生まれる。


「やっと顔が拝めるな」


 泰然自若とした青の表情は早くと待ち望む。


「式神はもっと緊張感を持つべきだ」


 二刀の長刀を構える。いつでも攻撃可能なように感覚を鋭くさせ集中した。


 左の構えが僅かに下がっていた。そんな本当かどうかも不確かな事が気になる。


「こう見えても、俺は結構緊張してるんだぜ。破裂しそうな心臓が痛い」


 胸を押さえて苦しむ振りをした。戦い前にふざけられるのは、良くも悪くも青の持ち味だ。


「苦しい。助…けて、蝶彩」


「私には救いようがない愚か者は助けられぬ」


「いつからご主人様は、こんなに冷たくなられて、しまわれたのでしょうか。昔はお優しい方だったのに」


 嘆き悲しむ。上目遣いで涙を拭う仕草まで細かく作る。


「夕凪に突っかかるな。困らせるな」


 いい加減にしろと苛々する章来が鋭い眼差しを浴びせた。


「そんな本気にならなくてもいいだろ」


 忽ち険悪な感じを青が醸し出す。触れたら切れそうな空気だった。 二人が威圧し合う最中、蝶彩は間に入って交互に目を見つめる。数秒が経った。


「分かったよ。やめればいいんだろ。汝を怒らせる事は俺の本意じゃない」


 根負けして素直に引き下がる。


「無論、貴様も引き下がるであろう」


「ああ……」


 唐突に確認しようとする意識が働き、背中を向けた瞬間を見計らう。肩に力を込めた。


「いっ」


「肩を痛めたのか」


 呻き声を漏らして言い逃れは不可能だ。少年が白状する。


「ちょっと痛めたけど、刀は扱える。いざとなったら右だけでも十分戦える」


 彼が両利きである訳は片方がダメになった時、劣らず武術で張り合う為の手段。負けず嫌いな性格が一因していた。


「無茶はいかんぞ」


「どうして気がついたんだ?」


「左の構えが僅かに下がっていた。章来の構え方はしかと記憶しておる」


 その場で少女は完璧に構えた。刀が無くてもあるように見える。


「僕の事を夕凪は以外に見てるんだな」


 頬を赤らめ、恥ずかしげに嬉しげに笑む。


「でれでれしているとやられるぞ。黒髪」「誰がでれでれなんか……!」


 火照った顔で怒鳴ってもいまいち迫力に欠ける。


 妖の接近中だろうが二人の言い争いは幕を開けた。何かを言えば同じ調子で返し、売り言葉に買い言葉みたいだ。


 敢えて蝶彩は放って置く。それが賢明に思えたから。目前に妖が登場すれば自然と言い争いは終わる。自ら手を加える必要は一切なかった。


 興奮した咆哮が耳に届き、踏み鳴らす足音は大きくなり、獲物の元へとひたすら急いだ。


 闇を纏い姿を現れた。吊り上がった二つの目、額にも開かれた目が一つある。


 燃える炎の形をした尾は天を向き、鋭い爪が地表に跡を残す。


 荒々しい呼吸。獲物を狩りたいという貪欲さ。


 あれは犬現けんげんと呼ばれ、元はただの犬の霊だ。妖力を持たぬ人には不可視で、取り憑き精神をおかしくさせる。


 長い歳月を経て妖力が体内に溜まり、誰でも目に見える形をとって具現化した。


 体長は高い木といい勝負だ。妖力を使って本来小さな体を大きくしている。


「犬現か。妖力は並より上だな」


 言い争いを中断して青は妖力の程度を読み取った。


「試しに斬りつけて来い」


「命令するな」


「チッ」


 露骨な舌打ちに章来は目を剥く。そんな少年から長刀を奪い、一直線に投擲した。 長刀は犬現に到達する前、不透明な壁により阻まれ弾かれた。


「お前、僕の長刀を雑に扱うな!」


「まあまあ、怒るなって。説明の役に立つから喜べ」


 けろりとして底意地の悪い笑いを噛み殺した。


「今のは返結界ヘんけっかいだ。身を守り、攻撃を跳ね返す。犬の霊は犬現となって、五百年経つと三つ目が開く。三つ目は死角を無くし、他にも嗅覚と聴覚に優れ、知能は高い」


「やけに詳しいんだな」


「顔も忘れた色々な奴に使役されたから、嫌でも知識が身についた」


 静かに考える蝶彩は疑念を抱く。言葉は真実も嘘も表現できる。


 青を目にした瞬間から理由も不明で直感的に奇妙な違和感を感じていた。偶然察知できた気配が原因している。彼は式神だ。確かに式神だがどこか……。


 思考を停止させ、考える行為を打ち切った。今やらなくても、いつでも可能だからだ。


 様子を観察しつつ、落ちている長刀の距離を確かめた。投擲された所為で章来は取りに行く羽目になる。


 横を向いていた犬現が顔を前方に戻した。柄に指先が触れ、寄って来た獲物ヘ吠えながら飛びつく。


 口が開き尖った歯が並んでいる。跳び退り頭を噛み千切られる難は逃れた。


 長く弄び楽しむか、早く仕留めて喰らうかは犬現が決める。


 身を低くして踏ん張り、鼻から息を吸う。腹が紙風船のように膨らみ、口から吐き出す。


 立っているのがぎりぎりでまさしく強風だった。全身に力を入れていないと危険だ。 同じ方向に木々が反って木の葉が次々と枝元を離れた。



 章来も青も飛ばされそうになっている。


 一番犬現の付近にいた章来が体勢を崩す。崩れた姿勢で長刀を突き立てる。危ういが動きは止まった。


 片足が持っていかれ、均衡を失う。透かさず青は蝶彩の体を支えてくれる。


「気をつけろ」


「あの風が厄介だな」


「これは一時的だ」


 まもなく風は弱まる。ずっと強風を持続させる力はなかった。


 好機を利用して、四枚の呪符を瞬く間に決めた場所に配置した。


水晶囲すいしょうい


 光る呪符が六角柱状をした水晶に変わる。一つの水晶から生えて、目まぐるしく新たな数を増やした。


 隙間という隙間がなくなり、半球形の水晶壁が完成する。妖を中に閉じ込めた。


「数分は持つであろう。返結界を破る方法はないのか」


 書物で読み存在を知る蝶彩より、実戦経験がある青に知恵を求めた方がいい。


「どこから攻撃しても、不意を突いても死角なしの奴には、厄介な返結界がある。跳ね返される。それが関の山だ」


 話を聞いていた章来が問う。


「一度では無理でも、何度も術で攻撃して破れる可能性は十分あるだろ」「可能性は皆無じゃない。無謀だけどな。何回目で破れるか全く以て予測不能だ。仮に術が当たったとして、一度で犬現を倒す事は難しい。そもそも無闇な攻撃はやめた方がいいぜ。跳ね返ってくる攻撃を防げなかったら、運が良くて痛手、運が悪くて自滅だ」


 淀みなく問いに答えて難点を指摘した。


 攻撃し続ける手段も戦術として使える。だが、危険を伴う。


「式神にもちゃんと思考できる頭があったんだな」


「俺は心が広いから黒髪の言葉を聞き流してやる」


 青の据わった目に殺意がちらつき拳を握る。


「章来、口は禍のもとだぞ。かような事は密かに胸中で思うものだ」


「汝は思っていないよな。信じていいよな」


 頷いても剥くれ、ひねくれた態度をとる。


 衝突音が鳴っていた。水晶囲の内で暴れている。


「世に絶対的なものの存在は叶わぬ。返結界にも必ず穴があるはずだ」


「汝の言う通り穴は存在する。探せるか、問題だけどな。どこか一カ所に返結界の弱い部分が絶対見つかる。そこが弱点だ。一定の力を保ち結界を張る芸当なんて、難儀なのに妖如きが完璧にできてたまるか」


 水晶にひびが生じた。衝突は繰り返される。


 術が破られる時は近い。蝶彩の心は身構えていた。


「作戦を大まかに話す。まず犬現の弱点を見つけ、外傷を負わせる。弱らせれば自ずと返結界も弱まるだろう。三つ目の機能を奪い、死角をから一気に攻撃する」


 二人に役目を伝えてどちらも承諾してくれた。


「言葉じゃ簡単に言えるが、実戦は上手く進まない」


 薄い青色の瞳が現実を突きつけてくる。「一人では困難な事も三人いれば可能となる。私には青と章来がついている。それだけで心強い」


 頼りにできる者達がいて、安心して戦いに励める。勝利の道は見えていた。犬現に仲間と戦う強さを思い知らせてやろう。


「僕も共にお前と戦えるのは心強い」


 早口で捲くし立てた章来が本音を告げた。


「先に俺の名前を呼んでくれて嬉しいぜ。蝶彩ちゃん。ご褒美に撫でてやるぞ」


「結構だ」


 少女は手を払い除け、生粋の不真面目な青を呆れ顔で冷たく一瞥した。


「式神はいつから真剣になるんだ?」


「あと数秒後には真剣になる」


 これがのんきに交わした章来と青の最後の会話だった。


 物凄い音が鳴って更にひびが入り、水晶は遂に砕けた。欠片が飛び散る。


 突進してきた。思い思いの場所に逃げて散らばる。


 狙われたのは青だった。 木を前足で薙ぎ倒す。足場を失う前に見つけた枝へ跳び移る。


 物欲しそうに凝視していた。


「俺に付き纏うな」


 手を突き出し、水を放つ。矢の形になって進むが返結界に弾かれた。


 口から風を吐く。後方に飛ばされ、最低限の受け身をとる。


 犬現が幹の間を擦り抜けられず、挟まってその内に青は起きあがった。


 章来は両膝を使い、高く跳躍した。またもや阻まれ長刀が頭に到達しない。


 無理やり抜けようとした結果、先に片方の木がみしりと曲がり倒れた。


 斜めに振り下ろされる爪が獲物を切り裂き損ねる。


 爪を右で防ぐ。章来の腕に負担がかかり、力には勝てなかった。均衡を無す。


「縛!」


 きつく縛めて行動の自由が抑制された犬現。


「章来」


 蝶彩の促しに少年が退き、縛は保った状態にする。


「ここは戦いにくい。もっと開けた場所に誘い込む。異論はあるか?」


「僕は賛成だ」


「俺も同じく」


二人から同意を貰った。

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