作ってる感じ
「今日のカレー、いつもと違う?」
夕食のテーブルで、夫が言った。
妻はスプーンを運びながら、テレビを見ている。
「美味しい?」
「うん、美味い」
「そう、良かった」
キッチンは、食欲をそそるカレー独特の匂いで満ちている。
夫はスプーンを持ったまま、少し考える。
「これ、どうやって作った?」
「普通よ」
妻はテレビから目を離さない。
「レンジに入れて、チン」
「チン?」
そこで、妻はようやく視線を少しだけ動かし、キッチンの方を顎で示した。
そこには、どこかで見た箱があった。
赤と黄色、カレーの写真。
「もしかして、レトルト?」
「もしかしなくても、レトルト」
夫は眉をひそめる。
「レトルトって、お前……。」
「美味しいでしょ?」
「うん、美味いけどさ」
妻は悪びれない。
「最近、これでいいかなって思って」
「……手抜き?」
「メーカーさんは努力してるよ?」
夫は思わず黙った。
確かにそうだ。
工場で大量生産されているとはいえ、味を考えた人はいる。
スーパーの棚には、似たような箱が何十種類も並んでいる。
何度も試行錯誤が重ねられているに違いない。
そう考えると、『手抜き』という言葉は少し失礼な気もした。
「前は……。ちゃんと作ってたよね?」
「ちゃんと?」
「ほら、鍋で……。」
妻は少し笑った。
「同じじゃない?」
「違うだろ」
「同じだよ。ルーは、メーカーさんが作ったものじゃん」
「いや、そうなんだけどさ」
「スパイスから作れと?」
夫は言葉に詰まる。
そこまでは求めていない。
野菜を切る音。
鍋の中で玉ねぎを炒める匂い。
焦げないように木べらを動かす手。
思い浮かべたのは、味ではなかった。
目の前のカレーに欠けているのも、たぶん味ではない。
「作ってる感じがするかどうか……。かな?」
しばらくして、ようやく出てきた言葉は、ふわっとしたものだった。
妻は少し考えた。
「作ってる感じ?」
「うん」
「レンジに入れたよ?」
夫は思わず笑った。
「そういう意味じゃなくて」
「でも、私は作ったつもりだけど」
テレビから笑い声が流れる。
二人とも、しばらく何も言わなかった。
夫はカレーを一口食べる。
やっぱり美味い。
「いつもありがとう」
「どういたしまして」
妻はまたテレビに視線を戻した。
スプーンの音だけが、少しだけ大きく聞こえた。




