焦がれる日々
あの雨の夜以来、僕はいつも彼女を探していた。
大学の帰り道にも、買い物に寄ったスーパーでも、図書館でも自転車置き場でも、どこでも常に彼女の姿を探していた。
返さなくていいと言った傘は、そうは言っても返しにくるだろうと思っていたが、1週間たっても2週間待っても彼女は来なかった。
そのうち僕は彼女の顔も思い出せなくなって、あの日の事自体記憶から薄れていって、思い出す日が2日に1回から5日に1回、10日に1回と長くなっていった。
折角記憶から徐々に追い出したのに、たまに雨の日になると思い出してしまい、
それが現実だったのか、それとも夢か、もしくは映画かなんかを自分の記憶と思い込んでいるのか、よくわからなくなっていった。
そして、1年が過ぎた。
季節はちょうど1周巡り、僕のまわりには新しく入ったバイトの健がいる。
「明日、ひま?バイト変わって。」
健は同じ歳で同じ大学に通っている。
でも僕とは違って生まれた時からの都会っ子で、今も実家住まいだ。家は結構裕福なはずだから、コイツのバイトする理由がわからない。
いや、僕は都会っ子の生態に詳しくないから知らなかっただけで、コイツの家は一般的なのだろうか。
家には白くてフワフワの犬が2匹いて(ミニチュアナントカ系)母さんは料理教室に通ってて趣味はコーラス。妹は有名私立女子高校に通う2年で、今はイギリスに短期留学している。
・・・都会ってスゲエ。
「変わるのはいいけど、連休?どっか遊びに行くの?」
シフトを見ると3連休になっている。
「んー、まぁな。ナイショ。それより母さんがまたメシ食いに来いって行ってたよ。祐介君は美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるわって言ってた。俺らだと作り甲斐ないんだってよ。」
健はいつもさりげなく話を逸らすから僕も詳しくは聞かない。
「マジ?行くよ!!健の母さんホント料理上手だもんな!」
貧乏学生にゴハンの誘いはありがたい。今までにも、健と一緒にバイトを終えての帰り道には、5回は御馳走になっている。俺の方が家が遠いから、絶対に健の家の前を通る事を知って待ち伏せしてるらしい。
この日も健の家の前まで行くと、夜中なのに玄関の前を掃除している健ママがいた。
「祐介君!?あら偶然。今バイト帰り?お腹すいてるでしょ、うちで食べていきなさいよ」
偶然ぽさゼロのお誘いに、僕はありがたく甘えた。
健ママの凄いところは、これだけ僕を熱烈に歓迎してくれていながら、いざ食事を始めると「美味しい!」という僕の感想を一言だけ聞くと、スッといなくなるところだ。
健とは気が合うので、話題が沢山ある。そんな友達同士の僕らを気遣って、聞こえないところに移動してくれる。だから僕らはこの時間、美味しい夕食を食べながら色んな話をする。
僕の田舎がすごくイナカだって事や、健が参加したという合コンの話、高校時代の部活の話、何でも話した。
中でも健は、僕の実家の話を聞きたがった。何もない田舎で、都会育ちの健に比べたら面白さも無い場所なのに、何でそんなに興味を持つのか不思議だった。
その日の話題は、深夜に入っているバイトの「沢村さん」だった。
「あの人スゲー怖ぇの。全然喋らないし、目つきこえーし。」
「へぇ、俺まだ会った事ねぇや。シフト被らないからなぁ。」
沢村さんは健の話によると、ヤバい雰囲気があるらしい。“あれは相当悪い事をやってる目だ”そうだ。
でも、そんなワルが深夜のコンビニでバイトするかなぁ?
「あ、でも明日バイト変わってくれただろ?会うよ、多分沢村さん。しかも3時間2人きり」
「まじかーーー。初日からハードル高ぇよ・・・」
「意外とお前なら仲良くなれるかもな」
いい加減な健の言葉に、明日のバイトが少し憂鬱になった。
でも、このコンビニでの夜が、僕にとっては運命の夜になる。
満月の、夜。