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藍の陰陽師  作者: 蓮華
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数多の夜

 時は早くも遅くも過ぎ去った。


 蝶彩は二日酔いが治った陽陰と刀勝負をした。結果は少女の三連勝だが、見るからに手を抜いていた。口では『本気です』と嘯く。


 不満をぶつけると『蝶彩が強くなったんです』の一点張り。


 青は鍛錬に付き合うのが面倒だと言い、見てばかりだった。陽陰と顔を合わせれば空気が険悪になり、幸い事は起こらなかった。


 今宵は数多の夜。無力な人にとっては恐ろしい夜である。


 数多と呼ばれる所以は数え切れぬ程、様々な妖で溢れかえるからだ。


『陽陰は夕村に残って皆を安心させ、何が何でも守ると約束しろ』


『分かりました。約束は絶対果たします』


 男と交わした会話を思い出す。彼は全力で役目を遂行するはずだ。


 少女の手をぎゅっと握り、優しくも力強くも微笑んでくれた。互いの健闘を祈った。


 この日に備えて呪符は通常より多く携帯している。


「昨夜とは比べ物にならぬ程妖気が濃い」


 寒さではなく少女の肌が粟立つ。濃霧は目に見えるが妖気は感じるもの。黒色に塗り潰された木々はざわざわと存在を知らしめる。


「何たって妖がうじゃうじゃ湧く、数多の夜だからな」


 偉そうに自慢する様子を作り青が腕を組む。


「貴様は緊張とは無縁なのだな」


「これでも緊張してるんだぜ」「真か?」


「うん、うん」


 髪に触れてくる手を払い除け、近づく気配に首を巡らせた。


 闇に染まる人形。長刀を腰に下げた輪郭が正体を示す。


「漸く見つけたぞ。夕凪。お前の気配を辿るのは困難だった」


 黒髪黒目。月光を反射させる横顔はいつになく硬い。


「わざわざ私を捜したのか」


「共に数多の夜を戦おうと思って……」


 何か言おうとして結局噤む。言葉は胸に秘された。


「気をつけろ。蝶彩、彼奴は偽者かもしれない」


 青が唐突に言い出し、章来は反論する。


「ふざけるな。式神、僕のどこが偽者なんだ」


「お前が本物だという証拠を見せろ」


 時と場合なんて考えずからかう。これが彼の憎らしい質の悪さだ。


「見せられないのか」


「……」


 にたにた顔で悪知恵を働かせ、少女の手先を持ち上げ、少年の頬に触れさせた。すぐ真っ赤になって後退り動揺する。


「あっ。本物だ」


「ひ、卑怯だぞ。夕凪の手を使うな。始めから僕は本物だと言っている!」「本当は嬉しいくせに」


「嬉しく…なんか」


 もごもご答えて目線は上から下になる。口元が少し緩む。


「貴様等が揃うと緊迫感が何か、よう分からなくなる」


 いつ襲われてもおかしくない状況で、こんな遣り取りを行っていた。


 良く表現すれば気楽、悪く表現すれば無神経。


 青が突っかかると章来も突っかかる。改めて似た者同士だと認識した。


「私は可能な限り全力で戦う。青と章来も力の限りを尽くせ。致命傷を負うな。己の身は己で守れ。無論、手助けとなる時はなろう」


 黄色い数珠をぐっと握り締める。


 先刻から狭間が開き閉まる耳障りな音が度々聞こえていた。


「僕は全身全霊をかけて挑む。妖には負けない。だから、傷の心配は不要だ」


 章来が発する勝ち気な声音は、緊張を和らげて勇気と元気を齎した。


「汝は心配性だな。超無敵な俺がいるから大船に乗った気でいろ」


 頬を突つき青は堂々たる余裕を態度に滲ませ、不敵な面に笑みが浮かぶ。


 妖の憎、狂に満ちたざわめきがここまで届く。


 舞台も役者も既に揃っている。此方から行かなくてもあちら側からやって来る。ただ待っていればいい。


 キーンと金属を削る音に似た羽音。前方から聞こえてきた。


 濃緑色の姿は虫を思わせるが妖で吸成きゅうせいだ。 体は頭、胸、腹に分かれ、頭部に各一対の触角がある。大きさは小石程のもの、拳程のもの、鞠程のもの、大小様々である。


 先が尖った管みたいな触角を人間の皮膚に突き刺し、生気を吸い、成長するから吸成と名がついた。


 一歩前へ踏み出して喜びは青の胸を高鳴らせる。


「存分に水術が使える」


 手の平を夜空に向けて振り下ろし、逸早く攻撃に移す。


「水撃破!」


 次々と勢い盛んな棒状の水が吸成達を打ち負かしていく。彼が最も輝いている瞬間は水術を使う瞬きの間だった。


 新たな気配が接近する。今度は後方からだ。


 地を這い不気味な動きで前進して平べったい体は長く、薄い尾を引き摺る。


 見た目通り名はひら。宙で身を回転させ飛びかかる。


 蝶彩は避け、章来が抜刀した。


 一体、二体、三体と着地。時間差にまた飛びかかってくる。


縛滅ばくめつ


 縛で縛め、滅で滅する合わせ術を使う。強制的に動きを止められ滅びを辿る。


 長刀は平を狩る事だけに振るわれ、真っ二つに斬り絶命させた。 平は息を吸い込む。腹を膨らませて、吐いた空気が白煙へと変わる。


 周囲の景色が白煙に遮られ、当然視界は白く染まり障害となった。


 成吸が立てる羽音は近づき遠ざかる。視界の悪さは妖にも影響した。


 例外は平だった。匂いで敵の位置を探って、くるくる回りながら跳ぶ。


 黒い物体が目前に迫る。蝶彩は頭を下げて躱し、蹴りを入れた。


 青も章来も耳を澄ませ、防御に徹する。


 この状況が不利なのは分かり切った事だ。平が狩衣を掠っただけで体勢を崩しそうになる。小さな体に不釣り合いだが、直撃した体当たりの力は大きな相手を容易く吹き飛ばす。


「蝶彩、何とかしろ。視界が白くてうんざりだ」


「頼るより先にお前はまず自分の頭で考えるべきだ」


「俺は蝶彩に話しかけたんだ。黙れ、黒髪」


「何だと!」


 少女は溜息をついた。時と場合を考えない彼等らしい。


 無駄な言い合いが続く。


「静かにしろ」


 まだ続く。柳眉を顰蹙させた。


「静かにできぬのか」


 水を打ったようにしんとなる。少女は満足して呪符に妖力を込めた。「風吹飛去!(ふうすいひきょ)」


 呪符を媒介として猛烈な風が湧き起こる。


 髪と袂が激しく靡き、白煙は風によって吹き飛ばされ、吸成も平も無事では済まされない。


 風が収まり周囲には落ち葉が散っていた。


「黒髪、ぼさぼさだな」


「式神も人の事言える質か」


「蝶彩、最高な風の所為で前髪も横髪も酷いぞ」


 乱れた髪にも拘わらず青は人の髪を見てくすくす笑う。


 手早く整えて鋭い視線を刺した。


「今は髪などどうでもよい」


「怒るなよ。何なら謝るからさ」


「怒っておらぬ」


 恐らく彼の緊張感の無さが癪に障った。真面目な態度に改めて貰いたい。無理な願いだと思うが。


 吸成と平の気配は離れていく。風に飛ばされて懲りたようだ。


「なあ、蝶彩。小物は相手にならないだろ」


 意味深長な目つきで見つめて言い添える。


「だから、大物を倒しに此方から出向く。勿論、俺の提案に乗るよな」


 小物の相手はもう飽きて大物を探すと言い出した。


「私は構わんぞ。章来さえ賛成してくれればな」


「僕も賛成だ」 章来の顔つきに挑戦的な感情が浮かぶ。明らかに戦いを求め好んでいる。


「よし、これから大物退治といきますか」


 周囲をぐるりと見回して無数にある気配を読み取っていく。青は前方の右斜めを指差す。


「あっちから強そうな気配がする」


 木が乱雑に生えた所へ入って一人勝手に進む。


「彼奴の気配読みは当てになるのか」


「大丈夫だ」


 蝶彩も青が差した方角から間違いなく強い気配を感じた。


「おい、早くしろ。置いてくぞ」


 背中がどんどん離れ、既に置いていかれる。


「身勝手な奴め……」


 章来は微かな憤りを呆れと共に呟いた。


「これ以上離されぬ内に行くぞ」


 蝶彩の綺麗な双眸にどきっとなる少年は「ああ」と視線を泳がせ歩調を速めた。


 唐突に歩調が速くなった理由が気になり、急いでいると断定した。


 足場は木の根で出っ張って草に隠れる。朝ではなく暗闇の為、一層注意が必要だ。


 甲高い鳴き声、それに答えた違う鳥が鳴く。暫時、黙々と歩いた。「見ろよ。蝶彩」


 腕を掴んで強引に引く。興奮した様子だ。


「でっかい繭がたくさんある。あの中から蛾みたいな妖が羽化したりして」


 幹に大人が両手を左右に広げた程の長さの白い繭がくっついている。ここ一帯に幾つもあった。


「あれは痺蛾しがの繭だ。珍しいものではない」


「いつ羽化するんだ」


「痺蛾にしか分からぬ」


 痺蛾は気まぐれな妖だ。繭をはり二週間で羽化する場合もあれば、三、四年も蛹から出てこない。


「今宵は数多の夜だぜ。羽化するに決まってる」


「数多の夜だからと言って決めつけるな。厄介な日に余計な退治が増えるなんて御免だ」


 単純な好奇心で痺蛾を目にしたい青。厄介事を疎む章来。


 蝶彩としてはまだ蛹が繭の中に静止状態で、おとなしくいる方が好ましい。


「夕凪も僕と同意見だろ」


 こくりと頷き意識を対象へ向けた。先刻から気に留めた気配が確実に寄って来る。


「汝は俺の味方じゃなかったのか。裏切り者!俺の勘はよく当たるんだぞ」


「いつ私が味方した?」


 青が蝶彩の手首を袖ごと握って恨めしそうに揺らす。振る舞いが幼い。「皺がつく。離せ」


「聞こえませーん」


「戯言を申すな。早急に離せ」


「式神、夕凪が嫌がっているだろ」


 章来が引き離しにかかれば青は意固地に抵抗した。


 まばらに黒い闇に光る光源体が見えてきた。


 こんな馬鹿げた茶番に時間を割くのは無意義で、常に変化していく新たな事態が差し迫る。


「しっ」


 口を噤めと合図する。少女は二人を茂みに連れ込みしゃがませた。


 白い尾を引き飛ぶ白火玉はくびだまは多く浮遊し、人を怖がらせ、驚かすだけの妖である。


 笑い声、鳴き声、話し声、呻き声。声という声が混ざり騒々しい。


 様々な姿形の妖が列をなしている。百鬼夜行だ。


 長方形の布にぎっしり目が瞬きひらひら漂う。羆の顔に体は猪であるちぐはぐな獣。


 大きさは赤子くらいで毛虫に似た刺虫とげむし。鬼の中でも最も弱い一寸鬼いっすんおに。体長は一寸程で角や目、鼻、口、纏う衣が小さい。


 太く長い体は蝙蝠の羽で覆われ、円形の口は二重もある歯が生える。十本足で歩く口十こうとだ。


「逃げるか、仕掛けるか」


 百鬼夜行から意識を逸らさず青は二択を考えた。


「数では負けておるが、私達が力を合わせ戦えば勝てる」

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