愛ってなんですか?
「愛を知りたい…ですか?」
「はい」
唐突にハルさんから出たそのセリフに私は驚いたように反応して見せる。予想としてはあったが、それを見せるわけにはいかない。それに驚くという行為は意外と重要で、それを見た相手がもう少し教えたほうがいいかなと思いやすい。驚かして終了というわけにはいかないからだ。ドッキリなどもそれに含まれる。驚かした後に教えたいなどの感情が現れやすいのだ。
「私は先程言ったように結構にして2年近くが経ちます。でも夫との熱が冷めて来ているように感じるんです。」
「なるほど」
よくある相談だ。これに関しては男女はあまり関係なく来る相談でもある。人間は特に愛情に対して反応しやすい。『愛している』とか『好きです』とかは自分の自己肯定感を高めてくれるからだ。そういうことを言われたりされたりすると嬉しくなるし、私が求められていると感じることも多い。逆に今まであった愛情がなくなっていくとそれを感じることも早い。ほんの少しの変化も感じられるようになるのだ。週4回は通話をしていたのに、ある週に3回しかしていないと不安になってしまったりなど。
「何故そのように感じるんですか?」
「前までは夫も私のことを求めて来ていたんです。料理も美味しく食べてくれるし、私が遅く帰って来た時には笑顔で出迎えてくれました。でもここ半年は会話が少なくなり、私が遅くに帰って来ても寝ていることが増えました…友達からは浮気なんじゃないかとも言われました。でも、それだけだと踏ん切りがつかなくて…そしてたまたまここを見つけて」
「わかりました。つまり今ハルさんは旦那さんの愛がまだ自分に向けられているのかが心配だと」
「はい。そういうことです」
かなり厳しい言葉で返したが、これも重要だ。ハルさんが現状をちゃんと認識できているのかの確認、反応的にこれは大丈夫だ。簡潔に尚且つ重要なところをとってまとめてもう一度話すことは相手にちゃんと聞いてもらえていると思わせることができる。
「愛…ですか。これまた難敵ですね」
「私もそう思います…今はもう何が愛なのかわからなくて」
「そうですねぇ…まあ、ここはちゃんとした回答を出す場所ではないので、ハルさんの旦那さんとの話については一旦置いておいて、愛について考えてみましょうか。その後にハルさん自身が回答を決めてください。」
「はい。」
「まず愛ってなんでしょうか」
「愛…」
「ハルさん…好きです!」
「へ!?」
「冗談です。これは愛でしょうか?」
「い、いえ。違います。」
「なら愛とは言葉ではないわけですね」
「そうですね」
「ではもしも私とハルさんが仮に結婚をしたとしても愛は生まれるでしょうか?」
「それはわかりません…」
「そうですよね。つまり愛は結婚をしたから生まれるものでもない。それなら学生間の恋愛は愛ではないということになってしまいますからね」
「そうなりますね…」
「さて、ならなんだと思いますか?」
「…それは…心ではないでしょうか?」
「そうですね。多くの人は愛とは心と答えます。ですが本当に心が全てでしょうか?」
「それはどういうことですか?」
「質問を返すようですみません。ハルさんは心が読めますか?」
「いえ、読めません」
「なら、なんで愛情が感じられなくなったんでしたっけ?」
「それは夫の行動が…」
「そう行動と発言です。愛は心にあるとしても、その愛を相手に伝えるためには行動が必要です。」
「はい。」
「ならさらに質問です。ではもしもハルさんの旦那さんがハルさんへの愛がなくなっていて、それをハルさんが知ったのなら、ハルさんはどう思いますか?」
「それは…わからないです。怒るような…怒らないような…嫉妬とも違うと思います。絶望に近いような…」
「そうですね。愛がないとわかった時に大半の人は絶望します。でもそれって本当でしょうか?」
「?どういうことですか?」
「さっきの話を思い出してください。私が告白した後に冗談と言った時ハルさんは絶望しましたか?」
「いえ。していません。」
「それは何故ですか?」
「元から愛情を感じていなかったから?」
「つまり?」
「あると思っていた愛情がなくなった時に絶望する?」
「私もそう思います。ではそれが全てでしょうか?」
「違うんですか?」
「私はその絶望にはもう一つ条件があると思います。それはこちらも愛しているということです。」
「なんとくなくわかりました」
「いいですね。ハルさんもだんだん愛がなんなのか自分なりの答えが出て来てそうですね。じゃあ、ここら辺で、最後の回答に…ハルさんの相談内容に繋げていきましょうか」
ここまでは言ってしまえば前座。重要なのはハルさんの相談内容だ。
「ハルさんは旦那さんを愛していますか?」
「はい」
「では何かしてあげてますか?」
「してると思います」
「具体的には?」
「掃除とか料理とか、お弁当も作ってます」
「ではもしも、旦那さんがそれを愛情だと思っていなかったら?」
「…」
「愛というのはさっきの話で分かった通り難しいものなんです。もし旦那さんがその愛情に気づけなかったら、旦那さんはどう思うんでしょうか」
「それは…」
「いいですか。私が思う恋愛には四つの視点が必要です。一つが自分の視点、これが一番感じ取りやすいです。二つ目が相手の視点、相手を知らなければどうすることもできませんから。三つ目が客観的な視点、相手が本当に愛情を送ってくれていないのか、自分で感じ取ることは難しいですから。最後に無の視点、これが最も難しく最も重要と言えます。これは全てをなんの感情もなく考え続ける視点です。今やっているのはその視点を考えることですね」
「…」
ハルさんが無言になっていく。責められているように感じているのかもしれない。本来ならここで優しくフォローをするべきだが、今回に関しては別だ。ハルさんが責められているように感じているということはハルさんにとってこれは思いの外重要なことだったということだ。それを生半可な優しさで止めることは時にさらに相手を傷つけることもある。
「さて、ハルさん、今の話を聞いてどうですか?」
「それは…その…自分の足りなさに気づきました…」
「そうですか…ハルさん。愛というのは行動でしか相手に伝えられません。ならそれをした後にもう少し考えてみるのはどうでしょうか?」
「はい…ありがとうございました」
少し泣いているような声で感謝をし、ハルさんはその場を後にした。
「あーあ、センセーがまたお客さん泣かせたー」
「必要なことだったからです。」
この人はうちの従業員の1人、花岡楓さんだ。
「楓さんはどう見えましたか?さっきのお客様は」
「どうだろーすっきりしていたような…そうでもないような」
「まぁ愛とはそういうものですから」
その数日後、ハルさんから手紙が届いていた。そこには感謝の文と、旦那さんと仲直りをして、今では前よりさらに熱々な夫婦になったと書かれていた。
今回の回答
《愛とは心であり、行動であり、発言である。》




