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作ってる感じ

掲載日:2026/07/22




「今日のカレー、いつもと違う?」



 夕食のテーブルで、夫が言った。

 妻はスプーンを運びながら、テレビを見ている。



「美味しい?」

「うん、美味い」

「そう、良かった」



 キッチンは、食欲をそそるカレー独特の匂いで満ちている。

 夫はスプーンを持ったまま、少し考える。



「これ、どうやって作った?」

「普通よ」



 妻はテレビから目を離さない。



「レンジに入れて、チン」

「チン?」



 そこで、妻はようやく視線を少しだけ動かし、キッチンの方を顎で示した。

 そこには、どこかで見た箱があった。


 赤と黄色、カレーの写真。



「もしかして、レトルト?」

「もしかしなくても、レトルト」



 夫は眉をひそめる。



「レトルトって、お前……。」

「美味しいでしょ?」

「うん、美味いけどさ」



 妻は悪びれない。



「最近、これでいいかなって思って」

「……手抜き?」

「メーカーさんは努力してるよ?」



 夫は思わず黙った。


 確かにそうだ。

 工場で大量生産されているとはいえ、味を考えた人はいる。


 スーパーの棚には、似たような箱が何十種類も並んでいる。

 何度も試行錯誤が重ねられているに違いない。


 そう考えると、『手抜き』という言葉は少し失礼な気もした。



「前は……。ちゃんと作ってたよね?」

「ちゃんと?」

「ほら、鍋で……。」



 妻は少し笑った。



「同じじゃない?」

「違うだろ」

「同じだよ。ルーは、メーカーさんが作ったものじゃん」

「いや、そうなんだけどさ」

「スパイスから作れと?」



 夫は言葉に詰まる。

 そこまでは求めていない。


 野菜を切る音。

 鍋の中で玉ねぎを炒める匂い。

 焦げないように木べらを動かす手。


 思い浮かべたのは、味ではなかった。

 目の前のカレーに欠けているのも、たぶん味ではない。



「作ってる感じがするかどうか……。かな?」



 しばらくして、ようやく出てきた言葉は、ふわっとしたものだった。

 妻は少し考えた。



「作ってる感じ?」

「うん」

「レンジに入れたよ?」



 夫は思わず笑った。



「そういう意味じゃなくて」

「でも、私は作ったつもりだけど」



 テレビから笑い声が流れる。

 二人とも、しばらく何も言わなかった。


 夫はカレーを一口食べる。

 やっぱり美味い。



「いつもありがとう」

「どういたしまして」



 妻はまたテレビに視線を戻した。

 スプーンの音だけが、少しだけ大きく聞こえた。




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